そんなの馬鹿でもわかります(12)
ゲーム大会はメイヴの勝利に終わった。
先ほどの雪崩問題はメイヴの5人を助けるということが正解になったということだ。
そもそも問題自体が「5人を助けるために防壁を発動すべきか」というものだったのだから、俺の答えなど最初から審査対象外なのである。
だから、出題者のネイアが思案顔で黙り込んでいるその様子を見て自分の勝利が遠ざかっているのを感じたのか、落ち込み始めているメイヴには気が引けた。
俺はその場で自ら自身の不備を申し出て、形式に則って解答したメイヴに勝利を譲ったのである。もしかすると、メイヴのそれら全てが演技で俺はまんまと引っかかったのではという可能性を疑ったが、それは無いと確信した。
「はっはっは。どうしました、キースさん?そのような腑に落ちない顔をして。何か気になることがあれば、何でもお聞きください。このクイズマスターのメイヴに!」
他人の忖度によって勝ったなどとは露ほどにも思わず、ゲーム大会での勝利を純粋に喜ぶメイヴが俺を謀ったなどどとは到底思えないのである。
勝利がよっぽど嬉しかったのか、全く疲れを見せないな。登山開始から既に2時間以上が経過している。足元は斜面当というだけでなく、大小の岩が敷き詰められていて体力の消耗も激しいというのに。
しかし、流石はクイズマスターだ。体力もそうだが俺の胸中に渦巻いている疑問を見透かすとはその洞察力には御見逸れした。
聞きたいことならばあった。しかしそれはクイズマスターのメイヴに聞くのは不適切だろう。なぜならこれはクイズなどではなく推察、というよりは推理に近い。聞くべきは探偵にだ。
そんな俺の疑問をあえてクイズ形式にするならば
「うら若き女性が一人で活火山であるパルナ山への登山を試みる理由を答えよ。ただしその旅程はオークやマルコシアスなどの脅威に晒されているものとする」である。
ここに来るまでに俺を陥れようとする姿や騙そうとする素振りは一切見えなかったし、身ぐるみを剥がすべく待ち構えている仲間の姿も無かった。
最初は疑いの目を向けていたメイヴであったが、結局はその目的を問い質すことはしなかった。
「聞いても真実かどうかはわかりませんし、例え何か罠があったとしても問題ありませんよ。キースさんは私が守りますから」
惚れそうだった。
昨日の夜、二人きりになった時にはそんな風にいっていたメイヴも今ではある程度心を許したのかネイアと最低限の会話は交わすようになっていた。
「頂上に近づくにつれて時折、炎が地面から立ち上っているところが見られますがあれは何なんでしょうか?」
「あれですか?答えて差し上げましょう、このクイズマスター、そして歩く百科事典のこの私が!あれは地脈から溢れだした外魔力が火の微精霊に反応して起こる現象ですね。大丈夫です、害は何一つありませんから!」
上機嫌だった。必要最低限というのは撤回しよう。ゲーム大会はアイスブレイクとして有効に働いてくれたようで今では友人同士にしか見えない。
人間が扱える体内を巡っている魔力が内魔力で外気中に溢れている魔力を外魔力というのだったか。俺はあまり詳しくないが、俺たちが魔力と言うときは大抵オドを指しているらしい。
「外魔力は落雷や竜巻、津波などの自然現象の源ですからね。自然エネルギーとも言い換えられます。活火山ともなれば自然エネルギーの宝庫。その総量は図り切れません」
「さすがメイヴさん、博識ですね」
「当然です。褒めるならお好きなようにどうぞ!今なら特別に頭を撫でることも許しましょう」
「では、ここは不肖ながら俺が撫でさせていただこう」
「負傷させられたいのですか?」
どういうことだろう、一か月は寝食を共にした俺の好感度のほうがネイアより低い。ツンデレなのだろうか。メイヴに痛めつけられるというのも悪い気はしないけど、そういったことに快感を覚えたら本当に仲間では無くなってしまう気もするので自重することにした。
普段俺たちのパーティーでは、ただ一人の常識人としてまとめ役に回ることが多いメイヴである。このように誰かに素直に褒められる経験には飢えているかもしれない。ネイアに頭を撫でられるメイヴはとても嬉しそうである。彼女にとってはネイアは年の離れたお姉さんのような感じなのだろう。
どこからどう見ても普通の可愛らしい美少女だ。そんな彼女が求めるものがこの山頂にあるのだろうか?あるとすればそれはどんなものかが全く分からない。
この先にあるものなど、山頂からの絶景とドロドロに熱せられたマグマぐらいのものだろう。どちらも目にしないまま一生を終える人もいるという点で見れば希少でこそあれど、命を懸けるほどの価値があるかと言えばそうは思えない。
普通に考えて彼女の実力でこの場所を目指すのは自殺行為である。死にたがりの行動だ。こんな言い方もあれだと思うが、俺がいなければ彼女は3回は死んでいたと思う。索敵魔法で俺が回避していなければ遭遇する魔獣はマルコシアス十数頭どころではなかった。
そもそも彼女が何者でどこから来たのかも知らないのだ。わかっているのは兄が一人いたということだけ。村の女性のことならばスリーサイズから下着の畳み方まで全て知り尽くしていた俺が知らないのだから、それはもうこの世の誰にもわからないと言っても差し支えないだろう。
そんな彼女の旅ももうすぐ終わる。帰るまでが旅だと言う人もいるのだろうが、少なくともネイアの旅の終着点へ到達するのだ。目的地だ。そうすれ自ずと目的も明らかになるだろう。焦ることはない。それこそ鋭い洞察力や優れた考察力を持ち合せていれば導き出すのも簡単だろうが俺にはそんなものは無い。
山頂に近づくにつれ、外気も段々と温度上げていた。当たり前のことだが、山頂に近づくということはイコールで火口に近づくということである。以前エリックが自慢げに語ってきた雑学によるとマグマの温度は地表近くのものでも800度は超すらしい。そうであれば気温も上がるのも納得の話である。
俺でもこの暑さで湧き上がる汗と長時間の登山に体力の限界を感じ始めていた。その俺にはもう目もくれずネイアとメイヴはザッザッと先を突き進む。なんだあの無尽蔵な体力は。一体どれほどの覚悟があればあんな涼しげな顔ができるんだ。
汗なんて一切かいている様子もない。
いや、ちょっと待て。
俺は限界近い自分の足に鞭打ってメイヴとネイアとの距離を詰める。そして手が届くほどの距離にまで行ってあることに気づく。というか俺の推察が正しいことが分かった。
「何で二人のところにだけ、背中を押す形で涼しい風が吹いているのかな、メイヴちゃん?」
メイヴは風魔法を使って自分たちの後方から涼しい風を送っていた。そりゃ汗などかかないわけである。まるで秋の風のように心地良いものだった。
「おっとうっかり、キースさんのところまで範囲を広げることを忘れていました」
「いいや、絶対わざとだ」
「うるさいですね、証拠があるなら出してもらいましょうか!?」
「だからそれはもう犯人のセリフなんだって」
「仕方ないでしょう、3人にまで範囲を広げるとドッと疲れるんですから。節約ですよ。我慢してください。いざというときにキースさんを守ることができなかったらどうするんですか」
「その言い方はずるいぞ、それなら風の勢いを少し弱くして、その分範囲を広げれば魔力の消費量は変わらないはずだろ」
「そうしたら、背中を押す風も弱くなって私たちが疲れるじゃないですか!」
「逆ギレされた!?」
いや、まあメイヴの魔法と魔力なんだから究極は自分の好きなようにして文句を言われる筋合いはないのだろうが気持ちの問題である。
そんな阿呆みたいなやり取りを続けている間に俺たちは火口にまで達することができた。頂上は綺麗な円となっており、俺たちはその上に立っていた。そして半球体状に窪んでいる火口には鮮やかに赤く光る巨大な溶岩湖がドロドロとうねりまがら絶え間なく流動していた。足でも踏み外そうものなら燃え滾る溶岩へ真っ逆さまである。
幸いにも溶岩湖は俺たちが立っているところより遥か下方にあるのでマグマが撥ねて火傷する恐れもないし、本当であれば肌を焼くような外気温を感じるはずだが、そこはメイヴの風魔法で難を逃れている。坂道も終わり、風量の調整ができたおかげで俺まで魔法の範囲に入れてもらえたようだ。
「では、ネイアさん。その用事というのを終わらせましょう。見たところここにあるのは頂上からの絶景かマグマしかないようですが風景を心に留めるにせよ、大自然の鼓動を感じるにせよ。目的を果たしましょう」
「そうですね」
そういってネイアは俺たちのほう向いた。溶岩湖を背にする形である。その表情は安堵感と、どこか寂しげな表情であった。旅の終わりが終わることによるものだろうか。しかし、彼女の顔からは達成感を感じることはできない。ここが目的地だと言うのなら少しは嬉しそうな顔をしても良さそうなものだが。
「本当にお二人には感謝してもしきれません。あなた方がいなければ道半ばで間違いなく命を落としていたでしょう」
そして火口に背を向けたままゆっくり後ずさりを始めた。いや後ずさりと言うと躊躇いや消極性を連想してしまうが、それは間違いだ。彼女の歩みはゆっくりでこそあったが、確実に迷いなく後方へ踏み出されていた。
「おい、ネイアちゃん。それ以上奥に行ったら流石に危ないよ」
何度も噴火が繰り返されたのか、パルナ山の火口は大きく、多少走りまわっても大丈夫なくらいの余裕はあるが危険なことには変わりない。横で見ていたメイヴの目にも緊張の色が浮かんだのが見える。
「まさかこの旅で美味しい兎料理が食べられるとも思いませんでした。それにしりとりやクイズで遊んだこともとても楽しかったです」
「キースさん!」
メイヴは俺の名前を叫ぶと同時に走り出していた。一瞬遅れて、正気を取り戻したように俺も駆け出す。気づけばネイアの足は火口の淵にかけられていた。
ここまで来て俺は自分の推理が当たっていたことを知った。彼女がここを訪れようとした理由。深い考察など必要なかった。洞察力など発揮するまでもなかった。普通に考えて得た推理こそが正解であった。
「二人のおかげで道半ばではなく」
彼女は笑っていたがそれは無理に作られていて、彼女の目には確かに涙が滲んでいるのが見えた。
「ここで死ぬことができます」
つまるところ彼女がパルナ山を訪れることは文字通り、自殺行為だったのである。
そして彼女は火口に身を投げた。




