そんなの馬鹿でもわかります(5)
「オークには何で追いかけられていたんだ?」
「・・・・・言いたくありません」
「見た目俺と同じくらいに見えるけど何歳になるのかな?」
「・・・・・わかりません」
「今日って超良い天気だよね。こんなに良い日は気分も晴れ渡るなー、なんて」
「そうですね」
なぜだ。めちゃくちゃ反応が上の空だ。流されている感がある。目も合わせてくれない。おかしい。俺は彼女にとって颯爽と現れた勇者にも等しき存在のはずだ。俺が先頭を歩く、それは良い。ただ、ネイアちゃんとの距離を感じる。心理的にも物理的にも。
くそう、会話のネタに困ったら天気の話題を振れば良いだなんていった奴出てこいや!全然、盛り上がらない。どうする?ここから、場を盛り上げるアットホームな感じの話題に持っていくんだ。思い出せ、親父が言っいたことを!!
『会話に困ったら家族の話題なんか良いぞ。自分の家族を褒められて嫌な気分になる人間なんていないからな。会話の中で共通点を見つけたら逃すな!かくいう俺も母さんを落としたときは』
よおし!家族の話題だ!ありがとう親父!俺、話題の流れを掴んでみせる、話題の海流を掴んで見せるぜ。
「そ、そういえば俺って一人っ子なんだけど、ネイアは兄弟とかいるのか」
今まで気のない返事を延々と繰り返すだけだったネイアの足が止まる。足でもくじいたのかと心配になり俺も足を止める。
「兄が一人いました」
やっちまった。いました。過去形だよ。これはもう触れちゃいけないやつだったよ。会話の面舵いっぱい切ったら嵐に突っ込んじゃったよ。そうだった、親父はお袋以外に付き合った女性はいなかったんだった。今でも女性が相手だとテンパって商談が不利になってしまうこともあるくらいだ。
「兄のオレスはとても勇敢で、年齢は私と一つしか違わないのに聡く、自慢の兄でした」
しかし俺の心配とは裏腹に兄のことを話すネイアは誇らしく、いままで一番良い顔で話していた。自慢の兄か。触れて欲しくなかったら口を閉ざすだろうし、個人的に気になる。もしかすると俺の義兄になる人かも知れないしな。
「立派な兄さんだったんだな。もしかして騎士をしてたのか」
勇敢で、いまはもう亡くなっているかもしれないとくれば、騎士である可能性が高い。もしかすると聖戦で戦死したのかも。
「騎士ではありませんでしたが、兄の役割は私たちを守ることでした。そして兄はその役割を長きにわたって果たしてきました。神々からの寵愛を一身に受けるオレスの御業は私たちに降りかかる災厄の一切を振り払いました」
「災厄の一切を振り払うか。それだけの戦闘ってことは聖戦でのことか。それとも最近の覇王軍との戦闘か」
神々の寵愛を受けていると思うくらい兄が眩しく彼女には見えていたんだな。神話の時代ならまだしも、そんな存在は勇者をおいて他に現代にはいないだろうからな。もしかするとシルビアと渡り合えるぐらいの実力の持ち主だったのかもしれない。
「聖戦が何を指しているのか私にはわかりませんが、遥か昔のことです。私たちを守ろうと最後まで抗い、オレスは私の目の前で命を落としました」
聖戦が何を指すのかわからない?この国ではあの戦いを別の呼び方をするのか。確かに多くの命が失われたあの戦いを聖戦と呼ぶことに否定的な人間もいる。彼女の地域ではそうなのだろうか。そこらへんのデリケートなニュアンスはよくわからない。
「兄、オレスが残した希望を魔族の手に堕とすなど決して許されることではありません。だから私はパレナ山に行かなければならないのです」
次こそは迷いません。
次こそは、と決心を口にするネイアに「前回」とはいつのことかと聞くのは野暮だと流石の俺にもわかる。『オレスが残した希望』が何を指すのか、パレナ山にはいったい何の目的があるのか。俺には全くわからない。だから今まで自身のことを話さなかった彼女が俺に自己開示をしてくれたのだと、心を開いてくれたのだと思うことはできなかった。
自身の決意を自身に向けて口にすることで覚悟を決める。そういうことだろう。見た目はどこかのお姫様のような美しさを持つ彼女ではるが、よほどの事情を抱えているようだ。俺が思っている以上に。
そしてそれは見ず知らずの旅人に助けを乞わなくてはならないほどのものなのだ。相手を見定める時間はおろか、宿で疲れた体を休めることなど許されないと思うほどの。
あーあ。ここにいたのがエリックだったら何か気の利いた冗談で場を和ませたり、上級魔法かなんかで彼女の旅をより安全なものにしてくれたんだろうけど、俺にできるのは精々愛想笑いで場をごまかすことと、周辺に気を張り巡らせて危険を察知することだけだ。
そろそろ日も傾いてきた。ここは背の低い草ばかりで見張らしが良すぎるな。ところどころには腰ぐらいの高さの茂みもあるから一時的には身を隠すこともできなくはないが。遠目に見える森のなかで中が空洞になっている大樹でもあれば最高なんだけどな。
「その、キース様。そろそろ暗くなってきています。魔物の動きが活発になる頃合いです。どこかに身を隠して夜をやり過ごしませんか」
警戒レベルを下げてくれたのか、それとも単純に暗くなってきたことで俺と距離が離れすぎると魔物に襲われる危険があるからなのかはわからないがネイアは気づけばすぐ後ろに来ていた。
「ああ、そうだな。俺も周囲に魔物の気配を感じ始めたところだ。そのほとんどは近づかなければ安全なものだから心配はいらないさ」
ビビりの俺には才能があった。それは危機察知能力である。脅威に昔から敏感であった俺であったがシルビアにコツを教えてもらってから索敵スキルが身に着いた。彼女に言わせればこれも魔法の一種らしい。つまるところ俺が唯一発動、行使できる魔法である。
しかし、俺が使える程度の索敵魔法なので効果もしょぼい。地面に伝わる音を拾えるだけの魔法だ。
「普通は敵がどこにいるか判断するだけの魔法だというのに、音を聞けば見たことがある生物なら、その種類まで判別できる上に、範囲が半径500メートルまで届くなんて。常人では100メートルが精いっぱいですのに。本当であればこの才能を褒めるべきなのでしょうが、なんでしょう。何だかよからぬことに使いそうですわ、あなたの場合」
まるで鬼に金棒を渡してしまったような罪悪感を顔に浮かべながら心底世の行く末を心配するシルビアであった。
全く、そんなに仲間を信じられないシルビアの心にこそ鬼が住んでいるのだ。かの有名な鬼退治伝説は疑心暗鬼という鬼の比喩表現だと俺は考えている。仲間を信じ、思いやる心さえあれば、裏切りなど存在し得ないのである。
よからぬことなど。精々、俺には範囲内にいる着替え中の女性の布が擦れる音や、水浴び中の音を拾ってイマジネーションを高めるぐらいしかできない。ちなみに一度バレたとき(逆探知魔法なんてものがあるらしい。あえてその存在は俺には隠されていた)耳を切り落とされそうになってからは自粛している。
兎にも角にもこの能力のおかげで最小限の戦闘でここまでの旅路を進めることができた。その力はここでも発揮されている。
まあ、高速で急接近してくるタイプの魔物であれば緊急回避の準備をするのが限界だし、そもそも空を跳ぶタイプの魔物は感知できないなど欠点も多いが、それも含めて俺にぴったしの魔法だ。
あまり性能の良すぎる魔法など鬼に金棒どころか豚に真珠になりかねない。過ぎたるは及ばざるが如しなのだ。大は小を兼ねると言うが、小で良いのなら小を身に着ければ良い。
「夜に活発になる魔物もいるけど大丈夫さ。この感じなら最悪戦闘になったとしても何とかできる」
「はあ、私はどちらかというとあなたの中に潜む魔物が私を襲わないかどうかのほうが心配なのですが」
「ほほう。流石ネイアちゃん。俺の中の秘められし力に気づくとはお目が高い。教えてあげよう、この魔物は美女が近くに入ればいるほどその力を増すのさ。そう君みたいな美女となれば猶更ね」
「それを聞いてより一層私の不安は募りました」
はあ。と本日何度目かのわかりやすいため息をつきながらネイアは俺を追い越し、先を歩き始めた。流石の彼女も体力と気力の限界にきているのだろう。少しでも早く身を隠せる場所へ移動したいという気持ちが見て取れる。ここまで緊張の糸を張り詰めていたその背中は今や隙だらけであった。瞬間、俺の中の反射神経は思考を追い越すスピードで体を動かした。
バッと。俺は背中に覆いかぶさる形でネイアを地面に押し倒した。誰にも見つからないよう茂みの中で。




