仲間のもとへ駆けつけます(1)
地面が揺れる。
破壊の限りを尽くしていた巨体が崩壊した建物のように地面へと崩れ落ちる。
俺の体はその振動に耐え切れず前のめりに倒れこむ。エンチャント魔法で一時的に回復した体力がまるで夢だったかのように消失した。無茶をしたツケもあるのだろう。もう少し休まなければ指先ひとつ動かすこともできない。
「めちゃめちゃ全身痛いんですけど!死ぬッ。知らないうちに致命傷を受けていたんだ俺は!ああ、こんなことなら村中の可愛い子に声をかけまくって大人の階段を昇ってくべきだった」
「少し静かにしてくれない?実力以上の動きをしたから体にガタが来ているというだけの話でしょう。人間、死に際に人間性が垣間見えるものだけれど最後に考えることがそんなことだなんて。流石の私も若干というか、それはもうドン引きよ。大人の階段を昇るどころか人間として底辺まで真っ逆さまということにいい加減気づきなさい」
「ぐああ、痛い!その言葉が何よりも痛い!ああ、人間って言葉でこんなにも傷つくんだな。飛王竜の鉤爪だってここまで深くは抉らないだろうさ」
一切の恐怖から解放された反動か、体は動かないはずなのにいつものような会話が交わされる。幾度となく窮地に立たされその度に諦めそうになったが何とか全員無事である。
キースにエルザ、そして俺の全員が、、、
「おい、キース。ニーアはどこに行った?少なくとも俺が引き返すまではお前の背中に張り付いていたはずだ」
「その、なんというか。とても言い難いのだが、あの後はぐれた」
何だって。あんな年端もいない少女を飛王竜やらワイバーンの脅威にさらされているこの場所で投げ出すだと。
「キース、見損なったぞ!自分の命欲しさににニーアを見捨てるなんて!」
「仕方無かったんだって!お前を仕留め損ねた飛王竜が機嫌を損ねて無差別に攻撃を繰り出して、その攻撃の余波でニーアごと吹き飛ばされたんだ。このまま俺の背中にいるよりは遠くに離れているほうが無事だと判断して逃がしたんだよ」
確かにその判断は間違ってなどいない。俺だとしてもそうするしかなかっただろう。くそ、最悪の想像をしてしまう。飛王竜の攻撃に巻き込まれていないか?はぐれたワイバーンの餌食になっていないか?
「今すぐにでも探しにいくぞ」
俺は既に限界を迎えている足を踏ん張り、立ち上がろうと試みた。しかし俺は体のバランスを崩し肩から地面に倒れこんだ。
なぜ、立てなかったのか。起き上がれないほど体力を消耗した?それも要素の一つではあるだろうが、万全の状態だったとしても態勢を崩さずにいるのは難しかったであろう。
それほどの振動があり、そしてその震源は俺の目の前にその姿を現した。
「嘘だろ、、、」
咆哮を上げながら飛王竜は最後の力を振り絞り、その脚で地面を掴む。右腕からは血が流れ出ており、蓄積されたダメージは確かに奴の動きを鈍らせていた。あと一撃でも食らわせれば絶命するだろう。いやそれどころか、このまま放置すればそれで費える最後の足掻き。
見るに堪えないその竜はしかし、俺たち3人の命を刈り取る死神としては十分過ぎるほどの存在だ。
「マイラ、何か方法はないか?俺ができることが何か残ってはいないのか」
ここまで来て、死ぬわけにはいかない。俺は最後まで諦めることはしない。何か手段はあるはずだ。しかしマイラの返答は俺の求めるソレではなかった。
「既に状況は決しておる。貴様にできることなどない。そこでただ見ているが良い、事の顛末をな」
飛王竜は主からの最初の命令を思い出したのかその体を引きずりながら、エルザへ向かいその脚を前へ前へと動かす。エルザは逃げようと体を動かすが、俺以上に体力の消耗が酷いのだろう。
這うように数十センチ移動するので精一杯だ。そして何かを悟ったかのように仰向けとなり、飛王竜を静かに見据える。
「いま、行くからな。待ってろエルザ」
俺の声は空しく飛王竜の咆哮に掻き消される。そしてエルザの目の前には飛王竜が残った左腕を振り上げていた。
「撃てえええぇぇぇぇぇ!」
その声が聞こえるのと同時に空から何本もの矢が飛王竜に向けて振り注いだ。飛王竜はエルザに向け左腕を振り上げたその姿勢そのままに倒れこむ。そしてそれと同時に僅かに灯っていた左眼の光も消え失せる。
「ふふん、エリック待った?わたしが来たからにはもう大丈夫だよ!」
飛王竜が倒れたそのはるか後ろには恐らくは村に残った騎士団の全戦力と思われる一団がそこにいた。そしてその隊を先導する団長が乗る馬の背にチョコンと座るその見覚えのある女の子がいた。それこそ、俺たちが探そうとしていたニーアだった。
「ニーア、お前何でそんなところに?」
「この子が君たちの場所と状況を教えてくれたんだ。君たちが3人だけで戦っていると、そして飛王竜が既に手負いの状況だということを。この子がいたから、状況を理解し迅速に行動を起こすことができた。この子にお礼を言うと良い」
「そうか、ニーアお前ありがとうな。ただ逃げたんじゃなく、俺たちと一緒に戦ってくれていたのか」
「うん、だってみんなニーアの友達だから。『友達は最後まで見捨てねぇもんだ』ってキースも言ってたからね」
全く、あいつは言うことはカッコ良いんだから困ったもんだぜ。
「そして君たちのおかげで私たちはワイバーンの殲滅に集中することができた。もし、この飛王竜が村を襲いにきていたら私たちは全滅していただろう。改めてお礼を言わせてくれ」
団長は俺たちに深く頭を下げる。感謝をされるというのは悪い気はしないものだな。
「結局、俺たちがしたことと言えば時間稼ぎだけだからな。ワイバーンの掃討に飛王竜の討伐に至るまで全てあんたたちの功績だよ」
「ふむ、しかし腑に落ちないのだが。エルザさんはともかく、君たち二人は時間稼ぎをできるほどの実力などなかったはずだが、それにその手に持つ武器は?」
「いや~。ラッキーだっただけだよ。武器もなんかそこらへんに落ちていたっていうか?既にほぼ瀕死だったんだよ」
「何を言ってんだよ、エリック?この武器もそうだが、ここまで対等に戦えたのもエンチャント魔法でお前が、、、」
「ファイア」
「どわっちぃ!」
「いや、本当に危ないところだったわ。私の防壁魔法で何とか時間を稼いだとは言え、ここまで逃げ回れるとは思っていなかったわ。これもお父さん秘蔵の武器のおかげかしら」
エルザは余計なことを言おうとするキースの口を初級魔法にて塞ぎ、そして疑惑の対象であった武器の説明も添える。
この状況が如何に異様なものかエルザにはわかっているのだろう。事実の隠蔽工作に協力してくれたエルザであったが、『後で事情は説明してもらうわよ』と目で合図を送ってくる。
「しかし、一体これほどまでに誰が飛王竜を弱らせたというのか。私たちが駆け付けたときにはすでに瀕死であったぞ」
確かに奴のここまでの手傷を負わせたのは俺たちであるものの、奴は2回に渡る戦闘で疲弊していた。特に2回目の戦いでは右眼を失ったのだ。
シルビアは無事なのか?戦いは終わっていない。シルビアはあの吸血鬼と戦闘中なのだ。シルビアに一刻も早く合流しなければ。その一方で、客観的に思考を進める自分の存在も確かに感じる。『行くべきではない』と。
俺は俺の中のそのような些細な葛藤により、シルビアのところへ駆けつけることを躊躇っていたが、よく考えてみれば大したことないことに気づいたのだった。
「団長、俺をその馬に乗せてってくれないか?飛王竜を追い詰めた俺の仲間がまだ戦っているんだ」
シルビアの戦闘を見れば誰もが気づくだろう。シルビアの強さ、そして魔族に縁のある存在だと。そうなれば村にいられない。
けど大丈夫だ。そうなったら、俺も村を出ていけば良いだけなのだから。シルビアは再び追われる立場になる危険を一瞬も憂慮することなく剣を握った。
そんな彼女を独りになんて俺にはできないのだから。




