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魔王の力をお借りします!  作者: 働く猫の日常
30/97

初めて竜を退治します。(20)


「マイラ、マイラ、マイラさーーーん!?」


 俺の後方で木が次々に倒れていく音が聞こえる。後ろを振り返りその様子を確認したいという欲求に駆られもしたが、見たが最後、追いつかれた飛王竜に殺されるという想像が現実になりそうでできない。


 「なんじゃ、余の好意を無下むげに扱った愚かものが今更何のようじゃ」


 「用も何も死にそうなのが分からないのか!?」


 「ふん、お前のような恩知らずは死んでしまうがよいわ」


 ぐすん。とすすり泣く声が聞こえた。こいつ、普段俺に対するあたりが強い癖に打たれ弱すぎだろうが。


しかし今頼れるのはこいつを置いてほかにはいないのだ。なんとか機嫌を直してもらわねば。


 「お前は何も悪くない。全ては浅はかな俺が招いた事態でした。マイラがいないと俺はダメなんだ!だから助けてくれ、これからなんでもすると誓うから」


 「余がいないとダメと?」


 「ああ、そうだとも。普段ちょっと意地悪してしまうのも愛しい気持ちの裏返しというやつだ」


 「ふ、ふん。そうなのじゃな」


 よし、段々と機嫌直ってきた。ちょろいなこいつ。もう少しだ。


 「先ほど貴様何でもすると言ったな?」


 「なんでもだ!」


 「余に誓うか」


 「ああ、誓うとも」


 「ククク、ここに今契約はった!」


 なんだ、いま一瞬俺の体が光って術式が浮かびあがったんだが。


 「ククク、浅はかだったというのなら、それは今このときの貴様こそが最も浅はかであった。こともあろうに魔王様の第一眷属である余と『なんでもする』という契約を結ぶとは。これは張り切らなくてはのう」


 ぐっ。こいつあまりに弱々しくいじけていたから優しくしてしまったが、ドサクサに紛れてトンでもないこと企んでやがった。


 しかし、対価を払ったとしてこの場を乗り越えられるのなら形振なりふり構ってなどいられない。


 「それでは、勝率0パーセントの現状を1パーセントまで引き上げるとするかのう」


 「どうするつもりだ?」


 「それはのう」


 マイラは耳打ちをするような囁き声で自身の練りに練ったであろうベストプランを発表した。なるほど聞く限り非の打ちどころが一切ない。唯一、そうだな。全くの素人ながら大変恐縮に感じながらも、指摘せざるを得ない点があるとすれば、実現が不可能ということくらいかな。


 「そんなことできるわけないだろうが」


 飛王竜の真横を通り抜けるとか、ブレスを全て防ぎきるとか、懐に切り込むとかその全てが自殺街道まっしぐらである。


 「それでは死ぬしかないかのう。貴様の目にはどう写っているのかは知らんが、奴は右眼を失い、度重なる戦闘で疲弊しきっておる。それに貴様が奴に衝突したお陰でその左肩にも少なからずダメージを与えておる。これを生かせばあるいは」


 マイラはそんな分析をしてみせる。同じ瞳を通して状況を見ているはずなのに、改めてこいつの凄さを痛感させられる。


 「余の作戦に必要な武器を錬成する。両手剣と双剣あたりが良いじゃろう。そのための材料は近くにあるようじゃ。さっきから余のレーダーが反応しておるわ」


 くそ。一か八かだ。どうせ死ぬなら生きる可能性があるほうにかける。


 「エルザ聞こえるか」


 「何よ。追いかけるだけで死にそうなんだから話しかけないで」


 「キースもいるか?」


 「おおよ。こうなったら地獄のそこまで付き合うぜ」


 「ニーアもいるよ!」


 聞こえた声を頼りに3人の姿を探すとほぼ平行にエルザとキースが走ってくれていた。ニーアはキース両肩をがっしりと掴み、その背中に張り付いていた。ニーアを置いていこうと思ったが、一人はぐれたところを狙われたほうが危険だと判断した。


 「俺はこれからUターンして来た道を引き返す。その間、10分いや5分だけで良い。時間を稼いでほしい」


 「はあ!?引き返すって何考えてんだ?一瞬でも足を止めたらひき肉になるぞ」


 「それでもやるしかねぇってんだよ」


 「はあ、いつも訳がわからない行動ばかりしているけれど今回は格段ね」


 顔を見る余裕はないが声の調子からあからさまに呆れた顔をしているのがわかる。


 「この私をつき合わせるのだもの。何かしらの成果を持ち帰らないと承知しないから」


 「恩にきるぜ」


 俺は意を決して急ブレーキをかけ、後方へ方向転換をした。


 その瞬間、飛王竜の鉤爪が俺の体を切り裂くということはなく、幸いにも30mほどの距離があった。しかしその空間も瞬きの間に収縮していく。その収縮の速度を自ら加速させるというのだから正気ではない。


 正気を取りもどす前に俺は飛王竜に向かって駆け出した。


 飛王竜はその右手をこれ以上ないほど広げ、鉤爪の攻撃範囲を最大限にしたうえで繰り出す。向かって左方向から襲い来る死を俺は右前方へと向かって逃れようと走る。


 刹那せつな。体の感覚を失い、胴体から魂が離れたと思ったが俺の足は止まることなく動き続けていた。ほどなくして音が戻り、少し遅れてドラムのように鼓動する心臓の音が聞こえた。


 俺の体は飛王竜の胴体、そのすぐ横を通り抜けた。


 遠近感。やつは右目を失っていた。おまけに前方に向けて全速力で突進していた中での攻撃である。まさか獲物みずから距離を詰めてくるとは思わなかったのだろう。


 俺は死ぬ思いで飛王竜の死角へと逃げ込み、九死に一生を得た。


 度重なる恐怖に相次ぐ全力疾走に俺の心臓は限界をとうに超えていた。しかし、俺は走り続けなければならない。やっと掴んだ今にも消え入りそうな希望の光を見失う訳にいかない。


 奴は追いかけてきているのか?それともエルザたちが足止めしてくれているのか?それすら確かめる余裕はない。


 「向こうの木が軒並み倒れている場所じゃ。あそこに大量の魔鉱石があるはずじゃ。急げ、そうこうしている間にあの3人が死んでしまうぞ」


 返事をしている余裕もない。遠目に馬車の残骸が見える。最初にエルザたちと一緒に避難していた馬車だろう。あの場所は遠いのか近いのか。


 俺はほとんど滑りこむように魔鉱石が散乱した場所に駆け込んだ。入れられていた箱ごと外に投げ出されたのだろう。幸いにもそれほど散らばっていない。


 来た道をやっとの思いで振り返ると、遠くのほうで飛王竜が暴れているのが見える。エルザとキースが頑張ってくれているようだ。


 この時間を無駄にはできない。俺は地面に散乱している魔鉱石をかき集めた。


 「これで奴に傷をつけることができる武器を作る。ククク、これほどの魔鉱石を運搬うんぱんしていたとは、魔水晶まであるではないか。これ1つで街1つの魔力供給は十二分に事足りることじゃろう。王都は戦争でも始めるつもりかも知れないの。騎士団長クラスの武器が2つは作れるわい」


 「本当に数分で錬成できるんだろうな。この戦況を覆せるような武器を」


 「設計図は余の頭に既にある。貴様こそ、呪文詠唱をしくじるなよ。余の言葉を全て復唱するだけで良いが、舌を噛もうものなら引きちぎれるのは自身の舌などではなくあの小娘の四肢だと心得よ」


 言うが早いか。マイラは俺の中で呪文の詠唱を開始する。俺は聞こえたそばから音としてその言葉1つひとつを紡いでいく。


 呪文とともに魔法陣が発動し、その中にある鉱石、水晶は全て俺のいる中心部へと吸い寄せられる。呪文が音声としてこの世に現れるにつれ、それらの鉱石も姿を変えていく。


 先ほどのマイラの忠告は大げさなものではなく、気を抜くと聞き逃す速度で呪文が唱えられている。そんなことを頭に浮かべたこの一瞬のうちにも目の前を言葉が通過していき、それを慌ててつかみ取るような錯覚に陥る。


 詠唱を途切れさせるわけにいかないためマイラはその間、他のことを口にできないのだが、「気を引き締めろ、一刻の猶予もないのじゃぞ」という忠告は不思議と届いていた。


 俺以上にマイラのほうが大変なはずだ。あくまで動力は俺なのだから詠唱は俺がしているが、魔力コントロールや錬成魔法の維持など全てマイラが担当している。このレベルの材料を加工するなど、経験豊富な専門家でも手を焼くだろう。


 それをこの2分でその工程のほとんどを終えるというのだから、文字通り人間の域ではない。既に双剣は完成した。こんなの毎秒針穴に糸を通し続けるような作業だ。神業かみわざとは正にこのことを言うのだろう。


 だからマイラを責めることなどできない。そんな脳が焼き切れるような集中力を発揮しているなか、索敵(さくてきにまで気を張り巡らせることなどできない。


 「エリック避けろ」


 キースは俺目掛けて飛び込んで来た。それはまるで球技で落下スレスレのボールをダイビングキャッチする選手のような動きであった。


 何が起こったのかを察するのにそう時間は要らなかった。焼け焦げた地面、そして一直線上に口から煙を吐き出している飛王竜がいた。


 「悪い、まだ時間稼ぎたかったんだが。こいついきなりお前のことを追いかけだしたかと思えばブレスなんか吐き出しやがった」


 まさか、この錬成魔法に反応したのか。魔鉱石、魔水晶の発する魔力に吸い寄せられたのか。


 「くそ」


 剣はどこに。両手剣と双剣だ。もう少しなんだ。もう少しでこいつに対抗することが。


 あった。飛王竜のブレスで飛ばされたがどちらも近くに落ちている。形は完成している。後は術式を刻み込むだけなのだ。1分もかからない。


 「おい、エリック。やめろ!そいつはお前のことを狙ってんだぞ。一人で離れるな!」


 まともな思考ができなくなっていた。この開けた場所に1人無防備に動く人間など恰好の的であったことだろう。この武器を完成させなくては。その気持ちだけが頭を埋め尽くしていた。気づいた時には飛王竜が炎球を吐き出そうとする姿がスローモーションに見えた。


 「フレイム・テンペスト!!」


 突如現れた炎の砲撃に飛王竜は怯み、その発射直前だったブレスは空中に霧散した。


 「フフフ、お父さん仕込みの『フレイム・テンペスト』の威力はどうかしら?中級魔法にも関わらず。威力、汎用性はんようせいともに申し分ないわ。不意打ちでも多少は効いてくれて嬉しいわ」


 エルザはボロボロの衣服に身を包み、その絹のような肌には無数の擦過傷が刻まれている。そしてどこかで口の中を切ったのだろう、口からは血も零れている。


 しかし、その見た目とは裏腹にエルザの顔には笑みが浮かんでいた。


 「さあ、さっさと続きをしなさいよエリック。もう絶望パートは十分よ。引き伸ばしすぎたくらい。大丈夫よ。それが終わるまで私が守ってあげるから」


 「む、無理だ。もう今すぐにでも倒れそうじゃないか。早くここからお前だけでも逃げてくれ」


 「いやよ、そんなの」


 ツン、と俺の懇願を軽くエルザははねのけた。


 「あたしね。気づいたのよ、エリック」


 そしてエルザは心の底から嬉しそうに言った。


 「あなたは私が逃げてって言ってもきっと逃げないでしょ。私だって嫌だもの。私たちってきっとこれからもそうなんだわ。そうだとしたら」


 エルザは既に機能を失ったスカートの裾を破り捨て、飛王竜と正面から対峙する。


 「そうだとしたらお互いに守り切るしかないじゃない。あなたのことは私が守る、だから私のことはあなたが守ってくれるかしら」


 そんなの当たり前だろ。


 「何をしておる!その娘が気を引いているうちに完成させるのじゃ!」


 「ああ、エルザあと少しだけ頼む」


 「ええ、任されたわ」


 錬成魔法終了まで残り60秒。

 

 飛王竜は魔力の充填を終えるとブレスを放出する。

 

 エルザの『スギーアスアルグラン』はそれを受け止める。しかし、ほどなくして砕け散る。その瞬間、さらに防壁を展開する。2枚目の壁の破壊と同時に炎球は形を失う。完全に威力を殺すことはできないが、十分だ。


 残り30秒。


 ブレスが再度放出される。エルザはとうに発動限界を超えている上級防壁魔法を発動する。これさえ凌ぎ切れれば次のブレスが充填されるまでには完成する。


 残り20秒。


 しかし、やはり無理があったのだろう。今回の防壁は先ほどよりも早く崩壊が始まり、そしてブレスがその壁を突破する。


 「エルザ、ここを凌いでくれ。そうすれば完成する!」


 エルザは返事をする代わりに呪文を叫ぶ。2枚目の『スギーアスアルグラン』はブレスと衝突し激しい音を立てながらもその炎球とともに砕け散った。そのエネルギーで辺りは土埃が舞っていた。


 残り8秒。


 エルザはほっとした表情を浮かべ、自身の体の緊張を解く。


 その場面に俺は既視感を覚えるのと同時に全身を恐怖が襲った。俺はその未完成の剣を握りしめエルザのもとへと駆け出す。この残り一節の詠唱を終えることができれば。


 残り5秒。


 イメージしろ、やつの攻撃を防ぎ切ることができるそんな魔法を。エルザを守ることができる力を。


俺の姿をみたエルザは何かを察して土埃が舞う方向へと視線を向ける。飛王竜がその鉤爪をエルザに向けて繰り出してくる姿が土埃から浮かび上がる。


 残り2秒。


 その瞬間エルザと俺の視線は交差する。


 残り1秒。


 エルザの顔からは心からの信頼と安堵のみが見て取れた。


 「氷結せし城壁グラキエース・トイコス


 

 

 

 


 


 

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