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魔王の力をお借りします!  作者: 働く猫の日常
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初めて竜を退治します。(1)


「殺してやるっ!!エルザちゃんを守り切れずあまつさえ、傷を負わせた大罪人共を俺に裁かせろっ。その存在を未来永劫消し去ってやる。やめろっ、離せ!くそっ、邪魔をしやがって、お前らから一掃してくれるわ!」30代も後半に入っている仮にもこの村唯一の牧師様が子供のように暴れまわっていた。騎士団の1人が後ろからジークを羽交い絞めしていた。


よくぞ、この状況にまで持っていったものだ。それぞれが自分の役目を全うした結果と言えよう。辺りには我が身を顧みずに任務を遂行した戦士たちが満身創痍で倒れている。


 「ジーク様お止めください!本当にこの村を吹き飛ばすおつもりですか。その術式を早くしまってください。ちょっと冗談じゃないですって。このままではあなたがこの村を潰した張本人になってしまいますよ!おい、お前ら何を呆けているんだ?早く止めろぉぉ」残りの力を振り絞り騎士団の小隊が全員かかりでジークを止めに入る。


 かねてから計画されていた通りに一切の無駄の無い連携であった。360度のあらゆる方向から次々と鎧を着た屈強な男がジークの上に覆いかぶさっていく。その第一弾に気づき逃げようとしたが、甘い。ジークは足を取られ転ぶ。「何だこれは!?」先ほどまで地面に埋め込まれていた縄が合図とともにぴんと張られジークの足を絡めとる。


 「ぐはっ」さすがのジークもこの人数に押しつぶされ呪文の発動どころでは無くなったのか。村上空を余裕で覆いきる魔法陣が消えていく。あいつマジか。本気出せばこの村全てが射程範囲なのか。回復を主とする魔導士という設定はどこにいったのか。もしかして王国最強の魔導士というのも全くの嘘じゃないんじゃないのか。本当に村が吹き飛ぶところだった。


 「お父さん、いい加減にしてちょうだい。私に残ってる傷といっても倒れこんだときに擦った傷が何か所かあるぐらいよ。背中の傷は、通りすがりの騎士に治してもらったみたい。」尊敬する父の駄々を捏ねる姿は見るに堪えないとばかりにエルザは顔をしかめていた。腕と顔に包帯やらガーゼやらで治療された跡があるが、あくまで保護のためである。傷はほとんど残っていない。


 さて、この状況に至るまでの経緯を説明しなければなるまい。この騎士たちがどのような努力をしてこの最恐魔導士の身動きを封じたのかを。


 あの村を襲った襲撃のあと、避難していた村のみんなが夜明けを待たずに戻って来てくれた。話を聞くところによるとシルビアがみんなを呼んでくれたようだ。


 「おーい、エリック大丈夫か。」一番最初に俺たちのところに来てくれたのはキースだった。彼なりに心配してくれたのだろう。額には汗が浮かび、息も切れていた。


 「どうやら無事なようだな、傷も無いようだしエルザちゃんも健やかに眠っているし問題ないな。って聖堂はどこに行った!?聖堂どころか風景が変わっているように見えるんだけど!?エルザの服が何でボロボロなんだ、背中に限っては丸見えだよ!?」気持ちの良い反応だった。結界に守られていた女神像も俺が結界を解除したため、俺の最後の魔法で崩れ落ちたようだ。


 エルザはもちろんのこと、俺も1人では歩けない状況を見てキースは応援を呼びにいった。俺の体はまるで力の全てを出し尽くしてしまったかのように、まったく反応がない。


 「見事な戦いでした、エリック様。」体を動かすことを諦め、キースが来るのを待っているといつの間にかシルビアが俺の頭元に座っていた。


 「よお、シルビア遅かったじゃないか。」結局、昨夜の戦いはシルビアの助力無しで乗り切ることができた。当初の計画であれば、シルビアが敵の本隊を全滅させるまで時間を稼ぎ、そのあとにシルビアにこちらも倒してもらおうという作戦だった。改めて考えてみると本当に情けない作戦である。しかし、シルビア程の戦士がこんなに手こずるとはやはり、今夜の傭兵集団は相当の手練れ揃いということだったのだろう。


 「ええ、申し訳ありません。想像以上に相手が頑張るものですからつい、たのしん、、いえ手こずってしまいました。このシルビア一生の不覚ですわ。」何か一瞬頬が緩んだように見えたが気のせいだろう。「そうか、でも生きていてくれただけで十分だ。一番大変なほうを相手してもらったんだから。本当にいつも助けてもらっている。シルビアがいなければ今頃、村は全滅してただろう。ありがとうな。」シルビアの好意に付け込んだ形になったことを少しばかり後ろめたく思う。


 「ああ!そんなに私の身を案じてくださるだなんて。まさかとは思いますが遂に私を娶るおつもりになられたのですか。このシルビアいつでもこの身を捧げる覚悟はできております。たとえ、今夜このままお求めになられたとしても決して拒みませんわ。」シルビアが仰向けに倒れている俺の体を抱き寄せる。俺の顔はシルビアの胸に埋まる形で固定された。普通の男子であれば歓喜する場面だろう。もちろん俺も一瞬、邪な考えを抱いたがそれどころではない。


 「、、、、、、」


 『息ができない。』よくそんな表現を見たり、聞いたりするたびに「そんなこと言っても少しは息できるだろう。」などど考えていたが、これは本当にやばかった。何というか単純にシルビアの力が強すぎる。加えて俺の体は動かすことができない。首の後ろに回された右腕の締め付けが尋常ではない。シルビアの胸のクッションが上手いこと隙間を埋め、きれいに気道を圧迫している。


 「しかし、やっとの思いで教会までたどり着くとそこには、尋常ではない魔力を纏ったエリック様がいるではないですか。」


 「、、、、、、、、」


 「忘れもしません。あの剣はルシフェル様がお使いになられていたものと同じ!炎の色に違いこそあれど、あの威圧感と神々しさは間違いようもありません。最後に使用するところの見たのは『ブルックデール高原の戦い』以来でしょうか。一振りで数百の軍勢を吹き飛ばしたあの光景は今でも目に焼き付いています。」

 

 「、、、、、、、、、、」



 「やはり私の目に狂いはありませんでした。エリック様はあの方を超える人物となられると再認識することができました。あの時のことを思い出すと今でも胸が高鳴ります。聞こえますでしょう、エリック様。私のこの胸の鼓動が。」


 「、、、、、、、、」


 「エリック様?いくら私と言えど、無視をされると傷ついてしまいます。何か失礼なことをしたのであればおっしゃってください。エリック様?」


 「おーい、エリック。仲間を連れてきたぞー!あれ、シルビアちゃんも来てくれてたのか。エリックも幸せそうだな。なあ、おい。、、、。って息してないんですけど!?俺が仲間を呼んでくるこの短い時間に何があったぁ!?はっ、まるで何か強い力で締め付けられたあとがある!畜生っ、敵はまだ残っていやがったのか。」


 「そういえば、北のほうへ逃げていく人影を見たわ。」


 「なんだって!?教えてくれてありがとうシルビアちゃん。待ってやがれ、盗賊野郎が。シルビアちゃんはなんとかエリックの息を吹き返させてやってくれ。うおおおおおおおおおおおお。」


 そんな会話が薄れていく意識の中で聞こえた。待つんだキース、犯人は目の前にいるぞ。


起きると、すっかり太陽は上がり切っていた。どうやら半日は寝ていたらしい。それからは村長が俺のところに来て事情を聞いていった。シルビアのことについて一切触れることができなかったため不明瞭な説明になったのだが、村長は村人全員が無事である現状を踏まえ、深く追及しては来なかった。これから来る騎士団やジークへの説明は上手いこと考えてくれるということであった。


 魔力の消費が著しかったのか、エルザはその日の夕暮れ前に目を覚ました。背中の大きな火傷は俺が治療したが、見ると他にも切り傷や打撲跡があるのが見て取れた。


 しかし「いやらしい目でジロジロ見ないでもらえる?世の中には包帯フェチというものがあると聞いたけれどエリックはそうなのかしら。いや別に個人の趣味だから別段なにも言うことはないのだけれど、友人としてこれまで通り付き合っていけるか心配になっただけよ。大丈夫、表面上は問題なく振る舞う自信はあるわ。」などどいつも通りの毒舌も聞けたので一安心であった。(しかし心に大きな傷は負ってしまった。心に巻く包帯というのは売っていないのだろうか。)


 エルザが目を覚まし少したったあとに騎士団約20名がジークの言った通りに到着した。村の現状については村長が上手く説明してくれた。被害としては教会周辺が破壊されてたということのみであった。当事者としてはこの世の終わりのような激戦であったと感じたが、終わってみればそんなものか。


 「そうでしたか。まさか私たちが到着する前に村が襲撃されるとは。負傷者が2名というのは不幸中の幸いでした。ジーク様の村を守り切れないとあっては王都騎士団の名折れ。正体不明の騎士がこの村を訪れ颯爽と救って立ち去ったというのはいささか気になるところですが、今はただ皆さんの無事を喜びましょう。」その声は優しくも力強さに満ちていた。その立ち振る舞いは堂々としており、どんな脅威にも勇猛果敢に立ち向かって私たちを守ってくれると信じることができる。初めて王都の騎士団というものを見たが、なるほど、あの略奪者たちが到着前を狙うわけだ。


 聞くところによると、鍛え上げられたその肉体は民衆の盾となり、練り上げられたその剣技は闇を切り裂く。修練の中で形成される精神は民衆を照らす光であり、蓄えられたその知略はどんな窮地においても必ず一筋の光明を見出すとか。王都騎士団の偉大さを表す口上は数えきれないほどある。


 「ところで、負傷者の内1人はそこにいる少年ということはわかりました。もう一人は少女と聞きましたがどこにいるのですか。私たちの中には医療に通じているものもおります故、お力になれるかと思います。」


 「ええ、それなら隣の部屋で寝ております。私の娘というわけではないのですが、何しろ教会が破壊されていまして。寝るところもない有様ですので。」


 「教会の娘とおっしゃいましたか?」


 死傷者もいないことに胸を撫でおろしていた騎士団であったが、村長の話を聞くと急に青ざめたように感じた。というか実際に何人かの顔は真っ青であった。


 「隊長まさか」一人がたまらず、隊長らしき騎士に話しかけた。「いや、決めつけるのは早計だ。まずは確認しなくては。」一見、先ほどまでと変わらない様子であったが、少しであるが緊張を感じ取ることができた。


 「村長、申し訳ありませんが、その娘のところまで案内していただくことはできますでしょうか。」


 「ええ、それはもちろん。」村長は隣の部屋の扉をノックした。すると「起きてるわ」とエルザの返事が返ってきた。一同は部屋の中に入る。俺はすこし前にも一度会っているがそのときよりも顔色は良く見えた。しかし、それとは対照的に騎士団の顔はエルザを見るや否やますます青ざめていった。



「教会の娘ってことは、彼女はもしかして。」「2人の負傷者の一人とはジーク様の娘のことだったのか」「俺たち殺されるんじゃ」「馬鹿な、まさかあのジーク様と言えど私たちに危害を与えたりは」「そんな、俺には結婚したばかりの妻がいるのに」「ああ、俺たちの命は風前の灯だというのか」


 「ねえ、エリック。なぜこの騎士様は私の顔を見てこんなにも絶望しているのかしら。もしかして私ほどの美女と会ってしまったがばかりに今後出会う全ての女性が見劣りしてしまうということに気付いてしまったのかしら。」どんなときでもポジティブなこの姿勢は病床においても変わらないらしい。


 「時間が経つごとにその傲慢さも復活してきて安心の極みだよ。」俺の耳が狂っていなければジークと言ったか。


 「落ち着け!」さきほどの隊長が勇ましくも声を上げた。「お前たちの不安もよくわかる。娘が怪我をしたと知れればジーク様がどういった行動に出るかわからん。『えっ、もしエルザの護衛に失敗したら?それは君、地獄の最下層を見ることになるよ』と言い放ったあの顔は本気であった。」


 えっ、何?ジークの奴、王都の騎士団を脅してこの村の警備に就けたの?本気で恐れ慄いてんだけど。ここに来た時のあの立ち振る舞いがどっかにいってしまうくらいビビッてるんだけど。


 「しかし、我々はこのような困難を幾度となく乗り越えてきた。今回のこの戦いも私たちであれば制することもできよう。万全のジーク様であればいざ知らず、怒りで我を忘れた獣など恐れるに足らず。全員で立ち向かえば、一握りの勝機を掴むこともできよう。」


 演説が進むにつれて生気を失っていた騎士団に希望の灯が灯り始めた。1人また1人と虚ろだった瞳に輝きが蘇る。


 「村の地図を持ってこい!どこであればことを起こすのに最適か割り出すのだ。装備の整備は怠るな。些細な取りこぼしが冥府への通行手形となると知れ。彼を人間と思うな。1つの国を相手取ると考えるのだ。普通の騎士なら諦め挫けるだろう。しかし、私たちならできる。」


 「そうだ。今までなんのために鍛えてきたんだ。」「負けるわけにはいかない。家で待ってくれている家族のためにも。」「娘を思う気落ちなら負けてないぞ。」騎士それぞれが闘志を燃やし始めた。

 

 「いいか。数日後、ジーク様が到着次第、拘束するのだ。身動きを封じろとは言わん。なんとか対話のテーブルにつけるのだ。エルザさんといったか。あなたの声であればジーク様も耳を貸すに違い無い。力を貸していただけるだろうか。」


 「ええ、もちろんよ。よくわからないけれど困難に立ち向かう人々を支えるのがシスターの役目だもの。全力で力になるわ。」エルザは快く協力を受け入れた。何か凄い使命感に突き動かされているというような顔をしている。いや、お前の父親がその困難そのものなんですけどね。


 「ここに『娘の盾作戦シールド・オブ・ドーター』を開始する!!決して気を抜くな、激情した奴が村全体に魔法攻撃を仕掛けるぐらいの想定は済ませておけ。大義は我らにあり!」隊長はその右拳を頭上高くかかげ声高らかに味方を鼓舞した。


 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」既に太陽の沈み辺りを闇が包み始めた村に力強い咆哮が響いた。もうここには恐怖に縮こまる臆病者はいない。


 王都騎士団が誇る肉体が、剣技が、精神が、そして知力が一人の親ばかに抗うべくいま一つになろうとしていた。いや、というか、こいつら本当に何やってんだ。




 


 

 

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