生命〈ヒロイン〉
《ある小さな街》
狭いながらも暖かく、綺麗に片付けてある一軒の家の中には、昨夜産まれたばかりの赤ちゃんと母親がベッドの上で休んでいる。
ふと、目が覚めた母親は、隣でスヤスヤ気持ち良さそうに寝ている赤ちゃんを冷たい眼差しでジッと眺め、呟いた。
「私の目の前に、うごうごうごめく細くしわくちゃな小さな手……こんなに小さいのに、ちゃんと爪まできちんとあるなんて、不思議。
本当ならこんなモノ欲しくなかったの……仕方なく、成り行きで産んじゃったわ。
だって……仕方ないじゃないの。アイツについて行くしかなかったのよ……
アイツが脱獄させてくれなかったら私、一生あんな汚い牢屋から出られなかったんだもの。
だけど、これは要らないモノだわ……こんなモノ欲しくなかった……もっと煌びやかで騒がしく毎日チヤホヤされて、そんな毎日を夢見てたのに……
こんな乳くさいフニフニしたモノ要らない。
お乳をあげ続けたらきっと私の自慢の胸が縮むわ……でも、この世界に粉ミルクなんてきっとないわよね。私が幸せに暮らせる世界はどこにあるのかしらね」
母親は呟き、嫌そうな顔をして胸を出し、赤ちゃんの口元に綺麗な形の乳首を近づけた。
「クンクン言ってるモノに胸を近づけると、パクパク口を開けて魚みたいに探すのね……
少し面白いわ……見つけたら口にめいいっぱい含んで後は、んくんくん言いながらひたすらゴクゴク飲んでる。へーんなのこの生き物。
綺麗なイエローの瞳でガン見しながら飲むなんて……ちっとも可愛くなんて無いわ……
それに、身体の力も抜けていって、まるで血を吸われているみたい……私がこの子に命をあげていくの? これから私を削りながらこの子を大きくして行くの? ありえないわ……
私は何の為に記憶を持ったままこの世界に来たの? ヒロインじゃあなかったの! こんな事になるなら、どうせなら記憶もなく、一から生まれ変わりたかった……」
母親は、そのうち考える事に面倒くさくなり、仕方ないから成長するまではお乳ぐらいはあげてもいいかと思い始めていた。
そして、次に生まれ変わるときは、記憶も無く真っ白い、一からの自分からはじめてみたいと、小さな命を抱き上げながら思った。
その赤ちゃんは、母親の魔力を上回る程のものを与えられていた。