やかましき子供たち
「天にまします我らの父よ。今宵も我々に糧を与えてくれることに感謝します。アーメン。」
「「「「「「アーメン。」」」」」」
僕は、教会の食堂でみんなと晩御飯を囲んでいた。
こんなに大勢で机を囲むことは、親戚づきあいも薄い僕はほとんど経験がないといってもいい。
教室でお弁当を食べるときも、近くで机を付けた人とあたりさわりのない話をするくらいだった。
それが
「神父様!神父様!ポールがスープをひっくり返しました!」
「おい!ジェイコブ!お前が僕を突き飛ばすからだろう!」
「おやおや、おやめなさい二人とも。神が見てらっs」
「うわーーーーん!!もうやめてよおおおお!!」
「ちょっと!もう!二人とも食事中に取っ組み合いはやめなさいよ!!ルイスも落ち着いて!今日はせっかく新しい人が」
「(もぐもぐ)」
どったんばったん大騒ぎ。
青葉「ジョゼフさん……いつもこんな感じなんですか?」
ジョゼフ「いつもよりはマシですよ。ええ。」
数十分前。
夕の祈りが終わったところで、ランドルフ神父が僕をみんなに紹介した。
ランドルフ「本日から、私たちの舎にまた一人、迷える羊が来てくれました。
アオバ、自己紹介をお願いします。」
青葉「高松 青葉といいます。短い間になりますが、よろしくお願いします。」
しばらく沈黙が続いた後、2番目に年長くらいとみられる茶髪の子が口を開いた。
「ふーん。なんだ。僕たちと同じ捨て子か。その年なのに。」
青葉「え?」
「その年だったら何かやって働けるでしょ?なっさけねー。」
「ちょっと!ポールったらそんな言い方ないでしょ!」
朝に声をかけてくれた子、オーガスタちゃんがフォローに入る。
ポール「は?事実だし?ていうかタカマツは何歳なのさ?」
青葉「えっと」
僕は反応に困った。実際図星に近いのであまり怒る気にはならないのだが、小学生ってここまで辛辣だったか?
僕がこれくらいの年の時はたぶん卑猥なギャグでゲラゲラ笑ってるような年だったと思うけど。
教会にいるんだったら優しいんじゃないの?外国だからか?異世界だからか?という風に混乱していた。
ポール「へっ。何も言えないのか。10歳の僕に対して5こ6こくらい上のくせに。」
オーガスタ「ポールったら!ごめんなさい!ポールっていっつもこうなの!」
「そうだ!初対面の人になんてこと言うんだよ!」
黙っていた黒人の子(おそらく10歳以下だと思う)がいきなり横槍を入れる。
ポール「うるせえそばかすにクロンボ。お前らなんかKKKに」
ランドルフ「ポール、そのような言葉を言ってはなりません。今は自己紹介の時間ですし、神の御前ですよ」
ポール「ふんっ。」
ポールが黙ると同時に、オーガスタが口を開く。
オーガスタ「ええっと、朝も言ったけど、私はオーガスタ!11歳よ!アイガシーキエレメンタリースクールに通っているの!ここの子はみんなそうなのよ!」
ジェイコブ「俺はジェイコブ。サッカーが好きなんだ。ポールのバカが言ったことは気にすんなよ。」
ポール「誰がバカだこの!」
目の前でいきなり取っ組み合いが始まる。
それを見た赤毛の坊やがなぜか「わあああああああああああん!!!」と泣きじゃくりだした。
神父は止めるのかと思いきや、「やめなさいやめなさい」としか言わない。なんてこったい。
僕と用務員のおじさんが取っ組み合いをしている二人を力でひっつかまえる。
ポール「ちくしょうはなせ!バカ!能無し!ニート!○○〇!####!」
どこでそんなの覚えたんだというような悪態をつきながらバタバタ暴れる小学生を押さえつけるのには苦労したが、
力づくで押さえるとさすがに大人しくなった。
青葉「ふう、ふう、で、君は?」
ポール「…ポール。」
ジェイコブ「ざまーみろ!」
ポール「黙れ!(ジタバタ)」
そんな中、神父は坊やをなだめていた。
ランドルフ「ルイス、大丈夫だ、ルイスが殴られるわけじゃないから、大丈夫だから、な?」
ルイス「ウッ……ぐすっ……うう……」
僕が「何だコイツら」という感想になりかけていたとき、クマを抱えた一番幼く見える女の子…年齢の割に長いブロンドの髪が目立つ…が話しかけてきた。
「わたし。フランセス。こっちはおともだちのジャシント。アオバ、よろしくね。」
青葉「あ、よろしく。」
不意打ちの模範解答が来て数分後、ようやく泣きじゃくっていた子が落ち着いたようだ。
ランドルフ「さあ、ルイスもあいさつおし。」
ルイス「……ルイス……です……ぐすっ」
青葉「よろしくね。」
「最後に私ですな、ジョゼフです。ここで料理やら選択やら掃除やらしてます。」
青葉「あ、よろしくお願いします。」
ランドルフ「ハイスクールへの転入手続きまで、青葉はおそらく主にジョゼフの補助に入ってもらうと思います。」
青葉「はい。」
ランドルフ「では皆さん、食事にいたしましょう。ジョゼフ、子供たちを食堂へ‥‥」
ジョゼフ「わかりました神父様」
ゾロゾロゾロ
ランドルフ「早々に見苦しいところを見せてしまってすみません。私は神に仕える身でありながら、神に近い純粋な子羊たち、もとい、子供の扱いが苦手なのです。」
苦手とかそういうものではないようにみえる。
ランドルフ「ゴホン!ところであなたはソ連から来たとおっしゃっていましたが。」
青葉「はい。間違いなく昨日の夜まではソ連のスモレンスク州にいました。」
ランドルフ「オーガスタがあなたを見つけたのは7時過ぎごろ。誘拐されてきたにしては早すぎるし、意味も不明だ。見たところあなたは日系人のようですが、
ソ連にいる前はどこにいらっしゃったのですか?」
青葉「……」
僕は返答に詰まる。昨日は正直に言ったけれど、さすがに異世界ということはごまかしてしまうべきだろうか?
僕が迷ったのが分かったのか、ランドルフ神父が少し慌てたように愁眉を開く。
ランドルフ「あ、言いたくないのなら無理におっしゃらなくてもかまいません。ですがここは小さい子供もいる教会。隣人を疑いたくはありませんが、
正直に答えていただければ私もみんなも安心できます。」
青葉「教会……」
僕は正面にある十字架を見た。僕はあまり神様を信じてお祈りしたりすることはないけれど…
……今度はこの世界の神様と神父様を信じてみよう。
青葉「僕は、ひと月前にこの世界とは違う世界の日本から飛ばされたみたいなんです。」
ランドルフ「違う世界……!」
ランドルフ神父は驚いたような表情になる。
ランドルフ「違う世界……確かにそうおっしゃいましたね?して、どのようにしてこられたのですか?」
予想していた対応と違う質問を受けたことに僕は面食らった。
「ありえませんよ」と笑われたり、「頭を打ったようですね」と心配されたり、もしかしたら「神の御前でよくも」などと糾弾されることを予想していたのだ。
青葉「ここに来た時と同じように、自宅で眠っていて、気がついたら森の中に……」
ランドルフ「……」
青葉「あの」
ランドルフ「……!ああ、どうしましたか?」
青葉「神父様は……信じてくださるのですか?」
ランドルフ「……。ええ、信じます。信じますよ。神の御前での告白です。信じないということは神を疑うことと同義です。」
青葉「ありがとう、ございます。」
ランドルフ「さて、ご飯にいたしましょう。みんな待っていると思います。」
青葉「はい!」
すんなりと信じてくれたことに困惑していた僕だが、神父に従い、食堂に向かった。
___で、今に至る。
「ちくしょうニガーのくせに!」
「なんだとこの野郎!」
「いい加減にしなさいよ二人とも!」
「みんな、落ち着いて落ち着くのです。オロオロ」
「あーん!うわーん!」
「(むしゃむしゃ)」
「……青葉さん、早速で悪いのですが。」
「……はい、手伝います。」
これは当分落ち着いて食べることは難しそうだ。
ポール(♂) 名前は重巡洋艦セントポールから。オーガスタに次いで年長だが悪ガキでいじっぱり。よくオーガスタに意地悪する。
ジェイコブ(♂) 名前は軽巡洋艦サンディエゴから。ポールとは犬猿の仲で、いたずらを大人に言いつけることが多い。
ルイス(♂) 名前は軽巡洋艦セントルイスから。泣き虫っ子。誰か(95%ポールとジェイコブだが)がけんかを始めるとわんわん泣き出す。
フランセス(♀) 名前は重巡洋艦サンフランシスコから。一番年下だが常に落ち着いている。テディベアのジャシント(名前は軽空母サン・ジャシントから)をいつも連れている。
ジョゼフ 名前は補給艦サンノゼから。老用務員。料理や清掃などをやっている。子供たちの行動についてはあきらめの境地に達している。