ミズ・スヴェトラーナ
僕は睡眠をとっていた自分の部屋からいきなりわけのわからない森に飛ばされた後、ねぼけまなこで森を歩いていたら、
いきなり茂みから出てきた犬の飼い主であろうおばあさんと目が合ったまま数秒間見つめあっていた。
先に口を開いたのはおばあさんだった。
おばあさん「あら、ごめんなさいね、うちのリガちゃんがいきなり吠え付いちゃって…あなたも朝の散歩の途中?」
見かけによらず、すごく流ちょうな日本語だ。
僕「あっはい」
予想していたものと全く別のものが茂みから出てきたことにより、僕は一時的に思考停止に陥っていたが、話しかけられたことで正気を取り戻す。
僕「あの、ここは…」
と言いかけたとたん、何といえばいいのかわからなくなる。
「どこなのでしょう」などと言ったものなら異常者扱いされてしまうだろう。とはいえ何の情報もない。
目の前にいるのは僕の考えていた異世界らしくない「ニュースの国外インタビューにでてきそうな外国人のおばあさんと飼い犬」なのだ。
言葉に詰まっている間におばあさんが言葉をつなげる。
おばあさん「あなた、このあたりじゃ見ない顔ね。観光客さん?それにしてはなんか格好がラフね。新しく引っ越してきたのかしら?」
僕「えっと…」
しかたない、ここは…
僕「僕、ここがどこかわからないんです。」
変な目で見られてもいいから情報を集めないと。
おばあさんがこちらを見る目がかわる。
やっぱり失敗だったか、と思う僕。
おばあさん「あらあら、あなたはだしじゃない、しかも何も持っていないわ、泥棒にでもあったの?しかも泥や木の葉がついているわ、まあそれはあたしもだけど…どこかが分からない?もしかして記憶喪失かしら?強盗に殴られてしまったの?」
声が心配そうな声になり、こちらの様子を見ながら矢継ぎ早に質問をしてきた。
僕「えっと‥」
おばあさん「思い出せないの?あなた、自分の名前はわかる?」
僕「あっ、僕の名前は…」
僕「僕の名前は高松…高松青葉っていいます。」
おばあさん「名前はわかるのね。あたしはスヴェトラーナっていうの。スヴェータでいいわ。ああ、この子はリガよ。」
リガ「ワンッ!」
スヴェータ「青葉、あなたずいぶん寒そうな格好ね。大丈夫?泥棒に身ぐるみはがされてしまったのかしら。」
青葉「大丈夫で…ハックション!」
スヴェータ「あらあらあら。うーん、そうだね、行く当てもなさそうだし、うちに来なさい!」
青葉「えっ、それは…」
スヴェータ「いくら春とはいえ、この時期にその恰好じゃ凍えちまうわよ。ほら、おいでなさい。履物も用意してあげるわ。」
どうしよう。いきなり誘われたが…大丈夫だろうか?罠だったりしないか…
リガ「ワンッ!」
…考えていても仕方ない。ここに居ても凍えるだけだ。スヴェトラーナさんにお世話になろう。
僕はスヴェトラーナさんとリガと一緒に少し藪を突っ切った。足がちょっと痛かったが…
突っ切った先はよく整備された歩道があった。異世界としてはかなり立派で、脇にはベンチまである。
スヴェータ「それにしてもここで追いはぎだなんて、あなたもついていないわねえ。頭をたたかれて記憶を失ってしまったのかしら?」
スヴェトラーナさんがペラペラとしゃべる。
青葉「ええ、そうかもしれないです‥」
流石にさっきまで自室で寝ていた、とは言えない。
スヴェータ「昼になったら警察に一緒に行きましょ?力になってくれるかどうかはわからないけど…」
警察?この世界には警察があるのか?
どうもここは僕の想像したい世界ではないらしい。いや、そもそも異世界ではない可能性もある。
青葉「えっと…ここはどこなんでしょうか?」
スヴェータ「ここは山羊が丘の森よ。すぐグニェズドヴォに出るわ」
聞いたことがない。
青葉「そうじゃなくて…ごめんなさい、ここが何ていう国か、今日が何月何日かすらわからないんです。」
スヴェータ「あら、そういえば記憶喪失だったわね。ここはね」
スヴェトラーナさんは人当たりの良さそうな顔をニコニコさせながら、僕にとっては衝撃的な言葉を放った。
「ここはヘルナヴィア=ソビエト連邦スモレンスク州スモレンスキー地区、グニェズドヴォよ。日付は2020年5月1日。さっき10時の鐘が鳴ったわ。」
僕は思わず立ち止まってしまった。
青葉「ソビエト・・・連邦?」
スヴェータ「ええ、そうよ。ああ、見えてきた。あそこが町よ。」
顔色を変えた僕に構わず、スヴェトラーナさんとリガはてこてこ歩いていく。
慌てて追いかけながら森を抜けると、畑と家々が見えてきた。
スヴェトラーナさんが道を右に曲がる。
スヴェータ「このコースはリガのお気に入りの散歩コースでね、よく連れまわされるのよ~」
スヴェトラーナさんは相変わらずニコニコしながらしゃべっている。
あちこちの家には車やトラック、自転車などが止まっている。少なくとも今見えているものは僕の考えていた異世界とは全く違う。
ここは本当に異世界なのだろうか。スヴェトラーナさんはソ連といっていたが、ロシア連邦に代わったことを認めたくないから・・とかなんじゃないだろうか。
そもそもヘルナヴィアって何だろう……。
あれこれ考えているうちに大きな車道に出た。
車通りは多くないが、バス停らしきものがあり、「ベラヤ・スタンツィア」と書かれていた。
2-3台の車が見える。その走る姿にはどことなく違和感があるのだが、なぜなのかはわからない。
大きな交差点を右に曲がり、車道を渡って少し歩いたところで…
スヴェータ「ここよ。さ、上がって上がって。」
スヴェトラーナさんの家についた。
登場人物
高松 青葉:17歳の高校2年生。名前は重巡洋艦青葉と、その進水に立ち会った高松宮宣仁親王から。
スヴェトラーナ:架空国家国際連合世界、ソビエト連邦共和国在住のおばあさん。名前は軽巡洋艦スヴェトラーナから。
リガ:スヴェトラーナの飼っている犬。中型の雑種犬。名前は50号警備艦から。