エマの過去
私はガンバルム国とフェルト国の中立に有るローランド国の貴族フォーリアル家に産まれた。
昔から何をしても上手く出来ない所謂ドジっ子だった。ウチの家は貴族。習い事や学力が優秀で無ければ成らない家系。実際に私以外は小さい頃から何でもできていた。家族は私をフォーリアル家の恥だと罵った。そんな家族の中でも3つ離れた姉は最も優秀だったのだ。
いつも比べられ姉だけが優遇され私はゴミの様な扱いをされていた。食事も姉には豪華なフルコースが準備されるが、私にはパン一つ。まぁそれは特に気にならなかった。ご飯なんて何食べても美味しくなかった。たまに出てくる豪華な品だって一人で食べても味なんてしなかったから。
稽古も酷かった。姉には指導の先生が付き、マンツーマンで稽古。私はそれを遠くから眺め、見様見真似で練習していた。
指導の先生も親から何か言われているのか、私には教えてくれなかったのだ。
休み時間も自由時間の筈なのに私には庭や家の掃除を命じられていた。
私は一番それが嫌だった。何で自由を奪わられなければ成らないのか。私は好きでこの家系に産まれたかったんじゃない。別に比べられてもいいけどそれだけは譲れなかった。
そんな家庭だったから差別され始めた5歳の時から、私はハンターに成ったら家を出るとそう誓っていた。
そして月日は流れ、18歳になった姉はハンターになった。
姉は家を開ける事が多くなり、両親は私に対する当たりが更にエスカレートしていった。一年間は我慢していたがそれに耐えきれなくなり、ついに私は稽古用の弓を盗んで家を出たのだ。絶対にもうこの家に帰って来ないと心に誓い、外の世界に踏み出した。
その前に隣国フェルト国にいく為に下町で買い物をしていた。すると家族から居なくなった事を聞いた姉が私を探し見つけ現れた。
聞いた話だと家族は誰も探そうとすらしていなかったらしい。居なくなって清々したのだろう。お互い願ったり叶ったりだったのだ。
しかし、姉は私を止めた。そして今までの事を謝ってきた。姉も私に構ったらお前まで駄目になると両親から言われていたらしい。
が、許すも何も私は別に姉を怨んでいなかった。姉は両親の言いなりで自分で意思を持たない可哀想な人だと思っていただけ。
私は「ただ自由が欲しいだけだから、姉さんが謝らなくてもいい。でも私は家を出る」と伝えた。
そうすると姉は同じく家に居る息苦しさを感じていたらしく。期待されるのはいい加減うんざりだと「失った姉妹の時間を取り戻す為に一緒にフェルト国で暮らそう」と言った。
拒む理由なんてどこにも無かった。
私は沢山泣いた。涙が止まらなかった。今まで溜め込んだ15年分の涙が出たのかもしれない。
私を気に掛けてくれていた事が、姉さんが
私を必要としてくれた事が嬉しかったのだ。
人から必要とされる。それは当たり前の様で当たり前じゃない。少なくとも私は感じた事がなかった。ずっと孤独で何も無い抜け殻のような人生に私がやっと主役に立つ事が出来たそんな気がした。
そうして私が泣き止んだ後、手を取り合いそのままフェルト国にいく為に二人は自由を求めて歩き出した。
しかしフェルト国へ続く山道の中間辺りまで進んだ所で旅人を待ち伏せしていた三人の追放者に出会してしまった。
彼らは何かしらの罪を犯しハンター協会から追放された犯罪者。職を失い収入源が無くなりこうして旅人を襲い金品になる物を奪いそれを売った金で生活をしている。
「おいおいっ!えらい高価な格好しているじゃねぇか!!こりゃ当たりだな!!しかもなかなか上モノじゃねぇか。へっへっ」
「いいねぇ〜。おい!最初は俺だからな」
「残念だったなぁ嬢ちゃん達。まぁ神様でも怨むんだな」
三人の追放者は私達を舐めるように下から上に目線を動かし舌を出していた。
私は恐怖で身体が震え、姉の手を強く握った。姉は強く握る手をゆっくりと離し私だけに聞こえる声で「大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげるから」と言った。
その瞬間、一瞬にして弓を構え矢を放った。速すぎてその場にいる全員誰も何が起きたのか理解できていなかった。
すでに放たれた矢は二人の脳天を貫いていたのだから。残りの一本は惜しくも相手の頬を掠め外れていた。
これは昔、姉が稽古で先生に教えて貰っていた「奇襲の弓引き」という技だった。
しかし、その速さは更に極まっていた。
「おい!!何が起きた!?お前ら!!しっかりしろ!!」
勿論、二人は即死していた。
姉は躊躇する間もなく、既に次の矢を引いていた。
「おいおい…あまり図に乗るなよ…クソ女が…」残った一人の額には血管が浮き出ていて、何かを飲み込んだ仕草をしていた。
「残念。私達を襲おうとした事が不運だったわね。神様でも怨みなさい」
姉は狙いを定め、引いた右手を放した。
しかし矢は追放者の頭まで届かず、追放者の手の中で止まった。その矢を掴んだ手は人間の手じゃなかった…。茶色の剛毛に覆われたゴツゴツしい手。まるでアモンゴリラのような姿になっていく。
私はその奇妙な恐ろしい姿に腰を抜かし地面に尻餅を着いた。
「お姉ちゃん…あ…あれ…何っ!?」
姉も目を見開き驚いていた。
でも何か違う事に驚いている様子だった。
「うそ…あんた…まさか…MLC薬を!?」
「お?何だお前MLC知ってんのか?」
「誰が……それ作ったのよ…」
「はぁ!?しらねぇよ。これは裏社会でごく最近手に入れた高価な代物なんだよ。お前らが一生働いても稼げない程の金額で取引されている」
「やっぱり裏社会から出回っていたのか。その薬のせいで……私達のパーティーは…ぐちゃぐちゃになった…」
私には二人が何の話をしているのか全く分からなかった…。
「お姉ちゃん何か知ってるの!?」
私は姉に聞いた。あれは一体何なのかと。
姉はただ「エマお願い…逃げて」とだけ言った。
腰のポケットから何かを取り出しそれを口に運んだ。錠剤のようなモノだった。
「おいっこれは驚いた…お前も持ってんのかよ!?いーねいーね!!試したかったんだよな!人間の最終進化をした者同士で殺し合って見たかったんだよ!!」
「ごめんねエマ…こうするしか助ける方法ないや…」
姉の姿がまるで黒鉛竜ベルクリデスの様な姿に変貌していく。
まさに悪魔だった。
あれは私の知っているお姉ちゃんじゃない…。
私はそれから記憶がない。
気づいたら…ガンバルム国に着いていたんだ。
恐怖で吐きそうだった。人間の姿からモンスターに変わった悍しい悪魔を見て本能で逃げてきてしまったのだ。
しかし後悔した…。逃げてしまった事。ちゃんと確認しなかった事を。
あれは本当に姉だったのかもしれないと。姉に化けた悪魔だと信じつつも気になって次の日、私はあの場所に確認する為、戻った。
だが昨日の場所には二人の悪魔の姿はなく頭に矢が刺さった追放者の死骸と一枚の手紙が置いてあったーー