偽りの心
脱力した身体は防具の重さにより水中に沈んでいく。体温は低くなり、水温の方が高くほんの少し暖かく気持ちがいい。意識も薄れ周りの音も聴こえなくなっていき、まるで無空間にいるみたいだ。
ベァクドルドも沈んでいく獲物に諦めたのか、頭部を水中から引き揚げ見えなくなっていた。
目の前を親父から貰った鱗のペンダントがゆらゆらと遅れて沈んでいく。
水面から差し込む、外の陽光がペンダントの鱗をキラリとさせた。
親父が『諦めるのか?』といっている様に感じたーー
しかし、手を飛ばしても届かない水面。水中から出た所でまだ近くにいる大型モンスター。
『この状況でまだ何か助かる方法があるっていうのかよ…』
いや…もう無い。
それに自業自得だ…
草食モンスターしか居ない区域だし、採取クエストだからと準備を軽装備にしてきた自分が愚かだった。
駆け出しハンターの死亡率は高い事を知って居たのに…安易に考えていた。
何故、駆け出しハンターがよく命を落とすのかーー
それは、モンスターが居ないからもう少しだけ奥に行って希少な素材を集めよう等の安易な考えが多く見られ、直ぐ帰るからと軽装備でクエストに向かい道中で大型モンスターに遭遇してしまうからだ。
肉食モンスターが現れないと保障なんて何処にも無いのに。
いつ何が起こるか分からない。己の身は己の力で護らなければならない。
常中死と隣合わせ職業、それがハンター。
まさにその典型的な行動をしていたのだ。
でもガルダは自分の取った行動に後悔はしていなかった。
悔しいけどこの世界には武器を持てるハンターが必要とされる。
俺みたいな武器を持てない奴なんてハンターと名乗る資格なんて無い。
国を守る所か、一人を守る事が精一杯なんだから。比べてエマはこれから沢山の命を救う事ができるから、俺なんかの命よりずっと生きる価値がある。
その命が絶えなかったんだから、これで良かったんだ。
『母さん…俺…困ってる人助けたよ…』
人を助けて屍に成るのだから。母さんと同じ天国に行けるよな…
母さんなら認めてくれているそんな気がした。親父は怒るかもしれないけど。
『母さん、今からそっちに行くよ…』
親父に『悪いな…先に行くわ』と心の中で呟き、俺は天に居る母の元へ手を伸ばし、ゆっくりと目を閉じたーー
◇ ◇ ◇
数十分前ーー
「はぁっ…はぁっ…」
来た道とは違う見た事のない景色が流れていく。しかしこれが森を抜ける最短ルート。
森の中はいつ肉食モンスターと遭遇するか分からない。安全なのはとにかく森を抜ける事。
「私は悪くないっーー」
エマはずっと罪悪感が生まれないよう自分に言い聞かせながら走っていた。
勝てないと分かるモンスターから逃げる事は命を守る為に重要なこと。
誰かが襲われていたとしても助けられない可能性が高いのなら逃げる事は間違っていない。二次被害を避ける為に暗黙のルールになっているんだから。
あいつが勝手に助けに来たんだ…。助けに来るあいつが悪いんだよ。
それとも本当に勝てると思って居るのだろうか…。
そうだとしたら、本当に頭おかしい…。
だって武器もないし左腕もなく、試験の時みたいな雑魚モンスターとは違うんだよ…。
私達アイアンランクが少人数で勝てる相手じゃないのよ。
ーーそう、だから自分のせいじゃないと…
『ガッ』
何か硬い物に躓き、体勢を崩し転けた。
「キャッ」
いてて…まだ足が震えてるのかな…
肘をつき、立ち上がろうとした時、土の下に白い物体が見える。明らかに自然の物じゃない。
「何?この白いの…」
上に被っている土を手で払ってみると、白い物体は骸骨だった。防具を被ったまま白骨化したハンターの人骨。
「キャァァァァッ!!」
エマの中の隠そうとしていた虚構全てが崩れていく。溢れでる負の感情により死を連想し、起こっていたであろう死の追想が駆け巡る。
あのまま、自分がベァクドルドに喰べられる光景。ガルダがベァクドルドに喰べられる光景。
その両方の光景が過去に起きた記憶の様に鮮明に浮かぶ。
本当なら自分がこの骸骨の様に死んでいた。代わりにガルダは自分のせいで骸骨になっていくのだと。
「あ…あぁゔっ…うぁ…く…」
そして…
最後に残ったのは、後悔と自分自身への軽蔑だった。