強い力
「あ…あんた…腕っー」
エマは自分が何で助けられているのか意味が分からなかった。
自分はガルダに冷たくしていたつもりだ。いや、間違いなくしていた。
なのにこの男は迷い無く、身を挺して私を庇っている。
どうして?何の為に?
男は女を見下し、色欲の眼差しを向ける薄汚い生き物。そして貴族の娘だという事をいい様に利用しようしてくる。
家族だってそうーー
有能な姉だけを慕い、無能な私はいつも邪魔者にする自己中心的な人間ばかり。だから誰も信じられず、冷たく冷淡にあしらって来た。
なのにこの男はただ試験の時期が被った同期でただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない赤の他人。
腕を失って迄、助ける関係でも無い。ましてや武器を持っていないのに命を賭ける意味が理解できるわけがなかった。
「意味わかんない…」
そう呆然とするエマに向かってガルダは威圧するように叫んだ。
「はやく!!行けよ!!」
ガルダの激昂する声と睥睨した眼にエマの身体がビクリと波打つ。
この時、自分の足が恐怖で震えている事に気付いた。
武器を失い、戦う事も出来ない。アイテムも何もない絶望的な状況は死を連想させた。
このままじゃ助からない…
「私のせいじゃない…っーー」
エマは何度もそう言い聞かせ、背を向け森の中へ走り去っていった。
「それでいい…」
ガルダはエマの走り去る背中を確認すると、直ぐ様右腕で腰に付けていた光弾を取り出し正面に投げ、目を覆う。
ベァクドルドは獲物が逃げていく姿に反応したが、前方に飛んで来る丸い物体に視線をずらす。
その瞬間、光弾は破裂し、激光を放ちベァクドルドの視界を奪った。
ベァクドルドは獲物を逃さまいと暴れ狂う。
俺は直ぐに木の影に隠れ、回復液を取り出し左腕の噛みちぎられた部分にかけた。
回復液をかけた傷口はみるみる皮膚が再生し塞がっていく。
回復液ーー細胞を活性化させ、治癒力を向上させる。
しかし、骨や肉片など失った物は再生出来ない。生命の理に反する事は出来ないのだ。
そう、失ったものは元に戻る事は無い。
しかし、ガルダは失った腕を見つめ、絶望でもなく、後悔でもない安堵感を抱いていた。
時間にすれば瞬き一つ程だろうか、ガルダはこの時、昔の事を思い出していた。
昔、5歳くらいの時に近所の奴と喧嘩して泣いて帰った日のことだ。
「母ちゃん!何で僕は他の人より弱いの?」
殴られた場所を抑え、母さんに問い掛けた。
「ガルダまた喧嘩したの?」
「だってあいつが先に手出して来たんだよ!」
「いい?この手は人を傷つける為にあるんじゃないのよ?」
「だって馬鹿にされたのに黙ってろっていうの!?」
「ごめんね。望む身体に産んであげれなくて…。でもね、力がある人が強いんじゃないのよ?」
「だって筋力が無いとモンスターも倒せないじゃんか!!」
「どれだけ力が有っても勝てないモンスターだって沢山いるわ。貴方も知っているでしょ。ミリオンランクのハンターですら、死ぬ事は有るのよ」
「私もかつてはミリオンランクのハンターだった。ある時、私はヘマをしてね。モンスターと対峙中に足を骨折してしまったの。武器を振るう為に踏ん張る事も、逃げる事も出来ない状況になった私は死を覚悟した」
周りのハンター達もミリオンランクのハンターが手こずる姿を見て、一目散に避難していったんだと。
「そんな時、一人の男性が現れてね」
母さんも目を疑ったらしい。
なんせその男性は武器を持っていなかった。
彼はありとあらゆるアイテムを全て使い、逃げる時間を作り、私の防具を全て引き剥がし担いで助けて出してくれた。
その男性が親父だったんだと。
「あの人の勇気が私を助けてくれたの。力じゃどうしようもない事だって沢山あるのよ」
だけど、あの時の俺は母が何を伝えたかったのか分からず駄々を捏ねていた。
「とにかく、この手は困った人を助ける為に使うのよ。大丈夫、貴方の強い力はきっとそうするはずよ。貴方は私達の血を受け継いでいるんだから…誰にも負けない勇気と優しさを持っているわ」
そうして母は数々の古傷が残った細い手で頭を撫で慰めてくれたーー
きっとあの時、あのまま街に帰っていたら、後悔していた。
弱肉強食の世界なのだから、ハンターがクエスト中に死ぬ事なんて珍しい事じゃない。
誰も責めたりはせず、しょうがないと割り切るだろう。それが暗黙のルールのようにすらなっている。
確かに冷たい奴でムカついてしょうがない… そんな奴だとしても…
見捨てた。逃げ出した。助けなかった事実は罪悪感を生み、一生心に付き纏い苦しんでいたと思う。
今ならあの時の母さんが言っていた言葉の意味が分かる気がする。
強い力の意味を。
自分が来た事により、エマを助ける事に成功し、この腕のお陰でベァクドルドの体内に睡眠弾を入れる事が出来たんだ。
決して無駄じゃなかった。腕一本なんで義手で補えばいい。
まだ死んでいないのだから。
後一時間持ち堪えればーー