8話
彼に言われるまでもなく、野営の準備は手伝うつもりであった。彼女と行商人との間でどのようなやり取りがあったのかは分からないが、彼の本業は行商なのだ。つまり、物を運ぶことで、僕を町まで連れていくことではない。
仮に多少の金銭の授受があったところで、僕だけが客扱いで何もしないというのは流石に気が咎める。
そんな訳で準備を手伝うことにしたのだが、実はそれほどやることがない。
せいぜい道から少し外れたところに馬を移動させ、近くの草を刈り取ってそこで火を焚くくらいだ。
とても快適とは言えないが、下は背の低い草が生え揃っているので多少のクッション性はある。仮眠をとる程度なら、マントにくるまっているだけで十分だ。幸い天気もいいから濡れる心配もない。
朝方には多少は冷え込むだろうが、それも火の側にいれば体調を崩すほどのものではないだろう。
これが女性でもいれば、色々と気をつかうのかも知れないが、幸い健康体の男二人と気楽なものだ。
唯一の心配事は、魔物や野党の類いに襲われないかということだが、火さえ絶やさないようにすれば、魔物に襲われることも殆どないし、野党にしてもここは条件が悪いのだ。
普通、人通りが少ない田舎とくれば、野党の一つも出没しそうなものであるが、これがほとんどいない。
というのも、これから行く街には、辺境には珍しく規模の大きな冒険者ギルドがある。冒険者ギルドは治安維持のために動くことも多いので、街の近くで野党の類いが出ればすぐに討伐に向かわせるのだ。
それでなくても、普通より冒険者の数が多いというのも、野党にとってはそれなりのリスクなのではないかと思う。
僕らが黄金や宝石でもぶら下げて歩いていれば話は別だが、あいにく、しがない行商人と若い村人。
仮にそうした考えを持つものが近くにいたとして、わざわざリスクを冒してでも襲いたい、おいしい獲物ではないだろう。
もっとも、僕が持つあの短刀ならば一角のお宝と言ってもよいかもしれないが、それとて厳密には持ってはいないのだから、それを伺い知ることは不可能だ。
行商人の彼がよく燃える油分の多い木の実をいくつかと草をもってきて、さらに荷物から薪も取り出していた。彼が用意したそれに僕が魔法で火をつけ、無事に火の準備は終わった。
魔法といっても種火程度なら消費する魔力もたかが知れている。僕でもそのくらいは出来るのだ。
あとは各自で保存食と水を摂り、交代で火の番をしつつ、休むことにした。
当初の予想通り、朝まで野党や魔物が近付いてくることはなく、俺達は無事に翌日を迎えた。
―――
翌日、夜明けとともに馬車は走り出す。
途中、狼型の名も知らぬ魔物が近づいてくることがあったが、僕が放った短弓の矢が足元に刺さると、そのまま後ずさり、逃げていった。
別に僕が無益な殺生を好む聖人という訳ではない。魔物に命中しなかったのは、ただ単純に僕の腕が悪いせいだった。
まあ、結果的に襲われなかったのだから、問題はないだろう。こんな見晴らしの良いところで魔物一匹を相手に対処ができないとなれば、冒険者など夢のまた夢だろう。
それに気づいていたのかいないのか、行商人は何も言わなかった。
その後は特に問題もおこらず、太陽が中天に差し掛かった頃、俺達は街に到着したのだった。
―――
ひょんなことから同道することとなった若者と別れた男は、街で仕入れを終えると、再び来た道を引き返した。
道中に魔物に襲われることもなく、無事に若者が住んでいた村へと到着した。
当然だ。そもそも、この村と街の間にはほとんど魔物など生息しておらず、人間には感知できないが、魔物には魅力的な臭いを放つらしい特殊な道具でも持っていない限り、例え臭い敏感な狼型の魔物といえど、近づいてくることなどありえない。
ましてや、本来群れで動く魔物が単体で来る可能性は、さらに低い。
村の外れに住む女に依頼された商品を売り、さらに報告も済ませた。
道中、問題は無かったし、最低限の技術と戦闘力があるのは確認できたと。
男は明らかに多すぎる商品代と運搬代を受け取り、苦笑いを浮かべる。
女はバツが悪そうに顔を逸らし、吐き捨てるように何ごとかを呟いた。
男は何も言わず、彼女にお決まりの挨拶をしてから馬を進めた。男の帰る場所はここではなく、他にあるからだ。
自分の村への帰り道、男はふと女のことを思い出す。
燃えるような紅い眼と、降り注ぐ陽光で染め上げたような艶やかで美しい金色の髪をした女を。
自分の親父の代から、女はもうこの村に住んでいたらしい。
しかし、どう見ても女は20歳にも満たない少女にしか見えない奇妙な女のことを
ようやく街ですね。遠かった…
次に1クッション挟みますが、読み飛ばして問題ないやつです。