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僕と龍と美食譚  作者: のーむ
プロローグ
3/17

2話

彼女と共に暮らすようになってから1年。僕が目を覚ました日を誕生日と彼女が定めたので、丁度13歳となった日だ。その日から僕は、彼女から知識を学び始めることとなった。

それは彼女からの提案であった。曰く、「知識は生きるために必要だ」とのこと。僕が13歳になった記念でもあり、ようやく彼女の求める最低限のレベルの家事をこなせるようになったので次の仕事を任せたい、という事情もあったことが後に分かった。


まずは文字の読み書きに簡単な計算、それにこの辺りに自生する動植物の知識が主だった。

慣れぬうちは苦痛であったが、次第にそうしたことにも慣れたし、村の他の人間は大人であっても読み書きが不十分な人も多い。そうした他人より先んじていることがある、という事実は僕の小さな自尊心を満たしてくれた。


また、自然に関する勉強については、実際に山に入って学ぶことが多かったので純粋に楽しみだった。ずっと家に中に籠って勉強しているより、体を動かす方が、僕には性に合っていたのだと思う。

薬効のある植物の見分け方や採取方法、食べられる植物、危険な動物の痕跡や特徴など、彼女は様々なことを教えてくれた。中でも食べられる植物について教えてもらうことはとても楽しみだった。


甘味など殆どないこの村で、自然の恵みのほのかな甘みは疲れを忘れさせてくれたし、その辺に生えている葉を少し入れるだけで料理の味が抜群に良くなったのも衝撃的だった。その草は香草や香辛料と呼ばれる類のものであると、のちに彼女に教えてもらった。


そうした勉強の成果か、およそ半年の歳月が経ったときには、近くの山は豊富な食糧や薬がある宝の山に見えたし、実際暇な時間はずっと山に籠り、その恵みを享受していた。

もちろん毒を持つ危険な植物などもあったが、それほど数は多くなく、見分け方も比較的容易であったため、間違えて口にするということもなかった。


いや、大抵の毒草はまず初めに彼女に食べさせられていて、その怖さは身をもって理解していたので、二度と同じ苦しみを味わわぬよう、全力で見分け方を学んだという方がより正確だ。

熱が出たり、痛みや痺れ、息苦しさと、種類によって様々な症状が出たが、いずれも死ぬようなことは無かった。彼女はそうしたものの量を心得て摂取させていたのだから、当然といえば当然なのだが。


一度、彼女に聞いたことがある。どうしてわざわざ毒と分かっていて食べさせるのかと。

「身を持って学んだ知識に勝るものはない。それに、これはお前には必要なことだ」と。そう彼女は答えた。いつも飄々とした彼女にしては珍しく、真剣な様子であったことが印象的だった。

もっとも、そうした時でさえ彼女の表情はやはり目深に被ったフードに隠されていたので、声や雰囲気からの想像ではあったが。


その彼女の真意は今となっても分かっていない。もっとも僕が踊り茸という毒キノコを食べさせられて、一晩中踊っていた時などは、肩を震わせ、声を押し殺して笑っていたことがあるので、いくらかは彼女の趣味によるものである可能性も否定はできないのだが。


―――


それから少しして、僕が十分に山に慣れたことが分かると、彼女は僕に狩りや獲物の処理について学ぶように伝えた。突然のことに驚きはしたが、彼女の考えが読めたことなど一度もないし、異論を挟めるような立場でもない。僕は黙って彼女に従い、村に住む白髪混じりの頭をした壮年の狩人の元を訪れた。


狩人は寡黙な大男で、初めは怖かったが、次第に性根が優しい男であるとわかると、僕はすっかり彼が好きになっていた。また、彼は優れた狩人であったが、同時に戦士でもあった。彼から学ぶようになってから数日経ったある日、狩りの途中に狼型の魔物に襲われたことがあった。


単体としては大した戦力ではないが、群れで襲ってくることがやつらの危険性を高めている、などと迫りくる魔物を前に彼は僕に講義をしていた。

僕としては正直生きた心地がしなかったのだけど、彼は顔色一つ変えることなく、魔物達を腰に刷いた長剣で切り払った。その手つきはとても鮮やかで、感じていた恐怖を忘れるほどに美しさを感じる情景であったのを今でもはっきりと覚えている。とはいえ、魔物に出会うことなどそうそうあるものではない。結局、彼が僕の前で剣を抜いたのはその一度きりで、彼がただの狩人などでないこと明白であったが、それを問う機会はもう巡ってこなかった。


一つ、彼には変わった癖があった。獲物に止めを刺し、解体を始める前に必ず手を合わせて何かを呟いていたのだ。はじめに見た時は意味が分からず、彼に尋ねたのだが、彼は頭を掻きながら少し目線を上にやり、やがて獲物への感謝を表しているのだと答えた。それは彼が嘘をつく時のしぐさであったが、彼は意味のない嘘をつく人間ではないことは短い付き合いながらも分かっていたので、さらに問い詰めようとは思わなかった。


狩りは主に罠が中心で、彼は木の枝や蔓、葉など自然なものを使って手早く罠を作っていた。あまりにも簡単そうに行うので僕も真似してみたのだが、それはとても酷い出来で、とても罠として使えるようなものではなかった。


彼は優しい男であったが、とても正直な男でもあった。以降、彼から僕に罠について教えることは一度たりともなく、僕が質問すると、歯切れが悪そうに必要なことだけを答えた。

他には弓や刃物の使い方も学んだ。弓については可もなく不可もなく、それなりの距離の止まっている獲物には高確率で当てることが出来たが、獲物が動いていたり、一定以上離れた位置のものについては、途端に命中率が落ちた。極端に下手という訳ではないが、狩りを行うには不十分であることも痛いほどわかった。彼もまた「修練を積めば、可能性はある」と今ではなく、未来の可能性に期待していた。


変わって、刃物…とりわけナイフについてはそれなりに使えることが分かった。あくまで他よりはマシ、といった程度のレベルではあったが、さほど強くない魔物や、ならず者相手には使えるだろうというのが彼からの評価だった。


また、獲物の処理については誇張なしに適性があった。細かいことには動じない性格や、手先が器用であったことが幸いした。それに、適切な作業を適切に行う、そうした不確実性のない行為は、とても僕の性にあっていた。

何より、美味しいものを食べると幸せになれるし、彼女もまた、同じように喜んでくれていたから、学びにも一層の力が入った。


彼もまた、罠や弓の時と違い、そうした行為については惜しみなく僕に技術や知識を与えたし、あまり表情に出ないながらも、僕の成長を喜んでくれているのが良く分かった。彼は正直で、わかりやすい男でもあった。


そうした彼の教えが身を結んだのはおよそ半年後のことで、僕が14歳の誕生日を迎えるころ、初めて獲物を取ることが出来たのだ。

獲物が取れたのは完全に幸運のたまもので、たまたま警戒心の薄い若い獲物が居たので弓を放ったところ急所に命中したためだった。もう一度やれと言われても出来る自信がない。彼ならば、片目を瞑っていたって軽々と命中させることが出来たのだろうけれど。


獲物を捕れた僕は、早速彼にその成果を報告した。彼は驚いたようだったが、僕と共に川に沈められた獲物を確認すると「よくやった」と短く答えた。その時、僕は初めて彼の笑顔を見たように思う。

いつも寡黙で不愛想な彼には珍しく、とてもハッキリとした魅力的な笑顔だった。


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