12 話
翌日、窓から差し込む光で目が覚めた。ぼんやりとした目で天井を見つめ、いつもと違う天井を見ると、旅に出たのだと否応なく実感させられるようだった。
身だしなみを整え、1階に降りる。階段を降りる途中から、いい匂いが漂ってくるのが分かった。脂の焼ける匂いがしており、空腹を訴えるお腹が期待からか音を鳴らしていた。
1階に降りてカウンター席に腰を掛けると、少しして主人が奥から顔を見せる。
「お早いお目覚めですな。もう食事を食べられますか?」
「はい。お願いします」
僕の返答を聞くと、主人は再び奥へと消え、少しするとカップと平皿が載ったおぼんを持ってきた。
カップには根菜を中心とした野菜がたっぷりと入ったスープ、平皿には小指ほどの大きさの腸詰肉を焼いたもの、スライスされたライ麦パンが載っていた。
先ほど良い匂いを漂わせていたのはこの腸詰肉だろう。主人に礼を言い、早速食べはじめた。
結論から言うと食事は非常に美味であった。
スープは野菜の甘みを十分に引き出した柔らかい味わいで、おそらく使われている調味料は少量の塩くらいであるにも関わらず、うまく味が纏まっていて、寝起きの体に染み渡るようだった。
腸詰肉も程よい脂を残しつつ、しっかりと肉の旨味も詰まっていた。歯を立てるとパキリと小気味良い音を立てる皮の食感もまた心地いい。
ライ麦パンはついさっき蒸しなおしたのか、手で持つと火傷しそうなほど熱かった。それに、とても柔らかく、ライ麦特有の苦みも主張が強すぎず、穀物特有の甘みも感じられた。何より、スープや腸詰肉との相性が抜群であった。
昨日、主人は味に自信がないと話していたが、とんでもない。間違いなく別に金をとれる水準にあると思う。
そのことを主人に伝えると、いまいち感情が読み取れない曖昧な表情で笑い、軽く頭を下げてくれていた。
何かまずいことでも言ってしまっただろうか。しかし、主人が話さないのであれば、僕に知ってほしいことではなく、また知る必要もないということなのだろう。いつか彼の口から話してくれることを密かに期待しつつ、そのまま宿を出た。
時間帯の影響か、昨日に比べると市場に人は少ないように思われたが、それでもそれなりに人が多く、賑わっているようだった。
道中、何度か店の人に声を掛けられたが、生憎と今は買い物をする気分ではないので、丁重にお断りさせていただいた。
そうして歩くこと四半刻ほど。中央通りの出口、つまり北通りへと続く場所へと辿りついた。そこからであれば、冒険者ギルドはもう目視できる距離だ。道に迷うこともないだろうと思い、周囲を散策してみることにした。
しばらく歩いてみると、おぼろげではあるが街の全形が分かってきた。まずは街の中心に冒険者ギルドや治療院、教会、街の行政の中心である建物などが集まっていた。その周囲は広めの道でになっており、馬車が余裕ですれ違うことも出来るほどだ。詰めれば、横に3台ほど並ぶことも可能かもしれない。
そこにてまだ朝の早い時間であるにも関わらず、多くの人が行き来していた。その内の多くは商人であるようだったが、そうでない人々もポツポツと散見していた。
街の中央からは東西南北の大通りにも続いており、これが宿の主人から聞いた大通りだろう。ちなみに満腹亭などがあった中央通りは北通りから入れる方と、中央を挟んで南通りから入れる方の2か所に分かれている。
かつては一本の道であったらしいが、街の拡張と共に分断されてしまったのだという。
中央と北通り、それに南通りには活気があったのだが、西と東の通りは静かなものだった。時折通り抜ける馬車の他は、ほとんど人の姿も見かけなかった。
そうして周囲を散策していると、教会に備え付けられた金が2度鳴り響いた。
鐘を2度鳴らすのは夜明けと中天の間を意味する。多くの店などはこの鐘を契機に店を開くことが多いようだ。冒険者ギルドとて例外ではない。厳密にいえばギルドはほぼ一日中誰かしらの職員はいるらしいのだが、それは夜間の最低限の事務処理や、急を要する対応に備えての配置であり、日中のように通常の受付業務は行っていないとのこと。
別に早めにギルドに着いて待っていてもよかったのだが、昨日に悪目立ちしたことを考えるとあまりギルド内に長居するのは勘弁願いたい、というのが僕の本音だった。間違ったことをしたとは思っていないが、初日で騒ぎを起こすというのは、いかにも普通ではないだろう。
あの時の僕は冷静ではなかった。そもそもが慣れない環境と興奮で冷静ではなかったし、他人からの好意的ではない関わりというものに耐性がなかった。
村にいた時には、他人から奇異の目を向けられたり、悪意ある人間との関わりはほとんど無かったから、仕方ないのかも知れないけれど。いくら小さい村といってもある程度の人間が集まればその全てが善良な人間ばかりというのは考えづらい。思えば、何人かは名前すら知らない人もいた。
そうした人間と関わらないように彼女が手を回してくれたのかもしれない。しかしもちろん、それを責める訳にはいくまい。きっと僕を思ってのことだったろうし、何よりもうここには彼女はいないのだ。
いつまでも彼女の背を追っているだけではいけない。僕が、成長しなければ。
そんな新たな決意を胸に、僕は2度目となる冒険者ギルドの扉を叩いた。