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僕と龍と美食譚  作者: のーむ
1章はじまりの街、はじめての仲間
13/17

11話

先導する男についていくこと数分。先ほどまでの中心部にあった理路整然とした街並みではなく、道の端にはボロ布や何かの革で作られた屋根のみがある露店などが立ち並ぶ景色に一変していた。

とはいえ、薄暗く不気味だとか、極端に人通りが少ないなどいうこともなく、むしろ逆で、そこには大勢の人々が行き交い、活気と熱に満ち溢れていた。


露店も数が多く、肉や野菜、果物などを扱う店もあれば、調理済みの料理を売っている店もある。少し離れたところには、装飾品らしきものを扱っている店も見えていた。大まかには扱う商品によって場所が分かれているようだが、必ずしもそうではないようで、大鍋で何かを煮込んでいる隣で、布を扱っている店を開いていることもあった。僕などが心配しても仕方ないとは思うが、布は大丈夫なのだろうか?


何よりありがたかったのは、中心地に軒を連ねていた店と違い、僕でも問題なく手を出せる程度には、価格も良心的だったことだ。

そんな風に思いを巡らせていると、先導する彼が急に立ち止まった。思わずぶつかりそうになったが、そうなる前に辛うじて止まることが出来た。

どうしたのかと思い、彼の方へ目を向けると。そこには一件の古びた建物があった。


「着きましたな。よしければ、どうぞ」


その建物の扉を開けながら彼が促したので、軽く頭を下げ、建物の中へと足を進めた。

入って左側の壁には小さな窓があり、その近くにテーブルとイスが置かれているのが確認できた。しかし、小さな窓から入る光は僅かなもので、室内全てを照らすにはいくぶん力が足りていなかった。そのため室内の全容はおぼろげにしか分からなかったのだが…


「食堂?」


「ふむ、そう見えますかな。昔はそのようなこともしておりましたが、今はただの寂れた宿屋といったところですな」


「宿屋ですか。ということは、あなたがここの主人ということですか?」


「ええ、そうなりますな」


そう答えた彼は、こほんと小さく咳払いを一度して、先ほどまでより一段明るい声で言った。


「さて、ではここからは商売の時間ですな。ひと月で30000G、味は保証しかねますが、朝食もお付けしましょう。どうでしょうかな?」


ひと月、つまり30日でその値段なので、一日あたり1000Gか。先ほど見た露店などの物価から考えると、それほど高いとは思えない。むしろ安い方ではないだろうか。ただ、男の提案をそのまま鵜呑みにしてよいものか。そう考えた僕は、ひとつ確認しておくことにした。


「なるほど。ちなみに、お断りすれば、どうなりますか?」


「べつだん、何もありません。ただお客様でないとなりますと、私の方も仕事がございますので、お帰りいただくことになりますかな。ええ、お客様が相手であれば、色々とお話しできることもありかと思いますが…」


そう言って彼はにんまりと笑うと、僕の方へと目を向けてくる。なるほど、そういう目的だったかと得心すると、彼の方へと手を差し出した。

彼は僕の手を力強く握り、意地の悪そうな笑みを浮かべると、こう言ったのだった。


「では、これからよろしくお願いしますな。未来の龍殺し殿」


と。確信した。僕は…この人が苦手だ。

―――


要約すると、彼は僕の騒動をどこかから聞きつけ、初めから狙って近づいてきたらしい。

結果的に僕は宿と情報を手に入れ、彼も客を迎えたのだから、双方ともに良い結果であったと言えるだろう。しかし、なんだか上手く丸め込まれたような、釈然としない鬱屈とした気持ちを抱くこととなった。

そんな僕の気持ちはさておき、まずは彼から必要な情報を聞くことにした。


「さて、何から話したものか…まずは大まかにこの街のことをお教えしますかな。ワタクシの宿があるこの通りが、中央通りです。初めに龍殺し殿が迷っていた辺りが、北通りですな」


「龍殺しは勘弁してください。フリートでお願いします。それより、ここが中央通りですか?どう考えても…」


「はい。フリート様の言いたいことは分かりますな。簡単に説明しますと、かつてはこの中央通りこそ、この街を二分する、まさしく街の中心を貫く道だったのです。しかし、街が大きくなるにつれ、多くの商人らが押し寄せるようになりました。そんな彼らに嘆願に負け、領主が新たに作ったのが、東西南北の門と、それに繋がる大きな道です。それらが各々北通り、南通り、西通り、東通りと名付けられました。物価が高いのは、対象を町の人間ではなく、外から来た人間や商人を主な客層としているためですな」


と、大まかにはそのような話だった。そして、街に住む人々や、冒険者などはこの中央通りで買い物をすることがほとんどだということも、併せて説明があった。

他にもいくつか気になっていることがあったので、それもついでに彼に尋ねていると、やがて空が茜色に染まり始めてきた。続きはまたの機会にお願いすることにして、一度借りた部屋に向かうことにした。


この宿屋――満腹亭という名前らしい、は一階が食堂であったスペースで、奥の厨房を除けばカウンターと、丸いテーブル席が2つあるだけの小さな宿だ。階段を上って2階へ上がる宿泊者用の部屋があり、同じような広さの部屋が2つ、一番廊下の奥にはそれより一回りほど小さい部屋があった。小さい部屋は現在物置になっているらしい。


どこでもよい、とのことであったので、初めに見た階段から上がってすぐの部屋を借りることにした。

部屋の中にはベッドと机、タンスが備え付けてあった。かなりの年季が入っているものばかりであったが、頑丈な作りであったらしく、まだまだ使えそうだ。きちんと手入れされていたのだろう。

偶然ではあろうが、村で暮らしていた僕の部屋の間取りと良く似ており、深く息を吸うと入ってくる古びた木の香りが、僕の心を一層落ち着かせてくれた。


少し部屋で休憩したあと、持参した荷物を整理して、不要なものを部屋に置いてから、僕は再び1階へと降りた。

そこには宿の主人の姿はなく、カウンターを見ると外出中であるとの旨が記載された紙が置いてあった。


まだ寝るには早かったので少し話をしたかったのだが、居ないのであれば仕方がない。

僕は外に出ると、近くの露店にあった名も知らぬ赤い果実と、ウサギ肉の入ったスープを購入し、簡単に夕食を済ませた。二つで200Gほどと、早くも薄くなってきた財布にやさしい値段だった。

値段を考えれば仕方ないのだが、味はそれほどでもなく、良くも悪くも素材の味を生かしているといった風だった。これが家であれば、少量の塩や香草でもっと美味しくできるのにと残念に思いながら、スープを流し込んだ。ちなみに果実の方それなりに美味だった。やや酸味が強かったものの、ほのかな甘みもあり、今までに食べたことの無い味わいが新鮮だった。


食事を済ませた後は日も落ちかけていたので、大人しく部屋へと帰り、ベッドに横たわった。

いつもであれば余裕で起きている時間であったが、慣れない環境で疲れていたらしい。

横になってそれほど時間がかからないうちに、どこからか鳴り響く鈍い鐘の音を聞きながら、僕の意識はまどろみの中に落ちていった。


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