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僕と龍と美食譚  作者: のーむ
1章はじまりの街、はじめての仲間
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9話

――はじまりの街アベル。それが馬車乗って辿り着いた街の名前だ。


かつて世界を救ったとされる勇者アベルの生誕の地であり、彼が勇者と呼ばれる前、冒険者としてアベルを語る上では欠かせない街だ。初めは別の名前であったらしいのだが、彼の功績を称え、この名前に変えたのだと伝えられている。


ただ、彼が生きていたのは数百年も昔のことなので、その真偽は定かではない。

実際、この街で彼に縁のあるものといえば、その名前を除けば、古びて顔の判別も難しい銅像くらいであった。かつてこの街に来た時には伝説の勇者の即席を辿れるのかと期待したものだが、現実はこんなものかと落胆したのを朧気ながら覚えている。いつのことであったか、誰に連れて行ってもらったのかは、判然としないのが情けないところだ。


ただ一つ間違いないのは、王が住まう都から離れた辺境と呼ばれてもおかしくない立地にあって、それなりの規模を誇っているということだった。

付近には険しい山や峡谷などが無く、一年を通して比較的温度差も少ないことから、徐々に交易の要所として発展してきたらしい。


その場所や土地柄もさることながら、この辺りの土地は痩せていて作物が育ちにくいのだと聞くから、そうしたことも交易に力を入れざるを得ない理由の一つだったのかも知れない。


ともあれ、そうした環境である街なので、人が集まる割には定住者が少なく、商いを生業とする人々や旅人が主となっている。

ちなみに、僕のように冒険者を目指すものもそれなりにいる。

かつての勇者にあやかって、という者も居ないことは無いが、その多くは極めて現実的な理由で、初心者でも挑むことが可能な難度の低いダンジョンがあることと、交通の便が良いことが理由らしい。


と、ここまでがアベルまでの道すがら行商人の男に聞いた内容だ。

幾度となく足を運んでいるためなのか、商売柄なのかは分からないが、男の話は分かりやすかった。

しかし、やはり僕には自分の目と足で確かめる方が性に合っているらしい。

いざ街に近づいてきて入り口で検問を待っている時などは男の話も殆ど耳に入らず、まだ見ぬ未知のものに心躍らせていた。


「じゃあな。元気でやれよ、フリート。村に帰りたいってときは、またいつでも乗せてやるよ」


そんな風に話す男に礼を言い、男と別れた。

産まれた時から僕のものであり、けれど新しいその名を呼ばれた時は、嬉しいようなくすぐったいような、なんだか奇妙な気持ちになったものだ。


その足で目指すのは冒険者ギルドだ。完全に日が落ちてしまっては半ば酒場と化してしまうらしく、行くなら明るいうちにすべきと男に教わっていたためだ。

それでなくても、何も知らぬ新たな土地に来たのだ。好奇心に従って行動するよりも、まずは最低限の用事と、宿の確保をすべきだと分かっていたから、実際のところ想定していた動きから大きな変更はなかった。


冒険者ギルドは荷馬車を降りてすぐのところにあったため、幸いにして迷う心配もなかった。僕は大きな期待とわずかな不安を胸に、汗ばむ手で、遂にその扉を開いた。



-冒険者ギルド。その名が示す通り、冒険者の管理、依頼の斡旋などを主な業務とする組織だ。

冒険者という武力を抱え、住民とも関わりが深いことから、このような辺境では治安維持の役割を担うことが多いらしい。実際、街の近辺などはほとんど野党の類がおらず安全なのだから、僕としてもすでにその恩恵にあずかっていることになる。ありがたいものだ。


軋んだ音を立てる木製の扉を押し開けてギルドに入ると、途端に無遠慮な視線が突き刺さった。人の気配にさほど敏感でもない僕がそのように感じたのだから、気配を隠そうとすらしていない。それは無遠慮な視線だった。剥き出しの好奇心が透けてみえるような、そんなあり得ない光景を幻視したほどだ。


薄暗い屋内にはいくつかのテーブルが配置されており、簡単な飲食が出来るようになっている。

先ほどの視線は、おそらくそこにいる男たちのものだろう。


その中でも一番近く、ハッキリと僕の方へと顔を向けていた男が声を掛けてきた。

照明を反射して光を放つ禿頭で、筋骨隆々たる肢体を持ち、額には大きな十字傷があった。それはいままで僕の人生の中で出会ったことない雰囲気の、強面の大男だった。


「依頼か?それとも冒険者ごっこでもしにきたのか?まだ遅くねえ。若い命を無駄にする前に帰りな」


「僕は自分の意思で冒険者になりに来たのです。あなたに指図される謂れはありません」


外見通りのドスの効いた声でそのように話しかけてきた男にそう返し、僕は奥に見えるカウンターの方へと足を向けた。

男はまだ僕をじっと見ていたが、それ以上は何も言わなかった。男の横を通り過ぎた後も背中に視線を感じていたが、男が何を思い、どういったつもりで視線を向けているのか、それは、背を向けて歩く僕には確認のしようもなかった。


カウンターにつくと若い愛嬌のある顔をした女性が僕の方へ顔を向け、言う。


「ようこそ!アベルの冒険者ギルドへ。依頼ですか?冒険ですか?」


先ほどの会話が聞こえていたのだろうか。どこかわざとらしい笑みと共に問いかけられたその問いに、

僕は一度深呼吸してから、答えた。


「とびっきりの、冒険を。僕の目標は、龍を倒すことです!」


こうして、僕の冒険者生活が始まったのだった。


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