序文
ーーーふと目を覚ました『僕』は、自分の体に違和感があることに気付いた。
何かがおかしいのは間違いないのに、何がおかしいのか分からない。自分が、まるで自分ではない何物かに変質してしまったかのようだ。
動こうにも体に力が入らない。腕も、足も、頭も、指の一本さえも自由に動かない。
それなのに、意識は一点の曇りも無く鮮明でもある。奇妙な感覚であった。
しばしの間、唯一可能な思考を巡らせることに集中していたが、自分がどこから来て、何故ここにいるのか。どういった状態なのか、何も思い出せない。
確かにある筈なのだ。今まさに無から産まれんとしている無垢な魂でなければ。
自分には、今まで生きてきた記憶が、経験が、何だっていい、何かが、あって然るべきだろう。
そう感じているのに、自分には何も無い。
がらんどうの心に問いかけても、何も返って来ない。何も、ありはしない。
不安であった。言い知れぬ恐怖であった。まるで、自分の中に無くてはならない大事なものが、ごっそりと抜け落ちてしまったかのようだ。
『僕』という自我を形作っているであろう、基礎が、枠が、何一つ無いというのに、『僕』はここにいる。それだけは強く感じるのだ。
おかしくなりそうだった。ああ、あるいはもうなっているのかも知れない。何も持っていない癖に、持っていると根拠の無い自身を振りかざす狂人であるのかも、或いは知れなかった。
そんな揺らぐ心を落ち着けるように、『僕』は考えること止めた。
まずは意識が徐々に薄れていき、やがて僅かに残っていた体の感覚も、感じられなくなっていった。
そうして、『僕』は…『ぼく』は…
---それから、どのくらい時間が経っただろうか。一瞬のようでもあり、永遠のようであった夜は明け、『僕』は目を覚ました。
同時に感じた。これは、始まりなのだと。
皆様はじめまして。
ここまで目を通して下さった方々へ感謝を。
次から普通に始まりますので、よろしくお願いいたします。