(5)妙薬
――新しい年を迎えるたびに死へ近づいている。
それが口癖だった友人の男が『これを食べれば死ななくなるぞ』と笑って、下半身だけ魚の女を、執拗に刺していた。
風呂場で。包丁で。女が息絶えても。
私は彼が恐ろしくなった。
その後のことはよく覚えていない。
覚えていないが私は今、トランクケースを片手に、海へ向かっている。
◇◇◇
海に来た。
私は崖にのぼり、荒ぶる波を見おろした。下半身だけ魚の女は、泳いでいなかった。
私はトランクケースを開けると、中身を海にすてた。トランクケースの中身が、渦に巻き込まれるのを見つめる。数日前の記憶が蘇る。
友人の男が、下半身だけ魚の女を、風呂場で刺していた。口をふさいで。楽しそうに。
彼を生かしてはいけないと思った。
八尾比丘尼伝説。
人魚は不老不死の妙薬だという言い伝え。
それも脳裏に浮かんだから、刺した。
死なない殺人鬼が誕生するなんて冗談じゃない。
私は海を後にした。
数日後、身元不明の女性の遺体の一部が、海岸にあがった。別で処理した友人は、まだ発見されていない。
◇◇◇
私のもとに警官が来た。嘘のアリバイを教えた。
警官が帰った後、ひとり、部屋で目を閉じる。数週間前の記憶が蘇る。
躊躇わずに友人を刺した。
正義感だけで動いていなかった。
高揚感があった。
私は冷蔵庫から魚を取り出した。焼いて食べた。
あの時、友人から奪った魚の肉だ。
いずれ私は警察に追われる。逃げてみよう。
魚が、妙薬が本物なら、私はもう死から遠ざかった。
これからを考える時間も、たっぷりある。




