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天才

 そして、一週間の時が流れた。


 約束通り、華恋は俺の部屋に前回と同じ時間にやって来た。


 現在リビングには俺と華恋、あとなぜか紅葉もいる。


「何でお前もいるんだよ……」


「あんたが、どんな答えを出すか気になったのよ。別にいいでしょ?」


 ただの野次馬根性じゃねえか。


 呆れながら、俺は視線を華恋に移動させる。


 華恋は俺の隣で表情を強張らせていた。今日は、俺の弟子になれるか否かが決まるのだから、緊張しても仕方ないだろう。


「おい華恋、大丈夫か?」


「は、はい! 大丈夫です!」


 俺が声をかけると、華恋は肩を大きく揺らしながら返事をした。……いくらなんでも緊張しすぎだろ。


 少し落ち着いたのを見計らって、再び声をかける。


「お前の弟子入りの件の答えを言う前に、一つ質問していいか?」


「はい、いいですよ」


「お前、これを作るのにどれだけかかった?」


 俺はテーブルに置いてある華恋の作品を指差しながら訊ねる。


「ええと……大体一ヶ月くらいですね。初めて書いたので、かなり時間がかかりました」


「マジか……」


 五百ページほどの量を一ヶ月。それも初めてなんて、普通はあり得ない。


「あの……私、何かおかしなことを言いましたか?」


「……いや大丈夫だ、気にするな。それよりも、お前の弟子入りの件についてだが……」


「は、はい!」


 華恋は表情が固いながらも返事する。


 少し話題が逸れた。今すべきは華恋を弟子にするか否かを告げること。


 今から言うことを考えると気が重くなるが、俺は覚悟を決め、口を開く。



「――悪いが、お前を弟子にすることはできない」



 残酷なことは理解してるが、それでもはっきりと告げる。中途半端なことを言って、希望を持たせないために。


「……そうですか」


 華恋は俯いてしまったので、表情は見えない。しかし、肩が少し震えてることが全てを物語っていた。


「理由を訊いてもいいですか……?」


「それは……」


 俺は答えない。いや、《《答えられない》》。


「だが、お前の作品は――」


「ごめんなさい。今日は帰らせてもらいます」


 俺の言葉を遮ると、華恋は玄関へと急ぎ足で向かう。


「あ! おい、ちょっと待て――」


 肩を掴み呼び止めようとして、振り返った華恋の涙に濡れた瞳が目に入った。


「お前……」


「…………ッ!」


 戸惑う俺の腕を振り払い、華恋はそのまま外へ出て行ってしまった。


 追いかけようと俺も外に出るが、すでに華恋の姿はなかった。


「人の話ぐらい最後まで聞いてけよ……」


 思わず、この場にいない少女に文句を垂れてしまう。


 こうなることは充分予想できてた。もっと上手い断り方があったはずだ。それを考えると、この結果俺が招いたものかもしれない。


「クソ……」


 俺は暗い気持ちを抱えながら自室に戻る。すると、


「どうだった?」


 開口一番、紅葉はそんなことを訊ねてきた。


「ダメだった。逃げられたよ……」


「そう、残念ね。でも、どうして弟子入りを断ったの? あの子の作品、面白くなかったの?」


「いや、面白かったよ。だから断ったんだ……」


「どういうこと……?」


 紅葉は首を捻る。俺の言葉の意味が理解できないのだろう。


 面白いことを弟子入りの条件にしていたのに、それが理由で断るというのは確かにおかしな話だ。


「これを読んでみろよ。それで俺の言ったことの意味が分かる」


 俺は華恋が持ち帰るのを忘れた、テーブルの上の紙束を指差す。


 俺が華恋の弟子入りを断ったのには、無論理由がある。華恋の作品を読むことは、俺の言葉を理解するためには必要なことだ。


「これを読むの?」


 紅葉が訝しむような目を向けながら、作品を手に取る。


「私、読むの遅いんだけど……」


 五百ページ越えの紙束に、紅葉は渋い顔をする。まあ、当然の反応だな。


「時間はいくらかかってもいい。とにかく読め」


「分かったわよ……」


 渋々とではあるが、紅葉は華恋の作品を読み始める。


 最初の数分は面倒臭そうに読んでたが、一時間も経つと、


「…………ッ!」


 最初の頃とは打って変わって、真剣な顔で読んでいた。そんな紅葉の顔を見てると、俺も華恋の作品を読んでた時のことを思い出してしまう。


 さっき本人が言ってた通り、華恋は確かにラノベに関して初心者だった。


 最初の数ページの時点で、拙い文章が酷く目立ち、読みづらい箇所がたくさんあった。


 ラノベは何かと飽きやすい若者をターゲットにしたものであるため、読みづらいと最後まで読んでもらえないことが多い。その点で言えば、華恋の作品は最悪と評する他ないものだった。


 これはダメかと思ったが、わざわざ直接俺のところまで来たのだからせめて最後まで読むくらいの義理は果たしてもいいだろう。結局俺は、そのまま続きを読むことにした。


 だが、その判断が間違いだった。


 確かに終始拙い部分が目に付いたが、それ以上に作者の熱い想いが感じ取れた。


 華恋がどんな想いを込めたかは知る由もないが、この熱い想いは文章の素人臭さなどあっさりと飲み込み、作品をより高みへと押し上げていた。


『天才』


 そんな言葉が浮かんでしまうほどの力が、秘められていた。 


「透、これ……」


 読み途中にも関わらず、紅葉は顔を上げて俺を呼ぶ。


「俺の『JSは最高だぜ!』よりも面白いだろ?」


「それは……うん」


 一瞬口ごもる紅葉だったが、結局は頷いた。


 華恋の作品には、作家ではない者すらも圧倒するほどの『才能』が感じられた。


 正直、読んだのが作家としてデビューしてからで良かったと思う。もし作家志望の人間が読んだら、作家になる夢を絶っていただろう。それほどの力が、華恋の作品にはある。


「透が弟子入りを断った理由もよく分かったわ」


 紅葉は、俺の言葉の意味を理解してくれたようだ。


 師弟の関係ならば、最終的に弟子が師を越えることはあるだろう。だが、最初から俺よりも面白いものを書ける華恋が相手では、その関係はそもそも成立しない。


 自分より面白いものを書く奴を弟子にするなんて、恥さらしもいいところだ。


「多分あいつは、適当な新人賞に応募すればすぐに受賞できる。それは、あいつの作品を見て充分分かった」


「うん。確かにそれくらい面白かったわね」


 紅葉も俺の言葉に、同意するように頷く。


「だから今度、俺の担当に紹介してやろうと思ったんだがな……」


「その前に帰っちゃったわね……」


 不意に、部屋を出る直前の華恋の顔を思い出す。人の話を聞かず、涙と共に部屋を出た少女の顔を。


「あの様子じゃ、もう二度と書かないかもな」


「……何か勿体ないね」


「そうだな……」


 今更どうしようもない。


 俺は、もう二度と会うことはないだろう少女のことを考えながら、溜息を漏らした。


 ――後日、俺は知ることになる。菊水華恋という少女が、どれだけ図太いJCであるかを。



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