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邪竜は愛しき花嫁のために行動する







あるお方のめいにより、ミュゼ・シェノアの監視を開始して早一週間ほど。




邪竜を呼んだという娘は、はたから見れば普通の娘だった。

敢えて言うならその美しさは中々のものである。

雪のような蒼銀の髪に、菫色の瞳。

中庭で花を愛でながら、微笑むその姿は妖精のようで。


加えて……とんでもない美貌の美青年が彼女に寄り添っているのだ。

漆黒の髪に、黄金の瞳。

男も女も関係なしで堕落させる傾国の美青年だ。

遠目で見てるから今はなんともないが……これを近くで見たら、きっと再起不能になる人は多いのだろう。


あの娘も美しいが、隣にいるのがそれ以上過ぎて霞んでしまってる感がある。

というかあの隣にいてよく普通でいられるな……という感じだった。




この二人は何か悪巧みをして、用意している訳でもなく。

ただ穏やかな日々を過ごしていて。

………穏やか、というよりはイチャイチャして過ごしているけれど。



何故、彼女が国家反乱を企んでいる、などと……我が主人が言ったのかが分からない。





だが、あくまでも自分は監視。



与えられた仕事をするのみであるー……。








*****






朝の穏やかな時間帯。

ミュゼの部屋では、ラグナの不機嫌オーラが全開になっていた。



「嫌だ」



ラグナの子供のように拗ねた声がミュゼの耳に入る。

彼女のベッドの上で胡座あぐらをかいて、頬を膨らませたラグナは完全に拗ねていた。

いくら嫌だと言われても仕方ないことがあるのだ。

ミュゼは幼子に諭すように、優しく彼の頭を撫でた。


「仕方ないでしょう?私は明日から学園なんです」

「行かなければ良い」

「駄目です。学園というのは最低限の教養を身につける場所ですから」

「でも俺と過ごす時間が減るんだぞ⁉︎」

「それは嫌ですけど……学園にはアルフレッド達もいるのですよ。学園に行かなくて、逃げたと思われたくないです」


そう…学園にはアルフレッドやアリシエラ、ジャンにヴィクターまでいるのだ。

下手に行かなかったら、彼らに何をされるか分からない。

元々、学園には味方がいなかったけれど……自分は悪くないと堂々としたいのだ。


「あのですね?多分、私はおかしくなっちゃったんですよ」

「………あんなの経験したら、普通の娘ならおかしくなる。まだ発狂してないだけマシだ」

「だから、私はいつ死んでも良いかなぁ……て考えてるんです。怖いけど」

「………そんなこと言うなよ……」

「うん、死ぬのは覚悟してるけど…ちゃんとラグナと生きたいとも思ってるんですよ?」


最初は恐怖に震えていることしかできなかった。

怖くて、恐くて。

でもそれは、誰も寄り添ってくれなかったから。

味方がいない世界だったから。

だが、今はラグナがいる。

彼がいるから、ミュゼは死の間際になろうとも笑えてしまうのだ。


誰にも味方にされずに死んだのに。

絶望しながら死んだのに。


今回・・は自分のために悲しんでくれる人がいる。


それだけでミュゼは、もう死んでも大丈夫だと思ってしまうのだ。

そう考えてしまうのは、ラグナへの依存と……やっぱりどこかおかしくなってしまった弊害へいがいなのだろう。


「ミュゼ……俺はお前を俺の手で守りたいよ」

「そう言ってくれれば充分です。死に別れる訳じゃないんだから」

「でもお前を殺した奴らと一緒なんだろ?あいつらもだいぶ狂っていたから、下手したらまた殺そうと……」

「………それは、否定できませんけど」


彼らは等しくどこかおかしかった。

アリシエラに心酔していた。

その理由は……彼女が全てに愛される聖女という存在だったことが分かっているのだが、彼らはアリシエラのためならば殺しさえもいとわないようだった。

聖女のためとはいえ、そこはおかしいのだ。


「なんでミュゼを狙うかが分からないんだよなぁ……」

「そう、ですね……」

「何かしたことあるか?」

「んー……四回目まではアルフレッドに近づかないで‼︎的なことを強めに言ったくらいですかね?」

「……まぁ、婚約者に自分以外の女が近づいてたらそう言うよな。というか、ミュゼ?」

「?……はい?」


ラグナの不機嫌そうな顔がミュゼの間近に迫る。

他の人のようにはならないが、綺麗な顔が近づくとミュゼだってドキッとしてしまう。


「俺といるときに俺以外の男の話、するなよ?」

「…………え?」

「名前呼ぶのも嫌だ」


そう言われてミュゼは呆然としながら、意味を少しずつ理解する。

今、ミュゼはアルフレッドの名前を出した。

ただ、それだけで彼は不機嫌になったのだ。

ミュゼはその意味を理解して、じわじわと頬を赤く染めた。



「………ラグナは…嫉妬したんですか…?」



そう聞けば彼は頬を若干赤くしながら、口元を手で隠す。

ミュゼはなんだかむず痒くて、少し拗ねたような顔をしてしまった。


「ラグナは……私のこと、大好きですね……」

「……それは本当に思う。なんなんだろうな…お前の魂?と波長が合うんだよなぁ……酷くお前に惹かれてる」

「………おぉう…」

「なんだよ、その返事」


動揺したミュゼの返事は令嬢らしくなくて、彼女はなんともいえない顔になる。

しかし、ラグナはふっと真剣な顔になって告げた。


「あ、言っておくけどちゃんとお前のことを見て好きだからな?性格とか、見た目とか全部ひっくるめてだから。おかしくなってても構わない。ミュゼが俺の隣にいるならそれで良い」

「そんな恥ずかしいこと堂々と言わないで下さいっ‼︎」

「言わないと伝わらないだろ?これからずっと俺と生きてくんだから」


彼は何気なく言ったに過ぎないのに、その優しい言葉がミュゼの心に染み渡る。

ラグナは優しく、彼女の頬を撫でた。


「だから、死んでも良いってなるべく言って欲しくはない」

「……………」


それに関しては何も言えない。

死ぬのは怖いけれど、ラグナがこうやって優しくしてくれたからもう満足してしまっているのだ。

多分、あと少し彼に会うのが遅かったら発狂していただろう。

けれど、その直前で出会えたからミュゼは少し壊れたけれど、もう傷つくことはないだろう。

ラグナと共に生きたいと思っているけれど、頭のどこかでどうせ最後は死ぬんだ…と囁く声がする。

もうここまでくるとミュゼにもどうしようもないのだ。

だから、彼女は微笑むだけで何も言わない。

何も……言えない。




生きたいと願っているけれど、死んでも良いと思ってる。


その矛盾はミュゼの壊れてしまった部分。




でも、それを彼は分かっているからか……にやりと笑った。


「どうせなら俺と一緒にいて幸せ過ぎて死ぬの方が良いし、な」

「………ん?」


ラグナは晴れやかな笑顔で告げる。




「だから、いくら死んでも良いと言っても俺が勝手にミュゼを生かすことにした。どんな手を使っても。俺のためにお前には生きて欲しいから」




「…………っ……」


その笑顔は酷く真っ直ぐで。

ミュゼは込み上げるものを……泣きそうになるのを我慢した。

おかしい部分さえも受け入れてくれるこのヒトは優し過ぎる。

こんなに甘やかされたら駄目になってしまう。

そうしたら……。


「と、いう訳で……ちょっと国王のところ、行ってくる」


だから…ちょっと良い雰囲気だったのをぶち壊して、そうなった理由が分からなくて……ミュゼは込み上げてきたものが消え去るのを感じながら、真顔で額を押さえた……。


「………ごめんなさい……なんでいきなりそんな突拍子もないことに繋がるんですか……」

「ん?ちょっと話(という名の脅し)をしてくるだけだぞ?」

「国王陛下に喧嘩でも売りに行くんですかっ⁉︎」

「そんなことしないって。ちょーっと話(喧嘩腰で)をしてくるだけだって」


ミュゼはなんだか嫌な予感を感じつつも、剣呑な光を瞳に宿すラグナを止めることができなくて……言葉を失くす。


「んじゃあ、行ってくる」





そう告げたラグナは、とっても良い笑顔で闇色の影に溶けていった……。







*****





国王は、王城の中に人を一切入れない特別な部屋を持っていた。



そこは豪奢な装飾もなく、ただ小さな花柄の壁紙と本棚、小さな椅子とテーブルしかない…質素な部屋で。

元々、王位に就く気など全くなかった彼が唯一、心を安らげることができるのが……この質素な部屋だったのだ。


だが、その日はあり得ない客人がその部屋に来ていた。



「遅かったな、国王」



部屋に入るとそこにいたのは、本を片手に椅子に座った美青年だった。

漆黒の髪は少し長く、黄金の瞳は煌めいていて。

同性の国王ですら、見惚れてしまう。



魔性の美青年だった。



「そなたは……」

「あぁ、止めろ。年老いたジジイが頬を赤く染める様なんて見たくない。俺は邪竜だ」

「邪竜っ⁉︎」


それを聞いた瞬間、頬を染めていた国王は警戒する。

彼と会うのはあの日以来……はっきり言ってもう二度と会いたくはないと願っていたのだ。


「話がある」

「………なんだ…」

「あの公爵家の子息と騎士候補、宰相子息のことだ」

「………‼︎」


その言葉に国王は、真剣な顔になった。

扉をゆっくりと閉じて、大事をとって誰も来ないように鍵を閉める。

先ほどまでラグナの美貌に見惚れていた男とは思えないほどに真剣な顔で……口を開いた。


「………話を聞こう」

「………どうも、キナ臭い感じなんだ」

「キナ、臭い?」

「あぁ……公爵子息と騎士候補の件についてはお前もいたから分かっているだろうが、宰相子息の方はどう報告を受けている?」

「…………街外れの廃墟で、肋骨を数本折った状態で発見された。話によると…〝邪竜とミュゼ・シェノアにやられた〟と」

「あぁ……その程度だったか。手加減し過ぎたな。この際言うが、やったのは確かに俺だ。しかし、奴はミュゼを闇売人に売り払って殺そうとした。だから俺が手を出した…と言うのが正解だな。信じられないだろうから俺の記憶を見せよう」


ラグナは黄金の瞳を輝かせると、国王にあの廃墟での記憶を見せる。

勿論、都合が悪い部分を除いて、だが。

ラグナの記憶を見た国王は驚いたように目を見開く。

まさかあの品行方正なヴィクターが、そのようなことをすると思わなかったからだ。


「俺とお前の交渉は最重要国家機密になったんだよな?」

「………あぁ……そうだが……」

「なら、あの場にいなかった宰相子息が俺を知ってるのはおかしくないか?」

「…………っ‼︎」

「それに……今までの奴らが心酔している〝秘匿されし聖女〟の存在も、な」


ラグナの言葉に息を飲む。

アルフレッドとジャンはあの日から監禁状態になっていた。

年齢的にも身分的にも処分することはできないが……解放されるのは学園の新学期の日になっている。

なら、何故、宰相子息が知っていたのか?

そして……。


「少し待ってくれ……そのアリシエラという娘は〝聖女〟、なのか?」


国王は信じられないと言わんばかりに狼狽する。

そんな話、聞いたことすらない。

ラグナはその様子を見て、険しい顔をした。


「…………国王が知らないということは、何か裏があるということか」

「………頭が痛くなりそうだ……」

「多分だが……〝黒幕・・〟がいると思う」

「………黒幕、じゃと…⁉︎」

「それが誰かは分からない。俺の予想では……まぁ、今は言わないでおこう」


国王には見せていないが、ヴィクターは〝アリシエラが死ぬべきだと言った〟と告げた。

なら、黒幕は彼女だと考えるべきなのだろうが……。

どうも気持ちが悪くて、そう断言するのは躊躇ためらわれた。

それに……。


「ついでに言えば目的も分からない。唯一分かっているのは……全員がミュゼを狙っているということだ。現在も監視の目がある」

「監視だとっ⁉︎」

「だいぶ気配を消すのが上手い。素人の仕事じゃないから……それなりのプロが雇われているだろうな」


ここ最近、何かをしてくる訳ではないが、不躾な視線を感じていた。

隠れる場所といい、気配感といい……只者ではないだろう。


「黒幕の狙いが……ミュゼ・シェノアだと言うのか?だが……どうして彼女を……」

「それが分からないからここに来たんだろうが」


ラグナは立ち上がると、静かに口を開いた。



「ミュゼは明日から学園だ。宰相子息…は無理かもしれないが、今まで襲って来た奴ら、加えてその自称聖女もいる。俺もそこに通いたい」



つまり、ミュゼの隣で彼女を守りながら情報を集めるということ。

ラグナの優先順位はミュゼが一番なので、彼女の安全を取るためにもこの問題は解決しなくてはならないだろう。

他の奴らに任せるより、絶対的な力を持つラグナ自身が動いた方が都合が良い。

ゆえにラグナはこのような提案を持ちかけたのだ。

それを聞いた国王は緊張した面持ちで、頷いた。


「……………分かった。明日から入学できるよう秘密裏に処理しよう」

「話が早くて助かる。分かったことがあれば逐一報告してやろう」

「任せたぞ、邪竜殿」


窓を開けたラグナは、窓枠に足をかけて。

その部屋から飛び降りようとするが、ふと思い出したように振り返る。

そして……微かな笑顔で告げた。


「俺のことはラグナと呼べ。邪竜、というのは目立つからな」

「………えっ…⁉︎」


返事を聞く前に彼は飛び降りる。

国王が慌てて駆け寄った時には、漆黒が空へと向かって飛翔していた。



その姿は、前に見た時よりも小柄で。

あの姿ならば、この部屋の中にも入れたのに。




「……人の姿と…その名で呼ぶことを許してくれたのは………彼なりの誠意という訳か」





国王は小さく苦笑して、動き始めたー……。







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[気になる点] 黒幕が誰か気になる〜 [一言] 国王は王様だけあって割とまもとな人なんですね
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