【本編後日談】王弟は月のない夜に何を想う
こんばんは! いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!
はい、という訳で不定期短編集〜王弟の話〜になります。
本編で生かせなかった設定(私の技量が足りんかった……)をぶち込んだ話です。
本編執筆から二年ほど経ってしまっているので……文章体が違ったりするかもしれませんが、そこら辺はご了承ください!
それでは、よろしくどうぞっ!
それは、この国最大の不祥事とされる事件であった。
〝稀代の悪女〟ローラ・コーナーによる国家反逆罪。
禁術を用いた《秘匿されし聖女》アリシエラ・マチラスとの魂交換。
元王太子を始めとする学園関係者に対する大規模洗脳と、彼らを使ってとある伯爵令嬢への迫害行為。
洗脳した宰相子息を利用した人身売買に、同じく洗脳した元王太子を介して行った……世界を滅ぼすことを悲願とする過激的な国際テロリストとの密通。
薬物を使って公爵令息と既成事実さえ作り上げた。
そして……そのような悪事を行なった目的が、一方的に好意を寄せていた男性からの寵愛を得るためだという、ちっぽけな欲望。
彼女の欲望のために、巻き込まれた者達は……碌でもない結末を迎えることとなった。
洗脳されていたとはいえ、人身売買は犯罪行為。宰相子息は監獄島に投獄された。
騎士候補生は教会預かりとなったが……いつの間にか消えてしまった。
元王太子は正気であり正気でないという精神異常に陥り……急病ということで遠い辺境の地に、療養という名の監禁となった。
そして……公爵令息も忽然と姿を消した。
全てが分かった頃には既に手遅れになりかけていて。
けれど、唯一の救いは……本当の手遅れになる前に〝稀代の悪女〟を処刑できたということだろう。
何故、このようなことになってしまったのかーー?
その全容を知る者は少ない。
けれど、今夜……新たにそれを知る者がいた。
*****
《邪竜の花嫁》ミュゼ・シェノアと《破滅の邪竜》ラグナが消えてから少し経った頃ーー。
月の光が届かない厚い雲に覆われた夜に、インツィア公爵家の屋敷に侵入した者がいた。
黒い装束に身を包んだそれは、音も立てずに廊下を進み……夜間警備をしている使用人に気づかれることなく、王弟グスタフ・インツィアの寝室に足を踏み入れる。
そして、ベッドで眠るであろう王弟の側に歩み寄りーー……。
「こんな夜更けに何用だ、レイファン」
そう声をかけられたことで、動きを止めた。
「あははっ、夜分に失礼します。叔父上」
「本当だな。深夜に、それも先触れもなく訪れるなど……失礼極まりないぞ」
侵入者……現王太子レイファンは、くるりっと振り返る。
寝室の扉の近くーー壁に寄りかかるようにして待っていたグスタフは、これから外出するのかと思うほどに隙のない、いつも通りの姿だ。
レイファンは〝やはり、来ることを予想していたか〟と思いながら、頭を下げた。
「挨拶はいい。用件は?」
「……ご報告、ですかね」
「…………」
「叔父上は邪竜様の復讐劇の出演者には選ばれなかったようですが……後見人ではあったのですから。此度の一件の、全容を聞く権利ぐらいはあるかと」
それだけで、グスタフは彼がこの場を訪れた理由を理解した。
どこの馬の骨かも分からない青年、ラグナ・ドラグニカーー。
グスタフは、兄であり国王であるフレディ・ヴァン・ノヴィエスタからその青年の後見人になるように命じられた。
彼に命じず、国王本人が後見人になればいいと思う者もいるかもしれない。
しかし、国王は誰に対しても公正で公平でなければならない。
後見人ーーなんかになってしまえば、その対象に対して肩入れをしている……なんて、有る事無い事を囀り回る者もいる。
ゆえに、グスタフは自分に後見人になるように命じたのだろうと思っていたのだが……。
ラグナ・ドラグニカは、グスタフ・インツィアの常識を逸脱した存在……人外の存在であった。
「…………話せ」
「では」
レイファンは国王から聞いた話、そして自身も途中から参加することになった邪竜と花嫁の復讐劇を語る。
伯爵令嬢が気づいた、繰り返された死。
その過程で出会った、御伽噺上の存在とされていた《破滅の邪竜》。
《秘匿されし聖女》に成り代わった女の……ちっぽけな願い、けれど最悪な陰謀。
洗脳され、異常者へと変わってしまった学園の生徒達。
そして……花嫁を害したことで復讐された、元王太子達。
全ての話を聞き終えたグスタフは……眉間に寄ったシワを揉みながら、溜息を零す。
その顔には、信じられないという気持ちが半分。もう半分は、初めて顔を会わせた時……異なる空間を繋げたことに納得したような様子であった。
「何故、兄上はあの男が邪竜であることを伝えーー……いや。伝えられなかったのか……」
「邪竜殿は何が起爆剤になるか分からない爆弾のようなものでしたから」
常識が通じない存在だった。
いや、人間の尺度が当て嵌まらない存在であった。
だから、国王はラグナの〝望むまま〟にすることを命じたのだろう。
どんな理由で機嫌が悪くなるか分からないーー。
何が彼の逆鱗に触れ、その力を行使し、どれほどの被害ーー少なくとも世界を滅ぼせる存在だと言われているため、かなりの規模になるだろうーーが起こるか分からない。
それはつまり、ほんの些細なことで無関係な民達が死ぬことになったかもしれない、ということであった。
「……何も分からないがゆえに。我々とは違い過ぎるがゆえに。わたしに、あの男の正体を教えたら、それすらもきっかけになるかもしれなかった……ということか」
「本人には〝正体を他者に教えていいか?〟なんて確認することはありませんでしたがね。その質問すら逆鱗に触れるかもしれなかった」
「可能性、であったとしても……兄上は民を守らなければならぬ王だ。ならば、無辜の民を巻き込む恐れがあるのであれば、聞けやしまい」
「ですから、王弟である叔父上に情報を伝えなかったことに関してはーー」
「分かっている。そのようなことを聞かされたら、文句も言えぬ」
本音を言えば。
邪竜の情報を伝えておいて欲しかった、と思わずにいられない。
そうすれば対応も柔軟に変えられただろう。
けれど、伝えなかったのも仕方のないことだと理解できた。
相手は《破滅の邪竜》ーー世界すら滅ぼせる化物。
一言で言って仕舞えば、人間には手が余る存在だ。
無闇矢鱈に正体を明かしてしまっては、余計な混乱を招きかねないし……緘口令を引くのも当然だ。
下手に誰かを後見人にすることもできなかったし、詳細も告げる訳にはいかなかった。
きっと、国王フレディは何が最善かを悩み、悩み抜いて……グスタフを選んだのだろう。
「……となると。わたしがしたことは、愚策だったな」
グスタフは溜息を零す。
彼はこの国の暗部を率いる長である。そして、その力を行使して、ラグナの身辺調査を行なったことがある。
自身が後見することになった青年に対しての情報が、一切なかったのだ。調べようとするのは当然の行動であるし、暗部としていつもしていたことをしただけであった。
しかし、ラグナについて調べさせた者達は……なんの情報も手に入れることができなかった。それどころか向かわせた者が一方的に殺されるほどで。
諜報員殺害による暗部の活動力低下を危惧したグスタフは、調査を断念せざる負えない状況となった。
……全てを知った今。その行動の危険さがどれほどのモノだったのかが、はっきりと分かる。
国王が他の者にラグナの正体を明かすよりも、グスタフの方が逆鱗に触れかねないことをしていたのだとーー。
「まぁ、終わり良ければ全て良し……では?」
「………諜報員を殺されていても、か?」
「本当に気に喰わなかったら、この国ごと消してますよ」
〝常識が通じないとなれば、それもしかねないな〟とグスタフは納得する。
結局、終わってしまったことをどうこう言おうがどうしようもできないのだ。
ただ、無駄に諜報員達の命を散らしてしまっただけーー。
邪竜を調べたことが、ラグナの逆鱗に触れることがなかったーー。
その結果だけが全てだ。
王弟は厚い雲の向こうにあるであろう月を見上げながら……レイファンに語りかけた。
「それで?本題はなんだ?」
ーーレイファンは笑う。
憐れみと慈悲を綯い交ぜにした穏やかな顔で、笑う。
「今回の一件で将来の国の中枢がいなくなってしまいました。ゆえに、僕はどのような手段を使ってでも掌握をせねばならない」
「遠回しに言うな。暗部の長の座が欲しいんだろう?」
「…………自分が使える力はあればあるほど良いモノですから」
レイファンは笑っているが、その瞳は笑っていない。
つまり、拒否をすればどのような手段を用いてでも暗部の長の座を奪うだろう。
だが、生憎とそれを断る理由がない。
暗部の長は、元々王家に連なる者が務めることとなっている。
王を務めるには充分であっても……甘いところを捨て切れない元王太子レイドには任せられないからと、次の長の座はレイファンに引き継ぐと決まっていたのだ。そして、レイファン自身もそれを理解し、暗部に所属する者としての訓練をしてきた。
けれど、一つだけ心残りがあるとすれば……。
「…………少しばかり、早かったな」
暗部の長になること。
それは簡単には抜け出せない裏の世界に、ずっぽりと足を踏み入れて生きることになるということで。
できることなら……もう少しだけ、日の当たる場所にいさせてやりたかったというのが、本音であった。
だが、そんな叔父の気持ちを知りながら、レイファンは告げる。
「僕はとっととその座が欲しかったですよ」
「…………何故だ?多少なりとも暗部の、裏の世界の闇深さを知っていれば……そのようなことを思わぬはずでは?」
「あははっ、それは普通の人間の場合でしょう。暗部の主家でありながら、家族愛が強すぎるシェノア家の者ならまだしも……僕にそれは当て嵌まりませんよ。それに……叔父上の復讐はとっくのとうに終わっていたでしょう?そんな人をいつまでもその席にいさせるのは……ね?」
「っ……‼︎」
グスタフは息を飲む。
それはまだ、レイファンが生まれる前の話であるというのに。
それを知っていた……という事実に、王弟は驚かずにいられない。
「知らないはずがないじゃないですか。叔父上が暗部に入ったのは……叔父上の婚約者を殺した奴に復讐するためだったなんて……真実」
彼はその言葉に顔を歪める。
そう……グスタフが暗部の長の座を継いだのは、自身の手で婚約者を殺した奴らに復讐するためであった。
◇◇◇
まだグスタフが王子であった頃ーー。
彼には侯爵令嬢の婚約者がいた。
亜麻色の長髪に瞳。顔立ちも体型も普通。一言で言ってしまえば、目立たない地味な少女であった。
けれど、穏やかな陽だまりを思わせる人で。
決して燃え上がるような感情ではなかったけれど、確かに慈しみを抱いて……政略結婚でありながら、想いを通じ合せていたのだ。
しかしーーそんな穏やかな日々は、呆気なく崩壊する。
婚約者である少女の侯爵家は、夏になると毎年避暑地への旅行に行っていた。
その年もいつも通りの旅行であった。
だというのにーー帰ってきた彼女は、物言わぬ死体と成り果てていて。
グスタフは嘆き叫んだ。
彼女は王子の婚約者だ。つまり、侯爵家が雇っている護衛だけでなく……王家からも護衛騎士が出されていた。
盗賊に襲われたぐらいでは、簡単に返り討ちにできるはず。だというのにその護衛すら殺されていたということはーーそれは、熟練者による犯行ということで。
ーー以前から、婚約者からその座を奪おうとしていたとある伯爵家が犯人だと考え至るのは簡単なことであった。
しかし、奴らが犯人であるという確固たる証拠がなかった。
奴らが雇った盗賊ーーと思われる者達を調査しても、なんの痕跡も残っていなくて。念入りに、準備していたのだろう。どこの者が雇ったのかという証拠も残っていなかった。
分かったのは、明らかに裏の世界で生きる者達が実行犯だということだけで。
裏の世界を探るには、同じように裏の世界で生きる者達の力が必要だった。
そうして……目をつけたのが、この国の影。暗部ーー。
グスタフは、なんの罪もない婚約者とその家族を殺した者達に復讐するために……自らも血に染まる覚悟をしたのだ。
彼は学んだ。
諜報を。
拷問を。
殺人を。
暗殺を。
ありと凡ゆる血生臭い手段を学んで。深く深く闇の世界に足を踏み入れて。数多の屍を踏み越えて。
血反吐を吐く思いで。実際に死にかけてーーやっと全ての証拠を掴んだ。
そうして、婚約者が殺されたから数年後ーー。
グスタフは、婚約者を殺した者達に復讐を成し遂げたのであったーー。
◇◇◇
「叔父上が暗部に入ったのは、復讐のため。だから、それさえ成し遂げてしまえば叔父上が暗部にいる理由はなかった。だと言うのに、叔父上は真面目ですから。僕が引き継ぐまで……その手を汚し続けるつもりだったのでしょう?」
「…………」
「あぁ、微妙に違うかな。できることならーー必要悪なんて必要がなくなるくらい、自らの手で平和な国にしたかった……という感じでしょうか?」
「…………そんなことはない。暗部が必要なくなるようにしたいというならば、暗部の力を使っては本末転倒だろう」
「そんなの、叔父上が誰よりも分かってるでしょう?暗部が無くなって欲しいーーだけど、これからも暗部は残り続けるだろうって。だって、人間というのはどこまでも欲深い。誰も泣かない世界なんて、作れっこない」
「………耳障りだ。口を閉じろ、レイファン」
「……叔父上は父上よりも優秀なのに、馬鹿ですよね。傲慢なフリをして。敵意を自分に向けて。或いは自分に擦り寄る者達を、反乱因子を炙り出して、消し続けてきた叔父上。本当は誰よりも……それこそ父上よりも平和な国にしたい癖に……素直じゃなさすぎですよ」
レイファンは顔を歪めた叔父の姿を見て、呆れたような苦笑を零す。
ここまで不器用な人を、レイファンは見たことがない。
グスタフはいつも傲慢そうな人間だと思われる。
けれど、それはもう……その振る舞いが彼の〝癖〟になってしまっているからだ。
国を握っているのが自分だと匂わすだけで、簡単に今の状況に不満を持つ者が擦り寄ってきて……甘い蜜を吸おうとする。反乱因子を炙り出すことができる。
そいつらを利用して、或いは暗殺させてーーグスタフは、兄が治める国を支えてきた。
「叔父上。叔父上はもう充分頑張りました。もうその手を汚さなくていい。貴方は、充分苦しんだ。もう裏の世界から足を洗って……穏やかに暮らしていい」
「はっ……。何を言うんだ。一度、裏の世界を知った人間が足を洗うことなんてできるはずがないだろう」
「いいや、できる。そのための根回しはもう既に済んでいます」
「⁉︎⁉︎」
レイファンは懐から紙を取り出し、サッと叔父に差し出す。
「新しい身分証明書です。父上……現国王陛下がなさった最後の仕事ですよ」
「⁉︎なんだと⁉︎」
「洗脳されていたとはいえ、兄上がやらかしたことは責任問題モノ。宰相だって子の責任を取って辞職しているんですよ?当然のことながら、父上も退位することになりました」
グスタフは言葉を失くす。
本当は分かっていた。洗脳されていたとしたも、元王太子レイドがしたことは……他国にも影響を与えかねなかったのだ。
ゆえに、国王フレディは責任を取って退位することとなった。
そうなると人身売買をしたヴィクターの父親である宰相も責任を取らなければならない。
ゆえに、宰相は国王の退位より先に……その職を次の宰相に引き継ぎ終え、辞職していた。
「そのような理由で……父上と叔父上には退いてもらいます。後のことは僕に任せてくださいよ」
「…………レイファン‼︎」
「〝国を乗っ取るつもりか?〟とか言わないでくださいよ?……いや、言う訳ないか。叔父上は僕のコトをよくよくご存知ですもんね」
「…………‼︎」
グスタフだけしか知らないがーーレイファンは、レイドよりも優秀である。
しかし、彼は……レイドが正気であった時から、王になるつもりなどなかった。
その理由は簡単だ。単に彼は……王としては残虐性が強過ぎたのだから。
「暗部の拷問官としては良い感じなんですけど、王が残虐性強めとか……危険ですもんねぇ。本当は多少甘いところがある兄上の方が王として相応しかったのに……こんなことになってしまったんです。文句は言えません」
顔を歪めたグスタフに向かって、レイファンは自身の胸に手を添えて微笑む。
「……まぁ、最愛の人を妻にできるのですから……碌でもない国にはしませんよ。それに、この残虐性も僕の一部であり……真面目な一面もまた僕だ。今までだってバレてこなかったし、隠すのは得意だから問題ない。なので、安心して引退してください。というか、引退せざる負えないんですけどね。もう暗部の長の座は今日付けで引き継ぎとなってるんで」
「……お前っ…‼︎」
「あっ……暗部から引退したからって、自殺は止めてくださいね。そんなことしたら、貴方の亡き最愛が悲しみますよ。ただでさえ死に急いでいたんだから」
「っ……‼︎」
驚きから、グスタフは言葉を失う。
いつから気づいていたのだろうか?いや、きっと……最初から気づいていたのだろう。
グスタフは自分の身を省みない。
婚約者を殺した者達に復讐するために、死にかけた。
その後も、この国を守るために……何度も命をかけた。
その姿は誰がどう見ても死に急いでいるようにしか見えなかったのだろう。
……実際に、王弟は必要であれば自身の命を失うことになろうとも……構わなかったのだ。
死ねばーー向かう先は、先に逝ってしまった婚約者の元へ行くだけなのだから。
「それでは、話は以上です。失礼しますね、叔父上」
「⁉︎待てっ‼︎レイファッ……‼︎」
ーーバンッ‼︎‼︎
呆然としていたグスタフは甥の素早く、そして唐突な動きに反応できない。ゆえに、ほんの一瞬で窓の鍵を開けて外に飛び出したレイファンを後一歩のところで取り逃がしてしまう。
グスタフは慌てて窓辺に近寄るが、外にはもう既に甥の姿はなくて。
曲芸師(?)地味た動きに、彼は忌々しげに呻いた。
「…………あいつは……‼︎」
レイファンは嘘をつかない。
つまりはもう既にグスタフは暗部の長でもなくなり……グスタフ・インツィア公爵ですらなくなっているだろう。
彼は眉間を揉みながら、ベッドに近づく。
「…………?」
そして、気づいた。
ベッドの上に乗せられた鍵と、小さなメモ。
〝まさか……〟と思いながら、グスタフはそのメモに目を通す。そして、そこに書かれていた文字を読んでギリッと歯を噛み締めた。
「あいつは本当にっ……‼︎どこまで調べたんだっ……‼︎」
そこに書かれていたのは〝とある屋敷を贈呈する〟という旨で。
その屋敷がある場所は……かつて、婚約者と交わした約束の地。いつか新婚旅行で行こうと約束した、美しい海がある街であった。
グスタフは何度目か分からない溜息を零して、力なくベッドの縁に腰掛ける。
ーーカチャリッ。
彼は自身の服の下……首元に下げていたロケットペンダントを取り出し、カチッと開く。
そこに飾られていたのは、古びた絵。
穏やかに微笑む……今は亡き婚約者の姿。
(…………君と約束した旅行先のことなんて……わたし自身、忘れていたのに。あいつは、本当に嫌がらせが上手い)
グスタフは力なく息を吐く。
根回しが済んでいる……それが本当であれば、明日にはもう彼は馬車の中になるだろう。
そして……グスタフが自殺なんかせず、きちんと天寿を全うできるように手を回すだろう。
つまり……グスタフは違う人間として、余生を送ることになることが決定していた。
「………………もう少しだけ……君の元へ行くのが遅くなりそうだ……***」
そう呟いた王弟は、ロケットペンダントを握り締めた。
グスタフが復讐劇の出演者として選ばれなかった理由。
例え、その手が血に染まっていようとも、その心根が真っ直ぐだったから。
※ラグナ的には壊れてる人間とか、脆弱な部分を持ってる奴の方が面白い。まぁ、そもそもそんなに他人に興味を抱かないが。




