【本編軸】花嫁と邪竜のやり直しデート
【注意】この作品の本編は約二年前に書いたものなので、今の書き方と差異があるかもしれません。
なので、ちょくちょく修正していくかもしれませんので、ご了承ください。
後、苦手な人は逃げましょう!
それでは、やっと書けたよコミカライズ記念(?)話!
今回は二話分投稿! 時間軸的には本編の第8部〜第25部までの間ぐらい(書いてる本人も分かってない)になると思います!
それでは、よろしくどうぞ!
これは、邪竜の復讐劇の合間にあった……とある日のお話。
「さて……唐突だが。俺と外出……デートしないか?」
朝の支度をしながら告げられた邪竜の言葉に、彼女は髪を梳いていた手を止める。
ミュゼはキョトンとしながら……ドレッサーの鏡越しに楽しげに笑うラグナを見つめた。
今日は学園の休日。
普段は復讐のために動いているか、屋敷の中で二人っきりでまったりと過ごす方が多い。
それこそ、デートに誘われるなんてあの日以来なくて……。
「…………あっ」
そこまで考えて、ミュゼは何かに気づいたように目を見開く。
そして……こてんっと首を傾げながら、質問した。
「もしかして……初めてのデートの、やり直しですか?」
「正解だ。あれほど最悪なデートはないからな」
ラグナは肩を竦めながら、頷く。
初めてのデート。
それは確かに〝最悪〟の一言に尽きるだろう。
デートであるというのに美しすぎる竜の容姿の所為で、その魔性に惹かれた沢山の人達に囲まれることになったし……。
暴走した宰相子息にミュゼは誘拐され、怪我を負わせられたのだ。
実際に怪我を負った時は興奮状態になっている所為で、痛みに気づかず……後から痛みに気づくことがある。
愛しい花嫁が怪我を負った以上、その時のラグナは彼女の大事をとってシェノア伯爵家に帰宅し、怪我の手当てを優先する以外考えられなかったのだ。
だが、デートが中止になったことを……ミュゼが悲しんでいたのを、彼は気づいていた。
普通であれば、伯爵令嬢として出来ない市場でのデートであったというのも、落胆の一因になっていたのだろう。
ゆえに、ラグナは前回の反省を生かし、万全の準備を済ませて……彼女をデートに誘ったのだった。
「認識阻害を使うから、前回みたいに色んな奴に囲まれることはない。今度こそ、ミュゼの隣にいる。どうか、俺とデートしてくれないか?」
そう言いながら、ラグナは後ろから彼女に抱きついて……その蒼銀色の髪にキスを落とす。
ミュゼは恥ずかしそうに身を捩らせながらも……少しだけジトっとした目で彼を見上げた。
「……今度はちゃーんっと、私だけを見てくれますか?隣にいてくれますか?」
あの時、ミュゼが誘拐されたのは……ラグナが彼女から目を逸らしてしまったからだ。
隣から離れたからだ。
誘拐されたこと自体は、既に気にしていなかったが……ミュゼは彼が再び自分から目を逸らすようなことになるのは、許し難かった。
そんなどろりっとした独占欲を宿した瞳に見つめられたラグナは……じんわりと頬を赤くしながら、満面の笑みを浮かべた。
「勿論だ。絶対、ミュゼから離れない」
「なら、是非行きたいのです。初めてのデートがあんな残念な終わり方をしたの……ずっと、嫌だったのです。貴方とやり直せるなら、とっても嬉しいです」
ミュゼそう言って微笑む。
その笑顔は、とても嬉しそうで。
初めてのデートが中途半端に終わってしまったことを、本当に悲しんでいたのだろうと改めて実感させた。
(………絶対、今日のデートで喜ばせよう。そのためにも、アイツらに頑張ってもらわないとな)
そんなミュゼを見たラグナは、心の中でそう呟いたのだった。
*****
以前訪れた時と変わらない……いや、それ以上の賑わいを見せる沢山の人で溢れた市場。
だが、前回と変わって……今回はラグナが誰かに囲まれることはなく、至って普通に市場を回ることができた。
ラグナと手を繋いだミュゼは、すれ違う人達に視線を向けながら小さく呟く。
「……本当に囲まれませんね」
「……信じてなかったのか?」
「いえ。信じてなかった訳ではないですよ?ただ、本当に囲まれないなぁと思っただけです」
「まぁな。こちらから声をかけない限りは、認識されない」
そう言ったラグナは繋いでいた手を一度解くと、ミュゼの腰に手を回す。
そして、自身の方に引き寄せると……ぴったりと寄り添いながら、彼女の耳元で囁いた。
「というか……他の奴らに視線を向けないでくれ。ミュゼだって俺にお前以外見るなって言うんだから……ミュゼも俺だけを見てて」
「んっ……‼︎」
そっと囁かれた甘やかな懇願に、腰が砕けそうになる。
ガクッと彼女の身体から力が抜けるが……実際にしゃがみ込む前にラグナに強く腰を押さえられて、そうならずに済む。
しかし、ミュゼは彼に囁かれた方の耳を押さえながら、顔を真っ赤に染めて……。
淡い菫色の瞳に熱と涙を滲ませながら、ラグナを睨んだ。
「ラ……ラグナっっ‼︎急にっ、耳元で囁かないでください‼︎」
「…………あぁ、すまん。まさか腰が抜けそうになるとは……」
「それはそうですよ‼︎ラグナの声は危険なんですから、当然です‼︎」
ミュゼの言う通り、ラグナの声はとても色っぽい……良い声をしている。
それ以前にとても大切で、大好きな人の声なのだ。
そんな彼の声を至近距離で聞いたらどうなるか?
……こんな反応になるのは当然の結果だった。
羞恥心に染まりながら怒るミュゼの姿に、ラグナはクスクスと苦笑を漏らす。
そして、謝罪するように彼女のこめかみにキスを落とした。
「はははっ、ごめんごめん。今度からはちゃんと、事前にやるって言ってからする」
「えっ⁉︎いや、事前に言ってもやらないで欲しいですよ⁉︎」
「でも、こんな可愛いミュゼの反応を見たらなぁ?」
「駄目ですからね⁉︎」
ミュゼは思いっきり叫ぶが、その顔はあまり嫌がっていない。
それはそうだろう。
文句を言いながらも……彼に触られることは、ミュゼにとって嬉しいことなのだから。
優しく触れる指先が。
贈られるキスの数が。
向けられる熱を帯びた視線が。
耳朶に響く甘やかな声が。
ラグナから向ける全てに、自分に対する愛情が込められているようで。
嬉しくて、高揚して、狂おしいほどに愛おしくて、堪らないのだ。
自分がこんなにも愛されているのだという事実に恍惚感と愉悦感が満ちて、堪らないのだ。
そして、そんな彼女の本心が分かっているからこそ……ラグナもスキンシップを止めない。
…………本音を言うと、可愛い反応をするミュゼをずっと見ていたいという気持ちに駆られたが……このままではデートが進まないと思ったラグナは、気持ちを切り替えるように指をパチンッと鳴らした。
「さて。俺達には時間が沢山あるが……今日という日は有限だからな。早速、行こうか」
「はい‼︎」
あの日と違い……今日は彼から差し出された手を取って、歩き出す。
二人は手を繋いだまま、中途半端に終わってしまった初デートのやり直しをした。
露店を見て回って……。
出店で売られている肉を挟んだパンを買って、ラグナと半分に分けたり……。
噴水広場でやっていた大道芸を観たり……。
本屋で様々なジャンルの本を、物色したり。
それはもう、本当に楽しい時間だった。
貴族令嬢というのは、基本的に商会で買い物をするか……商人を家に呼ぶのが常だ。
だからこそ、自らの足で市場を見て回ることは……ミュゼにとって、とても心踊ることだった。
だが、普段できないことをしたからだけではない。
ここまで気分が高揚するのは、愛しいヒトとすることがゆえ。
ミュゼは歩きづらくならないように……だが、確かにラグナとの距離を詰めて微笑んだ。
「ふふふっ。とっても、楽しいです」
「本当か?」
「えぇ。だって、ラグナが私のためを思ってやり直しデートをしてくれたんですもの。楽しくないはずがありません」
「そうか。なら、良かった」
晴れやかな笑みを浮かべながら告げられた言葉に、ラグナも安堵の笑みを浮かべる。
やり直しデートの提案者として、実際に楽しんでいると聞けて安心したのだ。
だが、ラグナは分かっていた。
楽しんでいると言う反面で……。
ミュゼの本音が違うことに。
そして……その本音は、ラグナの本音と同じことに。
ラグナはその美しい顔に笑みを浮かべながらも、心の中でぼやく。
(あぁ……どのタイミングで切り出すかなぁ……)
そんな時ーー。
まるで見計らっていたかのようなタイミングで、ラグナの脳内に届いた報告。
それを聞いた彼は、その内容に殺意を覚えながらも……この場を去る良い理由になったことで、なんとも言い難い複雑な気持ちになった。
「……ラグナ?」
彼からほんの一瞬だけ溢れた苛立ちに目敏く気づいたミュゼは、心配そうに顔を覗き込む。
しかし、ラグナは誤魔化すように苦笑を零して……彼女の手を引っ張った。
「なぁ、ミュゼ?少し早いんだが……本当の目的地に連れて行っていいか?」
「……本当の、目的地?」
「あぁ。あの日、行けなかった場所だ」
「…………」
ラグナが何かを隠していることには気づいていたが、どうやら彼はそれを語る気がないらしい。
ミュゼはほんの少しだけ拗ねた気持ちになりながらも……そこまでして隠すことならば、きっとデートの邪魔になる案件なのだろうと考え直して、にっこりと微笑んだ。
「勿論、構わないのです。貴方が連れて行ってくれる場所なら例え地獄だって行くのです」
「あははっ、流石ミュゼ。だけど、行き先は生憎と地獄ではないんだ。目を閉じてくれ」
「はい」
ミュゼは言われた通りに、素直に目を閉じる。
時間にして数秒。
ふわりと身体が浮いたと思った次の瞬間には……「もう目を開けて良いぞ」と言われて、ゆっくりと瞼を上げた。
そして、視界に入った光景に……ミュゼは大きく目を見開いた。
「わぁ……‼︎」
雲一つない澄み渡るような青空と、風が吹くと共に空を舞う色とりどりの花弁。
そして、足元一面が花で埋め尽くされたこの場所。
あまりにも美しい光景に……ミュゼは、うっとりと頬を緩めた。
「喜んでもらえたか?」
「………勿論ですよ‼︎ラグナ、ここは?」
「《星明かりの丘》なんて言われている、王都から少し離れた場所だ。知る人ぞ知る穴場、というヤツだな。なんでも、満点の星空が見える場所なんだとか」
「…………へぇ……」
確かに、周りには何もなく空を遮るモノもない。
夜になれば綺麗な星空を見上げることができるだろう。
「だからと言って、この場所の魅力は夜だけじゃない。太陽の下でもこの場所は美しいらしく、昼間は《永遠花の丘》なんて呼ばれているらしい。この場所は花が枯れることがなく……一年中花が咲いているんだとか」
「………えっ⁉︎一年中ですかっ⁉︎」
ミュゼはそれを聞いてギョッとする。
花というのは基本的に枯れるモノだ。
季節ごとに違う花が咲いていくならば、まだ納得できる。
しかし、枯れることなく一年中咲いている時点で……この場所に咲く花が異常としか思えなかった。
「まぁ、そうなるのも当然なんだよなぁ。この場所、俗に言う神域だから」
「…………はい?」
「つまり、神が干渉して作った場所ってことだ。あまり広域だと世界に影響が出るから、この丘だけなんだろうが」
「……………」
ミュゼはなんだか凄いことを聞いた気がして、頭が痛くなった。
「……そんな場所に来て、大丈夫なのですか?」
「大丈夫、大丈夫。ただ花が枯れないってだけだからな。この場所にいることで何か影響がある訳じゃないよ」
「……本当です?」
「安全な場所じゃなきゃ連れて来ないって。多分、アイツのことだから……気紛れで作っただけだろうから」
世界のことに詳しい邪竜がそう言うということは、実際にそうなのだろう。
というか、神をアイツとか言えてしまう彼に若干、頭痛を覚える。
ミュゼはこれ以上考えるべきではないと思い……深く考えることを止めた。
「ここが、ラグナが連れて来たかった場所ですか?」
「あぁ。買い物デートが嫌な訳じゃないんだが……二人っきりでここで花を見ながらお茶をするってのも良いだろう?」
「つまり、早く二人っきりになりたかったと」
「そうだ」
即答したラグナに、ミュゼはクスクスと笑い声を漏らす。
どうやら市場の散策は周りに人がいて……尚且つ、ミュゼの意識が市場の品々に向かってしまうため、彼の気に食わなかったらしい。
だが、それは……ミュゼも丸っきり同じ気持ちだった。
ミュゼはクスクスと笑いながら、彼を見つめる。
「ふふふっ。貴方がやり直しデートを提案して来たのに、私と二人っきりがいいなんて……ラグナは独占欲が強いですね」
「そうだな。とは言っても、初めてのデートの時もここに来るつもりだったけどな。本当、ミュゼに出会ってから知らなかった自分の一面ばかり知るよ。だけど、俺はミュゼに対してだけはとても執着的で、粘着質で、独占的なんだ。だから、諦めてくれ」
「ふふふふっ……残念ですが、諦める必要はないのです。私にとって、貴方が向けてくれるモノは好意でも執着でも粘着でも独占でも……それこそ殺意であろうとも嬉しいことですから。それにですよ?」
ミュゼは笑う。
晴れやかな日差しのようでいて。
だけど、その菫色の瞳に狂気に近しいモノを宿しながら笑う。
「折角、ラグナがやり直しデートをしてくれてるのに……貴方と二人っきりになれたらなぁ、と思ってたのです。だから、私の願いを叶えてくれて、ありがとうございます。ラグナ」
そう告げたミュゼはとても美しくてーーけれど、その姿はどこか背筋を冷たくするような恐怖と狂気を感じさせた。
しかし、ソレを感じるからこそ……《破滅の邪竜》はそんな彼女への愛おしさを増す。
ラグナは蕩けるような顔で、微笑んだ。
「それじゃあ、二人っきりのお茶会と洒落込もうか」
「エスコートをよろしくお願いしますね、ラグナ」
「勿論」
二人は手を取り合って……いつの間にか用意されたお茶会の席へと向かって行く。
ここから先は、ミュゼとラグナだけのモノ。
誰にも見せない、甘やかな時間ーー。
結果を言っておくならば……やり直しデートは大成功とだけ告げておこう。