【本編後日談】その復讐は、元従者が求めたもの。
今更すぎるコミカライズ記念話!
……………という訳でもありません。
前話に宣言していた元従者君のお話です。時間軸は邪竜と花嫁がいなくなって少し経った頃ぐらいかな?
シリアス(?)って感じかもしれないけど……うん、苦手そうなら逃げて、自衛してね〜。
【補足、解説は後書きにて】
後々(どれくらい後かは分からないけど)コミカライズ記念話でも書くだろう。多分……。
まぁ、とにかく!皆様のおかげです!ありがとうございます!
よろしくどうぞ!
現王太子レイファンがそれに気づいたのは、事が起きた後だった。
元王太子であった兄、レイドの従者であったカルロス・フリット。
今ではレイファンの従者をしている彼が風邪を引いた。
一応、医師にも診てもらったが……軽い咳が出る程度であったため、風邪の引き始めだろうと診断された。
邪竜の復讐劇からまだそれほど時間も経っていない。
色々と対応しなくてはいけないことが多々あり……それは事情を知る者でなければできないことで。
関係者であったカルロスには積極的に動いてもらっていたため、疲労が祟ったのだろうと休みを与えた。
だが…………。
気づいた時には、ただの風邪であったはずのカルロスは……危篤状態になっていた。
レイファンは執務室に届いた医師の報告書を読みながら、愕然とする。
数日前までは健康そのもの。
風邪を引いた当初も軽いものにしか見えなかったのに、たった数日でカルロスが死の淵に立っていることが信じられなかったのだ。
見舞いに行きたいと思うが、急激に体調が悪くなったことで、何か良くない病気なのかもしれないということで会いに行くことすらできなくて。
何が起きているのかと。
医師の誤診だったのかと、思うばかり。
しかし……その報告書の最後に書いてあった内容を見たレイファンは、自身の婚約者である聖女ヴィクトリアに急いで連絡を取るのだった……。
*****
「……………んっ……?」
生と死の境を彷徨っていたカルロスが目覚めたのは……彼が危篤となってから、三週間後のことだった。
視界に映る真っ白な天井。
ふかふかのベッドに、微かに香る爽やかな匂い。
カルロスは自分が置かれている現状を把握しようと身体を起こそうとし……しかし、身体に走る鈍痛によって、起き上がることは叶わなかった。
「痛っ……」
「あぁ……起きられましたか」
「っっっ‼︎」
カルロスはその声にハッとし、警戒心を高める。
普段であればこんなに近くに人の気配があれば、直ぐに気づけたはずだ。
だが、気づくことができなかったことに……カルロスは自身の身に起きていることに苦笑を零す。
ちらりと視線を動かせば、そこには……ベッドサイドに置かれた椅子に座った一人の神官の姿。
落ち着いた焦茶色の髪と真っ白な瞳。
カルロスはその人物が誰かを理解して、大きく目を見開いた。
「…………貴方は……」
「異端審問官のベンジャミンと申します。一応は初めまして、になるんでしょうかね」
カルロスは曖昧な笑みを浮かべる。
異端審問官ベンジャミン。
彼は偶然にも《破滅の邪竜》と遭遇してしまい……盲目の代償に全てを見通す《真眼》を持つがゆえに、邪竜の手駒として巻き込まれてしまった哀れな青年だ。
今まで顔を合わせることはなかったが……カルロスは邪竜から手駒のことを聞いていた。
しかし、まさか全てが終わってから会うだなんて……思いもしなかったことだった。
「……貴方は僕のことを聞いているでしょうか?」
「…………まぁ、一応は」
「なら、詳しい説明は必要ありませんね。先にご質問します、カルロス殿。貴方は自身の身に起きていることを、理解していますか?」
ベンジャミンはその《真眼》を持って、カルロスの身に起きていることを見抜いたのだろう。
自分の身に起きていること……そんなの、他の誰でもない自分が一番理解している。
いつからか胸元に浮かび始めた、黒竜を象った痣。
低下し始めた視力と遠くなる耳、見えづらくなっていく視界。
匂いや味も曖昧になって……。
機敏に動いたはずの身体は、いつからか錆びたように鈍くなった。
そして、今回の件ーーーー。
本来ならば不安がるであろう状況であるのに……カルロスは、とても安堵したような顔で頷いた。
「はい、勿論。オレは……《破滅の邪竜》に呪われているんでしょう?」
ベンジャミンは……呪われているのを自覚しながらも、彼が落ち着いていることに驚いて、大きく目を見開く。
……カルロスの身を蝕んでいるのは、弱体化の呪い。
身体機能だけでなく病気や怪我に対する免疫機能までも低下する、恐ろしい呪いだ。
ゆえに、ただの風邪ですら重症化して……死の淵を彷徨うことになった。
カルロスの胸元にある痣は、まさにその呪いの証拠と言える。
その痣があったがゆえにこれは邪竜関連だと判断したレイファンによって、教会へと連絡が取られたが……その判断は間違いではなかった。
現に、聖女の暮らす領域として神聖で包まれている教会は……カルロスの呪いを弱め、体調を回復させた。
だが、教会から出れば……また彼の身体を、呪いは蝕むだろう。
そう説明を受けた本人は困ったように笑い……乱暴に自身の頭を掻いた。
「それはそれは……ご迷惑をおかけしました。後でレイファン様にもヴィクトリア様にもお礼を言わなきゃなぁ……後、仕事も辞めなきゃか」
「……………………」
「ん?どうしました?そんな信じられないようなモンを見るよーな顔をして」
カルロスはキョトンとするが、ベンジャミンの反応もある意味当然だった。
目が見えなくても分かる。
きっと、目の前の男は柔らかい笑みを浮かべているだろうと。
自身に起きていることを把握しながらも……何故、カルロスは安堵しているのか?
何故、邪竜に呪われているというのに……こんなにも飄々としていられるのか?
ベンジャミンは、目の前にいる青年のことが理解できなかった。
「…………何故、笑っているのですか……?」
「…………はい?」
「……何故、邪竜に呪われているのに……平然としているのですか……?」
「……………」
「貴方はっ……邪竜の協力者だったでしょうっっ⁉︎」
カルロスはその叫びに近い声に、彼の言わんとすることを理解する。
確かに、彼は《破滅の邪竜》の協力者であった。
命の恩人であり、主人であった元王太子を裏切って……邪竜に手を貸した。
なのに、協力者であったカルロスが呪われているのが意味が分からないーーベンジャミンが言いたいのはそれなのだろう。
しかし……カルロスには、こうなるのは当然だとしか思えなかった。
「あー……その……ぶっちゃけていいですか?」
「…………はい」
「オレは、自分が呪われたのは当然だと思ってます。というか、逆に安堵したぐらいでした」
「……だから、なんでーー」
「だってオレは……復讐される側ですから」
「…………ぇ?」
カルロスは、ゆっくりと目を閉じる。
そして、邪竜とその花嫁の姿を瞼の裏に描きながら……言葉を紡ぐ。
「多分、一度目の人生で……オレは実行犯としてミュゼ様を殺しています」
「なっ……⁉︎」
「となると……他の方達が復讐されたのにオレだけ助かるなんておかしいですよね。例え、協力者であったとしても……あのラグナ様が見逃すはずない」
《破滅の邪竜》が自身の花嫁を傷つけた者を許すはずがないのだ。
例え、洗脳されていようと。
繰り返された人生で傷つけて……今世では傷つけていなくても。
邪竜の最愛を傷つけたという事実が、邪竜にとっての復讐を行う理由になる。
「お二人がいなくなってから……ずっと不安でした。オレもミュゼ様を殺したのに……なんの復讐もなかった。もしかしたら、協力したからかも……?なんて、思ったこともありましたけど。やっぱり、そんなはずないんですよね。だって、あの方は邪竜だ。悍ましいほどの狂気と、人間の尺度に当て嵌まらない……どこか壊れている竜だ。いつ、オレに復讐をするのか。それとも……オレにではなく、オレの大切な人達に復讐の手が及んでしまうのか。そう思うと、夜も眠れないほどでした」
「……‼︎」
カルロスが聖女ヴィクトリアの補佐を務めている女性神官リオナと結婚することは、教会にいる者ならば誰だって知っている事実だ。
今の彼には自身よりも大切な女性が……これから産まれる子供がいる。
もしも、邪竜の復讐が大切な人達に向かっていたら……カルロスはきっと、壊れただろう。
「だけど、復讐はきちんとオレに向かった。ラグナ様って……一度復讐したら、ご自身はその後、手を出さないんですよね。だから、オレがラグナ様に復讐されたってことは、リオナ達は復讐されることがないってことで。だから、オレは安堵したんです」
ラグナは復讐に満足すれば、それ以上の復讐をしようとしなかった。
復讐後の彼らには、興味を抱かなかった。
それは逆を返せば、一度復讐を受けてしまえば……邪竜本人からの復讐は起きないということだ。
………………あくまで、邪竜の気まぐれが起きなければという前提だが。
「ミュゼ様以外どうでもいいラグナ様のことだから、気まぐれとかなんとなくの可能性が高いっちゃ高いんですが……まぁ、協力者だったからこそ、オレへの復讐はこの程度で済んでるんだと思うべきでしょう。そのおかげで、オレの大切な人達は無事なんです。彼の方に温情、なんて言葉があるとは思いませんが……まぁ、貢献した褒美ですかね」
「ですがっ……貴方はこれから普通の生活などっ……‼︎」
「それぐらい。他の方達……レイド様達に比べたらずぅーっとマシですよ」
カルロスはクスクスと笑う。
もし、あの時……かけられていた洗脳に抵抗できていなかったら。
もし、あの時……邪竜の手を取っていなければ。
もし………運命の歯車が噛み合うことが、なかったら。
彼は、正気であって正気でない……廃人となった王太子と同じ結末を辿ったはずだった。
だが、カルロスは邪竜に協力したからこそ……この程度の復讐を、報いを受けるだけで済んでいる。
これは、邪竜ラグナにしては優しすぎる復讐だろう。
カルロスの笑い声を聞いて、ベンジャミンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
ベンジャミンが抱く感情は、上手く言葉にすることができない……複雑で、気持ち悪くて、なんとも言えない感情だった。
「……………………呪われることを素直に受け入れられるなんて……貴方も、どっかおかしいんですね」
ベンジャミンの歯に衣着せぬ言葉に、カルロスは「心外だなぁ」と肩を竦める。
そして、邪竜のことをよく知らない彼に教えるように告げた。
「ラグナ様の異常性とヤバい力をよぉ〜く知ってるから、この程度で済んでラッキーだって分かってるだけですって。それにね?」
そこで言葉を区切った彼は、自身の胸元に刻まれた呪いの痣を服の上から撫でながら……告げた。
「……元々、オレは命を奪いすぎてます。呪われるぐらいされなきゃ、割に合わないでしょう。生きて、この呪いを背負うことは……オレの贖罪です。ただ幸せになることなんて、赦されるはずがない」
「…………」
ベンジャミンはその言葉を聞いて……しかし、その《真眼》で彼の本音を理解する。
元暗殺者でありながら、元王太子の従者になり……今も王家を支える役目を負っていた。
だが、本来であれば……カルロスは邪竜関係なしで罰を受けなくてはいけない。
…………本人に自覚があるほど、彼が生きてきた道は後ろめたいモノだった。
なのに、のうのうと光の中で生きていることに。
自分の命を救ってくれた元王太子を裏切ったのに、何もなかったことに。
カルロスは苦しんでいたのだろう。
自分が幸せになっていいのかと、悩んでいたのだろう。
大切な人達に復讐の手が向かないから安堵した?
その気持ちも多少はあるだろう。
しかし、本当にカルロスが安堵したのは……。
呪われるというカタチで……自分の罪を、やっと償うことができるから。
彼はやっと……求めていた罰を与えられたから。
ベンジャミンは自身の目元を片手で覆い、小さな声で呟く。
「………………本当、この世界ってのは……正しさだけなんてなくて、複雑だ……」
「……ベンジャミン様?」
「……なんでもありません。では、僕はこれで。僕の役割は、呪いの説明なので。詳しいことは、ヴィクトリア様やリオナ様がなんとかなさるでしょう」
「……あぁ。わざわざご足労頂き、ありがとうございました」
ベンジャミンは椅子から立ち上がり、ゆるりと頭を下げる。
そして、盲目とは思えないしっかりとした足取りでその部屋を後にした。
残された部屋でただ一人。
カルロスは顔を動かして、窓から見える空を見上げる。
その顔には……柔らかな笑みを浮かんでいた。
この復讐は、罰を求めていたカルロスにとっては……ある意味、救いでもあったのだろう。
ラグナにしては甘い復讐だったけど、まぁそこは邪竜の気まぐれというヤツで。
………その後、従者(護衛役でもあるから、身体能力下がってる身じゃその役目を果たせない)を辞めたカルロスは、教会で慈善活動をしながら……妻と子供と慎ましく暮らしたと思いますよ。うん。