偽聖女は慟哭する
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幸福感の中で目覚めたローラは、天井を寝惚けた顔で見つめる。
隣にある温もりに、昨夜、ラグナがこの部屋を訪れたことを思い出した。
沢山話をして……そういう良い雰囲気になったことで感情が昂り、肌を重ねた。
心地良い怠さと腹部の鈍痛に、ラグナと結ばれた喜びで徐々に意識が覚醒して……頬が緩んでいく。
(あぁ……やっとラグナと……‼︎悪役令嬢が彼の隣にいたのは、やっぱり何かの間違いだったのよ‼︎)
嬉しさに微笑みながら隣に眠るだろう愛しい人へ顔を向ける。
しかし……。
「……………え……?」
そこにいたのはラグナではなかった。
穏やかな寝顔を晒すその人は……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ‼︎」
ミュゼ・シェノアの元婚約者である……公爵家子息アルフレッド・レンブルだったー。
「どうされましたかっ、お嬢様っ‼︎」
ローラの叫び声に慌てて部屋に入ってきた執事や侍女達は、ベッドの上にいる二人を見て呆然とする。
それはそうだろう。
未婚であり、婚約関係でもない男女が裸で寝台の上にいるのだ。
アリシエラはボロボロと涙を流しており……アルフレッドは、緩慢な動きで起き上がるところだった。
「あ…貴方はレンブル公爵家嫡男のアルフレッド様っ⁉︎こっ……これはどういうことですかっ‼︎」
初老の家令が聞くと、アルフレッドは困ったような顔になる。
そして、静かに答えた。
「どういうことって……あ…あぁぁぁあっ‼︎」
「………⁉︎」
「どうしてこうなったんだっ⁉︎ボクは昨日、アリシエラに会いに来ただけだったのにっ‼︎」
錯乱状態に陥ったアルフレッドは頭を抱えて嘆く。
使用人達は、怪訝な顔をした。
「昨日、アリシエラに抱いてくれって言われたら……ボクはおかしくなったんだ‼︎普通だったら断るのにっ……気づいたら彼女を抱いていたっ‼︎」
ローラはそれを聞いて思い出す。
聖女の力……誘惑のことを。
確かに……昨夜、ローラは彼に抱いてくれと言った。
それはそういう良い雰囲気になったからで……相手がラグナだと思ってたからだ。
なのに、今隣にいるのはアルフレッドで。
そんなアルフレッドは聖女の力で、誘惑された。
ローラの頭の中は〝どうしてこうなったの?〟という言葉で埋め尽くされそうだった。
アルフレッドに聞こうとしても無駄だと判断したのか、専属侍女がローラに駆け寄る。
「お嬢様っ‼︎どういうことですかっ‼︎」
事情を聞こうとするが、ローラは号泣しながらその手を払った。
「違うわっ‼︎ラグナだと思ってたのっ‼︎だからっ……なんで、アルフレッドがここにいるのよぉっ‼︎」
「………君に会いに来ただけだっ‼︎」
「違う‼︎違う違う違うっ‼︎ラグナだった‼︎昨日いたのはラグナだったっ‼︎」
「………何を言ってるんだ⁉︎ずっとボクがいただろう⁉︎」
怒鳴るように言うアルフレッドに、アリシエラも錯乱状態になる。
その姿は狂った人間のようで。
二次元への恋を暴走させていたローラにとって、アルフレッドと肌を重ねたという事実は汚点でしかなかった。
「先ほどの悲鳴は何事だ‼︎」
威厳ある声に、その場にいた人々はビクリッ‼︎と身体を震わせる。
廊下の先から現れたのは……初老の紳士。
彼こそがこのマチラス家の当主……アリシエラの祖父ナイゼル・マチラス子爵だった。
「ご当主様……」
「アリシエラの悲鳴が聞こえたぞ。一体、何事だ」
「それは……」
ナイゼルはなんとも言えない顔をする使用人達を押し退け、彼女の部屋に立ち入る。
そこで見た二人の姿を見て……目を見開いた。
「貴様っ‼︎一体何をっ……‼︎」
ナイゼルがアルフレッドに殴りかかろうとするが、それよりも先に家令が押しとどめる。
そして、先ほどアルフレッドが言ったローラから誘ったという言葉を告げると、ナイゼルは言葉を失った。
そして……アリシエラが彼を他の男だと思って誘ったことも。
「…………あの…申し上げにくいのですが……」
すると、野次馬と化し始めていた侍女の中から……侍女にしては無駄に色気のある見知らぬ侍女がおずおずと出てくる。
家令は初めて見る顔に怪訝な顔をしながら、何者かを聞こうとしたが……彼女の瞳を見た瞬間、そんな思考は霧散してしまった。
「ご当主様」
「なんだ?」
「新人の侍女からお話があるようです。発言をお許し頂けますか?」
「………許そう」
ナイゼルの言葉に、家令は頭を下げ……侍女に発言を促す。
彼女は恐る恐る口を開いた。
「昨夜……お嬢様がそこにいるレンブル公爵家嫡男のアルフレッド様をお部屋にお招きしているのを見ました」
「っ⁉︎何故、止めなかった‼︎」
「最近のお嬢様はわたくし達、侍女に手を上げられます‼︎お嬢様の行動をお止めするなんて……恐くてっ……」
悲痛な叫びに、ナイゼルは再び言葉を失う。
ローラはラグナとの仲がシナリオ通りに上手くいかないことを、この屋敷の使用人に当たり散らしていたのだ。
要するに癇癪持ちだったのである。
そして、使用人達は雇い主の孫娘である彼女に逆らえない。
問答無用で叩かれるぐらいならば、彼女の行動を見逃す方が得策だったのだ。
「………っ…。こんな状況じゃマトモな話はできまい。レンブル公爵も呼んで話し合いをしよう」
ナイゼルは、使用人が不当に虐げられていたことに気づかなかった。
死んでしまった娘の子供だからと……結局のところ、甘やかしてしまっていたのだ。
ナイゼルは使用人達に申し訳なさを募らせながら、執務室へと向かった……。
*****
しばらくして来たアルフレッドの父親……アンフィ・レンブル公爵は、アルフレッドと似た顔でありながらも鬼のような形相で、マチラス子爵家の応接室で待っていた息子の頬を叩いた。
「何をしているんだっ、アルフレッドっ‼︎」
彼は自分の息子が、彼女に関わってからおかしくなったことを知っている。
婚約者であるミュゼ・シェノアを放置し、アリシエラ・マチラスと恋人のように触れ合い……ダンスパーティーでは、アリシエラをエスコートする始末。
普通は白い目で見られるのだが、学園でそれが騒ぎになっていないと聞き……どういうことだと首を傾げたこともあった。
そんな中での、ミュゼとの婚約解消。
王弟のグスタフ・インツィア公爵の勧めでした婚約だというのに、婚約解消となっては彼の顔に泥を塗ったも同然で。
あと一度、何かしたらそれなりの対処をしなくてはならないと思っていたが……まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。
婚約者でもない貴族女性との性交渉。
それがどれだけ醜聞となるか。
アンフィは怒りが収まらなかった。
「何故っ‼︎こんなことをしたっ‼︎」
「………アリシエラから誘われたからです」
「断ればいいだろうっ⁉︎」
「………断れなかったんですっ‼︎何故かっ、意識が朦朧としてっ……」
「レンブル公爵、お待ち下さい……今回の件は我が孫娘に非があります」
そこでナイゼルが声をかける。
隣に座る呆然としたローラに視線を向けてから、懐から一つの小瓶を取り出した。
アンフィはそれを見て、ギョッとする。
「なっ……それはっ……」
「アリシエラの部屋で見つかったそうです」
そこにあった小瓶は……強力かつ中毒性のある媚薬だった。
かつて、ローラの身体に入れられたアリシエラが売られた娼館で……薬と共に使われていた物だ。
その効果は、使用者の意識を刈り取り、欲情を昂らせる。
この媚薬の存在が……アルフレッドの意識が朦朧としたという言葉の、裏付けになった。
「………これは……」
「何故、孫娘がこれを持っていたかは分かりません。ですが、どうやら彼はこの媚薬の所為で……」
それを聞いたアンフィは、息子の行動がアルフレッドの意思によるものではないと悟る。
そうなると、報告で聞いていた彼女に群がっていた青年達は……この媚薬に惑わされたことになる。
「アリシエラ嬢‼︎これはどこで手に入れたのだ‼︎」
アンフィは原因究明のために彼女に問うが、ローラは小瓶を見て……答える。
「そんなの、知らない……」
「君の部屋で見つかったんだぞ‼︎」
「知らないって言ったら知らないのよっ‼︎媚薬なんてなくても、私の聖女の力で似たようなことができるんだからっ‼︎」
「「何っ⁉︎」」
それを聞いたナイゼルとアンフィは、目を見開いて固まる。
どうして彼女が、聖女だと自称するのか。
教会への冒涜になるのではないか?など……。
「………何故…自分が聖女などと言うのだ?」
ひとまず、聞きたいことはそれだった。
ナイゼルの質問に、自棄になったローラは答える。
「………癒しの力と豊穣の力が、あるからよ……」
聖女の詳しい力はあまり公にされていないが、癒しの力と豊穣の力は知られている。
そう言われてナイゼルはハッとする。
彼女が来る前は身体の不調が酷かったが、来てからは一切問題がないこと。
そして、最近、マチラス子爵領の農作物が豊作になったことなどを思い出す。
それを合わせると、彼女の〝聖女〟だという主張は正しい気がしてきたのだ。
「…………しかし、どうしてアリシエラが……」
「マチラス子爵。彼女の主張は正しいのですか?」
「………肯定するかどうかと問われれば、私は〝はい〟と答えます」
そこでアンフィは考える。
本当に彼女が聖女だとすれば……この件の責任を取ってアルフレッドと婚約させることで、その恩恵がレンブル公爵家にも齎されるかもしれない。
アンフィはにっこりと笑って、提案した。
「今回の件は、アリシエラ嬢が媚薬または聖女の力でアルフレッドを誘惑したのでしょう。ですが、アリシエラ嬢の純潔を奪ってしまったのはこちらの落ち度です」
「…………」
「お詫び、と言ってはなんですが……アルフレッドに責任を取らせましょう」
「えっ?」
「アリシエラ嬢を息子と結婚させましょう。そうすれば彼女は公爵夫人です」
「………っ‼︎」
その申し出はまさにナイゼルにとっても最良だった。
子爵家令嬢でしかないアリシエラが、公爵夫人になる。
そして……子爵家に公爵家との繋がりができる。
「その申し出、お受けしましょう」
「なっ……‼︎」
ガタッ……‼︎
ローラはそれ聞いて立ち上がる。
アルフレッドの結婚相手になってしまったら、ローラはラグナに近づきにくくなってしまう。
それだけは、駄目だった。
「嫌よ、結婚なんてっ‼︎私はラグナと結婚するんだからぁっ‼︎」
「………ラグナというのが誰だか分からないが……お前は彼と婚姻するしかないんだ。そのラグナという者も、処女でない令嬢となんか……婚姻したがらないだろうしな」
「っっっ‼︎」
ローラは突きつけられた言葉に絶句する。
ラグナと結ばれたいと願う彼女にとって……他の男と肌を重ねると同様に、結婚することも絶望でしかなかった。
そして……彼女は慟哭した。
「………なんでっ……なんでなんでなんでっ‼︎なんでこうなるのよぉぉぉぉぉぉぉぉおっ‼︎」
しかし、ローラはまだ知らない。
これがまだ……復讐の始まりに過ぎないということを。