復讐の舞台を整えるために、邪竜は動く
しばらくは、シリアスです。
こっから復讐仕込み編というか……公爵子息への復讐(になると思う)に入ります。
よろしくどうぞ‼︎
それは、数日前のことだったー。
教会の一室。
そこでは今、身の毛もよだつ事態になっていた。
「……スライムの因子と、食人鬼の因子と……その他に……」
ラグナは手元にある漆黒の壺に、自身の影から何かを掴み出して投げ込む。
ポコポコと泡立つ音と……異臭、叫び声などが壺から放たれ……まるで地獄のようだった。
「………一体…何をしてますの……」
朝一に教会の一室を貸せと言われて、部屋を提供したヴィクトリアはその光景に後ずさる。
ラグナから少し離れたところで、椅子に座っていたミュゼは、彼から目を離さずにそれに答えた。
「復讐の道具(?)、生命体(?)みたいなモノを作ってるらしいです」
「…………生命体を…作る……?」
「なんかよく分からないのです。理解しようとすると頭がおかしくなるらしいのです」
ヴィクトリアはそれを聞いて硬直する。
今、ラグナが行なっているのは教会で禁忌とされている生命の創造だ。
それに加担してしまった……と言えるかは定かではないが、この教会でやらせる訳にはいかなかった。
「ラグナ様っ‼︎今すぐ違う場所で行なって下さいませっ‼︎」
「いや、駄目だ」
「教会は生命の創造を禁止しておりますわ‼︎何故、教会で行う必要がっ……」
「教会の聖なる気を使っているからだ」
「なぁっ⁉︎」
そして、ラグナは語る。
どうして教会で行うのか?
それと共に語られる《破滅の邪竜》の復讐の内容。
それを聞いたヴィクトリアは力なく座り込んだ。
「………そんな、ことを…するつもりですの……?」
ヴィクトリアは口元を押さえて、こみ上げる吐き気をなんとか我慢する。
そんな彼女にミュゼは不思議そうな顔をした。
「体調が悪そうですね。大丈夫です?」
あんな話を聞いたと言うのにミュゼは、至って普通で。
普通だったら恐怖と吐き気でヴィクトリアのように顔面蒼白になるだろうが……普通過ぎるミュゼに、彼女は戦慄した。
「ミュゼ様は……何も…思いませんの?」
「……何がです?」
「ラグナ様が、しようと……していることを」
それはとても悍ましいことだった。
《破滅の邪竜》の本性を改めて確認させられるようだった。
ラグナは……とても、恐ろしいことをする気なのだ。
自分にされるのではないと分かっていても、身体が震えるほどに。
止めてあげて欲しい、思わずそう同情してしまうほどに。
それはきっと彼女だけでなく、普通の人間も同じように思うだろう。
しかし、そんな行動をしようとするラグナのことを止めることができるのは、ミュゼだけで。
だから、ヴィクトリアは彼女に問うたのだが……もう既にミュゼは人間よりも邪竜寄りの存在になっていて。
ミュゼは笑う。
とても愛おしそうに、ラグナを見つめながら。
「ラグナが楽しそうで何よりです。ラグナが楽しそうだと私まで嬉しくなりますね」
「…………っ…‼︎」
ミュゼが彼を止めることなど、ありえないことだった。
それどころかきっと、今のミュゼならばラグナがすることを全て肯定するだろう。
それがどれだけ異常で、残酷で、残忍で、狂気的で、猟奇的で、吐き気を催すような血に塗れるような行為だろうと。
「ラグナ。何かお手伝いすることあるです?」
「ん?大丈夫だぞ。ミュゼは俺をただ見つめていてくれ」
「うふふっ……はい」
蕩けるような笑顔でラグナを見つめるミュゼは、まさに恋する乙女のようで。
しかし、こんな状況でそんな顔ができるのは……異常だった。
「………あぁ……」
彼女に邪竜を止めることはできない。
何故なら、ヴィクトリアの心は恐怖に負けてしまっているから。
聖女であろうとも……《破滅の邪竜》の恐怖の前では。
ミュゼを除いた全ての存在が皆等しく、ただの虫ケラでしかないのだから。
「…………主よ……どうか、哀れな少女の御魂だけでも……お救い下さいませ……」
ヴィクトリアは願わずにいられない。
自らが招いた地獄へと身を投じる……ローラ・コーナーに同情を抱きながら。
避けられない結末を迎えるだろう彼女が、せめて少しぐらいは許されるように……と。
*****
「……うっ……ぁ…あ……」
レンブル公爵家の屋敷で。
アルフレッドは自室の床に膝をつき……頭を抱えて、呻いていた。
今の彼は、霧散しそうになる意識を繋ぎ止めることで激しい頭痛に襲われていた。
しかし、それを乗り越えてまで考えなくてはいけないことがある。
それは……今の状況だった。
ヴィクターが人身売買をしていて、投獄された。
ジャンは学園を辞めて、教会にいたらしい。
最初はそれが全然気にならなかった。
ヴィクターは友達だったし、ジャンは自身の護衛だったというのにだ。
何も、思わなかったのだ。
しかし、レイドが病気で辺境の地で療養することになり……第二王子が王太子になった。
ジャンが行方不明になったと聞いた。
その時、やっとアルフレッドはそのおかしさに気づき始めた。
どうして、自分はあんなにもアリシエラを優先していたのか。
どうして、ミュゼを目の敵にしていたのか。
どうして、あんなにも親しくしていたミュゼを……。
そんな疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
しかし、思考がまともに働かない。
激しい頭痛と共に何かが邪魔しているように……アルフレッドがやっと気づいたその異常を有耶無耶にしそうになる。
アルフレッドは頭を抱え、自分が何か危険な状態に陥っていると推測する。
洗脳されてしまったアルフレッドはただアリシエラのことを愛する傀儡でしかないが……本来の彼は、馬鹿ではない。
そして……アリシエラがレイドの件で動揺し、洗脳が緩んで本来の自分に僅かに戻ったアルフレッドは。
アリシエラに関わってからこんな風になったのだと気づくことができた。
「……くっ……」
アリシエラ。
ミュゼ。
ヴィクター。
ジャン。
レイド殿下。
名前を思い浮かべて、記憶を整理しようとするが……上手くいかない。
そして……お伽噺の存在だとされていた《破滅の邪竜》。
ソレが今、ミュゼの婚約者であり……アリシエラが好意を向けている存在。
「……なんで…今まで……こんなあり得ない状況を……おかしく思わなかったんだ……?」
アルフレッドがそう呟いた時ー。
喉を鳴らして笑う声が響いた。
「ははっ。今更、洗脳が緩んだのか」
「っ‼︎」
いつの間にか自身の目の前に立っていた男女。
漆黒の髪に、黄金の瞳。
美しい顔立ちの青年と……その隣にいるのは……。
「……ミュ、ゼ……」
アルフレッドは目を見開く。
かつてのミュゼも確かに美しかった。
しかし、今、目の前にいる彼女は更にその美しさに磨きがかかっていて。
呆然とするアルフレッドは……今すぐ殺さんとするラグナの冷たい視線で我に返った。
「お前が俺のミュゼの名を呼ぶな」
「っっっ‼︎」
圧倒的な重圧に、アルフレッドの息が詰まる。
確かに、アリシエラを盲目的に信じて……ミュゼを裏切ったアルフレッドが彼女の名前を呼ぶ資格はない。
ミュゼはそんな彼を見て、きょとんと首を傾げた。
「ラグナ。少し圧を緩めないと、この人、死ぬですよ?」
「……………」
「コレが死んだ所為でラグナの復讐が失敗しちゃうのは嫌です」
ぷくぅ……と頬を膨らませるミュゼに、ラグナはふっと息を吐いて威圧を解く。
そして、さっきとは打って変わって蕩けるような笑顔を浮かべた。
「ミュゼはいい子だなぁ。俺に尽くしてくれるんだから……ミュゼが言ってくれなかったら、計画が狂うところだった。ありがとう」
「……役に立てましたか?」
「………あぁ…そうだな。ミュゼはいつだって俺の役に立ってくれてるよ」
「うふふっ、嬉しいです‼︎」
二人は蕩けるように甘い笑顔で抱きしめ合う。
アルフレッドはその姿を見て……呆然とした。
今までずっと婚約者としてミュゼと共にいた。
しかし、こんな風に蕩けるような笑顔をを浮かべるミュゼの姿を見たことがなくて。
こんな可愛らしい顔をするなんて、知らなかった。
そんなミュゼを腕に抱きながら……ラグナはにっこりと笑う。
「あぁ、挨拶をしておこうか。ミュゼの元婚約者殿。俺はラグナ。《破滅の邪竜》と称されるモノだ」
「っっ‼︎」
ぞくりっとするほどに冷たい視線に、アルフレッドは思わず後ずさる。
しかし、そうなる前に……いつの間にかラグナは彼の首を掴んでいた。
「逃げようとするなよ」
「………あ……ぁ……」
「俺はお前に用があって来たんだからな」
にっこりと笑ったラグナは「あぁ、そうだ」と思い出したようにアルフレッドの身体を拘束の魔法で動けなくする。
そして、自身はミュゼを膝に抱っこしながらゆったりとソファに座った。
「何も知らずに、ヤるのは可哀想だからな。何が起きていて……これから何をされるか……じっくり教えてやろう」
そしてアルフレッドは知る。
繰り返された人生と、自身がミュゼを殺した四回目の話をーー。