公爵令嬢は、花嫁と邪竜の異常性に息を飲む
沢山の方に読んで頂きありがとうございます‼︎
【注意】
シリアスという名の、久々のミュゼさんぶっ壊れ回です。
ちょっと無理って人は逃げましょう。
ちなみに解説は後書きにあります。
よろしくどうぞ‼︎
ミュゼとラグナから話を聞いたマデリーンは、呆然とした。
確かに乙女ゲームの世界に転生して、テンプレだなぁ〜なんて思っていた。
でも、マデリーン・ティガレットは婚約解消されてしまうけれど、断罪される訳でもない。
不幸になる訳ではないから、気にしていなかった。
それどころか、婚約解消するという事実を知っていたからこそ、その後動きやすくなるように用意していたのだ。
自分の保身に走っていた裏側で、ミュゼの方は大変なことになっていた。
この世界はあくまでもゲームに似た世界で。
ミュゼが何度も繰り返し死んでいて、それがローラによって仕組まれ、攻略対象によってだとか。
ヒロインのアリシエラが、サポートキャラのローラに肉体を乗っ取られているとか。
ローラも転生者とか。
隠れキャラのラグナが悪役令嬢のミュゼを花嫁にしたこと。
邪竜が彼女を守っていることや、ローラに復讐をしていることなど。
マデリーンが知らなかった事実が、沢山あって。
驚かずにいられなかった。
「………知らない内にそんなことが」
現に目の前にいるミュゼは、ラグナの膝の上に座っており……彼は彼女の髪を弄ぶように弄っている。
「はい。マデリーン様は何かされてたりしますか?」
「いいえ、何もされてないわ」
ミュゼの心配そうな顔にマデリーンは申し訳ない顔になる。
彼女の方が辛い目に遭っているのに、自身を心配してくれるミュゼに罪悪感を抱いたからだ。
「ミュゼさんはこれからどうなさるの?」
「私、ですか?」
「えぇ。まだローラに狙われているのでしょう?わたくしは公爵になるわ。だから、もし力になれるのなら助けたいと……」
ローラは五回目、隠れキャラであるラグナを狙っているらしい。
だからこそ、彼女はまたローラに殺されそうになっているということでもあるとか。
なら、公爵になる自分が何かできるかもしれない。
自分のことしか考えていなかった罪悪感からの申し出だったのだが……マデリーンはそこで知ることになる。
《邪竜の花嫁》の、異常性を。
「あの、何を言ってるんですか?」
マデリーンの申し出を聞いたミュゼは……心底意味が分からなくて、顔を顰めてしまった。
目の前にいる公爵令嬢が何を言っているか理解できない。
何故、シナリオにほぼ関係ない彼女が自分に手を貸そうとするのか。
それによって、自分までローラの標的にされるかもしれないのに。
ミュゼが何度もローラの策略で殺されていると言ったのに。
どうして自分のことだけを考えないのか。
それが理解できない。
「マデリーン様は自分のことだけ考えていればいいんじゃないんですか?」
「………え?」
「なんで、危険な目に遭うかもしれないのに……私を助けようとするんですか?」
そう言われたマデリーンこそ、ミュゼが何を言っているのか理解できない顔をしていた。
何故、他の人に助けを求めようとしないのか。
マデリーンがそれを聞こうとする前に。
その疑問は、彼の笑い声に遮られてしまった。
「あははっ‼︎最高だな、ミュゼ‼︎」
余り口を開かなかったラグナが、大きな声で笑い出す。
その顔は心底楽しんでいるようで。
自身の膝の上に座ったミュゼの頭を、彼は愛おしそうに撫でた。
「そうだよなぁ。ミュゼは人間に助けを求めていないもんなぁ」
「………え?」
ラグナは蕩けるような笑顔を浮かべる。
自分に向けられた訳ではないのに、マデリーンは自身の頬が熱くなるのを感じた。
「ミュゼが助けを求めたのは俺だけだもんな。他の奴らは利用しているだけだ」
「はい。ラグナ以外、信用する必要がないですし……気に留めるつもりもないです。それに、マデリーン様とはご挨拶を一言、二言交わした程度ですよね?そんな顔見知り程度の関係なのに、なんで助けようとするのかが理解できないです。そもそもの話、マデリーン様はまだ公爵令嬢です。何か権力がある訳じゃないです。なのにどう助けると言うのですか?」
そう言われてマデリーンは絶句する。
そして……震える声で、彼女に問うた。
「……確かに、わたくしはまだ公爵令嬢よ?でも……それでも公爵家の者なんだから、それなりの権力はあるわ」
「貴女より強い権力者が協力しているので、問題ないです」
「でも……わたくしは貴女を助けたいと……」
「ほぼ、他人なのに……ですか?他人のために命をかけられるんですか?」
〝命をかける〟。
その単語にマデリーンは息を飲む。
そう……彼女は気づいていなかった。
現段階では、ローラはミュゼだけにしか敵意を抱いていないが……それは、二人の協力者が表立っていないから。
人目につかないように行動しているからで。
マデリーンが協力するとしたら、それは公爵家の力を使ってとなる。
彼女本人の持つ力ではないのだから、それは嫌でも目立つことになるだろう。
そうなると、ローラにも公爵令嬢がミュゼに協力しているのがバレてしまう。
その結果、ラグナを手に入れるためならばなんでもするローラが、協力者を害さないと言えなくなるのだ。
しかし、気づかなかったのにも理由がある。
マデリーンは、今、盛大な勘違いをしていたのだから。
「でも……ラグナ様が守って下さるのでしょう?」
「………は?何を言ってるんだ?なんでお前を守らなきゃいけない?」
「え?だって……ミュゼさんを守ってるってことは他の人だって守ってるってことじゃ……」
「俺が守るのはミュゼだけだ。ミュゼがこの国にいるから、ついでに国を守ってやってるが……別に個人を守っている訳ではない。この国の人間が、一人、二人……それこそ数百人単位で死のうが関係ないさ」
クスクスと笑うラグナは、先ほどの甘やかな笑みではなく……背筋が凍りそうなほど、冷たい笑みを浮かべていて。
マデリーンは邪竜の威圧に身体が震えだす。
「ミュゼが望むなら守ってやるかもしれないが……お前は望まないだろう?」
「そうですね……私は特にこの方に興味がないのです。あ、でも……ラグナがマデリーン様を手駒にしたいって言うなら話は別ですよ?」
「いや、この女は流石にいらないな。使えないし……たとえ手駒として扱っても、何もできずにあのクソ女に殺されるのが関の山じゃないか?」
マデリーンは殺されると言われて目を見開く。
そして、大声で叫んでいた。
「なんでそんな風に言えるのっ⁉︎わたくしはただ、ミュゼさんを助けたいとっ……」
「恩着せがましいのも程々にしろよ。お前はなんの力も持たない人間でしかないだろう?他の奴らの方が使えるから、お前はいらないと言っているんだ。早々に死ぬだけの駒はいらない。せめて役立ってから死んで欲しいからな」
「なっ⁉︎それじゃあ、貴方の協力者も死んでも構わないというのっ⁉︎」
「そうだが?」
呆れたような声で肯定したラグナに、マデリーンは言葉を失う。
彼女が呟いた「協力者というなら仲間でしょう?仲間が死んでもいいというのは、常識的じゃないわ……」という言葉に反論したのは、彼ではなくミュゼの方だった。
「なんで邪竜に常識を求めるんですか?」
「…………は?」
「さっきからマデリーン様は自分の尺度に当て嵌めて話してるんですよ。だから、貴女はそんなに恩着せがましいんです」
とうとう、ミュゼにまで言われたマデリーンは何も言えなくなる。
どうしてこんな会話になったのか。
ただ、彼女は自分がミュゼの助けになれるかもしれないと思っただけなのに。
「人間……マデリーン様の当たり前と邪竜の当たり前が同じ訳ないじゃないですか。なのになんで貴女は自分の持つ当たり前で考えているんです?」
「だって……困っている人がいたら助けようと思うのは当たり前で……」
「私は何も困ってないですよ。ラグナがいますから、全部彼がなんとかしてくれます。それに、ラグナは私以外の人間が死のうがどうでもいいんです。だから、協力してくれる方達が死のうが構わないんです」
「あぁ、そうだ。協力者の奴らは俺の手駒でしかない。多少は気にいる性格の者もいるが……ミュゼが俺の唯一無二だからな。手駒の奴らが死のうが、所詮その程度と捨て置ける存在だ」
そう言って互いに微笑み合うミュゼとラグナは、とても美しくて。
でも、どこか異常で。
マデリーンは呆然と……彼女に聞く。
「ミュゼ、さんは……自分以外の人間が、どうなろうと……構わないの?」
「違うです」
「…………違う?」
「私を含めて、ラグナ以外はどうなろうと構わないのです」
「……………」
ミュゼは笑う。
とても綺麗な笑顔で。
でも、どこか壊れたような……濁った瞳で。
「うふふっ……私は自分が生きていようが死んでいようが構わないのです。生きてても死んでても。ずっと……ラグナの側にいられることが、私が望むことなのです」
そう言って蕩けた顔をするミュゼは、とても不気味で。
マデリーンは自分は一体、〝何〟と会話をしているのか、分からなくなりそうだった。
「マデリーン様は今まで通り、自分のことだけを考えていていいのです。ユーリを婿にするというのなら、そうすればいいのですよ」
「……………貴女は、家族もどうでもいいの?」
「そうですね……知っている人間である以上、幸せになって欲しいとは思いますけど……根本的にはどうなろうと構わないです。ラグナがいてくれたら、私はそれでいいのですから」
「それは、異常だわ……」
マデリーンはミュゼの姿に〝依存〟という言葉を思いつく。
邪竜という存在に囚われた花嫁。
生死すら構わず、邪竜だけを、邪竜しか考えられないその在り方は……とても壊れていて。
とても狂気的だった。
「貴女に決めつけられる謂れはないのです。貴女にとっては異常でも私にとっては正常なのですから」
マデリーンはそこでやっと理解する。
この二人は壊れているのだと。
いや、狂っているのかもしれない。
だが、それは邪竜としては当たり前のことで。
それを人間の尺度で測ろうとするならば、逆にこちらがおかしくなってしまうのだと。
マデリーンは、なんとも言えない複雑な顔で……黙り込んだ……。
数分後。
この三人の……マデリーンにとっては、永遠にも思えた会話は、ユーリの目覚めによって終わりを迎える。
目覚めたユーリは顔色の悪いマデリーンを心配そうに見つめていたが……彼女は、それ以上何かを言うこともなくシェノア家を後にするのだった………。
常識的な考えを持つ人が二人と話すと、おかしくなりそうになるよ、ってお話でした。
きっと、普通の人とミュゼ&ラグナは在り方は永遠に交わらないのです。