王太子殿下のその後の話、婚約者であった公爵令嬢は笑う
復讐準備編ですが、まだ暗躍さん達には会いに行ってません‼︎
ですが、一応は伏線になるのかも?
よろしくどうぞ‼︎
王太子レイドが急病により廃嫡され、第二王子のレイファンが立太子される。
その知らせが国内に広がる前。
それを一番に聞いたのは、レイドの婚約者であったマデリーン・ティガレット公爵令嬢とその父マルドゥック・ティガレット公爵だった。
ラグナ達から《邪竜教》の件やゲームのシナリオなどを聞いた翌日。
王城の応接間で謁見していた国王が彼女にレイドのことを伝えると、燃え盛るような赤髪の強そうな美女……マデリーンはそれを聞き、目を瞬かせた。
「レイド殿下は大丈夫ですの?」
それを聞かれた国王はとても難しい顔をする。
大丈夫か、と聞かれれば……微妙なところだ。
レイドは確かに、正気だ。
狂うこともできず、何も異常はない。
しかし、その姿は見るも無残なモノになっている。
喋ることもままならない。
動くことさえもしない。
美しかった髪はストレスからか、真っ白になり……食事もまともに取れないらしい。
日に日に痩せこけていくその姿は生きる亡霊とも言える。
ベッドに横たわり、濁った瞳でどこかをずっと見つめているその姿は、〝不気味〟という言葉がぴったりだろう。
つまり、現在のレイドは……正気なのに壊れているという矛盾した状態なのだ。
そんなレイドは今後、表舞台に立つことはできないだろう。
そして、そんな状態のレイドを王城に置いておくことは有事の際、問題となる。
ゆえに、レイドは急病ということで遠い辺境の地へ、療養という名目で隔離された。
そんな息子の状況を思い出し、国王は大きく息を吐いた。
「大丈夫、だ。しかし、二度と表舞台に立つことはできないと思う」
「そうなんですの……」
「あぁ。だから、マデリーン嬢には大変申し訳ないのだが、婚約解消を願いたい。こちらの責任として、マデリーン嬢には新たな婚約相手を……」
「なんですとっ‼︎」
それに怒ったのはマデリーンではなく、父親のティガレット公爵。
彼は顔を真っ赤にして叫んだ。
「娘は王妃として相応しい教育を受けてきたのですぞっ‼︎それなのに婚約解消とっ⁉︎そして、他の婚約者を見繕うとっ⁉︎」
「そうだ。何か不満が?」
「当たり前です‼︎我が娘マデリーンは王妃に相応しい‼︎となると、王太子殿下の婚約者となるのが妥当でしょう‼︎」
「それはできない」
「何故です‼︎」
「聖女ヴィクトリアを正妃として据えるそうだ」
それを聞いたマデリーンとティガレット公爵は目を見開き固まる。
聖女ヴィクトリア。
教会の象徴であり、奇跡の体現者。
貴族ではないが、その身分は貴族令嬢よりも上だ。
「聖女…ヴィクトリア様、を?」
「あぁ。あいつは側室も置かぬらしい。政略結婚が当たり前なのに、相思相愛なのだ」
それを聞いた二人はそれならば仕方ない、と納得するしかなかった。
公爵令嬢と聖女。
その軍配は聖女に上がる。
そして、マデリーンもそれを受け入れる利点があった。
「国王陛下」
「あぁ」
「婚約解消、お受けしたいと思います」
「マデリーンっ⁉︎」
自分の娘が勝手にそれを了承したことに、ティガレット公爵は絶句する。
しかし、当のマデリーンは優雅な笑みを浮かべていた。
「婚約解消に伴う、今までのわたくしの貢献に対する慰謝料も請求致しません」
「……マデリーン嬢…⁉︎流石にそれは……」
国王はそれを聞いて目を見開く。
事情があるとはいえ、婚約中のマデリーンの苦労は計り知れないモノだ。
王妃教育や公務の手伝い……それらに対する賠償を国王はするつもりだった。
しかし、彼女はそれを望まない。
「王妃教育などはわたくしの身のためになりましたわ。ティガレット公爵家の当主となるに相応しい教養となったと言えましょう」
「なっ……‼︎」
その言葉にティガレット公爵は絶句する。
しかし、自由になったマデリーンはその本性を露わにした。
「うふふふふっ‼︎お父様、油断しましたわね?」
「…………」
「あぁ…誓約書を書かせておいて正解でしたわっ‼︎」
マデリーンは笑う。
その笑顔はどこか獰猛で。
しかし、女帝のような威厳を感じさせる笑みだった。
「………えっと……?」
状況が読めない国王は呆然と二人を見つめる。
呆然と……悔しそうな顔をするティガレット公爵は、話にならなさそうなので、マデリーンに視線を向けると……彼女はにっこりと笑って教えてくれた。
「我が家はわたくし一人しか子供がおりません。ですから、わたくしが嫁いだ場合、従兄弟がティガレット公爵家の爵位を受け継ぐ予定でございましたの」
「………はぁ…」
「ですが、わたくし、バリバリ働きたかったのですわ」
「……………ん?」
「ですから、何かあって婚約解消された時、わたくしが公爵位を受け継ぎ、わたくしに関することに対して口を出さぬよう……お父様に誓約書を書かせていたのですわ」
それを聞いて国王には何か引っかかる所があったが、マデリーンはニコニコと笑って続ける。
「ですので、国王陛下がわたくしの婚約相手を見つけてくださらなくても大丈夫ですわ。わたくし、自分が選んだ男を婿に致しますので」
要約すると、何か事情があって婚約解消された場合……マデリーンが自由に行動できるように。
彼女が公爵位を受け継ぐ誓約書をティガレット公爵に書かせていたと言う。
婚約解消といえど、実際にされてしまえば、マデリーンにはケチがつけられてしまう。
彼女はそうなると次の婚約が厳しくなるなどとそれらしい言い訳をして、父親を書くだけならばと了承させたのだ。
ティガレット公爵本人としてはそんなこと起きないだろうとタカを括っていたのだろう。
しかし、現に婚約解消は起きてしまった。
これによりマデリーンは晴れて自由の身なのだ。
「あぁ、お可哀想な殿下‼︎でもわたくし的には婚約解消様々ですわ‼︎」
「まさかっ……マデリーン‼︎お前、殿下に何か……」
「いや、それは絶対にあり得ない。ティガレット公爵、娘を疑うな」
ティガレット公爵は自分の娘が婚約解消のためにレイドに何かしたのでは?と考えたが、国王が否定したことで納得する。
そう……レイドを壊したのは《破滅の邪竜》なのだから、彼女が冤罪を喰らうのはお門違いである。
しかし、ラグナのことを話す訳にはいかない国王は大きく息を吐いて、マデリーンを見つめた。
「では、次のティガレット公爵はマデリーン嬢だということだな。分かった、今後はそのように用意しておこう」
「あら?」
「何か?」
「もっと驚くかと思いましたわ。女公爵なんて初めてではありませんの」
爵位を受け継ぐ女性はいても、公爵家では今までに前例がない。
しかし、国王は何かを悟ったような笑顔で答えた。
「マデリーン嬢よ」
「はい?」
「人間、様々なことを体験すると少しばかりのことでは動じなくなるのだ」
そう告げた国王の纏う空気は、何も知らないマデリーン達が狼狽するほどには哀愁に満ちていて。
何故だか深く事情を聞けないような雰囲気になっていた。
重苦しい空気が満ちること数十秒。
一番に口を開いたのは国王だった。
「では、レイドとの婚約解消は成立したということで。マデリーン嬢が幸せな結婚をできることを祈っておるよ」
こうして、元王太子であるレイド・ヴィン・ノヴィエスタ第一王子と公爵令嬢マデリーン・ティガレットの婚約は解消された。
*****
余談であるが……後日行われた立太子の儀の最中。
新たな王太子となった彼は、祝福のために訪れた聖女ヴィクトリアの手を取り、微笑みかけた。
「聖女ヴィクトリア様。わたしは貴方を愛しています。どうかわたしの妃となっていただけませんか?」
「………はい、喜んで」
そう言って微笑み合う二人の姿は、相思相愛の仲睦まじい姿で。
立太子の儀に加えて、王太子レイファンと聖女ヴィクトリアの婚約が成立した。
彼が聖女に一目惚れし、今まで婚約者を作らずにいたという噂はこの件で一気に国民達の興奮を煽ることとなる。
更にレイファンは……。
「わたしが聖女ヴィクトリア以外の妃を持つことはない‼︎ただ一人の妃であり、生涯、彼女とわたし達の子を愛し抜くと誓おう‼︎」
そう宣言までした。
その言葉に、国民達は歓喜の声を挙げた。
後に王太子となった第二王子と聖女の恋物語は、長きに渡って人々に親しまれることになる………。
*****
「という訳で結婚しましょう‼︎ユーリ‼︎」
その言葉にサロンでお茶をしていたミュゼとラグナ、ユーリは目を瞬かせた。
そこにいたのは真っ赤な髪の美少女。
そう……唐突にシェノア家を訪れた王城帰りのマデリーンである。
彼女の登場で今まで大人しくお茶を飲んでいたユーリは思いっきり噴き出し、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「……というか…何がという訳でですかっ‼︎」
「あら?言ったでしょう?いつか迎えに来るから覚悟なさいって」
「あ、ぅ……」
ユーリはそれを聞いて更に顔を真っ赤にする。
彼女はニコニコしながらユーリに近づいていくが……そこでやっとマデリーンの動きが止まった。
………そこにいた、ラグナの膝の上に座ったミュゼを見て。
「……………」
「「……………」」
三人で顔を見合わせること数秒。
ラグナは「ふっ」と鼻で笑った。
「お前も転生者か」
「えっ⁉︎なんで分かったのっ⁉︎」
「まぁ、それは追い追いとして……取り敢えず、無意識の内に抱き締めているミュゼの弟を離してやれ。鼻血、出てるぞ」
「あら?」
マデリーンはいつの間にか、その豊満な胸にユーリを抱き締めていて。
急いで胸から離したのだが……初心なユーリは気絶してしまっていた。
「あら……」
「……取り敢えず、ソレは置いといて……話でもするか?」
「そうですね」
だが、ミュゼとラグナは弟の気絶をスルー。
マデリーンは「……弟放置でいいのかしら?」と思いながらも、話をすることに同意して。
こうして……邪竜と花嫁は、二人目の転生者に出会った。