幕間・邪竜の独白
8月19日、割り込み投稿しました。
ラグナの心情の話です。
少し分かりづらいかもしれませんが、著者の力量不足なのでご了承下さい‼︎
目の前の少女が死にかけたあの日。
彼の魔法のおかげで彼女は生きながらえることができた。
その日から二人は、沢山の話をした。
彼女は、外の世界で見たモノの話を。
一面に広がる真っ白な花畑。
雨上がりの空にかかる七色の虹の美しさ。
夕焼け色に染まる図書館と、本を捲る音だけが響く静寂。
当たり前の日常の話なのに、彼女の口から紡がれるとそれは、まるで物語のようで。
反対に、彼は自身が見てきた世界の話をした。
神々が住まう天空の楽園。
お伽話に出てくるような人魚や、妖精などが暮らしていた時代の話。
滅びゆく世界の話。
普通の人間なら信じられなかったり、飽きたりするであろう話を……彼女は楽しそうに聞いていて。
彼は少しずつ、胸が熱くなる気がしていた。
きっと、この時から彼は惹かれていたのだ。
邪竜を恐れず、ただ普通に接してくれる彼女に。
『なぁ。お前はこの世界に復讐したいと思わないのか?』
「………どうして?」
『お前はなんの理由もなく死にかけたんだぞ?普通なら復讐を望むだろう?お前が望むなら……俺が……』
誰かのために動いたことがない彼が、初めて誰かのためにその力を振るおうとした。
しかし、それに彼女は首を振る。
「ううん、復讐なんかしないです。私はそんなもののために、自分の価値を下げたくない。それに……これは私の問題でしょう?貴方が代わりにする必要なんてどこにもないんです」
だから、とても弱い人間が。
凛とした眼差しで、強く言い切った彼女が。
とても美しくて、とても……愛おしくて。
心の強さが美しかった。
長い、永い時を生きた彼が、初めて胸の高鳴りを抑えることができなかった。
きっと瞬間、彼の心は完全に彼女に捕らえられてしまったのだ。
一言で言えば、その心の強さに、惚れた。
『………そうか。なら、俺はお前の望む通りにしよう』
今思えば、あの時、無理やりにでも行動に移しておけば良かった。
その結果があれだ。
彼女が好いていたという婚約者の男の剣に、斬られてしまった。
婚約者の男は直ぐに殺したが、彼女の方ももう駄目だった。
もう魔法も意味がなさないほどに、虫の息になった彼女は……ぼろぼろと泣きながら、言うのだ。
「……ねぇ……また…お話、して…くれ……」
『嫌だ、嫌だ……俺はまだ、お前と共にっ……』
「……今度、は……しあわ、せ……に…生き……」
あぁ、どうして自分は邪竜なのに時を戻せるほどの力がないのだろう。
世界を滅ぼすことはできるのに、大切な命を救うことはできないなんて。
その思いは、涙となって彼の外へと溢れていく。
だから、もし、再び出逢える日がくるのなら。
叶わぬ願いかもしれないけれど。
『どうか、再び出逢えるならば……俺は、お前を《邪竜の花嫁》として、お前を愛したいよ』
その最後の言葉は、届いたか分からない。
でも、彼女が微かに笑ってくれた気がした。
*****
月明かりが照らす、夜の時間。
目の前で眠るミュゼの頭を撫でる。
記憶を覗く能力を使ったから、彼女が今まで生きてきた人生を知ることができた。
そして……なんの因果か、その記憶を見たことで、五度目のラグナは、四回目のラグナの想いをその身に引き継いだ。
「どういう作用かは分からないが……きっと、その加護と俺がお前を好きだからなんだろうなぁ……」
実をいうと……彼自身、邪竜の力を理解し切っていないところがある。
長い、永い時を生きてきた彼は、邪竜としての力を全力で振るわなくても、簡単にこの世界を滅ぼすことができて、神を相手にすることだって容易かったからだ。
だから、ミュゼの記憶を介して前回の想いを引き継ぐことができた理由は、彼でも分からなくて。
一つ言えることがあるとすれば、彼女の身には邪竜の力が宿っているということ。
それは、彼女を害するのではなく……守るように。
きっと、前回のラグナが、彼女を愛したがゆえに残した加護のようなものなのだろう。
「……この加護がミュゼの記憶を取り戻させて、俺への想いの引き継ぎになったのかもな……」
それが正解かは分からない。
言えることは、少しだけ……ミュゼのために加護を与えた前の自分に嫉妬した。
「まぁ、アレだな。今回の俺もお前に惚れてるってことは確かだから」
寝ている彼女には聞こえないだろうが、それでも、この気持ちに……偽りはない。
こんな話を他の誰かにすれば、今回のミュゼと前回のミュゼは、違う人だと言う奴もいるかもしれない。
だが、ミュゼは今までの記憶を持っているのだから、前回などと区別する方がおかしい。
そして、ラグナも彼女の記憶を見て、その想いを手にしたから、同じようなもので。
その前提があれば、四度目、五度目など気にする方が無駄だろう。
加えて、彼は最後に告げたのだ。
〝再び出逢えるならば、彼女を花嫁として愛したい〟と。
そう告げた記憶があって、今、こうして共にいる。
彼は、ミュゼを愛している。
心が、ミュゼだけを愛していると叫んでいる。
それに……彼女はアルフレッドではなく、ラグナを選んだ。
なら、それで充分。
これだけの条件が揃っているのに、余計なことを考えて、今の彼女を愛さない理由にはならないだろう。
こんなにも上手く条件が揃っているのは、奇跡に近いだろう。
神なんてモノは碌でもないと分かっているが、今だけはこの奇跡を起こしてくれた神に感謝をしても良い。
そして……この奇跡の上で胡座をかいているほど、ラグナは馬鹿ではない。
彼がするべきことは、たとえ彼女が壊れようとも愛すること。
今までのように彼女の終わりに待つ理不尽な死を打ち砕くこと。
今は側に邪竜がいる。
理不尽な死がミュゼを待っているなら、それを回避するために動くことができる。
その所為で、彼女以外がどうなろうと構わない。
ただ、ミュゼを幸せにしたい。
「たとえ……世界を敵にしても俺はお前を愛してるよ、ミュゼ」
その独白は、誰にも聞かれずに夜闇に溶けていく。
邪竜は愛おしそうに、眠る花嫁の頭を撫でた。