邪竜ルート、あるいは異なる世界の物語(3)
【注意】
ヤンデレ(?)要素があります。苦手な方はバックして下さい。
なんか順調な更新頻度ですかね?
不定期更新ではありますが、よろしくどうぞ‼︎
『……………』
再び静まり返ったその場。
顔を見合わせること数十秒。
そして……ヴィクトリアが神妙な面持ちで、聞いた。
「あの……アレのどこが虐めですの?」
ゲームの世界のミュゼは、常識的な忠告をしただけだった。
ゆえに全員(リオナ除く)が意味が分からないといった顔になっていたのだ。
「えっと……でもゲームだと、ミュゼ様はアリシエラの制服を汚したり、教科書を隠したり、階段から突き落としたりしてましたよ?」
「してないです」
「…………えーっと…」
リオナはあくまでもゲームだと考えていたから、詳しくは考えていなかった。
あくまでもフィクションとして楽しんでいたのだ。
しかし、今、現実として考えると……。
「ミュゼ様は他の令嬢達の代わりに言いに行ったんですよね?」
カルロスが顎に手を当てて考え込むような顔をしながら聞いてくる。
ミュゼはそれに頷き、答えた。
「殿下達に関わることでしたから、他の令嬢達の意見も代表してアルフレッド様の婚約者である私に白羽の矢が立ったのです。先程のゲームでも言ってましたが、マデリーン様は王妃教育で。ビビアン様はご病気のため学園に来ていなかったので……」
「でも、令嬢達はゲームのアリシエラ嬢に敵意を向けて……」
「そこまで考えたら普通に分かるんじゃないんですか?」
カルロスの意見を引き継ぐようにレイファンが言う。
彼は「簡単な話ですよ」と、続けた。
「要するに、ミュゼ嬢を隠れ蓑にしてゲームのアリシエラ嬢に敵意を抱いていた令嬢達が虐めていたということです。で、バレそうになってミュゼ嬢に罪をなすりつけたのでしょう」
それ聞いたラグナは、一気に怒りを爆発させそうになる。
ビキッ……と彼の皮膚に漆黒の鱗が浮かび……それに気づいたミュゼは、慌ててラグナに抱きついた。
「落ち着くのですよ、ラグナ」
「………これが落ち着いてられるか……流石にミュゼの記憶を見ただけじゃ……どの女がミュゼに罪をなすりつけたか分からないな……」
「ラグナ、本当に大丈夫です。五回目は何もされてないのですよ?それに、必ずしもそうとは限らないですよ?」
そう……この世界はゲームの世界とは違う。
それに、レイファンの言葉はあくまでも可能性の話だ。
加えて、ラグナが見たミュゼの記憶でも……彼女は他の令嬢達と友好的に過ごしている姿しか見ていない。
あくまでもそれはミュゼの目線からでしか、記憶を見られないから仕方ないのだが……それでも。
「………ミュゼ……言っただろう?可能性がある時点で俺にとってはそいつは敵だ。そしてもし、本当に今言った通りだったなら。今回、何もしていないとしても、今までの人生の中でミュゼを傷つけたのなら。傷つける要因となったのなら、俺の復讐の対象だ」
そう言ってミュゼの頬を撫でるラグナの金色の瞳は、危険な光を宿していて。
その光を見てミュゼは言葉を失う。
「………あぁ、もう……」
言葉を失くしたのは、恐怖からではない。
ミュゼの心の中に満ちるのは甘い感情。
四回目までの人生で自分に罪をなすりつけた令嬢達を心配する気持ちではなく。
自分のために激怒するラグナの姿に。
自分のために復讐しようとする、狂気とも見て取れるような危険な光を宿す姿に。
愛してくれていることを実感してしまう。
ミュゼは蕩けそうな笑みを浮かべてラグナの首に腕を回す。
「ラグナ。私のために……そんな風に復讐しようとしてくれて、ありがとうございます。嬉しいです」
「ミュゼ……」
「だって、ラグナは私のために復讐しようとしてくれているでしょう?私のことが大好きだから……今回は罪をなすりつけられてなくても、四回の行動に対するそれ相応の報いを受けさせようと考えているんですよね?」
自分のために手を汚してくれるその姿が、愛しい。
でも、ミュゼはそう思う反面で……少しだけ許せないところがあった。
「私のために……愛されてるって分かって嬉しいです。でも、ですよ?」
ミュゼは微笑む。
ラグナが自分を愛してくれることに喜びを感じながら。
しかし、その反面で彼女は思う。
「復讐のためとはいえ、他の女の人に意識を向けるのは許せないです」
たとえ、恋慕の念でなくても。
復讐や敵意といった感情でも。
ラグナが自分以外の女へそんな感情を向けるのは許せない。
ミュゼは自分が、どんどん欲張りなっているのを感じていた。
ラグナが愛してくれていることだけで充分だったのに。
もっと、もっと欲しくなってしまう。
愛情も、友情も、敵意も、怒りも、悲しみも、殺意さえも。
彼の全部の感情が欲しい。
彼の存在、全部が欲しい。
その感情を、視線を、他の人へ向けないで欲しい。
ミュゼはそんな気持ちを抱きながら、彼の首へと手を伸ばす。
指先で首筋を撫でて……ゆっくりと手を這わせる。
「なんか……私、我儘になったみたいです」
「我儘?」
「はい。ラグナの全部が欲しくて堪らないんです」
それを聞いたラグナは大きく目を見開く。
ミュゼは綺麗でありながらも……でも壊れたような仄暗い光を目に宿して、彼に聞いた。
「ラグナが死んだら、私のモノになりますか?」
ぎゅうっ……と、ミュゼは彼の首に這わせていた手に力を込める。
周りの人々は、それを見て彼女を止めようとするが……その動きは直ぐに止まってしまった。
いや、動きようがなかったと言えるだろう。
何故なら……首を絞められているラグナが……。
蕩けるような笑みを浮かべていたのだから。
「あぁ、もう…なんて可愛いんだ……俺の全ては既にミュゼのモノなのにっ‼︎」
ラグナは恍惚とした表情で、ミュゼの手に手を重ねる。
そして、思いっきり彼女を抱き締めた。
「俺にはお前だけだよ、ミュゼ。でも、俺が他の女に少しでも敵意を向けたのは悪かった。ごめんな?許してくれるか?」
「………いいえ、ラグナは私のために復讐心を向けてくれたんです。なのに、私が……ラグナを独り占めしたくて……我儘を言ってごめんなさいです」
「いいや、いくらでも言ってくれて構わない。そんな可愛い我儘ならいくらでも叶えてやる。俺も……今度から気をつけるよ」
そう言って彼はミュゼの指先に、手の甲に、頬に、額に……キスの雨を降らせる。
ラグナはとても喜んでいた。
他の女に復讐心を向けただけで、ミュゼが嫉妬してくれた。
復讐心さえも、どんな感情でも自分以外に向けないで欲しいと可愛らしい我儘を言ってくれた。
それがとても可愛くて、可愛くて、可愛くて。
そして、自分を殺そうとしてまで手に入れようとする姿が。
その結論に辿り着く異常性が愛おしい。
ラグナは蕩けきった笑みを浮かべながら、ミュゼの頬にキスをした。
*****
ミュゼさんに言われた通りに、殿下達と離れようとしたわ。
だって彼女、怖かったんだもの。
でも、殿下達は『そんなの気にしなくていい‼︎何故、他人に言われて離れなきゃいけないんだっ⁉︎』ってミュゼさんの意見を否定してくれたの。
それを聞いて、驚いたわ。
だって、本当にそう思ったんだもの。
私にとって殿下達は大切な学友なのに、なんで他人の意見で離れなきゃいけないのって。
だから、気にしてないで過ごしていたのに……最近、酷いことばかり起きるの。
沢山の令嬢達に制服を汚されたり、教科書を捨てられたり、足を引っかけられたり。
総じて彼女達は言う。
『ミュゼ様の忠告を無視するからよっ‼︎』
忠告を無視するからこんな酷いことをするの?
こうやって、他の人の手を使って私を虐めてくるの?
どうして、そんな酷いことができるの?
私は殿下達と日々を過ごす中、何度も泣くようになってしまった。
今日も自分の部屋で泣いていたら……窓ガラスが小さくノックされたわ。
「どうしたんだ、アリシエラ」
「……ラグ、ナ……」
するりと入ってきた彼は、私の頬を伝う涙を拭ってくれる。
その手が酷くぎこちなくて。
泣いていたのも忘れて……少しだけ、笑ってしまったわ。
「どうして泣いていたんだ?」
「………それ、は……」
関係のないラグナに話すのはどうなのかしら?
そんな風に迷っていたら、彼は優しい声で言ってきた。
「誰かに言うだけで、少しは気分が軽くなるかもしれないだろう?無理に話せとは言わない。だが、泣いているのなら……俺はどうしてお前が泣いているのか知りたい」
「…………でも……」
「もしかしたら、協力できるかもしれないだろう?」
最初の泣きそうな顔とは比べものにならないくらいに、優しい笑顔でラグナは言ってくれる。
少しだけ、弱っていた私は……ミュゼさんのことを、思い切って話してしまった。
「………実は…」
彼女から、殿下達と親しくなり過ぎないように忠告を受けたこと。
でも、殿下達とは友人で……他人の意見で離れるのは変だと思ったこと。
だから、今まで通りに過ごしていたこと。
だが、それによって令嬢達に虐められていること。
全てを話し終えたら、ラグナは私を慰めるように頭を撫でてくれた。
「泣くな。折角の美人が台無しだろう?」
「………ラグナ……」
「大丈夫だ。俺がなんとかしてやろう」
そう言って笑ったラグナは、とても綺麗なのに……何か大きなことをしてしまいそうで。
私は慌てて彼に抱きついた。
「大丈夫よっ‼︎私、そこまで弱くないのっ‼︎」
「………アリシエラ…」
「今は環境が急に変わった状態だから、上手く対応できてないだけなのっ‼︎だから、ラグナが何かをしなくても大丈夫なのよ」
ラグナは数秒間、黙り込み……優しい声で告げた。
「でも、お前は大切なヤツなんだ。心配ぐらいさせろ」
それだけで私の心がどれだけ温かくなるか。
ラグナは知らないのでしょうね。
彼は「何かして欲しいことは?」と聞いてくる。
私は……ほんの少しだけ、はしたないお願いをすることにした。
「……お願い……強く、抱き締めて……」
その言葉にラグナが息を飲む気配を感じる。
でも……彼は手を、ぎこちなく私の背に回してくれた。
星明かりが照らす夜。
私とラグナは、静かに抱き締め合っていた……。