騎士候補のその後の話、花嫁は考えるのを止めた
お久しぶりです。
不定期更新になりますが、よろしくどうぞ‼︎
ローラへの呪いを刻んだ後。
彼女は、呆然としながらもその場から逃げ去った。
ラグナの回し蹴りで吹っ飛んだジャンによって、気を失ったアルフレッドとレイドは、カルロスに荷物担ぎされてその場を去った。
ラグナ曰く。
『はっきり言ってこいつらはまだ復讐する段階じゃないんだよなぁ。まぁ、あと数日単位の違いくらいだけど』
と、言うことらしい。
ちなみに、カルロスは『たかが人間一人が飛んできたくらいで気を失うなんて弱すぎですよ』と文句を言っていた。
という訳で……残されたジャンについては、ラグナが教会に連れて行き、ローラの洗脳対策をバッチリ施した。
そして目が覚めた彼は……。
ミュゼに対して、頭を床に擦り付けながら土下座をした。
『洗脳されていたとはいえ、言い訳は致しませんっ‼︎貴婦人に剣を向けたこと、騎士を目指す者として一生の恥っ‼︎大変申し訳ありませんでしたっ‼︎』
教会の一室で、ミュゼはジャンからそう謝罪された。
しかし、彼女はそんな彼を見て冷たく微笑んで答える。
『別に謝ったからと言って、貴方がしたことが消える訳ではないです。というか……言い方は悪いかもしれないんですけど、ちょっとどうでも良いと言いますか』
『ですが自分は貴女に剣をっ……』
『んー……面倒くさいです』
『はいっ⁉︎』
ミュゼは心底興味がないようで、逆に困ったように笑った。
『はっきり言って、貴方はどうされたいんですか?』
『勿論、貴女のご指示通りに罪を償いますっ‼︎』
『あ。私、そういう熱血系な感じ、いらないです。暑苦しいです』
『ミュゼ嬢ってこんな無気力系でしたっけ⁉︎』
アルフレッドと一緒にいることが多かったジャンは、彼女の変わりように驚愕する。
昔のミュゼは、アルフレッドの婚約者として相応しい態度を取ろうとまさに貴族令嬢感が満載な振る舞いをしていた。
しかし、今、目の前にいる彼女はそんなものは一切見られなくて。
それどころか、どこか不気味な雰囲気さえあった。
そう、それは表現するなら……。
笑っているのに、その菫色の瞳は、濁ったように笑っていないのだ。
『最初はですよ?貴方もヴィクター様と同じ末路を辿ってもらおうかと思ったんですけど……貴方自身は私に剣を向けたぐらいで、犯罪は犯してないんですよね』
ヴィクターが監獄島送りになったのは、禁止されている人身売買を行なったのが主因だ。
だが、ジャンはミュゼに剣を向け、多少傷つけたぐらいで……一応罪ではあるけれど、監獄島送りにするほどの罪ではない。
どうしようかと悩んだところで、ミュゼは隣に座って黙っていたラグナに視線を向けた。
『うーん。どうしたら良いと思いますか?ラグナ』
『ん?』
何故か黙っていたラグナは、ミュゼにそう問われて視線をジャンの方に移す。
そして……彼を見て、にっこりと笑った。
『騎士になれないように、四肢を斬ってから殺す』
『ヒィッ⁉︎』
その眼は一切笑っていなくて…ジャンは小さく悲鳴をあげる。
ついでにラグナの手の中で、なんか黒い物質(?)を食べていたチビナも器用に手を挙げた。
『はいは〜いっ‼︎頭からバリバリ食べちゃえば良いと思うよ‼︎おねぇちゃんが良いなら、ボクが喰べる‼︎』
小さくても邪竜の分体。
言ってることが中々残虐的だった。
ラグナはそれを聞いて、チビナに『止めとけ』と呆れたように言う。
『チビナ。こんな低俗な人間喰っても腹の足しにならないぞ。どうせなら神とか喰らえ』
それを聞いてミュゼは若干、ギョッとする。
そしてなんとも言えない難しい顔でラグナを見つめた。
『………いや。止めるのかと思ったら、神殺しオススメしてどうするんですか』
『だって、本当に人間って喰ったところでなんにもならないんだよ。不味いし』
『不味いなら食べたくな〜いっ‼︎』
のほほんとしながら、そんな物騒な会話をするミュゼ達を見て、ジャンは涙目で聞く。
『……なんでしょう……その魔物(?)の会話が分からないですが、お二人の会話から察するに……自分、喰われるんですか?』
『いや、喰わねぇよ。あ、でも喰われて死にたいって言うなら魔物召喚してやるけど……』
『ご遠慮願います、邪竜様っ‼︎』
結果として、ジャンの処分には困ることになったのだが、いつまでも終わらないと思ったのか、本人が自分の罪滅ぼしとして、ミュゼの護衛役になることを進言してきた。
『………護衛役として側にいたら、いつでも私を殺せるからですか?』
『そんなことしませんよっ⁉︎』
『あぁ、そうなんですか。てっきり殺しやすいからかと思いました』
『だから、なんでミュゼ嬢はそんなこと言うようになったんですかっ⁉︎』
ミュゼはなんの感情も宿っていない瞳で微笑む。
そして、ゆっくりと告げた。
『護衛はいらないです。ラグナがいれば充分ですから』
『それはそうでしょうけど……』
『それに、どうして受け入れてもらえると思ったんですか?剣を向けた人間を護衛に雇う人なんて、いないと思うんですよねぇ……』
『っ‼︎』
ジャンは今更気づいたように目を見開く。
ミュゼは酷く呆れた顔で、面倒そうに目を伏せた。
『もういっそ、国王陛下に処断を任せますか?』
『ミュゼが望むならそれで良いんじゃないか?』
『と、いうか考えるのが面倒といいますか……この方がどうなろうと構わないといいますか』
と、終始やる気ゼロなミュゼの言う通りに……ジャンの処分は、国王に丸投げされた。
丸投げされた国王もそのまだ成人していない(この国では十八歳で成人)未成年を処断するのは難しく……教会への永久奉仕(これもまた、聖女ヴィクトリアに投げた)を命じた……。
*****
「と、いう訳で……次のターゲットにいくぞ」
毎度お馴染みの国王の安息部屋(既に作戦会議部屋である)にて、ミュゼ(膝の上にはお昼寝チビナ)とラグナ、国王がソファに座りながら顔を見合わせていた。
国王はあのジャンの処分の後始末をしていたからか、その姿はどこか疲れていて……大きく息を吐いた。
「次は誰なんだ?」
疲れた声で聞かれて、ラグナは「ん?」と笑う。
それを見たミュゼは「あぁ」、と納得したように国王を見た。
「あんたの息子」
「…………っ‼︎」
国王が息を飲み、目を伏せる。
ミュゼはチラリとそちらを見て、ラグナに聞いた。
「レイド殿下の番なんですね」
「ミュゼは驚かないんだな?」
「ラグナが国王陛下に笑いかけましたから……なんとなく、そうなんじゃないかと思ったんです」
「ははっ‼︎流石だなぁ、ミュゼ。俺のことが分かってる」
ラグナは柔らかく彼女の髪を撫でて、続けた。
「あの女に呪いを仕込んどいたから、今更、あのバカ王子が予想外の行動に出る確率は下がったから安心だ」
「予想外の行動ですか?」
「あぁ。簡単に言えば、アイツが手を組んでる奴らとの取引の中止だな。あの女が何を言おうが、あの王子は呪いをかけられる前に言われた行動を取らざるを得ない。そういう呪いだからな」
真実を暴く呪い。
彼は、あの女達が証拠を隠さずに逃げられないようにするために呪いをかけたと言う。
全てを見越しての行動だと思うと、一体、どれほど先を読んでいるのか。
「ちなみに、あのバカ王子がミュゼを一回目に殺した犯人だってのは確定してる」
「………何⁉︎」
「そうなんですか?」
ミュゼと国王が驚いた声を出す。
彼は「あぁ、言ってなかったか」と思い出したように告げた。
「カルロスを使って偽の情報を伝えてみて、あいつがどんな反応をするかを密告してもらったんだ。そしたら、崖から転落させるように指示されたって言ってたから……まぁ、十中八九あいつが主犯で実行犯がカルロスってところだろ」
さらりと告げられた事実にミュゼは静かに目を閉じた。
一回目は誰がやったのかも分からずに死んだ。
だが、その犯人がレイドだったという事実に、悔しさや憎しみを抱くよりも……王太子が何を馬鹿なことをしているのだという呆れの方が強かった。
そんな彼女に相反して、国王は動揺を隠せないようで。
自分の息子が人を殺すように指示を出したという事実に、なんとも言えない気持ちになっているらしい。
「で?なんか意見があるなら聞くけど?」
そんな国王に対して、ラグナは追い討ちをかけるように告げる。
その声はいつもよりも冷えていて、彼は国王が判断を間違えれば駒として切り捨てるつもりだった。
しかし、国王は大きく息を吐きはっきりと答えた。
「…………いや、あの子はそれ相応の罪を犯した。ラグナ殿の判断に任せよう……」
「…………ふぅん?」
ラグナは国王の反応に面白そうに頬を緩める。
ミュゼは首を傾げた。
「ラグナ?」
「あぁ……いや、あんたはどうにも情に脆いタイプみたいだからな。自分の息子だけは……とか思ってるかと推測してたんだが」
ラグナの言葉に国王の身体が僅かに震える。
しかし、彼は大きく息を吐いて答えた。
「………確かに、わたしは情に脆い。しかし、それでも国王としてこの国を支えてきた。傷ついても、それはわたしが弱いからだ。国にとって大事なことはなんなのか。その判断を見誤るほどは落ちぶれていないつもりだ」
真剣な声で告げた国王はまさに国の頂点に立つに相応しい威厳を持っていて。
「…………まぁ、ちゃんと上に立つ者としてマトモな判断を下したことは評価に値するかな」
そうは言われても国王は乾いた声を漏らすしかできなかった。
未だに、国王は自分の息子が処分されることへの葛藤を抱えている。
それは父としての気持ちであり、王としては間違っているだろう。
だが、人間とはそういうものだ。
感情があるから、悩み、後悔し、道を誤り、模索し、再び歩き出す。
この葛藤は、国王の家族が起こしたゆえの因果応報。
だからこそ、抱えなくてはいけない責任。
ゆえに、国王はこの葛藤を持ったまま、自分の息子を切り捨てる覚悟を決める。
「気休めにもならないが……死にはしないから、そこだけは保証しておこう」
それは言外には死にはしないがそれ相応の目には遭ってもらうと告げていると同然で。
国王は顔を思いっきり歪めていた。
「………ははっ…ラグナ殿が敵だったらと思うとゾッとするな」
「………容赦ないからか?」
「………あぁ。貴方はミュゼ嬢以外には揺るがないからな。この抱いた葛藤さえ分かっていても容赦なく決断させるだろう?……復讐を、簡単に行うだろう?」
「…………」
他者を傷つけるのにはそれ相応の覚悟がいる。
復讐だって同じだ。
しかし、目の前にいる邪竜は花嫁のためならその手が血に汚れようと構わない。
躊躇いのない復讐。
血で汚れることを、一線を簡単に越えることのできる復讐者。
そんなのを相手にしたい者など、いるはずがない。
国王が言いたいことを理解しているからこそ、ラグナは笑う。
「そうだな、俺は今更この手が汚れようと構わない。最終手段としては、敵味方関係なしで潰してしまえばいい。ミュゼ以外がどうなろうと構わないからな。だが、今は最終手段を取るような場面でもない。だから……今は敵じゃないことを喜んでおけば良いんじゃないか?」
ぞわり。
部屋の温度が一気に冷めるような感覚。
しかし、それは一瞬で。
「話は終わりだな。次の話に移ろう」
そう告げたラグナが薄く冷たい笑みを浮かべることで、それ以上の話は続かなくなる。
どれほどの間、その部屋に沈黙が満ちていただろうか。
話を切り替えるための心の整理をする時間を置いたラグナは、国王の顔を見てもう充分だと判断する。
そして、唐突に天井を見上げて……そして、静かに呼んだ。
「待たせたな、カルロス」
「いえ?問題ないですよ」
シュタッ。
ほぼ無音で天井から現れたカルロスに、ミュゼと国王はギョッとする。
最近、カルロスの隠密行動がとんでもなくなってきていた。
「こいつにはあの王子の動向を探ってもらっていた。まずは、あのバカ王子の情報は?」
「はい。三日後、王都より少しばかり離れたテグノー遺跡で奴らと接触予定になってます。時間的には夕方、と漠然としか決めていないみたいですね」
この国の王都周辺には遺跡が多数存在する。
その中の一つで、レイドはある組織と接触する予定らしい。
「奴らの情報は?」
「まぁー……接触するのは全員ではなく代表数人だけだと思われる、ってぐらいですかね。相手さんがどれほどの規模なのかは未だに把握しきれていません」
「なら、まだ救いがあるかもな。四回目の俺はそいつらに拘束されてたみたいだし……一応、全員を相手にするのは危険だからな」
「っ‼︎」
それを聞いたミュゼの身体が震えた。
レイドが何かしらの組織に接触していたということは知っていた。
しかし、それは今の今まで知らなかった。
だが……ラグナの今の一言で、ミュゼは分かってしまう。
何故なら……四回目の人生でラグナと出会ったのは、〝彼ら〟に捕まったからなのだから。
ミュゼの動揺に目敏く気づいたラグナは、安心させるようにその身体を抱き寄せる。
そして、落ち着かせるように優しく声をかけた。
「大丈夫だ。ちゃんと安全策は用意してあるから」
「ですが……」
「あははっ、安心しろよ。多分、今の俺ならそう簡単に捕まらないと思うから」
「……………?」
ラグナの自信たっぷりな声に、ミュゼは怪訝な顔をする。
しかし、彼がここまで言うのなら……ミュゼは信じないという選択はなかった。
彼らと関われば、ミュゼはまた死ぬかもしれない。
それは一度経験したからこそ言える可能性の話だ。
死ぬことへの恐怖は忘れていない。
自分が死ぬのは怖いし、痛い。
でも、死んでも仕方ないと諦めてもいる。
何度も死んでいるから、生と死の境が曖昧になっているのかもしれない。
何度死んでも大丈夫なんていう屈強な精神を持つのは、物語の主人公だけなのだから。
でも、今は少し違う。
ラグナなら、なんとかしてしまうと思ってしまうのだ。
だって、彼は愛しい番……《破滅の邪竜》なのだから。
だから。
だからこそ、ミュゼは……考えるのを止めた。
何かを考えたところで、きっと、壊れた彼女はどうしようとも思わないのだから。
「決行は三日後。あのバカ王子を、捕まえる」
ただ、そう告げたラグナの声が酷く楽しそうだと、思うだけ。