急展開につき、花嫁は思考することを放棄した
【注意】
残酷な表現あります。ご注意下さい。
まさかの著者も思わなかった展開になってしまい、自身でもどうすることができません。もうノリでいきます。
加えて、著者体調不良につき明日の投稿は厳しいかもしれないです。
血が舞う。
しかし、傷は残らない。
それを何回も何回も繰り返す。
痛みは蓄積させる。
傷が残らなくても痛みは、徐々にその身を蝕む。
その現象が分からない。
何が起きているかは分からない。
……けれど、一つ分かるのは。
目の前にいる邪竜は、自分が思っているよりも〝化物〟だった。
*****
絶叫が響く。
ミュゼはそれを見ながら、暢気に欠伸をしていた。
目の前で行われているのは一方的な蹂躙。
ラグナがただ、その力を使って人間を傷つけては治している光景だった。
向こう側にいる生徒達は大分困惑しているが、意味が分からないといった顔だった。
血塗れになっているのだから、もっと騒ぎそうなものなのだが……と考えたところで、チビナが教えてくれた。
『多分、煩くならないよーに、他の人達に、血とか見えないよーに細工してるんじゃないかなぁ?』
「視覚情報を細工してるってことですか?」
『うん‼︎だから、あの子達にはあの人が叫んでるのしか理解できないと思うよ‼︎』
「そうなんですねぇ」
ミュゼは酷く暢気にそれを見ていた。
普通の女性ならば血塗れになっていく、その光景に卒倒してしまうだろう。
だが、彼女はそうはならなくて。
それどころか酷く暇そうにしていた。
「お茶でも用意すれば良かったですかね」
「そー言うと思って用意しといたっすよ‼︎」
「ワタシが用意したんですけどねぇ⁉︎」
振り返るとそこには従者科の制服を着たエイダとエイスがいた。
勿論、角や羽根はしまっている。
「あれ?どうしたんですか?」
「花嫁様の護衛係ですわぁ〜。後、お茶とか言うかと思って〜持ってきたんですよぉ?」
「チビナちゃんだけじゃ花嫁様の護衛として心配されたようっすね。まぁ、チビナちゃんはトカゲみたいに見えるっすからねぇ……人前に出れるボク達にも共にいるようにと」
『トカゲとかしつれーだなぁっ‼︎』と胸ポケットでチビナが叫ぶが、ミュゼはそれに納得して二人を受け入れた。
エイスは器用に片手でプレートを持ち、紅茶を入れてミュゼに手渡す。
「ありがとうございます、エイス様」
「い〜え、どう致しまして〜」
「エイスちゃん、ボクにも」
「ねぇさんは自分でやって頂戴」
「え〜。面倒っす」
と、暢気に会話をしていたらその人物は現れた。
「何をしてるのっ⁉︎」
大きな声が、訓練場に響く。
そこには、アルフレッドとレイド……彼に付き従うカルロスを連れたアリシエラ……いや、ローラの姿があった。
彼女は声をかけても止まらないラグナを見て、怒りを露わにする。
「ラグナ様っ‼︎何をしてるのっ‼︎」
「ただの決闘だけど?」
「止めてっ‼︎」
「なんで?お前には関係ないだろ?」
ラグナは手を止めることなく、傷つけては回復させるを繰り返す。
彼女はギリッ……と爪を噛むと、こちらに気づいて、歩み寄って来た。
エイダとエイスが、ミュゼを庇うように立ち塞がろうとしたが、ミュゼはそれを目で制する。
そして、ローラは目の前に来ると大きな声で叫んだ。
「貴女が指示したのっ⁉︎」
「…………は?」
「ラグナ様にジャンを傷つけるように言ったんでしょうっ⁉︎なんでこんなことをするのっ⁉︎」
「……………」
ローラの言い分にミュゼは怪訝な顔をする。
確かに、ミュゼはラグナがすることを容認しているが、それはあくまでも見ているだけ。
指示はしていないし、頼んだ訳でもない。
「私は何も言ってませんよ。ラグナが勝手にしてるだけです」
「嘘よっ‼︎だって、貴方はどのルートでも私の邪魔をするんだからっ‼︎」
ヒステリーのように叫ぶ彼女は、意味が分からないことを言っていて。
ミュゼは更に眉間にシワを寄せた。
「……どのルート…?」
「なんなのよっ……貴女が彼の隣にいるけど、やっとラグナルートに入ったと思ったのにっ……なんなのっ⁉︎私の邪魔をするのが楽しいっ⁉︎」
「………ちょっと待って下さい、ラグナルートって……」
ミュゼが聞こうとした瞬間、アルフレッドとレイドがゆらりと前に進み出た。
その目は暗く濁っていて……彼女はその不気味さに死の恐怖を思い出して、息を飲む。
視線を僅かに向けると、カルロスが彼女達の後ろでどう動くべきか、動揺しているのが分かった。
しかし、彼はラグナ達を信じて動かないことを決断したようで、それをアイコンタクトしてくる。
そして……。
「アルフレッドっ‼︎レイドっ‼︎この女を殺して、私の物語を返してっ‼︎」
そうローラが叫んだ瞬間、横から何かが飛んできた。
「「ぎゃあっ⁉︎」」
「何をする気だ、お前」
吹っ飛んで行った方を確認すると、それはジャンの身体だったようで。
ジャンの身体が、アルフレッドとレイドの身体も巻き込んで地面に転がる。
ラグナの方を見ると、そこには片足を上げてローラを睨む姿があった。
「………お前…今、ミュゼを殺そうとしたな?」
ぞわりっ……。
冷たい声が響いて、それに比例して世界が凍り始める。
本当に、ラグナの足元から凍りつき始めていた。
「やっば……魔力が溢れてきてるっ……」
「ちょっと、ねぇさん。これ、やばいんじゃ……」
エイダとエイスが顔面蒼白で呟く。
それでも氷は止まりそうにない。
側にいた騎士科の生徒達も逃げ始めていた。
そんな騒ぎの中、ラグナは殺気を放ちながら、ローラに歩み寄っていた。
「お前は今、ミュゼを殺させようとしたよな?ふざけるなよ。たかが人間風情が」
「………ヒィッ…⁉︎」
ローラが腰を抜かして地面に尻餅をつく。
ラグナの殺気を向けられた彼女は、顔面蒼白で身体を震わせていた。
「…………あぁ、止めだ。止め。まどろっこしい。今すぐこの女を殺せば終わる話だ」
そう言ったラグナはゆっくりと、手にしていた剣を上へと持ち上げる。
そして……勢いよくその剣を振り下ろそうとした瞬間、ミュゼはその背に抱きついた。
「待って下さい、ラグナっ‼︎」
「…………あ…?」
「この女を殺しちゃ駄目です」
「………お前を、殺そうとしたんだぞ?」
ラグナはその黄金の瞳に怒りを宿しながら、ミュゼを睨む。
しかし、彼女も引く気がなかった。
「駄目です」
はっきりと、ミュゼは告げる。
初めからミュゼは、この女達に興味がなかった。
死ぬなら死ぬで、生きることを諦めていた。
だが、ラグナとまた出会って……生きたいとも思っていた。
だから、本当はラグナとただ共にいれるだけで良い。
何故、ローラが自分を狙ったのか……その答えは少し知りたい気がするが、それもさほど重要ではない。
だから、ラグナがこんな風に復讐みたいなことをしようが、彼らの洗脳を解こうとしようがどちらでもなんでも良い。
けれど、彼女は自分が隣にいる時だけは。
その間だけは。
自分が関わる事柄で、何かを殺して欲しくはなかった。
「…………分かった……」
ラグナは真剣なミュゼに絆されて、剣を下ろす。
そして、ギロリッ……とローラを睨んだ。
「………ミュゼに免じて、今日は見逃してやる。だが、そうだな……宣言しよう」
ラグナは、酷く冷たい声で。
無表情でローラを睥睨しながら、告げた。
「逃げる事は許さない。お前の真実と罪は暴かれる。そして、報いを受けてもらうぞ。〝ローラ・コーナー〟」
「……………え?」
ローラの顔から表情が抜け落ちる。
その瞬間、彼女の首に漆黒の魔力が這って刻印を刻みつけた。
ラグナはそれを確認して、にやりと笑った。
「よし、〝呪い〟が成功したな。まぁ、今日はこれで良いか」
にぱっと彼が笑うと、氷が融けていく。
ミュゼと双子はなんとも言えない顔でラグナを見た。
「…………ラグナ…?」
「あははっ、ミュゼ。顔が怖いぞ?」
「いや、今までのシリアスムードを返して下さい。っていうか、返すのです」
「いやいや、本気で怒ってたのは確かだぞ?口調も邪竜モード寄りになってただろ?」
そう言ったラグナは、ミュゼに抱きついて頬を擦り寄せる。
急に展開が変わって、ミュゼは困惑していた。
「えーっと、ん?」
「ほら、この女にも洗脳を解いてんのが俺らだって分かってるだろうから、アルフレッドとレイド使って逃げられる可能性が出てきた訳だろ?公爵……だったか?まぁ、そんな感じの偉い家の奴と、あのバカ王子が残っているんだし、権力使って逃げれば簡単に逃げれるだろ?」
「……つまり?」
「逃げられないように呪った。これで俺達が如何にこの女の力を殺ごうと派手に動いても、この女はそれから逃げられない。それどころか、今までの行動の報いを受けなくちゃいけない」
その言葉に、エイダが呆れたように溜息を吐いた。
「この女、聖女……?ん?ちょいっと怪しいですけど、聖女でいいんっすかね?まぁ、取り敢えず。聖女は呪いとか跳ね返すっすよね?よく成功したっすね?」
「あぁ。こいつの場合、アリシエラが聖女な訳だから……それを奪ったローラ・コーナーが聖女の能力を使えたとしてもある意味、欠陥聖女なんだよ。だから、呪いが通った。加えて魂がぐちゃぐちゃだし」
エイスが納得したように「あ〜…成る程ぉ〜」と笑う。
「魂がぐちゃぐちゃで正常じゃないなら、呪いは成功しますねぇ〜。肉体と魂がピッタリ合ってて、なおかつ魂が綺麗で正常なら大丈夫だったのにねぇ〜?」
「ついでに言うと、本名で呼んだからな。完全に思考回路がフリーズしたんだろ。その動揺の間に呪いをねじ込んだんだから百発百中だな。邪竜だから、そういうのは得意だ」
未だに現状を理解できていないローラは、呆然と首に手を添えてラグナ達を見る。
そんな彼女に対して、ラグナはにやりと笑った。
「さぁ、覚悟しろよ。ローラ・コーナー。お前に仕込んだ呪いは俺の言葉通り、お前に刻まれた。おかげでもうお前は、呪いが仕込まれる以前に頼んだ命令は解けない。俺が仕込んだ呪いの罪が暴かれるっていうのに反するからな」
ローラは、それを聞いて大きく目を見開く。
それが意味するのは、彼女はただ断罪を待つのみという意味で。
「つまりは、これからのお前ができることは何もなく、ただお前が隠していた真実と、その罪は俺達に暴かれるんだ。最後にはその身に報いが降りかかるっていう特典つきだぞ?あぁ、楽しみだな」
敢えて言葉にすることで、自分の状況を把握させるという悪意つきでそう告げたラグナは、今までで一番悪い笑顔を浮かべていて。
ミュゼは、なんだか考えるのも馬鹿らしくなって空を見上げた。
「空が綺麗ですね……うん」
急展開に、花嫁は思考することを放棄した。