宰相子息のその後の話、邪竜の元に揃う駒
多分、シリアス(?)です。
ちょっと残酷な表現もあります。
今回で宰相子息編は終わります。
第5部を割り込み投稿しました。
その後ー。
精神崩壊状態であったヴィクターはラグナの魔法によって、いつも通りに戻った。
勿論、魔物達による記憶は消えていない。
普通の人間ならば、その記憶だけで精神崩壊しそうなのだが……それが起きないように彼の魔法によって阻止された。
つまり、地獄のような恐怖の記憶を抱いたまま、おかしくなることもできなくなったのだ。
その所為……というか、そのおかげというか。
偽アリシエラこと、ローラの洗脳も魔物地獄には勝てず……ヴィクターは正気に戻った。
『僕は洗脳されていたとはいえ、してはならない罪を犯しました。厳粛な処罰を』
ヴィクトリアの誘惑及び、ラグナによる再度の洗脳予防をかけてから、彼は自身から国王に処分を求めた。
いや、処分されることが幸せだと言わんばかりの虚ろな瞳で懇願していた。
国王はその時の彼を見て思ったそうだ。
〝これは絶対ラグナ殿が心を折ったのだろう〟……と。
洗脳されていたということを配慮して、彼は即刻処刑ではなく……監獄島への終身刑が命じられることとなる。
勿論、彼の父である宰相は、自身の息子が犯した罪ゆえに自主的にその職を辞することになったのだが……それはまた別の話である。
監獄島へ連行される直前。
ヴィクターは、ミュゼと本物のアリシエラに謝罪に訪れた。
彼は、頭を地面に擦りつけて謝罪した。
『………ミュゼ嬢……ローラ嬢……僕、は……貴女方に酷いことをしました……許してくれとは……』
ヴィクターはローラの肉体の中に、アリシエラがいることを知らない。
アリシエラは、その謝罪に涙を零した。
『わ、たしはっ……わたしは貴方の所為でっ……‼︎』
アリシエラは彼の前で絶叫した。
ローラの肉体から戻れず、その身を穢され、苦しい思いをした。
ヴィクターは洗脳されていたから、仕方ないかもしれない。
けれど、それで割り切れるほど……彼女はできた人間ではなかった。
その声は、恨み、憎しみ、悲しみ、怒り……止めどなく負の感情が溢れていて。
泣き叫び、これ以上は彼女がおかしくなると判断されて……ヴィクトリアに連れて行かれた。
そんな彼女に相対して、ミュゼは酷く冷めた笑みを、ヴィクターに向けていた。
『あぁ……私の場合は、許す許さない以前に貴方に興味がないので。とっとと投獄されるなり死ぬなりどうぞ?』
『……………』
『あ、情報だけは吐いて下さいです。一応、ラグナによって吐かれていますけど、正気の時の情報の齟齬を埋めるために、それぐらいは役立って下さい』
ミュゼはどこまでも酷く冷めていて。
ヴィクターは、言葉を失った。
あの日、拉致をした日よりも……彼女は普通じゃなくなっていた。
『………貴女は、僕の所為で……娼館に売られかけたん…ですよ……?下手したら……死んでたかも……しれないんですよ……?』
『別に今更死ぬとか言われても、どうとも思わないです。取り敢えず、早く情報下さい。あ、私はそんなに頭が良くないのでラグナによろしくお願いします』
あははっ‼︎と……とても美しく笑う彼女はとても不気味で。
生きることを諦めている?
いや、死んでも仕方ないと思っている?
彼女が、どこかおかしいことに今更ながらに気づく。
ヴィクターは……自分が陥れようとしていた女性が、本当に壊れていることに気づく。
『………申し訳、ありませんでした……』
その原因が、自分にあるのかそれ以外が理由なのかをヴィクターは知らない。
ミュゼが四回の人生の中で、彼に殺されたことを、彼自身は知らない。
しかし、ミュゼのその姿は……余計に壊れさせた原因が自分にあるとヴィクターに理解させるのには充分で。
狂気に走れないヴィクターに、深い傷を負わせるのだった。
*****
「と、いう訳で次の奴を始末しに行きます」
ラグナはにこにことしながら、そう告げた。
国王の安息部屋は、いつの間にか作戦会議室のようになっていて。
共にいたミュゼは暢気に「早いですね?」と言って、反対に国王は疲労困憊といった顔でげんなりしていた。
「また問題を起こすのか……ラグナ殿」
「はぁ?どこも問題起こしてないだろ?」
「いやいやいや、ヴィクターの件だ。普通の顔をしてるのに死んだ魚のような目、濁った瞳は不気味以外の何物でもなかったぞ⁉︎」
「だって発狂できないようにしたからな。洗脳されてたってことで俺の優しさを発揮してやったんだぞ?」
「いや……あんな顔、いっそ発狂した方がマシだったのでは……」
国王はぶつぶつと何かを言っているが、ラグナはそれをスルーした。
「と、いう訳で……次に始末するのが騎士候補であるジャン・ビィスタだ」
「あの方、ですか」
アルフレッドが訪れた日、いきなり剣を向けてきた人。
あの時は冷静ではなかったけれど、今思えば騎士候補が女性に剣を向けるのはいかがなものかと、思ってしまう。
「あぁ……あいつは洗脳は洗脳でも、条件付き洗脳だから、拘束力が強いみたいだ」
「………条件付き?」
ミュゼの疑問に、ラグナは答える。
「あいつはカルロスと同じタイプだったんで、ある程度の洗脳に対する抵抗力を持ってた。〝騎士としての誇り〟っていうのか??プライドが強かったんだろな」
「えっ⁉︎」
「だが、あいつは他の奴らに比べて強力な洗脳をかけられていたからな。普段はギリ洗脳され気味の拮抗状態みたいなんだ」
「…………」
それを聞いて彼女は顔を顰める。
それなら、あの日だって彼が頑張れば、剣を向けずに済んだのでは?と……。
ラグナはそんな彼女の思考を見透かしたように、それに答えてくれた。
「ミュゼが言いたいことは分かるぞ?でも、向こうも馬鹿じゃないみたいでな。騎士候補がある程度、抵抗してるって分かったんだろな。だから、普段の洗脳は弱めにして、一定条件下においては他の洗脳よりも強い洗脳が発動するように調整したみたいなんだ」
「……そう、なんです……か?」
「あぁ。その一定条件ってのがミュゼに関係する時に限り、お前を害することって感じらしい」
「…………っ…⁉︎」
「だから、あいつはミュゼに接触しないようにしてたみたいだな。あの馬鹿元婚約者について行く時は護衛役として仕方なかったみたいだけど」
それを聞いたミュゼは、目を見開く。
国王も彼女と同じ疑問を抱いたようで……恐る恐る聞いた。
「ラグナ殿……その、何故、そんなにもジャン・ビィスタの事情に詳しいのだ?」
そう、ラグナがジャンの事情に詳し過ぎるのだ。
下手をすれば先に始末をしたヴィクターよりも。
ラグナは「ん?あぁ……」と二人の考えを理解したように笑った。
「簡単な話だぞ?言ってしまえば、結構前からジャン・ビィスタを始末するために動いてたからってだけだ」
「「…………はい?」」
ラグナがそう言いながら指を鳴らすと、ゆっくりと彼の足元から闇が這い出てきて……それは美しい女性の姿になった。
エナメルの服に身を包んだその身体はとてもナイスバディで。
その頭に生えるのは二つの角、その背には蝙蝠のような羽根、そして……臀部にはゆらゆらと揺れる尻尾。
その顔はエイスにそっくりで、ミュゼはきょとんとした。
「はいは〜い、初めまして。ボクは淫魔のエイダ。邪竜様のご命令であの騎士候補に悪夢を見せてた悪魔っす。よろしくっすよ」
「「…………」」
見た目は大人っぽくて色っぽいのに、話し方が残念だった。
ラグナは、そのエイダというサキュバスを指差して説明してくれた。
「こいつを使って騎士候補には、ずっと悪夢を見せてたんだ。その夢の内容はこいつに任せてたけど……まぁ、こいつが有能なおかげで、心が折れるまで後一歩まで仕込み終わってて、明日、学園に行った時にでもちょいと手を出せばお終い。ついでに言うと……夢の中でなら、あの女の洗脳の影響を受けないだろうと思って、向こうの情報も探ってもらってんだよ」
「……いつの間にそんなことしてたんですか」
「あははっ。初めて学園に行った日あたりからかな?サキュバスの能力は洗脳と似たところがあるからな。勝手が分かるだろうと思って任せてたら、まぁ予想以上に上手くいったって感じだな」
「そうっすよ〜。ボクを労って下さいね、邪竜様」
エイダはそう言って、頬を膨らませる。
ラグナは「良くやった」と一言労うと、そのまま話を続けた。
「まぁ、という訳で……あいつをどうして欲しい?ミュゼ」
「………え?」
急にそんなことを言われたミュゼは、首を傾げる。
ラグナは酷く優しい顔で、彼女に聞いた。
「本当は、殺すのが一番楽なんだけど……ミュゼとしてみれば相手は殺す価値もない奴なんだろ?なら、どう始末するのがミュゼのお好みかなって。あの宰相子息は俺が勝手にやっちゃったけどな」
「……………どう始末する、か……ですか?」
「俺としては騎士としてやっていけないように両腕でも斬り落としちゃうのが良いと思うんだよなぁ〜。あ、それとも脚も斬るか?斬殺一歩手前ぐらいでも良いぞ?」
そこにいるラグナは、もう今までのラグナとは違った。
邪竜としての残酷な一面を隠そうともしていない。
放つ威圧は、とても悍ましくて。
そこにいる彼は、本当のラグナを晒し出していた。
国王はそれを見て、顔を真っ青にする。
自分が見ていたラグナという存在が、やはり人間とは違う考えを持つ生き物なのだと、実感する。
しかし、ミュゼはいつも通りの変わらぬ様子でそれに答えた。
「えっと……ラグナの提案以外のことを言ったら怒りますか?」
「いや、別に?俺がミュゼの言うことに怒る訳ないだろ?」
「じゃあ、普通に心を折って洗脳にかからないようにして欲しいです」
「………分かった……」
少しつまらなそうにラグナは頷く。
ラグナとしてみれば、ミュゼの二回目の人生のように斬殺してやりたいというのが本音だ。
しかし、それを本人が望まないのなら仕方ない。
「我儘言ってごめんなさい、ラグナ。だって……肉体的な傷を負うより精神的な傷の方が辛いかと思って……」
だが、それを聞いた瞬間、ラグナはその顔を綻ばせる。
そして、思いっきり彼女に抱きついた。
「あははっ‼︎それはそうかもしれないなっ‼︎ミュゼ、そんな酷いこと、考えられるようになったんだな‼︎」
頬を擦り寄せてそう言えば、ミュゼはきょとん……としてから、驚いたように慌ててしまう。
「………えっ⁉︎今の酷いことですかっ⁉︎」
「いーや?俺としては最高に面白いけど?流石は俺の花嫁」
「でも、今、ラグナが酷いことって……」
「俺の最高に面白いって大概、普通の人間からしたら酷いことらしいからそれで言ってみただけ。なんか、ミュゼの思考が俺好みに染まってるみたいで嬉しいなぁ……」
綺麗な顔で、恍惚とした笑みを向けられてミュゼは頬を赤くする。
ラグナの美貌で蕩けた笑みを浮かべられると、流石の彼女だって何も言えなくなってしまうのだ。
だから、ミュゼは頬を真っ赤にして……目を潤めながら、懇願する。
「あの、ラグナ……そんな顔で笑わない欲しいです……格好良過ぎて、逆に私が恥ずかしい……」
「ははっ……俺としてみれば、笑うだけでミュゼのそんな可愛い顔みれて嬉しいんだけど……それでも笑っちゃ駄目?」
「駄目です……こんな甘々にされたら、まともに生きていけなくなっちゃいます……」
「まともに生きれなくなっても良いぞ?俺がいくらでも……」
「はい、すとーっぷっ‼︎流石のサキュバスのボクでも、こんなウブウブ♡ピュアピュア♡空間にいたら、砂糖吐くんで。マジで。ってか邪竜様ってそんな甘いタイプでしたっけっ⁉︎」
エイダのストップで、ミュゼはここに国王と彼女がいたことを思い出す。
そして、無性に恥ずかしくなってラグナの胸に顔を埋めた。
「あ……おい、エイダ。お前の所為でミュゼが消沈したぞ」
「いやいやいや、それ以前にっ‼︎こんな甘々空間と縁がないボクの前でやる必要ありましたっ⁉︎純粋な感じとか結構好きなのに、サキュバスゆえにセクシー(あはんっ♡)になっちゃうボクの気持ちが分かるっすかっ⁉︎血の涙が出るっすよ⁉︎」
「はっ……勝手に出してろ。後、俺の花嫁を愛でて何が悪い」
「うわっ、あの残虐な邪竜様の意外な一面っ‼︎そしてボクは完全にお色気ギャグ要員じゃないっすか‼︎」
「………いや、それはお前が勝手に言ってるだけだろ……」
ラグナの冷静なツッコミを無視して、エイダはお笑い芸人のように自分の頭を叩いて、「あぁ〜」と呻き声(?)を漏らす。
国王も何度も二人のイチャつきを見ているはずなのだが、どこか落ち着かない様子でそわそわしていた。
「と、いう訳で……明日にでも始末する」
そんな周りを無視して、ラグナは一瞬で態度を変える。
その声を聞いて、なんともいえない空気だったのが、直ぐに真剣なものに変わった。
「騎士候補の身柄を確保次第、教会に連れて行き、洗脳対策をして国王に明け渡す……それで問題ないな?」
「分かった。準備をしておこう」
「なら、まずはあいつを学園に引きずり出さなきゃな」
「……ジャン様は学園に来てないのですか?」
ラグナの腕の中で、ミュゼが聞く。
彼は「あぁ」と頷いた。
「悪夢で長期的に、ちょっとずつ心を折ってるからな。人間は睡眠が大事なんだろ?まともに寝れなくて、体調も崩してるんだ」
「………中々、エゲツないことするな……」
「まぁ、そこらへんは悪夢の内容を決めてるこいつの所為だから。取り敢えず……エイダ、騎士候補を学園に来られるようにできるか?」
「あの坊やに死刑宣告してくりゃ良いんっすね」
「ん?まぁ、そんな感じで。学園に来れるならなんでも良い」
「承りました〜」
エイダは、ばちこーんっ☆‼︎とウィンクをして、空気に溶けるように消える。
若干、嵐のような印象を受けた彼女がいなくなると、しんっ……とその場に沈黙が満ちた。
「えっと……ラグナ殿。一つ聞きたいんだが……」
「あぁ、今のは俺の配下にいる淫魔だ。それ以上でもそれ以外でもない」
「………おぅ……」
国王は頭を押さえて呻き声を漏らす。
邪竜でさえちょっと困惑気味なのに、淫魔まで出てきたらどうしようもなかった。
「えっと……ちなみにですね?ラグナ」
「あぁ。エイダはエイスの双子の姉だ」
「道理で顔が似ていると……それなら納得です」
エイスも顔はかっこいいのに口調が若干、女性らしい(オブラートに包んでいる)という癖の強さがあったが、先ほどのエイダも癖が強かった。
結論として、明日、ジャン・ビィスタがラグナの手によって苦しめられるというのが決定しただけだった。
「まぁ、言わないで動くより言ってから動く方が良いだろ?」
「いや、まぁ、そうなんだが……」
国王は眉間のシワを伸ばしながら、難しい顔をしていた。
ラグナは「まぁ、ここまでだな」と言うとミュゼの手を取って立ち上がった。
「まぁ、騎士候補の件が終わったらまた報告に来る。じゃあな」
「失礼します、国王陛下」
「………あぁ、分かった……」
二人はそのまま、ラグナの魔法で姿を消す。
ラグナはミュゼが伴う場合は、魔法で移動を行うからだ。
残された国王は大きな溜息を吐くしかできなかった……のだが。
しかし、国王の心配はこれだけでは終わらなかった……。
*****
数時間後ー。
執務室で一人で作業をしていた国王の元を訪れたのはラグナ一人だった。
タイミング良く一人になるところを狙って来たらしい。
国王は(まだ何かあるのか……)と胃痛を感じながら、彼に問うた。
「どうした、ラグナ殿」
「いや?あの宰相子息に聞いた情報を言いに来た」
「……ミュゼ嬢がいると都合が悪いのか?」
「あぁ」
そして……ラグナが聞いた情報を聞き、国王は言葉を失う。
そして、徐々に我に返ると……激昂した。
「あの馬鹿はっ‼︎」
「本当だよな。多分、一人で対応することになったからそいつらに接触する時、ボロが出やすくなるだろうって言ってたぞ」
「………まさか…これを予期してあいつをこの国に連れ戻させたのか?」
「いや?もしかしたら使えるかと思って事前に準備してただけだ」
「……………はぁ…何故、こんなに問題ごとが続くのだ……」
国王は大きく溜息を吐く。
もう考えることさえ放棄したかった。
これも全て、アリシエラの所為なのだ。
もう、この話を聞いてしまった所為で、国王の中で一つの決心がついてしまい……王として切り捨てる覚悟を決めた。
「ラグナ殿」
「ん?」
「貴殿はそのボロを出す瞬間を狙うのだろう?」
「あぁ、そうだな。そっから心を折って洗脳を解いて……」
「その件に限り、こちらも全面的に協力しよう。そいつらも捕まえなくてはならぬからな。あいつにも事情を話しておく」
真剣な表情で告げる国王。
国王の言葉に、ラグナは顎に手を添えて少し悩んでいたが……一人納得したように頷いた。
「了解した。なら、後で少しだけ時間をもらえるか?わざわざ帰って来てもらったんだ。一応、会って話をしておくのが筋だろう?」
「ん……?あぁ、大丈夫だ。帰国を公にはしていないが、ラグナ殿なら人目を避けて会えるだろう」
「場合によっては、洗脳対策の魔法をかけとかなきゃいけないからな。まぁ、最終的には俺が始末すれば良いだけの話だからな。気軽に頑張ってもらおう」
「………分かった。ラグナ殿が会いに来ることを伝えておこう」
こうして、彼ら……いや、正確にはラグナの元に切り札となる駒が揃っていく。
そのほとんどが邪竜という規格外な存在がいるからできることで。
国王は、敵に回したくないな……と心の底から思うのだった。