終わらない悪夢、そして花嫁は邪竜を受け入れる
【注意】
残酷な表現あります。苦手な人はお気をつけ下さい。
シリアス続きます。
ランキング、ありがとうございます。ここまで沢山の方に読んでもらえて嬉しいです‼︎
今後もよろしくどうぞっ‼︎
ヴィクターは目を見開いた。
そこは漆黒。
闇色の世界。
だが、周りには無数の眼球がギラギラと輝いていて。
彼は悟った。
ここにいるのは、〝バケモノ〟達だと。
「嫌だっ……嫌だっ‼︎助けてっ……」
恐怖で動かない身体を無理やり引きずって、逃げようとする。
しかし、逃げ場はない。
「そうやって彼女だって助けを求めたんでしょうねぇ?」
だから、目の前に立った金髪碧眼の美しい青年を見て、思わず縋るように助けを求めた。
「助けっ……」
「あははっ‼︎これだから人間は。こんな状況なのに、人の姿をしているというだけのワタシを、どうして助けを求めるに値する存在だと思ったんでしょうね?」
そう言った彼は、その頭から漆黒の二角を伸ばし……悪魔のような羽根と尻尾を生やす。
ヴィクターはそれを見て、言葉を失った。
「あ、く……ま……?」
「あはははっ‼︎悪魔は悪魔でもワタシは淫魔……インキュバス。邪竜様のご指示にはワタシが適任ですから」
彼は楽しそうに、でもゴミ屑を見るような目でヴィクターを見つめた。
「ワタシはね……あんたみたいな奴が大っ嫌いなんですヨ。事情がある子は仕方ないですけど、なんの罪もない子を娼館に売り払うなんて……反吐が出る。知ってますか?君が売った場所は、娼館の中でも薬で娼婦達を壊す違法店だったんですヨ?」
「……な、ん……」
「それもですね?貴方は邪竜様の大切な姫君……花嫁様にまで手を出したと言うじゃないですか。その方も娼館に売ろうとしたんでしょ?」
その一言で周りにいるバケモノ達も激怒したように、殺意を放つ。
ヴィクターは悲鳴をあげて、体を縮こまらせた。
「何も関係ない子が男達に消耗品のように扱われる……その原因を作ろうとした貴方を、どうして邪竜様は今の今まで手を出さなかったんですかね?とっとと始末してしまえばよかったのに」
「……止め……」
「まぁ、もう関係ありませんよねぇ?今から報いを受けるのですから」
彼の言葉と共に甘い香りがその場を満たす。
その匂いに侵されたように、周りのバケモノ達が興奮し出した。
「今回、邪竜様からのご指示はただ一つ。あんたを彼女達と同じ目に遭わせること……〝魔物達〟によって、ね」
ゆっくりと、周りにいたバケモノ達が近づいて来る。
ヴィクターが悲鳴をあげて逃げようとするが、簡単に手足を掴まれて拘束されてしまう。
「さぁ、皆様方。どうぞその人間でお遊び下さいな」
そして……ヴィクターの悪夢が、始まる。
*****
「ギャァァァァアッ‼︎」
もう何度目になるか分からない悲鳴。
ミュゼは目の前にいるであろう、姿が見えないヴィクターの方へ向けて冷たい視線を送っていて。
漆黒に包まれたままの牢屋。
そんな牢屋の中で、どこからか運ばれて来た椅子に腰かけたミュゼはそれをただ見ていた。
数多の異形達に覆われて、その姿は見えないが……彼は、ミュゼとアリシエラが経験したことと同じことをされているらしい。
一つ違うことがあるとすれば、彼が相手をしているのはここにいる数百体に及ぶ魔物であることだった。
「嫌だ、イヤダイヤダイヤダッ‼︎助けて、痛いっ‼︎苦しっ……」
ヴィクターの声と魔物達の唸り声……艶かしい音と、血肉を抉るような音が何度も何度も繰り返し響く。
血肉が食い千切られるような音が響くたび、魔物達と共にいるラグナは、回復魔法を発動させていた。
「あははっ、良い様だなぁ‼︎」
「アァァァァァァァァァッ‼︎」
酷く楽しそうに、ラグナは何度も何度も回復魔法を繰り返しかける。
それはまるで永遠の地獄を繰り返しているようで。
嬉々としてそれを継続させるラグナを、ミュゼはいつも通り変わらぬ視線で見た。
「大丈夫ですか?花嫁様」
「…………?」
急に声をかけてきたのは、先ほどの淫魔だと名乗った青年。
エナメルの黒い服に、悪魔特有の角、羽根、尻尾……艶やかな色気がダダ漏れな彼は、ミュゼを心配するように見ていた。
「花嫁様は女性でしょう?こんなの見てて気分が優れないんじゃないかと思いまして」
「………あぁ、そういうのは大丈夫です。見えないですし」
「そうですかぁ?無理はしないで下さいね?男が犯されてるのなんて、普通は女性に見せるもんじゃありませんし〜。貴腐人でしたら別問題ですけど」
「…………きふ……?」
「あ、こっちの話なんで最後のは気にしないで下さいませ」
彼はゆっくりと頭を下げると、小悪魔スマイルで自己紹介した。
「お初にお目にかかります。ワタシは邪竜様の支配下にある魔物の一体……淫魔のエイスと申します。今回の邪竜様のご命令におきまして、魔物達に指示をさせて頂いてますわ〜」
「初めまして、ミュゼ・シェノアです。あの……ラグナの命令って……」
「あぁ、簡単ですよぉ〜」
エイスはクスクスと笑いながら、ヴィクターにしていることを教えてくれた。
ヴィクターは今、エイスの能力によって催淫状態に陥ったラグナの支配下にいる魔物達の相手をしている。
しかし、魔物を相手にしている以上、彼には悲劇が起きる。
それは……彼の腹を食い破って、何体もの魔物が産み落とされるということだった。
魔物というのは本来、同種同士で増えていくのだが……ごく稀に人間を使うことがあるらしい。
人間を使うことで、魔物でも人型に近づき、場合によっては人間に紛れ込むことができるからだ。
ラグナの支配下にある魔物は、人間に紛れ込む必要はないのでそのようなことをしないのだが……野良の魔物はそのような行動を取るのだとか。
今回はそれをラグナの魔物達にさせているのだとか。
野良の魔物と邪竜の魔物では、邪竜の魔力の所為なのか力が格段に違っており、発達も凄まじい。
また、女性ならば出産と同じような魔物の生まれ方ができるのだが……男の場合、肉体の構造上、そうはいかない。
なので、急激に発達した魔物は彼の腹を食い破って出てくるのだとか。
「女性の場合は、人間の子供と同じように栄養が補給されるんですけど〜男の場合は発育のために、魔物の赤子が内側から臓器を食い散らかすんですよぉ〜。それがとっても痛いみたいで。邪竜様がその度に回復魔法をかけてらっしゃいますね‼︎」
その説明を聞きながら、ラグナの方へと視線を向けた。
恍惚としながら、残酷なことをしているのに楽しそうに……いや、実際に楽しんでいるラグナは、とても生き生きとしていて。
ヴィクターの苦しむ声を聞いて、彼は冷たい笑みを浮かべていた。
「ラグナは、いつもあんな感じなんですか?」
「あんな感じとは?」
「………その、彼は自分の本性を知られるのが嫌みたいで……」
「あははっ、まさか。今日は数百倍、マシな方ですよぉ〜」
エイスの言葉にミュゼは、「あぁ、そうなんですね」と納得する。
そう思ったのは、どうもラグナが言うほど……邪竜としての本性が弱い気がしてならなかったからだ。
「邪竜様の真骨頂はこのように一人ではなくて、複数人……いや、国や大陸、世界単位の方に発揮されるのですから」
「世界単位、ですか?」
「ハイ〜。邪竜様は本来、単体に対するのは苦手としておりますし……大勢を相手取った方がその残虐性は際立つでしょう。あのお方は数回に渡りこの世界を火の地獄にしましたからねぇ。それこそ神を相手取って戦争ですヨ。今回はほんのお遊び程度ですかね」
今回のはラグナの本性の片鱗に過ぎないのだろう。
それだけで彼はあんなにも不安がっていたのだ。
ミュゼは心配し過ぎだと、ちょっと困ったように苦笑してしまった。
「でも、それでもワタシ達は邪竜様の配下で良かったと思うのです」
「………ラグナの配下で?」
「はい。少し昔の話になるのですが……我々、魔物というのは一時期凄まじい勢いで討伐されていたのです」
エイスは過去を思い出してどこか虚しそうに笑う。
大切な人達を、思い出すかのように。
「昔の人間は今の人間よりも強くて……ワタシ達の同胞達が沢山、殺されていきました。それをお救い下さったのが邪竜様です」
「そう、なんですね……」
「はい。弱い魔物を優先されましたが、邪竜様は我々を支配下に置くことで邪竜の加護を与えてくれました。後から知ったんですけどネ?加護を与えるのは邪竜様の力を分け与えるも同然の行為らしくて……加護を与えた分だけ、邪竜様は弱体化なさっていたんです。それはつまり、人間に狩られる可能性を自ら高めているも同然。偶然、その事実を知りましたけど……本人は死ぬまで言うつもりはなかったようですヨ」
その過去にミュゼは、柔らかく微笑む。
あんなに自分が酷い存在だと言っていたのに、優しいところだってあるじゃないかと。
「ですが、ワタシ達はあくまでも配下。あの方を本当の意味で受け入れることはできません」
「………エイス様」
「このようなことを頼むのは烏滸がましいことだと分かっております。ですが……どうか我らが主人を、邪竜様の不安に向き合ってさしあげて下さい」
真摯な姿勢で頭を下げる。
懇願、にも近い声に……彼女は応えた。
「………それは当たり前です。私は邪竜の花嫁。ラグナのお嫁さんになるのですから。旦那様の不安は私が取り除きます」
エイスが泣きそうな声で嗚咽を漏らす。
しかし、顔を上げた彼は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ありがたき幸せにございます、花嫁様」
邪竜であるラグナは酷い存在だと、彼は語っていた。
でも、こうやって心配してくれるヒトがいる。
支配下にいたって、ちゃんと彼を慕っていなければ……こんなにも言うことを聞いてくれる魔物だって、いないはずだから。
(ねぇ、ラグナ。貴方の周りにはちゃんと貴方を考えてくれているヒトがいるんですよ)
話は終わりとばかりにエイスは、晴れやかに笑う。
そして、コロッ……と話を変えた。
「それにしても……花嫁様は結構、肝が座ってらっしゃいますねぇ?」
「そうですか?」
「そうですよ〜。普通、絶叫聞きつつ魔物に囲まれてて普通にしてませんって」
「……………」
そう、現状はまさにエイスが語った通りで。
普通の貴族令嬢なら、気を失うような場面だ。
しかし、ここにいるミュゼはいつもと変わらずに飄々としていて。
それは多分、彼女が壊れているのが原因で。
だが、魔物達がラグナの配下にあろうとも、ミュゼの四回の人生を知っているとは限らない。
だから、彼女は少し誤魔化すように笑った。
「ラグナと一緒にいるから耐性でもできちゃったんですかね?」
「あぁ、成る程〜。それで花嫁様は人間であられるのに邪竜様の力を感じるのですね‼︎」
「………ラグナの力を、感じる?」
「はい、花嫁様からは邪竜様と同じ力を感じますね。あ、もしかして……ご寵愛を受けてそうなった感じですか?ごめんなさい、不躾なことを女性に聞いて〜」
「……………あの、私とラグナは頬とかにはキスしてたりしますけど……ちゃんとしたキスは勿論、そういうことはしてないです」
「はいっ⁉︎」
それを聞いたエイスがギョッとする。
そして、どこの女優だと言わんばかりの儚さで「およよ〜」と倒れ(しゃがみ)込んだ。
「いやんっ、凄いっ‼︎邪竜様からとっても愛されてるのに未だに純粋なんてっ……というか、邪竜様がそんなに大事にされていらっしゃるなんてっ……明日は槍でも降るのっ⁉︎」
エイスの言い草にミュゼは苦笑する。
「ラグナの評価が酷くないですか?」
「いやいや、これは普通ですって。そんな真綿で包むような扱いをされてる存在、初めて見ましたヨ。我々だって少し煩くすると、煩いって言われて大陸横断するレベルで投げ飛ばされますからネ。昔、邪竜様の機嫌を損ねた人間がいた国は大陸単位で滅びましたし〜」
再び、ラグナの残虐な暴君っぷりを垣間見た瞬間だった。
まぁ、とにかく……絶叫が続く。
段々と声が小さくなってきたあたり、ヴィクターの精神が壊れ始めているのだろう。
この魔物達の中にいると、時間感覚が狂っていくようで……もうどれほどこうしているか分からない。
ミュゼは欠伸をしながら、飽きてしまったように目を擦った。
「エイス様」
「呼び捨てで構いませんヨ。邪竜様の花嫁様ですから、貴女様は我らの敬うべきお方に当たりますから」
「いえ、ラグナ以外の男性を呼び捨てにするのは兄弟だけと決めているので。あの、後どれくらいやるのか分からないので……紅茶とか用意してきて良いですか?」
ミュゼの台詞にエイスがぽかんっ……とする。
だが、彼女は酷く暢気に言葉を続けた。
「喉が渇いてしまって……紅茶とお菓子があれば、少しは時間潰しになるかと」
「………あははっ、流石は花嫁様。絶叫を肴にお茶をするなど……お強過ぎですねぇ」
「いや、用意しなくて良いぞ。もう終わったから」
その声にエイスは膝をついて頭を下げる。
満足そうな、冷酷な笑みを浮かべるラグナがこちらに向かって来ていた。
「待たせて悪かったな」
「いえ、大丈夫です。エイス様がお話し相手になってくれてましたし」
「……そうか。エイス、ご苦労だった」
「はっ、勿体なきお言葉」
ラグナが手を払うと魔物達は空気に溶けるように消えていく。
エイスがそれと同時に動いて、ヴィクターの身体を布で隠す。
ミュゼの目を汚さないように、という配慮だろう。
しかしその布があっても、彼の姿は簡単に確認できてしまって。
涙や鼻水、嘔吐物……その他の液体でドロドロになりながら、虚ろな瞳をしていた。
流石のミュゼもその姿を見て、ほんの少し同情した。
ラグナはそんな彼女の心情を見透かしてか、簡単に話してくれた。
「気絶できないように魔法を使った。その所為で激痛でも気を失えなかったから、余計に壊れたみたいだな」
「容赦ないですね?」
「そうか?何回も食い千切られて、ついでにいうと強酸を皮膚に発生させる魔物に触られた傷とかも回復してやったんだぞ?充分、容赦してるだろ」
そう言って笑ったラグナは彼女に手を伸ばそうとする。
しかし、ミュゼに触れる直前でその手は止まった。
今更、冷静になったように。
怯えたような黄金色の瞳は、彼女に嫌われることを恐れているようで。
ミュゼは柔らかく微笑んで、彼の手を取って自分の頬に寄せた。
「ラグナ。早く明るいところに行ってお茶をしましょう?ラグナが何を考えているのか……教えてくれるんでしょう?」
「俺のこと、怖くないのか?いや、後悔はしてないけど……普通の人間からしたら倫理観?とかいうのが崩壊してるだろ?」
「怖いかどうかといえば怖いですよ?ラグナが私が邪竜としての貴方を怖がってると勝手に思い込んで、勝手に私から離れて行っちゃいそうで。で、倫理観云々は余り興味ないです」
「………えぇ……?」
「別に今のを見てても怖くはなかったです。嘘じゃないですよ?本当に怖くなかったんです。ついでにラグナが酷いことしてようが国を滅ぼそうが世界を滅ぼそうが私はどうでも良いです。まとめてそう言えちゃうのは多分、私が壊れちゃってるからですね」
ミュゼはくすくす笑いながら、優しい彼の手の温もりに目を細めた。
「結論を言えば……貴方の考え過ぎですね。私はラグナを嫌いになりませんでした」
ラグナの本性……その片鱗だけれど、それを垣間見た。
しかし、ミュゼの心は何も変わっていない。
彼が愛しいままだ。
それどころかミュゼとアリシエラのために、ワザと同じような苦しみを与えてくれた。
魔物を使ったからそれよりも酷かったけれど。
でも、それは自分を愛してくれているからだと、ミュゼは理解している。
自分のためにここまで怒ってくれるヒトを、嫌いになるはずがないのだ。
だから、ラグナがそんな泣きそうな顔をする必要はないのだ。
「ミュゼ……邪竜を受け入れてくれた存在は、お前が初めてだよ。一体、どれだけお前を好きになって、惚れ直せば……良いんだろうな?」
「さぁ?それは一生かけて答えを見つければ良いんじゃないんですか?」
それは永遠に共にいると考えているから出る言葉。
それに気づいたラグナは、愛しい花嫁に頬を擦り寄せた。
「お疲れ様でした、ラグナ。お茶にしましょう?」
「…………あぁ……」
そうして……世界を滅ぼすとされる邪竜は。
配下はいれど、数多の生物に本当の意味で邪竜自身を受け入れてもらえていなかった、彼は。
初めて受け入れてくれた花嫁への愛しさに、泣きそうになりながら……微笑んだ。