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闇色に染まる世界(2)








その日……ノヴィエスタ王国の王都は闇に染まった。




その言葉は比喩ではない。

唐突に現れた〝何か・・〟が太陽を横切って、王都に闇を落としたのだ。



王都と同等の巨体。

夜のような漆黒。



その正体が分かった人はどれだけいただろうか。



空に1番近い場所……王城にいた王とその家臣達はその正体を見た。


「あれは……」


王族の衣装を見にまとった白髪の威厳ある国王が、呆然とする。

家臣達は驚きのあまり腰を抜かしていた。

世界の終わりだ、と揶揄する者までいる。

それもそうだろう。

大きな窓ガラスの目の前で流動する漆黒の鱗。

そこにあるだけで信じられない威圧を発する存在感。




その姿を見る時は世界の終わり。

人々の絶望を糧に生きるモノ。



滅びの象徴と、伝承が残る存在。



目の前にいるモノは……本来ならばこんな場所にいるはずのない、あり得ない存在だった。




「破滅の邪竜……」




その名は、世界を滅ぼす竜の名前だった……。







*****







世界が闇色に染まる。




唐突な出来事にアルフレッド達を始めとする周りの人々は慌てていた。


「おいっ、何が起きてっ……」

「分かりませんっ‼︎今、屋敷の外を確認してー……」


騒がしい喧騒の中、ミュゼだけが静かにその場に佇んでいた。

シェノア家のサロンは日差しを取り込めるように、屋敷から少しはみ出るように作られていて、そのはみ出た部分は窓ガラスが嵌め込まれている。

そのため、自慢の庭を含めて外の光景が良く見えるのだ。

そんな外がまるで真夜中のように暗くなっていて。

何も知らない人ならば、分からなかっただろう。

しかし、ミュゼはこれを知っている。

この存在感、覚えている。

覚束おぼつかない足取りで窓ガラスに歩み寄った。



空を舞う、漆黒。

その色に懐かしさを覚える。



ミュゼはポロポロと涙を零して空に手を伸ばした。



「ラグナぁ……」



空を舞うその身体がぴくりっと反応する。

ゆっくりと動くその姿を見ていたミュゼは気づかなかった。

この喧騒の中でその名を聞き取った者がいたことに。

その人物は、ただ一人。

彼は手にしていた剣を握り直して、ミュゼに向かって走った。


「お前がこの原因かっ……‼︎」


ジャンの刃が容赦なくミュゼの首を狙う。

それに気づいたアルフレッドは、大きな声で叫んだ。


「ジャンッ‼︎」


彼の制止は意味を成さない。

大きく振りかぶった剣が、彼女の首をねようとした瞬間ー……。




『グガァァァァァァァァァァァァア‼︎』



咆哮が、世界を震わせた。




「っ……ぅ⁉︎」

咆哮がビリビリと頭を揺らして、平衡感覚を失わせる。

その場に立っているのはミュゼのみで。

砕けたガラスが彼女に降りかかろうとした。



でも、彼女は泣きながら…笑っていた。



『ここに、いたのか』


彼女にガラス片が刺さろうとした直前で、それらは砂のようにこの世から消え去る。

竜の巨体がゆっくりと彼女の元へと向かって動き……その大きさはミュゼの屋敷の庭に収まるサイズまで小さくなっていた。

窓ガラスだった壁を挟んで、庭先に竜が降り立つ。



漆黒の鱗に、輝く黄金の瞳。


前回に出会った、黒き竜。



「………ラグナ…また、会えたね」


泣いていた。

ミュゼはただ静かに泣いていた。


その竜の名前は〝ラグナ〟。


四回目の人生で出会った、邪竜と呼ばれるモノ。


『……お前は……』


ラグナが怪訝な顔をする。

初めて会ったミュゼに困惑しているようだった。


「あぁ、ごめんなさい……私はミュゼ。初めまして・・・・・


やっぱり彼は覚えていなかった。

それでも、今までの人生で唯一、優しくしてくれた存在だ。

彼女が死ぬ間際、唯一、死を惜しんでくれた。

彼に会えただけで、ミュゼはもう充分だった。


『………俺は、お前を知らない。今日、初めて出会った』

「………うん、そうね」

『でも、俺の心が叫ぶ。お前が大切だと。お前の声に呼ばれて、俺は目覚めた』

「………うん、それが聞けただけで……もう、充分です」


会えただけで良かったのに、そんな優しい言葉をかけてくれるなんて思ってもみなかった。

もうそれだけで。

誰か一人でも自分のことを思ってくれるヒトがいると知れただけで、もう救われた。


「ありがとう、ラグナ。会いに来てくれて。さぁ、逃げて?貴方が捕まってしまう前に」


ミュゼは微笑んで空を指差す。

どこか遠いところへ逃げてくれれば良い。

早くしないと、彼が邪竜教に捕まってしまうから。


『………お前は…何を知ってる?』

「少ししか知りません。貴方が一年以内に邪竜教に捕まることしか」

『…………お前は、邪竜教か?』

「ううん、違います。だから、今すぐに逃げて。ここにいたら彼らだけじゃなくて国も動き出すと思うから」


ラグナは怪訝な顔をする。

けれど、ミュゼは晴れやかな笑顔を浮かべていた。

きっと、彼と話をしたミュゼは問答無用で早々に処刑されるだろう。



破滅の邪竜とは世界を滅ぼす存在。



そんな存在と意思疎通をしたとなれば、彼女の存在を邪魔だと思う人々が、世界滅亡をくわだてて邪竜を呼んだ……と、デタラメを作るだろうから。


『……あぁ、お前は何も言う気がないんだな』

「言うことなどありません」

『ならお前の記憶に聞こう』

「……っ‼︎…駄目っ……‼︎」


それが何を意味するのか、分からないほど馬鹿ではない。

ラグナはその黄金の瞳に力を込めると、ミュゼの記憶を見てしまった。


「………っ…‼︎」

『なっ……⁉︎』


全てが明かされる。

全てが暴かれる。

何度も何度も殺されて、死を迎え……彼の前でも殺されたその記憶を。

ラグナはその彼女が抱えるモノを見て、絶句した。

こんな記憶、ただの娘が抱えるものではない。

そして…何故こんなにも彼女に心を砕いたかにも納得した。

だから……ラグナは、優しく微笑んだ。


『ミュゼ』

「……………」

『お前は、自分を殺した男二人と俺、どちらを選ぶ?』

「そんなのっ……‼︎」


彼女の顔が歪む。

そんなの分かりきっているのに聞くなんて……意地悪だった。


彼女の背後で感覚を取り戻したジャンが機会を狙って、再び剣を持つ。


今度はアルフレッドは止めようとしない。


ミュゼはそれに気づかずに……涙を零した。




「そんなの……ラグナに決まってる」




『良い子だ』




ジャンが気配を断ち切って、その剣を振り下ろす。

しかし、それより先にラグナが口を開いた。



『《動くな、人間》』



「………っ…⁉︎」


力ある言葉は、ちっぽけな人間には絶大な力を誇る。

ジャンの身体は金縛りにあったように動かなくなった。

それは彼だけでなく……アルフレッドやメイド達もだ。

動けるのは……ミュゼのみ。

ラグナは優しく目を細めながら頷いた。



『では……ミュゼ。俺はお前を守ろう』



「…ラグナ……?」


ラグナはそう言うと、何か呪文を唱えて二人を隔てていた壁を消滅させる。

ゆっくりと腕を伸ばして、彼女を潰さないように抱き上げて……そのまま、周りが壊れるのも気にせずにラグナは飛翔した。


「きゃあっ……⁉︎」

『喋るなよ。舌を噛むかもしれないからな』

「………‼︎」


ミュゼの視界に映るのはとても美しい世界だった。

どこまでも広がる青い空。

照りつける太陽の光。

白亜の王城と、白を基調とした王都の街並み。

とても、綺麗だった。


『ミュゼ。今回はお前が俺の名を呼んだから、出会ったよ』

「…………?」

『なら、この始まりであいが新たな始まりだ』

「………‼︎」


彼が言おうとすることが分かってしまった。

今回は、全てが決まってしまう前に出会えたから。

だから、未来を変えられるかもしれない……と。





ミュゼは静かに涙を零しながら、彼の腕に擦り寄る。







いつ死ぬかは分からない。

彼がそう言ってくれたから、もういつ死んでも構わない。




だが、できることならー…。





五度目の人生を、邪竜かれと生きたいと願ってしまったー……。








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