宰相子息への尋問、そして花嫁は邪竜の本性を知る
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厚い雲によって月明かりさえ届かない、深い夜。
自室にある頼りない洋燈の灯りの下、ヴィクターは次の作戦を考えていた。
「……アリシエラは、ラグナ・ドラグニカに接触しているから……ミュゼ・シェノアの行動を確認して……」
ミュゼを拉致した日、大怪我を負ったヴィクターはアリシエラの癒しの力によって回復してもらって直ぐに学園生活にも戻れる体調になった。
しかし、怪我をしたことを理由に時々学園を休み……アリシエラのために暗躍していた。
彼女のためにどう動くのが最適かを考え、周りの人間を動かし、彼女に害を成そうとする存在を始末する。
それは頭脳明晰なヴィクターだから、できることで。
彼女のためにならなんでもしてやりたい、そう彼は考えていた。
そんなヴィクターが託されているのは、ラグナと共に行動するミュゼを彼から離すことだった。
アリシエラはラグナと話がしたいのだが、ミュゼが邪魔をしてくるためマトモに話をすることができないのだと涙ながらに語っていた。
愛しいアリシエラが涙するところなんか見たくないヴィクターは、いかに彼女の願いを叶えられるかと画策していた。
こちらにはレイド王太子を始め、アルフレッドとジャンもいる。
ミュゼ・シェノアを孤立させることは簡単のはずだった。
普通ならば、彼はこんなことを考えなかっただろう。
ヴィクターはラグナが邪竜だと知っているのだから。
邪竜は恐怖の対象であり、本来ならば聖女によって倒されるべき存在。
しかし、ヴィクターは邪竜をどうやってアリシエラに引き合わせるか……それだけしか考えられなかった。
だから……彼女から教えてもらった〝情報〟を使って、ヴィクターは笑っていた。
「あぁ……これでアリシエラの望みを叶えられます」
段取りをまとめ終えると、恍惚とした笑みを浮かべる。
その笑みはどこか狂気的な気配を帯びていて……闇夜の中のその姿はどこか不気味だった。
だが、所詮ヴィクターは頭脳としての能力しか有していなくて。
だから……気づかなかった。
彼の背後に現れた、闇の象徴に。
「《眠れ》」
「……………ぁ……⁉︎」
ヴィクターの身体がゆっくりと倒れていく。
不思議な力が、強制的に彼の意思を奪ってくようで……。
意識が途切れる瞬間、ヴィクターは酷く冷たい黄金色を見たー………。
*****
ミュゼは、ラグナの後をついて王城の中にある牢屋に向かっていた。
ラグナは本物のアリシエラを救出した夜、ヴィクターを簡単に拉致して来て、王城の牢屋に投獄したらしい。
レイド経由で偽アリシエラことローラに情報が漏れることを考えて、それを知っているのは国王、ミュゼ、ラグナの三人だけだ。
そして……現在、ミュゼが何故、彼の後をついて行くかというと……ヴィクターの尋問を見に行くためだった。
ミュゼは三回目の人生で襲われ、酷い扱いを受けた。
アリシエラも彼に害されたため、この場にいるべきなのだろうが……邪竜の正体を明かしていない以上、連れてはいけないと判断した。
昨日の時点で、アリシエラは何も知らないただの被害者であることが分かっている。
そんな彼女に邪竜という人々に恐怖される象徴の話をしても、負担になるだけだろうと思われたからだ。
ちなみに……チビナが側にいると、ラグナの魔法に干渉してヴィクターが死ぬ可能性があるらしいのでお留守番らしい。
小さくったって邪竜なのだから、邪竜と邪竜が側にいる状態の魔法の使用は危険なのだとか。
慣れれば問題なくなるらしいが。
『結構、酷いことするから……見てて気持ちの良いもんじゃないし、厳しいかもしれないんだけど……大丈夫か?』
ラグナはミュゼがついて来るにあたって、そんな風に聞いてきて。
彼なりに彼女のことを思っての言葉に、ミュゼは頬を緩ませながら答えた。
『構わないです。私は貴方の花嫁……ラグナの隣で見ているのが、当たり前でしょう?汚れる時は一緒じゃないと』
もう共にいるのが当たり前なのだ。
だからこそ、ラグナひとりを汚れ役にさせる気は……尋問させるはずがなかった。
「着いたぞ」
光も差し込まない地下室へと続く金属製の扉の前。
ラグナは彼女の手を取って、中へと促す。
中に入った瞬間、ミュゼは小さく呟いた。
「………牢屋って汚いんですね」
「まぁ、そうだな」
「邪竜教に閉じ込められた部屋が基準になってました」
「いや、あの場所を基準にしても……」
石造りのその牢屋に、ミュゼはどこか場違いな感想を漏らす。
地下にあるのに上手く調節しているのか、僅かな光が差し込む。
しかし、灯りとしては微妙に光量が足りないので、壁にかけられた弱めの光を灯す洋燈が等間隔で配置されていた。
それと同じように小さな檻がはめ込まれた、鉄の扉も等間隔で並ぶ。
ジトジトとした湿気と、鼻につくような悪臭。
美麗な造りの王城に、こんな陰鬱とした場所があることに多少驚きを隠せなかった。
ミュゼの中にある牢屋のイメージは、邪竜教によって閉じ込められた、四回目の部屋だった。
光が差し込まない、暗い闇の世界。
ラグナがいたのだから、大きな部屋であるのは間違いないだろうが……それでも、何も感じることができないような、ただ死を待つだけの場所だった。
声をあげて、助けを求めても誰にも届かない。
最後に訪れた救出者も、ミュゼを殺すことしかしなかった。
だから、ミュゼの中にある牢屋というのは暗闇のイメージだったのだ。
「大丈夫か?」
彼の言葉は、女性であるミュゼがこんな場所に来て気分が悪くならないかという質問だった。
だが、ミュゼは気分が悪くなるどころかいつも通り過ぎて思わず苦笑してしまった。
「大丈夫ですよ。こういうのが普通の牢屋なんですね」
「……言っとくけど、俺達が閉じ込められてた部屋は俺を封じる呪いがかけられてただけの部屋だからな?牢屋ってのはこういうのが正しいんだからな?」
「ふふっ……牢屋の説明を本気でしてどうするんですか」
「……ん…それもそうか?」
彼はちょっと呑気に「なんか変なこと言ったな」と頭を掻く。
それを見て、ミュゼは「あぁ」と納得した。
「ラグナ。ラグナは今、無理やり興奮を抑えてるんですね?」
その言葉にラグナはピクッと反応する。
そして、ちょっと不服そうな目で彼女を見た。
「……………なんで、分かるかなぁ」
「なんとなくですかね?」
「………まぁ、俺の花嫁だから分かるのかもしれないけど。これからするのは酷いことだから、邪竜の俺としてはそういうのは楽しくって仕方ないんだけど……ミュゼに嫌われるかもしれないなぁー……とか考えていたり」
「……別にラグナが何をしようが嫌いにはならないですよ?」
「でも、邪竜としての俺を見たら……」
ラグナらしからぬ態度に、ミュゼは首を傾げる。
残酷なラグナを見たら、彼女が離れていくと思っているようだが……そんなの今更だった。
「ラグナ。ラグナが私に嫌われたくないと思ってるのは分かりましたが、取り敢えず見てから判断します」
「…………え?……そこは普通、〝どんな貴方でも好き〟とか言うんじゃないの?」
「どんな恋愛小説読んだんですか、私はそんなに甘くないですよ」
昔のミュゼならば、こんなことを言わなかっただろう。
しかし、今のミュゼは違う。
ラグナを愛してはいるけれど、それを理由に盲目的に愛するつもりはない。
ラグナの不安に向き合わずにいるつもりなんてない。
だから、まずは彼の不安と向き合う。
そこから、二人の生きるカタチを二人で見つけるのだ。
そうやって生きていかないと、いつかは綻びができてしまう。
ラグナとは……元婚約者の時のように、心が離れて別れ死ぬなんて……したくなかった。
「どうせ死ぬなら……五回目は、ちゃんと愛しいヒトに向き合って死にたいんです。だから、あーだこーだと御託を並べる前にとっとと本性見せやがれ、です」
ラグナの不安を叩き斬るように言うと、彼はぽかんっ……とする。
そして……。
「………………ふっ…」
「ふ?」
「ふはっ……あははははっ‼︎」
「⁉︎」
ラグナは急に笑い出した。
急に笑い出すものだから、ミュゼは彼が壊れたのかと心配になってしまう。
しかし、それは考え過ぎだったようで……笑い終えたラグナは目尻に浮かんだ涙を拭って、柔らかく彼女の頬にキスをした。
「ミュゼ、好きだ」
「………?…私も好きですよ?いや、私、いきなり好きって言えとか言いましたか?」
「あぁ、ミュゼが言いたいことは分かってるよ。ちゃんと邪竜としての俺を見せろって言ってんだろ?くくっ……俺にこんなことを言えるのは、きっと世界でミュゼぐらいだ。うん、俺の花嫁がお前で良かった」
「…………うーん?なんかラグナで自己完結してますよね?」
「ふふっ、俺が何を考えてるかは後でちゃんと話すよ。でも、こんな暗いところじゃなくて明るいところでしよう」
そう言った彼は酷く嬉しそうだったので……ミュゼは「仕方ないですね」と小さく笑って頷いた。
一番奥にある扉の前に着くと、二人は中に入る。
そこには、古びた麻のシャツを着たヴィクターが地面に転がっていた。
両腕には黒い手枷がつけられていて、下手な動きが取れないようになっている。
ヴィクターはミュゼ達を見ると、怨念を込めた目で睨んできた。
「貴女達はっ……」
「よう、ヴィクター・ワークダル。どうだ?自分が捕まえられる気分は、さ」
ラグナが楽しそうに笑う。
くすくす、冷たい黄金の瞳で睥睨する。
ヴィクターはびくりっ、と身体を震わせた。
「どうする、つもりですか」
「どうするって?」
「僕の身を、です」
「あははっ、分かってるだろ?」
ヴィクターの髪を掴んで顔を持ち上げる。
そして、獰猛な瞳で睨みつけた。
「………《秘匿されし聖女》アリシエラ・マチラスは何をしようとしている」
「はっ……言うわけがないでしょう?」
「そうか。なら……」
漆黒の闇がラグナの足元から滲み出る。
その闇を纏いながら、彼はヴィクターの頭を掴んだ。
「さて。これは俺の我儘だ。だから、お前には容赦しない」
闇がヴィクターの頭の中に染み込んでいく。
そして、彼の目にはアリシエラの外見を模した幻覚が見え始めていた。
「……ア、り……シエラ……?」
「お前達の目的を話せ(私達の目的を話して?)」
ラグナの魔法によって二人を認識していないし、何を聞かれても疑問に思わなくなるように細工した。
具体的には、幻覚を見せつつ、ラグナの言葉がヴィクターの耳にはアリシエラ(偽物)の言葉に聞こえるようにした。
ついでに抵抗心がなくなるように、意識低下もさせた。
ミュゼとアリシエラを陥れて、意識低下を起こさせていたのだから、これくらい問題ないとラグナは思っていて。
だから、今のヴィクターはただ素直にそれに答える傀儡でしかない。
「……僕達の目的、は……君が、世界に愛される、こと……」
「愛されること?(愛されることって?)」
「……アリシエラ…は……聖女、だから……この世界に、愛されなくちゃ……それ、こそ……邪竜、に……だって……」
「………俺、に?(ラグナ様に?)」
その言葉にミュゼとラグナは目を見開く。
「何故だ?(なんで?)」
「……だって……君、が…そういう……シナリオだって……言った……」
「……………」
〝シナリオ〟ー。
それは、ラグナにも言っていた言葉だ。
その単語を答えたということは、未来予知でもできるのかと思考を巡らせる。
「あの女は未来予知ができる?(私は未来予知ができるの?)」
「……未来予知、じゃ……ないって……」
「………なら、何故、ローラ・コーナーを売った?(なんでローラ・コーナーを売ったんだっけ?)」
「……君が、望んだ……から……」
それもそうか、とラグナは少しだけ納得する。
アリシエラを売った時点で、未来予知ができるならラグナ達が救出する未来も視えているはずだ。
もしかしたら、一定以上の未来は視れない……という可能性もありはしたが、今はこいつの言葉を信用することにした。
ラグナは一度息を吐いて、気持ちを落ち着かせると……ゆっくりと、質問した。
「ミュゼ・シェノアを狙ったのは何故?(ミュゼ・シェノアを狙ったのはどうしてだったかしら?)」
これは、ミュゼも知りたかった質問だ。
何故、ミュゼが狙われるのか。
何故、四回も殺されることになったのか。
もう、死という結末を認めてしまっているミュゼだが、殺される理由が少しでも分かるかもしれない……そう期待してしまった。
だがー……。
「……邪竜、の……攻略に、邪魔になるって……ミュゼ…シェノアは……死ぬ運命、だから……問題ない、って……」
だから、ミュゼはそれを聞いて言葉を失くした。
〝死ぬ運命だから〟ー。
何か恨まれていたから……とかなら、まだ理解できたかもしれない。
だが、運命なんていう不確定なものが理由で殺されるのが……衝撃的過ぎた。
ミュゼはもう死んでも仕方ないと割り切ってしまっている。
だから、ラグナは彼女を守ろうとしてくれているが、ミュゼは自分自身を大切にすることはできない。
それほどまでに……彼女が経験した四回の死は、その心を壊すのに充分だったのだから。
だが、それでも……ラグナの負担が少しでも減るなら、理由が分かった方が少しは良かったのにと静かに思った。
「…………詳しく教えろ(詳しく教えて?)」
「……知ら、な…い……君、のために……排除、しようと……」
ラグナはそれから言い方を変えて同じような質問を繰り返したが、それ以上は知らないようだった。
一通り質問を終えると、ラグナは首を振った。
「駄目だな。こいつは洗脳されてたから、従順に、あの女のためにって動いてたんだろうけど……与えられてるのは簡単な命令だけだ」
「命令、ですか?」
「あぁ。こいつは命令で動いてないって言うかもしれないけど、あの女が望んだことをしようとした時点で似たようなもんだろ。詳しい話は知らずにただ言われた通りに動いてたんだろうな」
「……役立たずですね」
辛辣なミュゼの言い方に、彼は頷く。
そして、呆れたように肩を竦めた。
「そうだな。言われたからって犯罪までするなんて、洗脳は最悪だ」
「今、ラグナがやってるのは洗脳じゃないんですか?」
「まさか。洗脳じゃないぞ?……まぁ、それに近いけど」
「……………」
「でもこいつ、こんなに魔法を出してるのに一向に洗脳が解ける気配がないなぁ……心を根っこから折らないと駄目かな、やっぱり」
ラグナは「とても強力な洗脳で面倒だ」と愚痴りながら、パチンっと指を鳴らす。
すると、ヴィクターにかけられていた意識低下などの魔法が解ける。
正気に戻った彼は、顔を真っ赤にして激昂した。
「お前っ……僕に何をしたんですかっ‼︎」
「別に?必要な情報を得るために魔法をかけただけだ」
「くそっ……やっとアリシエラの望みを叶えられると思った矢先にっ……」
ピクリッ。
ラグナの纏う空気が一気に冷たいものに変わり……この部屋の温度自体を下げる。
ミュゼにだって分かってしまう。
その一言は、今のラグナには、言ってはいけない言葉だったと。
「あはは…………決めた」
〝アリシエラの望みを叶える〟ーそれはつまり、ミュゼを排除する手段の方法の目処がついたか、実際に用意し終わったということ。
どちらかは分からないが、花嫁を愛するラグナを怒らせるには充分で。
ラグナの足元から闇が、影が這うように部屋を覆い尽くす。
「ひぃっ……」
ヴィクターがその闇から逃げようと身体を捻るが、手が拘束されている所為で上手くいかない。
ガクガクと身体を震わせながら、その漂う禍々しいオーラに涙を零した。
そして、そんなヴィクターを更に追い詰めるように………何十、何百という獣のような瞳が、ぎろりっと開かれる。
「お前は俺の逆鱗に触れたんだ……覚悟はできてるんだろうな?」
そう呟いたラグナは、漆黒の鱗を皮膚に浮かばせながら……ヴィクターの頭を掴む。
そして……花嫁は、自分の夫となる邪竜の本性を知るー……。