幕間・従者の密告
8月19日、割り込み投稿しました
話し合いが終わり、レイドの元へ戻ろうとしたカルロスは、ラグナに呼び止められた。
隣にはミュゼがいないので、どこかに待たせているのだろう。
ラグナは少し真剣な顔をしていたので、カルロスも真剣な顔で話を聞いた。
「あのバカ王子に、嘘の情報を流して欲しいんだ」
「………なんでしょうか?」
「ミュゼが近々、馬車に乗って王都を離れるっていうのを、ワザと伝えて欲しいんだ。そうだな……崖がある道を通るとも」
「…………」
それを聞いたカルロスは、険しい顔をした。
聖女と面会した時に、ミュゼの口から死に方の話を聞いた。
その中にあった崖から落ちて死んだという話。
これをワザとレイドに伝えるということは、暗に犯人は王太子であると告げているも同然で。
それを見透かしたように、ラグナは答えた。
「あぁ、あくまで疑いだから。そう告げたことでどう指示してくるかを教えて欲しいんだ」
だが、ラグナの目はほぼ確信しているようで。
そのカルロスの推測は、確かだった。
ラグナはミュゼの記憶から、二回目から四回目がジャン、ヴィクター、アルフレッドが原因で死んでいることが分かっていた。
となると、手を出してきたのはアリシエラの洗脳が強力な者達。
つまり、レイドも同等の洗脳を受けているため、一回目の原因がレイドであると推測していたのだ。
それこそ、目の前にいるカルロスという有能な人材を使ったのでは?……と。
「……もし、仮にレイド殿下が犯人だとして、貴方はレイド殿下を殺しますか?」
「…………なんで?」
ぞわりっ。
空気が急に凍るような感覚がした。
背筋に悪寒が走り、冷や汗が止まらない。
目の前にいる邪竜からは、殺意が放たれていた。
「…………その、えっと……」
カルロスはレイドに恩がある。
なので、簡単に殺されて欲しくないのだ。
しかし、目の前にいるのは邪竜で……そんな願いを聞き入れてもらえるかは分からなかった。
ラグナは酷く冷たい目をしていたが……呆れたように肩を竦めた。
「………殺したいのは山々だけど、ミュゼが望まないからなぁ。殺しはしないけれど、それ相応の報いを受けてもらうさ」
「…………そう、ですか」
「まぁ、よろしく頼むぞ。なるべく早く教えてくれ」
ラグナは「ミュゼを待たせてるんだ」とだけ言うと、そのままその場を後にする。
残されたカルロスは、大きく溜息を零した。
*****
そしてその日、いつも通りに嘘の監視報告をしながら……カルロスは、ラグナに言われたことを告げた。
「そういえば……近々、ミュゼ嬢が王都を出るそうです。ガイル街道を通って」
「ガイル街道、を?」
「はい」
ガイル街道というのは、近くに崖がある道だ。
少し離れた街に行く時に使われることが多いため、人通りが少なめだ。
王都付近にある街道で崖があるのは、この道しかなかった。
レイドはそれを聞いて何かを考えるように思案顔になる。
カルロスがこれを告げたのは一種の賭けだ。
レイドが、洗脳されていようとも人殺しを命じるような人ではないと、願いたかった。
だが、その期待は裏切られる。
「なら…その時、ミュゼ嬢がその道で事故にあっても……問題はないよね?」
「……………え?」
「ほら、馬車が転倒しちゃって……崖に落ちたり、さ?カルロスなら、意味が分かるだろう?」
それは言外に、ミュゼを崖につき落とせと告げていて。
(あぁ、この人なのか)
カルロスは、心が軋む音を聞いてしまった。
目の前にいる優しい人は、洗脳に完全に負けていて。
絶対に、そんなことを言う人じゃなかったのに。
その原因になったあの女を、殺してやりたかった。
だが、その役目は自分がするのではない。
邪竜こそが、相応しい。
だから、この人が洗脳から解放されるなら……自分は邪竜にだって、魂を売っても構わないと覚悟を決めた。
そして……その日の深夜。
従者は邪竜へと密告をするのだった。