邪竜の我儘 –復讐の始まり–
シリアス続きますっ‼︎
よろしくどうぞっ‼︎
目が醒める。
包むのはあの質の良くない布団ではなくて。
柔らかな、包み込むような布団。
甘い匂いはしない。
あの妖しい光は存在しない。
綺麗な白。
穢れのない、白。
ここはあそこじゃない。
それだけが分かって……ポロポロと涙が溢れた。
あの苦しい場所から逃げれたのだと、分かった。
*****
救出作戦の日。
戻って来たラグナ達は荷物担ぎ(していたのはカルロス)にしたローラを、教会に身を置く限りは暗殺などはされないだろうと判断して、ヴィクトリアに預けて解散した。
彼女が意識を戻さない限り、話は進まないからだ。
そして翌日、彼女は無事に目を覚ましたと連絡をもらい……ミュゼ、ラグナ、カルロス、国王は教会へと訪れていた。
本来ならば聖女と簡単に謁見することはできないのだが、彼女がミュゼ達のことを教会の関係者達に上手く言いくるめてくれたらしい。
通された応接室の一つで、ミュゼ達は彼女を待っていた。
そんな待ち時間の中、ラグナは神妙なお面持ちで口を開いた。
「………ミュゼ」
「なんですか?ラグナ」
「ずっと聞きたかったこと言って良いか?」
「はい」
この間のような感じで座っていたミュゼは、隣にいるラグナの不機嫌な声に気づきながらも、目の前にいる〝存在〟と遊んでいた。
「………なんでそいつは俺の元に戻らないんだ」
「………さぁ?」
『たのしぃねぇ〜』
ミュゼの指を掴んで、ピョコピョコと跳ねる手の平サイズの漆黒の竜。
そう……ラグナの不機嫌の原因は、彼の分体であるチビラグナことチビナが、ラグナの元に戻らなかったことにある。
ついでに言ってしまえば、チビナにミュゼが構いっきりなのも要因の一つだった。
「おい、分体。とっとと俺に戻れ」
『嫌だ』
「嫌だと⁉︎ふざけるなよっ、俺のミュゼを独占しやがってっ‼︎」
『ぼくのおねぇちゃんだもーん‼︎』
「あぁ⁉︎喧嘩売ってんのか、テメェ‼︎」
ラグナはチビナに対して本気で怒って掴みかかろうとする。
だが、ミュゼはそれから守るようにチビナを抱き締めた。
「ラグナ、駄目です‼︎小さい仔を傷つけちゃ駄目ですっ‼︎」
「いや、小さいって言っても所詮俺の力の一部……」
『怒られてやがんの、だっさーい‼︎』
「だっさーい‼︎じゃねぇっ‼︎」
ビキッ……。
ラグナの皮膚に漆黒の鱗が浮かび始める。
どうやら興奮し過ぎると、鱗が出てしまうらしい。
ミュゼはそんな彼を見て「ほーぅ‼︎」とちょっと楽しそうに、目を輝かせていた。
それに反して国王とカルロスが顔面蒼白で、ミュゼに顔を向ける。
その顔は〝とっとと鎮めろ‼︎〟と語っていて……彼女は渋々それに従った。
「ラグナ」
「なんだよっ‼︎」
「チーちゃん……チビナに嫉妬しなくても大丈夫です。私はラグナのモノですよ?」
「………チー…ちゃん……チビ、ナ……⁉︎」
ラグナはその名前を聞いて頭を押さえる。
それと同時に鱗も空気に溶けるように消えていった。
覗いて見たその顔は呆れ半分、諦め半分といった様子で。
ミュゼはそんな顔をすると思わなくて、慌ててしまった。
「え?ラグナ、どうかしましたか?」
「………分体…いや、チビナだったか?そいつはもう分体は分体でも俺とは別の存在だ。〝名前〟を与えられちゃったからな」
「………名前?」
ラグナは大きく溜息を吐くと、ぎろりっとチビナを睨みつけた。
そして、竜の言葉で静かに告げた。
『おい、チビナ。貴様は所詮、俺の力の一部でしかない。だが、お前はミュゼ……我が花嫁によって存在が固定された。俺が言いたいことは分かるな』
『わかってるよー、おねぇちゃんを守るよ』
『………くそっ…ならば仕方ない。ミュゼの側にいることを許してやる。俺とのパスをちゃんと繋げておけよ。だが……俺に逆らうものなら………』
ラグナが纏う空気が下がる。
それに伴って、部屋の温度さえ下がったようだった。
彼はチビナに対して、本気の殺意を向けて睨みつけた。
『……………潰すからな?』
『ぴぃっ⁉︎』
鬼のような形相で脅すと、チビナが悲鳴をあげてガクガクと震える。
ミュゼは難しい顔をしてそれを見ていた。
『意思が生まれたばかりのガキが、俺の機嫌を損ねようなど万死に値する。下手に俺と同じ力を持つから、俺との力量を見誤るとは……身の振り方には気をつけろよ』
『わっ、わかった。わかったよ、ラグナさま』
『ならば良い』
ラグナは仕方ない……と不機嫌ながらも納得すると、ミュゼの肩に頭を預けた。
話が終わったようなので、ミュゼは恐る恐る聞いた。
「ラグナ」
「んー?あぁ……名前をつけちゃいけなかったのかって聞きたいんだろ?」
「………はい……」
「まぁ、構わない。お前は俺の花嫁だから、俺の力との親和性が良くて、名前を与えたことでチビナという意思、人格が生まれただけだから」
「………いやっ、それって結構大事ですよねっ⁉︎」
「別に良いよ、俺がいない時の護衛ってことで。俺との繋がり……パスがあるから有事の際は俺にも伝わるし。チビナも邪竜(の一部)だし、そこらのよりは強いし。言うこと聞かなかったら調教……躾けるし」
ぎろりっと睨むとチビナはぷるぷると震えて、ラグナとは反対側に回る。
片方には邪竜、もう片方にも邪竜。
ミュゼは考えるのが面倒になって思考を放棄した。
取り敢えず、チビナはこのまま彼女の護衛竜となったことが決まった瞬間だった……。
…………共にいた国王が顔面蒼白で「邪竜殿が増えた……」と悲壮感漂う声で呟いていたのは、無視する。
しばらくして、ヴィクトリアとリオナに連れられて、怯えた様子のローラが部屋に入って来た。
あの薄地のネグリジェではなく、一般的な白のワンピースを着ている。
彼女は恐る恐る、ミュゼ達の向かいの席に、ヴィクトリアと共に座った。
ローラはこの場にいる人達を見る。
流石の彼女も国王までいるとは思っていなかったのか、驚いた顔で頭を下げようとした。
だが、それよりも先に国王はそれを止めた。
「ここは公式の場ではない。挨拶は良い。辛い思いをされたな……ローラ・コーナー嬢」
「…………ぁ……」
彼女は悲しげに目線を下げる。
ラグナは「ふぅん」と納得したように苦笑した。
「おい、国王」
「なんだ?ラグナ殿」
「お前、間違ってるぞ」
「………は?」
黄金の瞳を細めて、ローラを見つめる。
彼女はそれを〝普通の顔〟で受け止めた。
「お前の本当の名前を教えろ」
「………っ‼︎」
『……えっ……?』
ラグナとローラ以外が全員、驚いた顔をする。
カルロスは特に、間違えて連れて来たのか……と焦ったのだが、それは杞憂だった。
「わ……私の名前は………」
彼女がポロポロと涙を零して、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
そして……。
「………………アリシエラ・マチラス……」
その名前は、ミュゼ達が知る女の名前だった。
その名前によって、その場に動揺が走る。
一番初めに口を開いたのは、国王だった。
「ラ……ラグナ殿っ‼︎これは一体……」
「あの女の魂がぐちゃぐちゃだって話はしたよな?」
それは前に言ったこと。
アリシエラの魂は魔法によるのか……ギフトによるのかは分からないが、ぐちゃぐちゃになっていて……ラグナでさえも読めないということ。
ラグナは真剣な眼差しで、ローラに告げた。
「あんたが本当のアリシエラ・マチラスなんだろ?」
「……そ…ぅ………っ‼︎……そうよっ……‼︎」
ローラはボロボロと泣く。
国王は慌てて、口を開いた。
「少し待ってくれ、ラグナ殿‼︎一体何が……」
「要するに、アリシエラ・マチラスとローラ・コーナーは魂が〝入れ替わっている〟んだ」
「………魂が、入れ替わっている……?」
「それをどうやったのかは分からないが、確かにこの肉体と魂が適合してないのが分かる。現に普通の女なら俺の顔にヤラレるだろ?多分、アリシエラ・マチラスという女が聖女であるのは合ってたんだ。こっちのアリシエラ・マチラスがだけど、な」
ラグナの美貌による魅了は、邪竜による性質の一つなのだという。
同性なら多少の耐性はあるが……ミュゼや聖女であるヴィクトリア、教会関係者であるリオナなどは除き、普通の女は耐えられない。
色欲の破滅も、また破滅の一種であるのだから。
「つまり、聖女の力は聖女の肉体に付随する能力だったってことだな。じゃなきゃあいつが聖女の能力を使えないだろ」
「そうなるな。だが、そうなると肉体が取り替えられたアリシエラ嬢が耐性があるのはどうしてなんだ?」
国王の質問に、ラグナは丁寧に答える。
「こっちのアリシエラが魅了耐性があるのは乗っ取られる前まで聖女としての力を有していたからだと考えられる。まぁ、所詮推測だから。聖女の能力を取られたと考えたとだけ分かってれば良いんじゃないか?」
ラグナの推測に他の人達も頷く。
そして、彼は面倒そうに頭を掻いた。
「で、魂の入れ替えなんだが……まぁ、それは禁術以外の何物でもないな」
「禁術じゃとっ⁉︎」
禁術とはその名の通り、余りの恐ろしさに使用することが禁じられた術式だ。
魔法とは違う仕組みなので、魔力がない人間でも使用可能となっており……それゆえに危険なモノとして徹底的に管理されている。
そこで、国王とカルロスはハッとする。
カルロスは恐る恐る問うた。
「………禁術の管理は王家の仕事だというのは誰でも知っています……まさか、レイド殿下に近づいたのは……」
そう言われてミュゼ達も気づいたのか、目を見開く。
ラグナはゆっくりと頷いた。
「あのバカ王子に近づいたのはそういう理由なんだろうな」
「レイドめっ……禁術を教えるなどっ……」
「あんたはどうしてローラ・コーナーになったんだ?」
ラグナが聞くと彼女はその日のことを話し始める。
編入生として学園に入学することになった日、期待に胸を膨らませて校門へと向かっていた。
そして、学園が見えて来て校門をくぐろうとした時……一人の女子生徒に出会った。
コバルトブルーの髪に、ピンクの瞳を持つ少女。
次の瞬間には目の前に自分がいて……意識を失った。
目が覚めたらもう既にあの娼館に売られていて、ヤク漬けにされて辱めを受けて……今日に至る。
という内容だった。
「訳が分からなかった……急に私が目の前にいると思ったら、意識がなくなってたの……それで……」
ローラ……ではなく、アリシエラは涙を零しながら語る。
彼女の肩を抱いて慰めるように、ヴィクトリアが支えた。
それを聞いたラグナは、一つの推測を話した。
「………多分だが、禁術を使って魂の入れ替えをして……聖女の誘惑と洗脳魔法によってあんたの意識を奪い、ヴィクターの協力の元、娼館に売ったんじゃないか?洗脳次第では本人の意識もなく操ることができるだろうからな」
しかし、それを聞いたヴィクトリアは首を傾げた。
「ですが……その時に入れ替わったなら直ぐに宰相のご子息であるヴィクター様に協力してもらうなんて厳しいんじゃないんですの?」
「いや、ローラの肉体に入ったアリシエラを洗脳して、体調が悪いとかなんとか理由をつけて自宅待機させてた。で、ヴィクターを洗脳する。そいつに闇商人に接触させて即売却……なら話は通るんじゃないか?」
「………貴方様は、凄く正解そうな仮定をお話ししますのね?」
「………邪竜の力のおかげだな。未来視はできないけど……過去のこと限定なら、推測や仮定という名の予測率が高くなるんだ」
それを聞いてその場に居る人達はチートだなぁ……と思ったのだが、それは置いておく。
そんな中……泣き続けるアリシエラを見て、ミュゼはどこか遠い目をしていた。
目の前にいる女性は、ミュゼにとって訪れた過去であり……相反して、訪れるかもしれない未来だった。
自分の記憶を思い出して………途轍もなく心が冷めていく。
穢されて消耗品のように扱われたあの記憶が恐くて怖いのに、何故だか酷く達観してしまっている自分がいる。
ラグナが優しくて……側にいてくれて、普通に暮らしているから忘れそうになるけれど……やっぱり自分は壊れているのだと、改めて実感した。
「………ミュゼ」
『おねぇちゃん……?』
ミュゼの様子に気づいたラグナとチビナが心配そうに顔を覗いてくる。
彼女は、冷たく微笑んだ。
「大丈夫です。なんでもありません」
「馬鹿、なんでもないって顔じゃないからな?」
諭すような声に彼女は、綺麗な笑みを浮かべる。
だが、その瞳はどこか暗くて……。
相対して彼の瞳は酷く真剣で。
彼女は〝このヒトには隠せない〟と思い、素直に答えた。
「………やっぱり、私は壊れちゃってるんだなぁ……って実感しただけです」
その言葉に、しんっ……とその場が静まり返った。
意味が分かるのはアリシエラ以外の人達。
ヴィクトリアが何か声をかけようとするが……カルロスが目で制した。
そんなやり取りに気づかずに、ミュゼは呆然と考える。
死んでも仕方ない、という感情は未だに残っている。
いや、生を諦めている自分がいる。
それだけではなくて、どこか他人とは一線を画してしまっている感覚もあった。
でも、それをどう表現すればいいかは分からない。
(………きっと……これは、私だけが抱えていくものなんです……)
たとえ、寄り添ってくれる存在がいても、本当の意味では寄り添ってもらえない。
ミュゼは、そんな風に考えていた。
だが、それはラグナも分かっていることで。
彼はミュゼの手を握り、真剣な声で伝えた。
「………俺はお前を離す気はないからな。壊れていようがなんだろが、ミュゼを愛することはできる」
「……………知ってますよ、ラグナ。私の代わりに私を大事にしてくれるんですもんね」
「あぁ、俺はお前の心を直せない。破滅を司るからな。どうせ壊すしか能がないんだ……でも、破滅を司るクセに俺の花嫁だけを愛することができるんだ。だから、俺はお前を手放さないよ」
ラグナは、彼女を抱き締める。
慰めに似ているけれど、どこか違う言葉を反芻して……ミュゼは目を閉じた。
「…………さて、話を変えようか 」
ラグナが無理やり話を変えて、国王とアリシエラに視線を向ける。
国王の顔はいつにもなく、険しく……彼女の顔はどこか縋るような希望を抱いているようだった。
しかし、彼はその希望を打ち砕く。
「まず、アリシエラ。禁術が使われた以上、お前が元の肉体に戻る可能性は絶望的なほどに低いと理解しておいてくれ」
「っ……‼︎」
「俺は優しいことは言えない。まぁ、言ったら悪いかもしれないが、それ以上にお前がどうなろうと興味はないんだ」
「ラグナ様っ‼︎」
厳しい言葉をかけるラグナに、ヴィクトリアが怒る。
しかし、彼はとても冷めた目で続けた。
「俺はミュゼ以外、どうなろうと構わないんだよ。そういう性質だからな」
「だからってそのように言わなくてもっ……」
「どちらにせよ直面する問題だ。なら早い内が良いだろ?それにどうせ聖女がアリシエラの身を引き受けるだろ?」
「当たり前ですっ‼︎」
「なら、後はお前が支えろ」
ヴィクトリアは悔しそうに押し黙る。
最初の時点で事実を伝えておかなくては、後の方が辛くなるのは分かっていた。
何故なら、人間というのは希望を抱くものだから。
何も知らない状況では、時間が経てば経つほど希望を抱いてしまう。
だから、ラグナの行動は間違いではない。
それどころか恨まれる役さえも買って出てくれた。
けれど、それでも……なんとも言えない、難しい気分だった。
ラグナはそれを全て見透かしたように目を細め、視線を今度は国王に移した。
「国王。以上のことからあの宰相子息をどう扱うつもりだ?」
ミュゼを胸に抱いたまま、ラグナは国王に問う。
「……………」
「あんたが言っていたように重要人物だから……」
「いや、ヴィクターは捕まえる」
「…………ふぅん?」
国王は何かを決意したように真剣な表情で、答えた。
「流石にこれは駄目だ。重要人物であろうが人身売買は禁止されている。直ちにヴィクター・ワークダルを拘束する」
立ち上がり動き出そうとした国王に、ラグナが「なぁ」と声をかける。
その瞳は獰猛な獣のような鋭さを持っていて、闇色の炎が黄金の瞳の奥で燃えているようだった。
「なら俺にやらせてくれないか?ただの俺の〝我儘〟なんだが……捕まる前に地獄を見て欲しいんだ」
ラグナから放たれる殺気に、その場の空気が凍る。
事情を知ってるカルロスはなんとか苦笑したが……ミュゼと彼以外は駄目だった。
国王は恐怖しながらも、彼の思っていることを悟ったのか……その殺気に負けたのか「分かった……」と頷いた。
「あぁ、楽しみだ。お前にも協力してもらうぞ、アリシエラ・マチラス」
「…………は…ぃ……」
こうして……邪竜は、愛しき花嫁を胸に抱いて……彼女を三回目に殺した者に、復讐を始めた……。