邪竜と従者の救出作戦
【注意】
内容がシリアス‼︎
残酷な表現があります。ご注意下さい。
日間ランキング、どんどん上がりました‼︎ありがとうございます‼︎
今後ともよろしくどうぞっ‼︎
思いたったら即行動。
まさにそんな言葉がぴったりなように、その作戦は動き出した。
暗雲立ち込める今日。
ミュゼは教会の一室から、空を見上げていた。
「心配ですか?ミュゼ様」
「………いえ、ラグナなので心配はしてないです」
同じ部屋にいた聖女ヴィクトリアが、優しく微笑む。
彼女達はローラ・コーナー救出作戦のお留守番組だった。
まず、女性ということで足手纏いになる。
加えて、相手は闇商人なので護衛などを雇っている可能性があり、危険度が高い。
ゆえに、ミュゼとヴィクトリア、リオナは留守番をすることになった。
何故、教会でなのかというと……それはラグナが離れている間にミュゼに何か起こらないようにするためだ。
教会は何者にも侵されない不可侵領域。
アリシエラの取り巻き達だって、ここには攻め込めないからだ。
ミュゼはラグナのことを考えて、窓辺から空を見上げる。
怪我をしないと思うけれど、やり過ぎて国を滅ぼさないかと心配で堪らなかった。
『だいじょーぶ?』
「大丈夫ですよ」
そんな彼女の心配を慰めるように、小さな黒い竜がミュゼの肩に乗る。
ラグナを手の平サイズにしたような子だ。
ミュゼはチビサイズのラグナ……略してチビナ(ミュゼはチーちゃんと呼んでいる)を撫でて苦笑する。
「貴方のご主人様がやり過ぎないように願ってますね」
『そうだねぇー‼︎』
チビナはそうは言っても、まるで〝無理だと思う‼︎〟と言わんばかりの顔で首を振っていたが。
この子はラグナが残していった邪竜の魔力の小型版……本当にラグナから切り離された分体のようなものらしい。
竜語を話しているのだが、ミュゼ自身が〝邪竜の花嫁〟であるからなのか会話はちゃんとできている。
しかし、見た目に比例して言葉も幼く……とても弱く見えてしまうのだが、この子だって邪竜の一部だ。
そこらの人間なんかより数百倍強いらしい。
そんなチビナを、ミュゼを残すからと……ラグナが護衛に置いて行ったのだ。
護衛を残すくらいなら連れてってくれれば良いのに、と思ってしまうが……置いて行ったのはラグナなりの配慮だと分かっている。
ローラがいるのは、ミュゼが連れて行かれたかもしれない場所だ。
あの初デートの日、ヴィクターに拉致され……ラグナが助けに来てくれなかったら。
今頃、あの場所にミュゼがいたかもしれない。
そんな所に、ラグナは彼女を連れて行きたくなかったのだろう。
(ラグナは優しいですね)
側にいれないのは仕方ない。
けれど、どうか……怪我はしないだろうけれど、怪我をしないように。
国が滅びない程度で……やり過ぎないでくれるように、と祈るしかなかった。
*****
王都とは違う街の、裏通り。
建物が立ち並ぶその場所を覗く、二つの影が路地裏にあった。
一人はラグナで、いつも通りにダサメガネでラフスタイルをしている。
もう一人はカルロスで、その服装は黒を基調とした動き易さ重視の服装だ。
二人は建物の一つから出てきた最後の客らしき男が帰るのを見届けて、顔を見合わせた。
「今のが最後だな。気配探知でも確認した」
「じゃあ、動きますか?」
「もう少し、待った方がいい。片づけが終わるころには油断する時間帯だ」
「そうですね」
ローラ・コーナーがいるであろう娼館。
外見は普通だが、それは勿論ハリボテ。
その正体は、荒くれ者が客層な娼婦達の扱いが酷いと噂の娼館だ。
ラグナ達は仕事終わりの時間帯、気が緩む時間を狙って行動を起こそうとしていた。
「………ふぁ…」
ラグナが面倒そうに欠伸をする。
それを見て……カルロスは聞きたかったことを聞いた。
「ラグナ様」
「んー?」
「何故、ラグナ様はローラ・コーナーを助けようとしているのですか?」
「……………」
「いくら国王から国にとっては重要な位置にいる者達だからと言われていても、皆殺しにした方が……楽じゃないですか?」
そう、ここにいるラグナは邪竜だ。
つまりは簡単にこの世界を滅ぼす力を有している。
それなのに彼はこんな回りくどいことをしているのだ。
カルロスはそれが不思議で仕方なかった。
「……まぁ、殺しちゃった方が楽だろうな。最初はそうしようと思っていたし」
「なら、なんで……」
「…………ははっ、そんなの決まってるだろう?……なんでミュゼが苦しんで四回も死んだのに……簡単に殺してやらなきゃならないんだ?」
「………っ…‼︎」
ぞわりっ。
数多の死線を越えてきたカルロスの背筋が凍るような悪寒を感じる。
目の前にあるラグナのメガネ越し……その向こうにある黄金の瞳が、濁った色をしていた。
「ミュゼの記憶を見たから言えるが……あんな体験、普通の娘がするもんじゃない。俺でさえも同情するほどだ」
「…………そう、なんですか……?」
「あぁ。俺は力があるから死ぬ間際であろうと抗えるし、実際に死んだことがないから本当の意味でミュゼに寄り添えないのは分かってる。だけど、ミュゼはなんの力もないのに抗うことすら許されずに無惨に殺される。それが四回もだぞ?」
その言葉にカルロスは驚いた。
彼は邪竜の花嫁たるミュゼを第一に優先する。
共にいる姿はまさに献身的で……。
どこか壊れてしまった彼女に、身も心も寄り添っているからだと思っていた。
少なくとも、カルロスにはそう見えていた。
だから……ラグナ本人が死を体験したことがない自分が側にいても、本当の意味で寄り添うことができないと考えているとは思ってなかったからだ。
「五回目はなんの因果かその記憶が蘇って、ミュゼの死という最後を変えようとして動いてるけど……ミュゼが死ぬなんていう理不尽、俺は許せない」
「…………」
何かを我慢するように強く、拳を握り締める。
ラグナは真剣な声で、告げた。
「これは俺の〝エゴ〟だ。簡単に殺してしまったら、意味がない。俺のミュゼを苦しめた奴らにも、長く永く苦しんでから死んで欲しい。俺がそう願ってるからこうやって回りくどいことをしてでも、徐々に向こうの力を削ってるんだ………まぁ、今回は少し知りたいことがあるってのもあるんだけどな?」
ラグナは静かな殺意を放ちながら、ここにいないあの女とその取り巻きのことを呪う。
「………それに…ミュゼが俺だけを思って笑って。俺だけを愛してもらうためにも、必要なことだと思ってるからな。俺達に害をなす者は潰すに限る」
だが、次の瞬間にはとても優しい顔で微笑んでいて。
世界を滅ぼす力を持つ邪竜が、ただ一人の女性のために身を粉にする姿は……少しおかしかった。
「ラグナ様はミュゼ様が好きですね」
「あぁ、世界でどんな存在よりも……一番愛してる」
「惚気、ご馳走様です」
「………惚気?」
「うわ、気づいてらっしゃらないっ‼︎」
不思議そうに首を傾げるラグナに、くすくすと笑うカルロス。
それから数分後、二人は行動を開始した。
表口からじゃ目立つので、裏口の鍵をピッキングしてから侵入をする。
ラグナは魔法で気配遮断を行い、カルロスは自前の技術で気配遮断をして、中に忍び込んだ。
甘い匂いと、消えたランプのガスの匂いが織り混ざって気分が悪い。
カルロスは顔を顰めながら、小声で言った。
「これ、薬の匂いだと思います」
「………薬、か?」
「はい。自我を少し……いや、耐性のない人間にはかなりです、ね。崩壊させる薬だったはずです。娼館ですから……場合によっては催淫剤と併用してるのかもしれません」
「…………最悪、だな」
ラグナは放ちそうになる殺意を抑える。
ヴィクターはこんな所にミュゼを売ろうとしたのだ。
今は来ない未来であるが、愛しい花嫁がこんな録でもない場所でボロボロにされたかもしれないと考えると……今すぐこの場を破壊し尽くしたくなった。
「目標を探しましょう」
「…………あぁ……」
二人は人に見つからないように部屋を進む。
この娼館は地上三階、地下一階の建物だ。
上の階に成るほど、娼婦のランクも部屋の豪奢さも高くなる。
地下は折檻するための部屋などがある。
ローラはまだ入ったばかりなので、一階にいるはずだった。
しかし、彼女に会ったことがないので……ラグナはその気配を見つけることができないし……その時間帯によっている場所が違えば、流石のカルロスだって分からない。
事前に調べておいた待機部屋(というか寝室のような部屋)の前にやって来た。
窓には磨りガラスが嵌めてあるため、中の様子は分からない。
ラグナはその魔力で、カルロスは培った技術で内部にいる人数の把握をする。
「総数十三人、ですかね?」
「あぁ、眠りかけのような奴もいるから起こさないように入るぞ」
ラグナのジェスチャーで、カルロスが音を立てずに扉を開ける。
ベッドが並び、床にも布が乱雑に落ちている。
そこで眠る女性達は、どこか疲れているようで。
いや、実際に顔が青白かった。
「………これは……」
「カルロス。早く見つけるぞ」
カルロスは険しい顔をしていたが、ラグナは気にする様子もなく女達の顔を見ていく。
ローラの容姿はコバルトブルーの髪に、発色が強めのピンク色の瞳を持つ。
しかし、彼女らしき人はいない。
ラグナは静かに首を振った。
「いないぞ」
「……一階にいるはずなんですが……」
ギィィ……。
「「っ‼︎」」
その時、廊下に繋がっている扉が開いて、一人の女性が入って来た。
紫色の薄地のネグリジェを着たスカーレットの髪と瞳を持つ女性だ。
彼女はラグナ達に気づき、大声をあげようとする。
「おやー」
「静かにしろ、俺の言うことを聞け」
「っ……⁉︎」
ラグナがメガネを外し、その魔性の美貌を晒して彼女を見つめる。
すると……彼女は顔を真っ赤にして、コクコクと頷いた。
それを見たカルロスはなんとも言えない難しい顔をしていた。
「………その美貌で言うこと聞かせるって……悪い男の典型例みたいっすね」
「…………」
ラグナが一瞬、凄まじく険しい顔をしたが……それを直ぐに隠して、真顔で女を見つめた。
「ちょうど良かった。すまないが教えてくれないか?俺達は、ある女を探してるんだ。どうやら……騙されて売られてしまったらしくて、その調査をしているんだが……」
調査に来た訳ではないが、似たようなものなのでラグナはさらっと嘘を吐く。
出会った女は、騙されて売られる女がいることも知っているからか……素直に納得した。
「……そうなの……でも、それなら直接ここに乗り込むのは危ないんじゃないの?」
「かなり重要な案件だからな。危険は承知なんだ」
「……そう…どんな女性?」
「あぁ。探している女性の特徴はコバルトブルーの髪にピンクの瞳を持つんだ。名前はローラ・コーナー」
彼女は何か考えて「もしかして……」と教えてくれた。
「………多分、ローナのことだと思うの。あの子は地下の折檻部屋にいるわ」
「折檻部屋?」
「えぇ。お客さんに歯向かったから、お仕置きされてんのよ」
「………そうか、ありがとう」
ラグナは礼を言うと、そのまま出て行こうとする。
カルロスもそれに続こうとするが、彼女はそれを良しとしなかった。
「ねぇ、綺麗なお兄さん。あたしのこと、買わない?」
「…………」
「指名してくれればサービスするわ……」
「《眠れ》」
「っ……ぁ……」
しかし、ラグナは一瞬で眠りの魔法を発動させてその女を眠らす。
その早さにカルロスは思わず音をたてずに拍手した。
「素早いことで」
「ミュゼがいるのに、他の女に寄ってこられたって気持ち悪いだけだ」
「流石っすね。一回でいいから言ってみたいです」
ラグナはメガネを戻して、地下に行く。
薄暗い階段を降りて行くと……女の呻くような声が聞こえてきた。
「……ラグナ様」
「あぁ」
僅かに開いた扉の隙間から漏れ出る声。
二人がゆっくりと中を確認すると……汚い牢屋のような部屋の中で、ボロボロになった女性が横たわっていた。
その側には屈強な男がいる。
「クソ女が……とっとと大人しくなれよ」
「……ぃ…や……助け……て……」
男は苛立ったようにつぶやいて、彼女の腕を掴む。
男の背がこちらに向いているから何をしているかは分からないが、いいことじゃないとは分かった。
「行け」
「はっ」
カルロスは一瞬の内に、部屋の中に忍び込み男の首を絞める。
「何もんだっ……⁉︎」
「落ちろ」
カルロスは容赦なく首を締めて……男はガクッと意識を落とした。
投げ捨てるように男の身体を放ると、彼はそのまま女性の上半身を起こした。
ラグナはそれを確認してから中に入り……現状を確認した。
顔面蒼白の女性……ローラ・コーナーは、息も絶え絶えで。
明らかに危険な状態だと分かった。
そして……地面に落ちている注射器。
ラグナは注射器を拾うと、怪訝な顔をした。
「……これは、薬か?」
「多分、薬漬けにしてたんだと思います。錠剤とかじゃなくて注射ってのがネックですね。吸収率が高い……」
「《癒しよ》」
ラグナが呪文を唱えると、淡い光がローラの身体を包み込む。
一瞬で顔色が良くなった彼女を見て、カルロスはギョッとする。
そして……苦笑した。
「凄すぎですよ、ラグナ様」
「そいつを抱えてくのは託したぞ」
「分かりました」
カルロスはローラを抱えて、歩き出す。
こうして、ローラ・コーナー救出作戦は完了したのだった……。