番外・伯爵家のシェフは花嫁の幸せを願う
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シリアスが続くので、シリアス前にちょっと息抜き編です‼︎本編は明日更新です。
拙い文章ですが、よろしくどうぞっ‼︎
ミュゼはその日、こそこそと厨房に向かっていた。
貴族令嬢である以上、キッチンなどに立ち入ることはあまり好まれない。
しかし、ミュゼは自身の目的のために、キッチンに向かっていた。
「失礼します」
小さな声で声をかけると、そこにいたシェノア家専属シェフのジェフリーが驚いたようにこちらを見る。
そして、人の良い笑顔を浮かべてミュゼをキッチンの中に招いた。
「お嬢様、こちらに来るのはお久しぶりですね」
「ごめんなさい、ジェフリーさん。お久しぶりです」
「いえいえ、お嬢様は貴族様ですからね。本来ならこのような場に来られることがないですから」
「………迷惑ですか?」
「まさか。我々は嬉しいですよ」
そう、ミュゼはよくキッチンに来てはお菓子作りをして使用人の人達とお菓子を食べる趣味があるのだ。
貴族らしからぬのは分かっているのだが、使用人との仲も大切な交流の一つだ。
最近はラグナの件があったから、少し疎遠気味だったが……久しぶりに時間に余裕があったので、来てみたのだ。
「そういえば……お嬢様の新しい婚約者殿は、どんな方なんですか?」
「ラグナ、ですか?」
「えぇ。同じ家にいらっしゃいますけど、旦那様達は勿論、我々も接点がありませんからね」
「そうですよねぇ……」
今日のおやつであるクッキーの生地を作りながら、ミュゼはラグナのことをなんと言おうか迷う。
世界を滅ぼす、お伽話のような存在。
《破滅の邪竜》ラグナ。
国王の命により、このシェノア家に住んでいる。
本来ならば、婚約者関係の男女が同じ家に住むなどあり得ない。
いや、婚約関係以前から一緒にいたが、本当にあり得ないのだ。
だから、ミュゼの家族は貴族として相応しくない行動を取るミュゼとラグナを家の中で疎遠にしていた。
ラグナが来た日から、両親には会っていないし、当主の命令を優先する使用人達にも必要最低限しか会っていない。
だが、そんなのはどうでもよくて。
今の彼女は、ラグナと共にいられれば……貧相な生活を送ることになっても、構わなかった。
「………お嬢様?」
「あぁ、ごめんなさい。少し考えごとしてただけです」
黙ってしまったミュゼを心配したのか、ジェフリーが不安そうな顔をする。
それを誤魔化すようにミュゼは柔らかく微笑んだ。
「ラグナは、優しいヒトです。何があっても私を優先してくれて……愛してくれる」
「………そうなんですか?」
「はい、アルフレッド様よりも良い方です」
アルフレッド・レンブル。
ミュゼの元婚約者であり、四回目の人生でミュゼを殺した人。
アリシエラに会う前の彼は優しかった。
婚約者として相応しい対応をしてくれたし、ミュゼもそれに応えようとしていた。
でも、それはアリシエラに会うまでのことで。
それからは彼は彼女だけしか見なかった。
一緒に出かける約束は破られるのが当たり前。
学園でもいつも彼女と仲睦まじい恋人のような振る舞いをしていて。
ミュゼが少しでもアリシエラに文句を言えば、それに激昂して嫌われていく。
で、最後には邪竜教という邪竜を信仰する宗教組織に誘拐され、ラグナの前で彼に殺されるのだ。
(なんか……とんでもない終わり方してますね……)
ミュゼは生地を伸ばして、型でくり抜きながら考える。
それを見たジェフリーが何を思ったのか、慌てたようにフォローしてきた。
「アルフレッド様より良い方なら、きっと幸せになれますよ‼︎」
「………はい、ラグナは優しいですから」
「………お嬢様…悲しまないで下さいね」
「……?…いや、悲しんでないですよ?なんで悲しんでいると思われたんですか?」
「えっ⁉︎アルフレッド様のことを思い出して悲しがってたんじゃ……」
「いや、あんな男のことなんかどうでも良いです」
「……………」
スパンッと切り捨てたミュゼに、ジェフリーは呆然とする。
今まで見たことがない彼女を見たからこその驚きだった。
そうこうしている内に生地をオーブンに入れて、焼き始める。
あと数分もすれば完成だ。
「私にはラグナがいれば良い。それ以外がどうなろうと構わないんです」
恍惚とした笑みでそう告げたミュゼは、とても美しくて。
ジェフリーは初めて見る、その美しさに息を飲む。
小さい頃から見ていたシェノア家のお嬢様。
彼女の言葉はまるでラグナという存在に依存しているようだったが……それさえも構わないといった様子に、言葉を失くしてしまった。
一種の親心を持つジェフリーは、そんなミュゼが心配になって……。
「ミュゼ」
現れたその人物に、納得してしまった。
艶やかな漆黒の髪に、黄金色の瞳。
シャツとズボンというシンプルな服装なのに、その美貌は抑え切れていなくて。
同性であるのに、ジェフリーは顔を真っ赤にしてしまうほどで。
こんなに美しいなら、ミュゼが恍惚とした笑みを浮かべるのにも、納得してしまった。
「ラグナ、どうしたんですか?」
「ミュゼに会いたかったから来ただけだよ」
そう言った彼は、彼女を抱き締めて頬を擦り寄せる。
しかし、その瞳は冷酷な色を宿して、ジェフリーに向けられていた。
「こいつは?」
「我が家のシェフであるジェフリーさんです。いつもご飯を用意してくれている人ですよ」
「………あぁ、この人が。いつもありがとう」
ラグナの言葉に、ジェフリーは顔を真っ赤にして首を振る。
ミュゼがジェフリーの顔を見ると……怒ったようにラグナの頬を軽く抓った。
「ラグナ、メガネは?」
「………忘れた」
「もう、男女問わず魅了するのは止めて下さい。嫉妬しちゃいますよ?」
「嫉妬してくれるのは嬉しいから、どんどんしてくれ」
「嫉妬させ過ぎる人は嫌いになります」
「それは嫌だっ‼︎」
まるで子供みたいに顔を歪めるラグナに、ミュゼは満足そうに微笑む。
そして、彼の手を握ってにっこりと微笑んだ。
「ラグナ。ラグナのためにお菓子作ったんです。食べてくれますか?」
「勿論っ‼︎」
「じゃあ少し待ってて下さいね?」
仲睦まじいその姿は、もう既に夫婦のようで。
この二人が、互いを大切にしているのがわかってしまった。
だから、彼がミュゼを心配する必要は……なかったのだと、安心する。
ジェフリーはラグナの美貌にやられつつも、幸せそうなその二人を見て……つられたように微笑んだ。
ミュゼを親のように見守っていた彼は、彼女がずっと幸せで暮らしてくれれば良いと願うのだった……。




