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花嫁と邪竜の婚約騒動(?)










王弟グスタフ・インツィア公爵。



彼はまさに王を支える右腕である。

この国は彼ら兄弟によって支えられていると言っても過言ではなかった。

そんなグスタフには、現在、直ちに片付けなくてはならない案件があった。



それが……国王からの勅命により、後見人をすることになったラグナ・ドラグニカという存在だった。




少し前、邪竜がこの国に現れた。

その時、彼は王弟として、外交につき隣国にいたのだが……邪竜ならばこの国を滅ぼすのも容易い。

ゆえに急いで戻った。

しかし……この国はいつもと変わらない様子で。

それも、戻るなり兄から後見人になるように指示されることになる。

兄弟として共に生きてきたのだ。

兄が何かを隠しているのは分かっていたが、それを教えてはくれない。

後見することになったラグナも後見人たるグスタフを気にせず、今まで挨拶にすら来たことがない。



この現状に、彼は苛立っていたのだ。



だから、メイドからラグナ・ドラグニカが来たと聞いた時、やっとかと思った。


彼は決めていたのだ。

ラグナが来たら……とことん罵倒してやろうと。




しかし……それが後悔の始まりになることを、彼はまだ知らない。






*****






ミュゼは完全に胃痛がしていた。

インツィア公爵家……一言で要してしまうなら、この家は王政の裏ボスだった(犯罪には手は染めていない)。

影でこの国を支えていると言っても過言ではない方だ。

先ほどまで駐屯地にいたのに、いきなり公爵家まで来て会うことになったのだ。

緊張しない方がおかしかった。


「緊張してるのか?」

「それはしますよ……王弟様ですよ?」

「王弟だろーが所詮は人間だからな。そんなに気にしなくて良いだろ」


なのに、豪奢な応接室のソファの、隣に座るラグナ(ダサメガネver)はいつも通りで。

ミュゼは彼の手に手を重ねて、緊張を紛らわそうとしていた。


「あぁ、来たみたいだ」


そうラグナが呟くと、執事によって扉が開かれる。

そこには薄緑色の髪を持つ威厳ある男性が立っていた。

グスタフ・インツィア。

国王陛下の王弟だ。



「貴様……よくもまぁその顔を出せたものだな」



グスタフはぎろりっ……とラグナを睨み、テーブルを挟んだ向かい側のソファに腰かけた。

ラグナはクスッと笑って、答える。


「別にお前の元に顔を出さなくても問題ないだろ?」

「……誰が貴様の後見人をしてやっていると思ってるんだ。お前の身はわたしが預かっているのだ。家もない、学もない、身分も怪しい……本来ならば今すぐにでも追い出したい。だが兄上の命ゆえに後見人となったのだぞ」

「だから、なんだって言うんだよ」

「貴様、ふざけてるのかっ‼︎どこにいるかも知らぬが……身を預かるということは、貴様の行動がわたしの名誉を傷つけるのだぞ‼︎」

「はっ……たかがお前風情の名誉なんてちっぽけなもんだろ」

「減らず口をっ……‼︎」


グスタフが激昂して立ち上がろうとする。

話の流れが悪い方に流れ出したと思ったミュゼは、思わず「あのっ……‼︎」と大きな声で制止していた。


「………お前は…」


グスタフの言葉に彼女は立ち上がり、ドレスの裾を持って会釈する。


「お初にお目にかかります。ミュゼ・シェノアと申します」

「…………ミュゼ・シェノア?」

「はい。シェノア伯爵家の次女です」


グスタフは品定めするようにミュゼを上から下まで見る。

彼の耳にも同じ公爵家であり、その子息であるアルフレッドの婚約破棄の話は届いていた。

その元婚約者たる彼女がラグナと共にいることに疑問を抱いて。

そこで一つの仮定に辿り着く。



〝ラグナはこの女と出来ているのではないか〟、と。



婚約破棄をして直ぐに他の男と仲睦まじくなるなど、本来はあり得ない。

況してやこの場に共にいて、触れ合うほどに近くに座っていたのだ。

ほぼ間違いない、と踏んだグスタフは……彼女に侮蔑の視線を向けた。

貴族令嬢としてあり得ない、尻軽女として。

ミュゼはその視線に冷や汗をかきながら、続けた。


「此度は急なご訪問お許し下さい。本日こちらに伺いましたのは……」

「貴様には聞いていない。黙っていろ」

「……………」


ミュゼは笑顔のまま固まる。

このグスタフという男、腕は立つのだが……言葉遣いは容赦ない。

王族、という立場ゆえなのだろうが……ミュゼは押し黙ってしまった。


「………失礼、致しました」


だが、それを見てしまったらラグナが黙っている訳がなくて。

彼女の隣で、静かな殺気が……放たれた。


「っ……⁉︎」

「………おい、ガキ・・


ラグナの言葉には他者を黙らせる威圧がある。

それは歳をいくつも重ね、数多の修羅場を潜り抜け、政敵の渦巻く世界を生き抜いたグスタフさえも推し黙らせるほどで。

ガキ・・〟扱いされたのに反論さえもできそうになくて。

ラグナは酷く冷たい視線を、彼に向けた。



「たかが人間風情が俺の花嫁にそんな口を利けると思うなよ」



ラグナの威圧に押され、顔面を青くしたグスタフは呆然とする。

しかし、その気丈な性格からか……なんとか意識を戻した。


「………貴様の…花嫁、だと……?」

「あぁ」


ラグナの言葉にグスタフは先ほどの仮定がほぼ間違いないと確信する。

そして、怒気の孕んだ瞳で二人を睨みつけた。


「………貴様…インツィア公爵家が後見する以上、このような振る舞いが許されると思っているのか⁉︎」

「………は?」

「婚約破棄したばかりの女と共にいて、花嫁なんぞ言うなど……ふざけているにもほどがあるっ‼︎恥を知れっ‼︎」


その考え方は貴族ならば普通で。

貴族令嬢というのは婚約破棄したら、数ヶ月は男性とは親しい仲にはならない。

だが、ミュゼはラグナと親しい仲になっていて。

それをグスタフは激怒したのだ。

ミュゼはそんな普通を見て、(あぁ、この人の考え方が普通だったんですよね)とかどこか他人事になっていた。


「………なんなんだよ…人間というのは面倒過ぎる……」


ラグナが呆れたように呻く。

ミュゼは困ったように苦笑した。


「でも、これが普通の反応なんですよ。ラグナといるとちょっと忘れがちになっちゃいます」

「……それってミュゼに悪影響を与えてるってこと?」

「………いいえ。私は邪竜あなたの花嫁になるのでしょう?人間の常識なんていらないです」


真っ直ぐに見つめて答える。

ラグナはそれを見て、とても幸せそうに……頬を緩ませた。


「……ふふっ…なんか、俺の考えに染まってきてるのって嬉しいな」

「そうですか?」

「あぁ。だって好きな女が俺色に染まるんだぞ?征服欲、って言うのかな……なんかそそられる」


彼がするりと指を絡めて、ミュゼの指先にキスをする。

ちゅっ……と小さく音をたてて、何度も何度もキスを落として……。

唇を離す直前、その舌が彼女の指先を舐めた。


「………っ…⁉︎」


ほんの少し、舌先が触れる程度。

だが、ミュゼにしてみればそれだけでも威力は増大で。

顔を真っ赤にして、ラグナに潤んだ視線を向けた。


「ミュゼ、駄目だぞ?そんな可愛い顔したら……」


ラグナもそんな彼女を見て、頬をほんのり赤く染めながら顔を近づけていく。

ゆっくりと近づく二人……を止めたのは、グスタフの拳だった。

ガシンッ‼︎

グスタフの拳がテーブルに叩きつけられる。

ミュゼはそれに身体を竦ませて、ラグナは剣呑な目で視線を向けた。


「なんだよ」

「きっさ…ま……馬鹿にするのも大概にしろっ‼︎」

「………馬鹿になんかしてないけど?」

「馬鹿にしているだろうっ⁉︎いきなり乳繰りおって……なんの関係もない男女が触れ合うなっ‼︎」


そう言われて二人はなんのためにここに来たのかを思い出す。

ラグナは「あぁ、そうだった」と面倒そうに口を開いた。


「俺はシェノア家に婚約を申し出る。相手は勿論ミュゼに、だ。だが、この国の仕組みはよく分からねぇから、あんたに会いに来たんだ」

「ふざけるなっ‼︎ここまで馬鹿にしておいて、何を言っているっ‼︎婚約などさせるかっ‼︎」


グスタフは顔を真っ赤にして叫ぶ。

ミュゼはそんな彼を見て(そうだろうなぁ……)と呆然と考えていた。

ラグナはこの国の常識を知らないが、グスタフは王家である上に堅物の塊だ。

ラグナを預かっているのに当の本人はフラフラしていて、ラグナにしてみたら普通に接しているがそれはグスタフにとっては馬鹿にしていると同然。

普通に考えたら、婚約したいなんて願いは跳ね除けるのだろう。


(まぁ、相手が悪かったですね?)


ミュゼは困ったように笑う。

その視線は、グスタフに向いていて。

彼はその視線に気づいて、ゴミを見るような視線を返した。


「なんだ……小娘……」

「いえ。私はラグナの味方ですから、貴方がこれから哀れな目に遭うのだと思っただけです」

「何をっ……」


グスタフの声が止まる。

いや、正確には彼の呼吸・・が止まる。

ぱくぱくと金魚のように、息を吸おうとするがそれができない。

まるで……グスタフの周りの空気が消えたかのように。


「ラグナ」

「あぁ、こいつの周りの空気を無くした・・・・

「下手したら死んじゃいますよ?」

「そうだなぁ……死んじゃうかもな」

「良いんですか?」

「だって……こいつ、煩いし」


飽きたように告げる彼に苦笑して、顔面が蒼白になり始めるグスタフを見る。

ミュゼの心は酷く冷めていた。

例えば今、この場で彼が死んだらこの国は大打撃を受けるだろう。

この国で生きてきた貴族として、彼の損失がいかほどの被害となるかは分かっている。

しかし、それはラグナと比べたら些細なことで。

だから、今、この場で彼が死のうと構わなかった。


「……うん。まぁそう思っても、そう言っておけないですよね」

「ミュゼ?」

「ラグナ、止めてあげて下さい」


その言葉にラグナは嫌そうな顔をする。

酷く不機嫌そうな声で聞いてきた。


「………何故?」

「この人が死のうが構わないんですけど、二人で生きていくのが難しくなるかと思ったんです」

「…………まぁ、そうか」

「ごほっ…ごほっ………」


余り納得してなさそうな顔で真空の魔法を解く。

グスタフは急にできるようになった呼吸にむせ返る。


「婚約をさせてもらえないなら、別にここにいる意味はないよな」

「………ラグナ…」


ミュゼは困った声で彼の名を呼ぶ。

しかし、ラグナは少し怒ったように答えた。


「だってそうだろ?そもそもこいつが後見人だからってこいつに話を通そうとしたのが駄目だったんだ。初めからあいつに通せば良かった」

「………あいつって…まさか……」

「《開け》」


ラグナが魔法を紡ぐと、部屋の隅がぐにゃりと歪む。

その向こうには……驚いた顔をした国王がいた。

その顔を見てミュゼとグスタフの顔も固まる。

ラグナはいつも通り、暢気な声で国王に声をかけた。


「よう、国王」

「ラグナ殿⁉︎一体これはっ……」

「いや、こいつがミュゼへの婚約を申し込ませてもくれないって言うから……あんたに直談判しようと思って」

「…………なっ……」


国王は頭を抱える。

ラグナの自由奔放にもだが、自分の弟が思うよりも堅物だったことに呆れてしまったからだ。


「グスタフよ」

「ごほっ……は、い……兄上……」


顔色が悪いグスタフを見て国王は、ラグナが何かしたのだろうと察する。

しかし、流石の国王も邪竜に立ち向かう勇気はなかった。


「ラグナ殿の希望通りにしてやれ。お前の行動がこの国の未来を左右するのだ」

「………それ、は…どういう意味で……」

「最重要国家機密のためそれ以上は何も言えぬ。しかし、ラグナ殿が魔法を使ったということがどういうことか、考えてみれば分かるだろう?」


兄の言葉にグスタフは固まる。

自分が受けた怪奇現象の正体は……〝魔法〟だったのだ。

それが意味するのは、この目の前にいるのは人外の存在であるということ。

グスタフは馬鹿ではない。

だから、国王が言わんとしていることをなんとなく理解してしまった。


「っ……‼︎婚約の件は、こちらで、手配しておく……」

「………あぁ、そうしてくれ」


簡単に手の平を返したグスタフを見て、ミュゼは哀れむような微笑を……ラグナは明らかな嘲笑を浮かべる。

気まずい空気を誤魔化すかのように、国王は「ついでだ」とラグナに声をかけた。


「聖女との謁見、無事に叶いそうだ」

「お、そうなのか。難しいって聞いてたけどな」

「あぁ……何故か簡単に了承してくれた。一週間後だ、迎えはこちらが用意する」

「分かった」


それだけ言うとラグナは空間を閉じる。

ミュゼはそんな彼を見て笑ってしまった。

流石に邪竜であるからどんなことでもしてしまうのだろうと思っていたが……まさか空間を繋げるとは思ってもいなかった。

ミュゼは彼を見て、柔らかく微笑んだ。


「ラグナ」

「ん?なんだ?」

「私、ラグナと一緒にいると驚きが止まらないです」

「………楽しくて良いじゃないか」

「余り良い意味で言った訳じゃないのですけどね?もう少し落ち着いて欲しいって意味なんですけどね?」

「………善処はする」

「約束ですよ?」


もう二人の目にはグスタフは入らない。

元々、婚約の話だってたんにこの国で生きていくなら必要だからしただけで。

彼女もラグナも、婚約というものがなくったって互いに互いしかいないのだ。


まぁ、これで人前でイチャついても多少は大目に見てもらえるのだが。




こうして……呆然とするグスタフをおいて、ミュゼとラグナの婚約騒動(?)は幕を下ろした……。









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