花嫁と邪竜は協力を得る
白だけが存在するその場所で、光に包まれて祈る女性がいた。
ウェーブを描く金髪は足元ほどの長さがあり。
真っ白なドレスは、シンプルなデザインながら彼女の美しさを際立たせる。
閉じていた目を開けば……そこには海のような青があった。
「……………何かが起こる予感がしますわ」
それは彼女の本能なのかー?
それとも……《聖女》としての能力なのかー?
それは彼女自身にも分からない。
聖女と呼ばれる女性は、訪れる〝何か〟を予感して……再び神に祈りを捧げた。
*****
「で……多分だが、あの女は……〝タイムリープ〟のような力を使って、五回目の人生を始めたんだと思うんだ」
ラグナの声は、静かに……医務室に響いた。
カルロスは、信じられないといった顔で。
ミュゼは……酷く落ち着いた面持ちで、それを聞いた。
「一応、あの女の言動で予知も視野に入れてたんだ。でも、タイムリープの可能性の方が高い」
「……その根拠は?」
「ミュゼの記憶とお前の話、だな」
「………オレの、ですか?」
ラグナは頷く。
「予知ってのはあくまでも自分のことしかできないんだよ。それは人間に限らず、俺のような邪竜でも神でさえ、な」
「………ということは、アリシエラ様がカルロス様の未来を予知したのはおかしい、ということですね?」
「そういうこと。加えて、予知したのなら何故、ミュゼは四回分の記憶がある?俺が断言するが、ミュゼは邪竜の花嫁としての適性はあるが……魔法は一切使えないし、ギフトだって有していない」
「…………それは、は……」
「なら、あの女が与えられたギフトはタイムリープ……と考えた方がいいだろ。そうすれば、お前の未来を告げたのも一回経験したことだから……っていう説明がつく」
ミュゼはその説明を聞いて、あることに気づく。
ラグナもそれを察して、彼女を抱き締める腕に力を入れた。
「じゃあ……私が今回、記憶を有しているのは……」
「相応しくない人間がギフトを使ってるからな。それは世界の理に反する行為だ。その対抗措置として、ミュゼの記憶も引き継がれたんだろ」
「…………私が、殺されるからですか?」
「………逆を言えばミュゼが殺される時期がこのタイムリープの起点となってるのかもしれないな」
「…………え?」
ラグナはいつかのように空中に光の文字を描く。
そのタイトルは、〝タイムリープについて〟だった。
「俺もタイムリープは使えない……というか、タイムパラドックスとか世界が壊れる可能性があるからやろうとすら思わないんだけど」
「…………えっ…⁉︎アリシエラ様がタイムリープ使ってるって仮定なんですけど、大丈夫なんですかっ⁉︎」
「まぁ、今回はたまたま世界が滅んでなくて良かったな……ってことにしておこう。うん」
「うわぁ……あの女の所為で世界滅亡の危機だったんですね……最悪だな、あの女」
ラグナの機嫌次第でも世界は滅ぶのだが、今は言わないでおく。
カルロスの口調がなんだか丁寧なのだが、段々と汚くもなってきている。
素が出てきているようだ。
「まぁ……並行世界とかは知らねぇけど、この世界におけるタイムリープってのは起点となる時間を決めなきゃいけないんだよ」
「起点ですか?」
「そう……つまりは、必ずその時間に起きた出来事を起こさないと、タイムリープ発動の条件にならないってこと」
「………ミュゼ嬢が死ぬことが、あの女のタイムリープの発動条件?」
「あくまでも仮定の話、っての忘れるなよ。結局、なんのためのタイムリープだか……目的は分かってないんだからな」
ミュゼが何度も殺された理由が、過去に戻るため。
そう説明されると、なんだか納得がつくような気がして……だが、疑問も生じた。
「でも、その仮定を信じるとすると……なんで私が死ぬことを起点としたんですかね?」
「そこなんだよなぁ〜……」
ラグナは大きな溜息を吐くと、彼女の頭を撫でつつ困った顔をする。
生憎と、ミュゼとアリシエラの関係はほとんどない。
アルフレッドの件があるくらいだ。
だが、それが理由で何度も殺されなくてはならないのか?
そう考えると……釈然としない。
「多分、あの元婚約者野郎関係ではないと思うんだよなぁ……」
「でも、アリシエラ様との関わりなんてアルフレッド様ぐらいですよ?」
「……俺の前で他の男の名前、呼ぶなよ」
「今はそういう話じゃないです」
「………むぅ…」
「あとでいくらでも付き合いますから」
ミュゼがそう言って、少し顔を傾けて彼の頬にキスをする。
ラグナはそれに一瞬で顔を真っ赤にして……彼女の肩に顔を埋める。
どうやら恥ずかしかったらしい……と彼女が悟ると、ちょっとだけ胸がキュンとする。
(ラグナは結構、自分がされると慌てるタイプなのですね)
いつも振り回されてる分、少しだけ反撃したら……可愛い反応を見せてもらえて、ミュゼはクスクスと笑う。
そんなナチュラルなイチャイチャを見せつけられたカルロスは……表情の抜け落ちた顔で「続けてもらっていいですか……?」と聞くのだった……。
その声に、まだ若干顔の赤いラグナがワザとらしい咳払いをする。
そして、真剣な声で話を再開した。
「だって、あの女の指示とは言えミュゼは四回も殺されてきただろ?なら、なんで一回目も死ぬと分かってた?一回目の時点で、ミュゼが何度も死ぬと分かってた?それとも、これから何回も殺したいほどの殺意を抱いてた?殺意を抱いてるならなんでなんだ?……ってなるんだよなぁ……」
「…………結局、分からねぇところは分からねぇままってことですね」
「そーなんだよ」
カルロスの言葉に頷く。
結局のところ、真実を知るのはアリシエラただ一人なのだ。
なら、今後どうしていくかを決めていかなくてはならない。
「という訳で、だ。カルロス・フリットとか言ったか?」
「………はい…」
「お前、俺達に協力する気はないか?」
「……………え?」
ラグナはにやりと笑って、指差す。
「あの女をどうにかすれば万事解決だろ?お前はあの女の洗脳に耐性があるからな。元々、洗脳が効かなくて事情を知ってる俺達と協力すれば上手くことを終えられるかもしれない。ミュゼは殺されない、お前の主人は洗脳から解かれる。win-winの関係だ」
「…………‼︎」
カルロスは息を飲む。
その提案はとても魅力的だった。
レイドは彼にとって、命をかけて守るべき存在。
ならば、その提案を蹴る理由はなかった。
しかし……。
「さっきも言ったでしょう。オレは人に言えないような生き方をしてきて、況してや殿下の従者です。貴方達と協力するフリをして裏切るかもしれませんよ?」
カルロスの懸念はそれなのだ。
彼は、人に言えないような……汚れた生き方をしてきた。
主人の命令とはいえ、ミュゼとラグナを監視していた。
なのに、都合が良いからと二人に協力するのは……。
「別に構いませんよ?」
「……………は?」
だから……カルロスはその言葉に驚くしかなかった。
それを言ったのは、ラグナではなく……ミュゼの方で。
彼女は楽しそうに笑って答えた。
「貴方が裏切って私が死んでも仕方ないです。別に死ぬのは嫌ですけど、死んでも良いですし」
「……………何を、言って……」
「ミュゼ……そういうのは言うなって……」
「言われてますけど無理です。私は壊れてますもの」
彼女が四回死んだ、とは聞かされた。
しかし、カルロスは知らない。
それがどのように無残で、どれほど残酷だったかを。
だから……彼は知らない。
ミュゼの中にある何かが、壊れていることを。
「だから、貴方が裏切ったところで……別にどうでも良いです」
「なっ……⁉︎」
「…………はぁ…ミュゼもこう言ってるし、たとえ裏切ったとしても所詮、人間が裏切った程度だからな。邪竜には何も害はない。というか……それほどお前に興味もない」
ラグナはその黄金の瞳を細めて笑う。
だが、その瞳はミュゼしか見ていなかった。
「単に使える駒が増えると思って言っただけだ。協力したくないならしなくて良い。ミュゼだって俺が守れば良いだけだしな」
ラグナはそう言って、愛おしそうに彼女の頬を撫でる。
二人の言葉は、カルロスがたとえ裏切ろうともどうでも良いと物語っていて。
この二人に取って、カルロス程度の人間、何にもないということで。
ただ……協力体制を取るのは、二人に取っては駒が増えるから。
カルロスに取っては主人を自らの手で救えるから。
そんな理由があるだけで。
だから……カルロスは笑う。
滅びの邪竜と、その花嫁のおかしさに、笑う。
「あははっ……あはははっ‼︎」
カルロスは大きな声で笑い出した。
怪訝な顔をする二人に、彼は益々笑ってしまう。
この二人は、使える駒が増えると口では言っておきながらカルロスを駒とすら見てもいない。
ただ、利用価値のあるかもしれない存在だけど別になくても構わない、としか思っていない。
それに気づけたのは、彼が人の観察能力に長けていたから。
この二人は、全てが二人で完結している。
永遠に、互いだけなのだろう。
だから、カルロスは笑う。
このおかしな花嫁と邪竜に、興味を持ったから。
この二人の場合は恋慕であるけれど……互いのためだけに、生きれるその姿に。
主従という信頼で、互いを支えていたあの日の自分と主人を重ねて。
「良いですよ、協力しましょう。お二人はオレの協力なんてあってもなくても変わらないでしょうけどね?」
「まぁ……そうですね?」
「あぁ。まぁ、でも……俺の代わりにあの女に対応してもらうくらいはしてもらうかも知れねぇーけど」
「オレもそれは断固として拒否してーですね‼︎」
かくして……花嫁と邪竜は、王太子の従者という協力者を得たのだった……。