従者の告解、邪竜の推測
だーいぶ、短めです‼︎ごめんなさい‼︎よろしくどうぞ‼︎
レイド殿下は、まさに王として相応しい方でした。
人に寄り添い、人のために動ける人。
自己欲よりも他人を思いやれる人。
命を重んじれる人。
そんな人でした。
そんな方がおかしくなったのは、学園に入って三年になった頃……編入生と出会ったからです。
編入生の名はアリシエラ・マチラス。
マチラス子爵家の令嬢です。
彼女は今まで庶民として暮らしていたようです。
その理由は良くあるもの。
父君は庭師、母君は子爵令嬢。
要は、彼女のご両親は駆け落ちをして、庶民として暮らしていたのです。
しかし、両親を事故で亡くしたことで彼女は身寄りがなくなりました。
子爵家とは一切連絡を取ったことがなかったのですが……祖父にあたる子爵に引き取られたそうです。
こうして、彼女はこの聖ベルフェリア学園に編入してきました。
彼女は一瞬でクラスに溶け込み、まるでお姫様のように扱われます。
プライドが高いと言われていた貴族子息までもがです。
オレは違和感しか覚えませんでした。
だって、そうでしょう?
彼女が何かを言えば、周りの人達は疑うこともなく同意する。
彼女が何かをすれば、周りの奴らが代わりをするように行動する。
アリシエラに心から心酔するその姿は、不気味以外の何物でもありません。
そして、それを享受する彼女の……その恍惚とした顔も、恐ろしいとしか言いようがなかったのです。
アリシエラを盲信する人々の中で、特に酷いのは四人でした。
まず…ミュゼ嬢の元婚約者アルフレッド・レンブル。
次は騎士科に通う騎士候補生ジャン・ビィスタ。
三人目は、宰相の子息ヴィクター・ワークダル。
最後に……レイド・ヴィン・ノヴィエスタ王太子殿下。
この四人は狂気、に近い異常なものに染まっているようでした。
アリシエラのために動き、アリシエラのために働く。
それはまるで女王アリのために働くアリの如く。
彼女はそれを甘んじるだけ。
四人の男に微笑み、身体を傾け、甘く囁く。
どう動けば四人が堕ちるかを熟知しているようで。
オレから見たら……酷いと言われるかもしれませんが、その様はまるで娼婦。
男を狂わせる毒華。
そんな毒のような女はオレに言ってきました。
『きっと……貴方はレイドに〝人を殺してもらうかもしれない〟と言われて、絶望するわ。でも、大丈夫よ‼︎私が貴方の側にいてあげるからね?』
とても無邪気な笑顔で。
オレにとって最悪な未来を、告げたのです。
オレは怒りが止まりませんでした。
殴りかかろうとしました。
ですが、そうしようとすると酷い吐き気がして倒れそうになりました。
その日から、彼女がオレに話しかける度、吐き気が止まりませんでした。
少しだけ…話は変わりますが、オレは人には言えないような人生を生きてきました。
本当に話すのは辛いので、割愛させて頂きますが。
まぁ、結論から言うと……そんなオレは殿下に命を救われたのです。
オレにやり直すチャンスをくれたのです。
命を救われたなら、その命は救ってくれた人のために使うべきだと……オレは、分かっていたので、殿下に忠誠を誓いました。
殿下はオレに昔のように動けなど言いませんでした。
お前は自慢の従者なのだから、堂々と生きろとさえ言ってくれました。
ですが、今はなんなのでしょうか。
殿下はオレに貴方達二人を監視するように言いました。
昔の技術を使ってでもと。
そんなこと今まで一度も言わなかった殿下がですよ?
何故、と問いただせば返ってきたのは〝アリシエラのため〟という答え。
加えて、〝場合によっては殺してもらうかもしれない〟とさえ言ったのです。
あの女の予知は、当たってしまったのです。
オレは恐る恐る聞きました。
『それは……アリシエラ嬢がそう望んだからですか?』
『まさか‼︎アリシエラは聖女だぞ?人を殺すなんていうはずないじゃないか‼︎』
それはつまり、殿下があの女のために、自分の意思で、オレに人を殺させようとしているということ。
そう言った殿下は、まるで恋する男のように笑いました。
オレは絶望しました。
あの女は…あんなにも命を大切にしていた方を……王として相応しい方を壊したのです。
今でも、あの女は殿下の隣で笑っています。
いや、あの四人の男の隣で笑っています。
あの女は殿下経由でオレに話しかけてきますが、オレはずっと吐き気が止まりません。
*****
「…申し訳……ありませんでした……殿下の命令とはいえ、お二人を監視するようなことをして」
カルロスがボロボロ、泣きながら謝罪する。
「オレは……従者ですから…命令に従うしかありませんでした……ですが、本当は嫌だったんです……オレは…真っ当に、生きたかったっ……‼︎昔みたいなこと、したくなかった……‼︎」
カルロスの声は、絶叫に近くて。
心の底から、苦しんでいるようだった。
「すみません……今のは言い訳でしかないですよね………本当に…ごめんなさい……」
ミュゼはラグナを見上げる。
彼は肩を竦めて、何も言わない。
それが、〝お前の好きにして良いよ〟という意味なのだと……分かっていた。
「カルロス様」
「………はい……」
「貴方はちゃんと話してくれました。許しますよ」
「…………ぇ…?」
その言葉にカルロスが呆然とする。
その顔を見て、ミュゼは笑った。
「別に構いません」
「でっ…ですがっ……殿下の命令とはいえ監視して…場合よっては暗殺しようとしたんですよっ⁉︎」
「えぇ。私は別に死んでも構いませんから」
「…………っ…⁉︎」
ミュゼの笑顔は本当に綺麗で。
カルロスは言葉を失くす。
「だって、私はもう何度も死んでるんです。きっと、貴方にだって殺されてる」
「…………えっ…⁉︎」
一回目。
何者かに襲われて崖から落ちて死んだ。
それは多分、レイドに命令されたカルロスによって。
二回目。
騎士候補の男に襲われて、斬殺されて死んだ。
それは、アリシエラを盲信していたジャンの手によって。
三回目。
王都で攫われて、ズタボロになった後に病気で死んだ。
その襲った奴らと繋がっていたのは……宰相の子息であるヴィクター。
そして……四回目。
婚約者の手で、死んだ。
ラグナの前で、アルフレッドに殺された。
カルロスが答えたことで、ミュゼが今まで……誰に、どうやって殺されたかが全部、分かった。
「………何を…言って……」
カルロスは困惑していた。
ミュゼの言葉の意味を、理解できなかったからだ。
だが、彼女は微笑んだまま問う。
「殿下が、私を殺すと言ったのですよね?」
「………は、い……」
アルフレッドと婚約していたとはいえ、流石のミュゼでもレイドとは関わりはほとんどない。
ほぼ他人同然の人に殺害するかもしれない、と言われていたなんて……笑ってしまうしかなかった。
「ってことは、やっぱりあの女の駒はミュゼを殺す気があるってことだな。でも、やっぱり目的が分からない……か」
ラグナの言葉に静かに頷く。
結局のところ、アリシエラに何故殺されるかが分かっていないのだ。
憎んでいる、と言っても……婚約者であるアルフレッドに過度なスキンシップを取っていたから注意しただけだ。
怪我をさせたことや集団でイジメたことなどない。
……向こうがどう思っているかは別だが。
「………ミュゼ……」
ラグナの心配そうな声に、ミュゼは微笑む。
………とても、綺麗な顔で。
「心配しなくて、大丈夫です。私はもう壊れていますから、もし死んでも……死ぬのは仕方ないって分かってます」
「……………壊れてたって関係ない。仕方なくなんかない。俺の愛しい花嫁は俺をおいて逝くのか?そんなの……許さないからな」
「…………ラグナ……」
ラグナが優しく目尻にキスをする。
そして、次の瞬間には鋭い視線をカルロスに向けていた。
「邪竜たる俺がいるんだ。多少、信じられないことでも信じれるだろ?」
「…………それは…まぁ……」
ラグナは語る。
ミュゼが生きてきた四回の人生を。
アリシエラという女がどんなことをしているのかを。
カルロスは顔面蒼白で……頭を押さえていた。
「学園の生徒を…洗脳……?オレが話した四人は更に強い力で……?殿下は……洗脳されているのですか……?」
「あぁ。直接会ったことはないから分からないが、その可能性は高いと思う。聖女としての能力も使っているから強力な魔法だと思うぞ。で、あの女といる時に感じてる吐き気はその洗脳魔法に対抗しているから身体が警戒反応を出してると思ってくれ」
ラグナの説明にカルロスは乾いた笑みを浮かべた。
本当のことなのだと分かっていても、信じたくないような顔で。
「お前はあの女についてどこまで聞いてる?」
「………えっと……二人目の…秘匿されし聖女であると。ですが、人を殺させようとする奴は聖女と言えないと思います」
「他は?」
「…………予知に近い、能力を有しているとも殿下はおっしゃってました」
それを聞いてラグナは思考する。
彼は一つの仮説に辿り着いていた。
「あの女、俺と会った時、シナリオ通りだって言ったんだ」
「……………シナリオ通り、ですか…」
「あぁ。だから、予知系のギフトも視野に入れてたんだが……カルロスの話とミュゼが今、五度目の人生を歩んでいることを含めて、一つ仮説を立ててみた」
ベッドの上に横たわるカルロスが息を飲んだ。
そして……彼は静かに告げる。
「……多分だが、あの女は……〝タイムリープ〟のような力を使って、五回目の人生を開始したんじゃないかーー?」