花嫁と邪竜(と国王)の作戦会議
ちょっと説明口調が長いです‼︎
読み辛いかもですが、よろしくどうぞ‼︎
彼は主人と離れて一人、王都の薄暗い路地裏を進む。
彼の存在意義は、主人を命に代えても守り抜くこと。
幼い頃、彼は人には言えないような組織に所属していた。
暗殺や闇取引は当たり前で、簡単に血で血を洗うような物騒な世界で生きていた。
ある日、暗殺の依頼を受けた彼は、あと少しというところで逆に捕まってしまった。
しかし、殺しにいった人に……彼は助けられて。
〝そいつはボクとほとんど歳も変わらないんだ‼︎お願いだ、ボクが彼を更生させるから……命だけは奪わないでやってくれ‼︎〟
彼は……殺しに行った主人に、命を救われた。
その真っ直ぐな瞳が、闇の世界から彼を救い出した。
(だから……命を救われたオレは、かの方を守りたいと思ったのだ)
救ってくれたあの人を守りたいとそう強く思った。
だから、彼の隣で…昔とは比べものにならないくらいに真面目に生きてきた。
それなのに……今している仕事はそれに値するのだろうか。
幼い頃と違う今の姿を、彼は信じられなかった。
ある女と関わるようになってから、主人は変わってしまった。
あの真っ直ぐな姿は、今はなくて。
(オレは……何を信じれば……)
*****
場所は打って変わって国王の人を寄せつけない部屋。
国王は目の前でいちゃいちゃ……正確にはミュゼに抱きついて離れないラグナを見て、なんとも言えない顔をしていた。
あの後、異常気象を理由に学園は休校になり……生徒達は自宅待機が命じられた。
ラグナはそれならついでに国王に今回のことを話してしまおうと思ったらしく、王城に行くとミュゼに告げた。
彼女はそれを聞いて見送ろうと思ったのだが……今のように抱き締められてしまい、そのままここまで連れて来られてしまったのだ……。
「ご機嫌よう、国王陛下……このような姿で謁見すること、お許し下さい」
「あぁ……その、ミュゼ嬢。いったい、ラグナ殿はどうされたのだ?」
「えーっと……」
「ミュゼ成分、補給中」
「………だそうです…」
「なる、ほど……(?)」
どうやら〝意地悪なヒトは嫌い〟発言が今だに尾を引いているらしい。
国王の前でもラグナは一向に離れようとしない。
ミュゼは恥ずかしく思いながらも、国王に真っ直ぐに向き合った。
「本日、お伺いしたのはラグナが国王陛下にお話ししたいことがあるからだそうです。私は完全に巻き込み事故でここに来てます」
「………だろうな…」
「なので、私は壁に徹しておりますから、ご自由にお話しなさって下さい」
「いや、ミュゼにも関係あることだからちゃんと聞いててくれ」
「………そう、なのですか…?」
「あぁ」
ラグナは彼女を抱きしめたまま、という酷く締まりのない姿で、真剣な話を始めた。
「分かったことは現在の学園の状況及び秘匿されし聖女についてだな。まず……あの学園、おかしなことになってるぞ」
「おかしなこと…じゃと?」
「あぁ。まぁ、一言で言えば……あの女に乗っ取られてる」
「なぁっ⁉︎」
「……えっ⁉︎アリシエラ様って学園乗っ取るような権力者でしたっけ⁉︎」
「あー…権力的な支配じゃないんだわ」
ラグナは呆れたように溜息を吐くと、国王に質問した。
「人間が魔法を使えないのは知ってるよな?」
「……あぁ…魔法を使う器として不適合だから、だったか」
「そうそう。魔法ってのはあくまでも情報だ。魔法の燃料……魔力ってのも人間は基本的に少ないし、魔法を構築するための情報量は人間なんかの小さな頭じゃ処理し切れないってのが普通だ。でもたまーに異常が発生するんだよ」
「………イレギュラー…ですか……?」
「そう」
ラグナは上を指差して、呆れたように告げる。
「神が作り上げたこの世界で起こるイレギュラー。要するに……数千年に一度あるかどうかの欠陥だ」
「………バグ……」
「この世界は神の意志の元に存在する。でも、たまに神の手からこぼれ落ちてしまうモノもある。神だって生きてるし、完全な仕組みを成り立たせるのは不可能だ。今回、それに当たるのがあの女、っていう訳」
「つまり……秘匿されし聖女アリシエラ・マチラスは魔法を使って学園を支配しているというのか?」
「まぁ、俺の言い方が悪かったかもしれないけど、支配……って言うより洗脳に近いな」
ラグナがパチンッと指を鳴らすと、ミュゼ達の前に光の文字が現れる。
宙を黒板に見立てて、ラグナが分かりやすいようにまとめてくれた。
「まず、聖女っていうのがどういう存在なのかを理解しなきゃいけない。国王、聖女について知っていることは?」
「………聖女がいるだけで周りに豊穣を与える、神に祝福されし存在……だろう?」
「それじゃあ半分しか合ってないんだよなぁ。聖女っていうのはただ単に女だから使われている名称なだけで、神が作った世界の仕組みの一つとして固有能力を持つ人間のことなんだよ」
「スキルってなんですか?」
「例えば……歴史的に偉業を成し遂げた奴ってのは何かしら凄い才能を持ってるだろ?天性のカリスマとか……予知に近い策略とか。この世界の進化のための分岐点になる人間に与えられる特殊な才能、だと思ってもらえれば良い」
彼は先生のように「分からないところは?」と聞いてくる。
ミュゼと国王は首を振った。
「で、そのスキル持ちの中で聖女って呼ばれる奴は大体が三つのスキルを有してる。一つ目が豊穣。国王が言ったやつだな。二つ目が癒しの力。肉体的にも精神的にも傷を治せる。で……一番重要なのが……誘惑。聖女が愛されるのは大体がこれが原因って訳だ」
「ではそれを使ってー……」
「スキルはあくまでもスキルだ。さっき言っただろ?一種の才能なんだって。つまりは魔法じゃない。……で、こっからバグの話に繋がるんだよ」
光の文字が〝バグについて〟と題打って、内容をまとめていく。
「今回のバグはあの女が魔法を使えるようになってしまったこと。ついでに言えば、最悪なことにギフトまで受け取っちまったんだろうな」
「ギフトって?」
「神の力のほんの一部。勿論、人間なんかが完全に扱える訳ないから、数回使えば消え去る。あの女がなんのギフトをもらったかは正確には分からないが……言動から予知系のギフトまたはタイムリープ系のギフトだと推測した」
予知、というのはアリシエラが言っていた〝シナリオ通り〟という単語で推測したらしい。
タイムリープの方は、ミュゼがこの人生が五度目であると言ったからだろう。
結論から言って、どちらのギフトを有していても……この世界で起きる出来事を全て知っているということで。
「そんなの持っていたら、学園だけではなく、国さえも奪えるじゃないか‼︎」
国王は絶望に近い声を出す。
未来のことを知っているということはそこに介入して、未来を変えられるということ。
国王はアリシエラに国を壊されるのを想像したのだろう。
しかし、その言葉にラグナは「それは無理だ」と否定した。
「言ったろ?所詮、人間だ。神の力を行使することはできても使用した人間のどこかしら壊れるし、ずっと使ってられない。神の力が器に合わなくて自然消滅するだけだ」
「……そうなのか…?」
「あぁ。だが、あの女は洗脳の魔法も使える。唯一の救いは、その器はあくまでも人間だってことだ。所詮、魔法を使えるようになったって限界っていうのがあるんだよ。だから、自分が持っているテンプテーションを併用することで学園全体に魔法をかけることはできたが、それより上……国単位は無理だったんだろうな。学園でもギリギリなところを駒を使って補助した、といったところか」
「…………駒?」
「忘れたのか。ミュゼを襲った奴らを」
「あっ……」
その言葉に思い出すのは三人の人物。
アルフレッド。
ジャン。
ヴィクター。
アリシエラに心酔していた男達。
「学園全体の洗脳は普通のもの。だが、そいつらの洗脳は強力なものだった。多分、そいつらは強いスキル持ちだから、駒として利用するために強くかけたんだろうな。把握してるのだけで三人だが、それ以上いるかもだし」
「………なるほど…彼らのカリスマ性も使用したということか」
「正解。で、今回一部の生徒が洗脳から解けたのは、俺の猛吹雪によって一回死にかけたからだろうな。危機的状況に陥ると脳は処理落ちする。それと一緒に魔法も消えたんだろう」
ラグナの動揺から生み出された猛吹雪だったが、予想以上に良い働きをしたらしい。
「ただ……問題なのが、あの女なんだ」
「どういうことだ?」
「バグ持ちの所為か、あの女の使っている魔法とかは直接使用しているところを見ないと見抜けない。ついでに言うと洗脳かけられてる側も同じような理由で見抜けないんだ。それでも、今回接触してきたことで一つ、分かったことがある」
ラグナは酷く言いにくそうに言い淀む。
ミュゼと国王が不思議そうにすると、彼は意を決したように口を開いた。
「あの女、肉体と中身が違うんだ」
その言葉を理解するのに、どれくらい時間がかかっただろう。
そう言われても、理解することができなかったけれど。
「多分……違うってので合ってると思うんだが……中身がぐちゃぐちゃ過ぎてなんとも言えないんだ。神の力を使った影響(?)なのかもしれないけど……邪竜ですら見抜けない。はっきり言ってエゲツない」
「言葉にすると?」
「元々綺麗な淡い黄緑色に蛍光色をぶち込んで、黒に近い灰色をぶちまけた感じ?」
「………想像はできないですけど…エゲツない感じだってのは分かったですよ……」
想像した色がなんか汚過ぎてなんとも言えない気持ちになる。
ミュゼが感じていた恐怖は、そんな彼女の中身を本能で感じ取っていたからなのかもしれない。
「なら……対策はどうするのだ?」
国王の質問にラグナはにっこりと笑う。
その顔は酷く穏やかで、彼はミュゼの頬を撫でながら答えた。
「考えてない」
「は?」
「だから、考えてないんだって」
流石にその返答には国王も驚いたのだろう。
口がぽかんと開いてしまっている。
「洗脳の魔法を使っているってのは分かったけど、肝心な目的が分かってないだろ? 何が理由で洗脳を行なっているか。何故、ミュゼの命を狙っているのか。その目的が分かってない」
「そう言われれば……そう、だな……」
「だから、目的も分かっていない以上、俺も手を出す気はない。ミュゼを狙ってるってのは許せないし、勿論、今まで通り命を狙ってくるなら反撃はするけどな。代わりに殺すのは……ミュゼの気分が悪いだろ?」
そう言われて、ミュゼは頷く。
自分が狙われているのは分かっている。
しかし、狙ってきたから……という理由で、反対に殺すのは嫌だった。
それに……。
「はい。気分が悪い以前に、これは私の問題です。ラグナが私の代わりに殺す必要はないです。やるなら、自分でやります」
命を狙われているのはミュゼ自身なのだ。
ラグナが代わりに人を殺すのは、その手を汚させるのはお門違いだった。
汚れるのはミュゼ自身でなくては。
だが、そう思っていたのはミュゼのみだったようで。
ラグナは少し困ったように苦笑した。
「あれ?代わりっていう単語、そういう考えに繋がっちゃうのか?……いや、お前は俺の花嫁だから俺の問題でもあるんだが……うん、まぁミュゼが可愛いから良いか。というか考えるのが面倒くさい。ミュゼが俺の手の中にいるならなんでも良いし、俺が守れば良いだけだしな」
ラグナが言った代わりというのは、彼が代わりに殺すという意味ではなく命を狙ってきたからという理由で……という意味だったのだが、些細なことなので訂正しないでおく。
どちらの意味にせよ、ミュゼの気分は悪くなるだろうから。
「………うっ…国王陛下の前でも甘いこと言わないで下さい……恥ずかしい……」
「まぁまぁ。ミュゼは可愛いなぁ〜……。はぁー…本気であの女、ミュゼの代わりに俺の隣にいてあげるとか上から目線で言ってきやがって…加えて洗脳までかけてきやがって、本当に腹立つ」
「…………え。」
その言葉にミュゼは固まる。
ラグナも洗脳の魔法をかけられたのだという事実に、固まってしまった。
それは国王も同じだったようで。
ミュゼの固まってしまった理由を察したラグナは、「大丈夫だぞ」と優しく微笑んだ。
「たかが人間の使う弱い洗脳魔法なんかにやられる邪竜だと思うか?」
「………本当、ですか?」
「本当だって。じゃなきゃこうやってミュゼに触れ合ってないからな?あの女がかけてきた洗脳は〝あの女を愛して、ミュゼを憎み殺す〟なんて最悪なやつだったから。本当はその魔法をかけてきた時点で抹殺対象なんだが……我慢した。というか、あの中身ぐちゃぐちゃ女を殺したら呪われそうで若干面倒だと思ってたりする」
「え?呪われるレベルで恐ろしいことになってるんですか?」
「まぁ、邪竜だから呪いぐらいじゃ死なないけど……殺意が湧くレベルでは面倒なことになると思う」
黒い笑顔を浮かべるラグナは本当に殺意がダダ漏れになっていて。
アリシエラに心酔しているならそんな顔はしないだろうと判断したミュゼは、彼が本当に洗脳されていないことに安堵して……。
ついでに、アリシエラという女性がどんだけ危険な爆弾なのかが、今の反応でよく分かってしまった。
「多分、重要になってくるのはミュゼが殺されるか否かなんだ。気づいてたか?お前に見せてもらった記憶の中……四回とも殺される時期が同じだったってことに」
「…………え?」
そう言われて苦しい記憶を手繰る。
そしてミュゼは驚いた。
五回目はあのダンスパーティーの時点で婚約破棄をしてしまったが……四回とも、婚約破棄されるのは学園を卒業する頃なのだということに。
「分岐点はミュゼが殺されるであろう学園を卒業する春の頃。それさえ乗り越えれば、あの女の目的は潰えると考えてる」
猶予は約三ヶ月。
それまでミュゼが生き残れば、この戦いは勝ちなのだと彼は語る。
「まぁ、ミュゼのことは俺が守るにせよ、手駒がいるに越したことはない。だから強いスキル持ちかつあの女の洗脳にかからない人間から探すことを始めようとは思ってる」
ラグナの言葉に国王が恐る恐る聞く。
「………スキル持ちとはそんなにいるのか?」
「一応はな。強いスキルは世界に必要な人間が持っていることが多いが……人間何かしら才能ってやつがあるだろ?それも言ってしまえばスキルの一つなんだ。言ってしまえばあんたの手腕だって《君主の才》っていうスキルだぞ」
「………‼︎ラグナ殿はスキルを見抜けるのか⁉︎」
「あぁ。まぁこれも俺が邪竜だからっていう理由なんだが……まぁ、神を相手取るくらいまでなら大概できる」
「いや、それ、ほぼできないことの方がないですよね?」
「俺にだってできないことがあるぞ?現にあの女に関してだけは直接魔法を使ってるのか見ないと分からなかったじゃないか」
「でも、それは神の力関連だからですよね?なら、その件に関しては論外じゃないですか?」
「まだできないことはあるぞ?」
ラグナはミュゼに向かって甘く微笑む。
その笑顔は何故だか無駄に色気があって、美貌耐性のあるミュゼでも、ぞわりっと身体が震えた。
「例えば……ミュゼを今すぐ抱けなかったり」
「………ん?」
「お前を連れて逃げて……二人だけの世界で、どこにも出れないように閉じ込めたり……とか」
「…………なぁっ⁉︎」
甘い色気を醸し出しながらも、なんだかヤバそうな黒いオーラを纏って、ラグナはさらっと恐いことを言う。
ミュゼは思わず逃げ出したい気持ちに駆られそうになった。
「そんな恐い行動しなくてもラグナから逃げる気なんてありませんからねっ⁉︎」
「そーいうと思って行動に移してないんだって。まぁ、俺よりも好きな男ができたら許さないから……ミュゼの選択次第では監禁ルートが待ってるって覚えとけよ?」
「ひぇ………」
その顔はいかにもヤンデレっぽそうで……ミュゼは心の中で「うわー…色気だだ漏れで恐い顔してます……」と呟いたつもりで実際に口に出していた。
ラグナは微笑みながら、「お前に関しては俺でも自分を制御できないから仕方ない」と頬を擦り寄せた。
「と、まぁ国王に現状でやれることはないから適当に国王しててくれ。出番になったら働いてもらうから」
で、置いてけぼりを食らっていた国王は急にそう言われてどこか遠い目をする。
なんだか容量過剰で疲れてしまっているようだった。
「わたしはもう手駒の一つなんだな……」
「当然」
「国王陛下も受け入れた顔しないで下さいよ……」
「もうラグナ殿に任せる。ただの人間には到底理解不能な次元だからな」
と、まぁ……国王のお墨付き(という名の丸投げ)を受けたラグナは、いかにして奴らを貶めようかとミュゼを抱きながら悪魔のように笑っていた。