五度目の人生の始まり
最初は乙女ゲームとか悪役令嬢とかキーワードの意味が分からないかもしれませんが、後々ネタバレします‼︎
スローペースですが、よろしくどうぞ‼︎
それに気づいたのは年に一回行われる聖ベルフェリア学園のダンスパーティーだった。
婚約者であるアルフレッド・レンブルが婚約者以外の女性を連れ立って参加したのが原因なのかもしれない。
金髪碧眼の如何にも王子様といった風貌の彼と、亜麻色の髪に琥珀色の瞳を持つ彼女……アリシエラ・マチラス。
お揃いの水色のタキシードとドレスを着た二人は、互いに頬を染めあって指先を絡めている。
その美しい姿は側から見てもそういう関係で。
ミュゼ・シェノアは、その二人を見て自分が歩んで来た人生を思い出した。
雪に薄い水色を混ぜたような蒼銀の髪に、菫色の瞳を持つミュゼは、とても美しい伯爵令嬢だ。
公爵家の跡取りであるアルフレッドとの婚約にも、この美しい容姿が一因していたのは誰にでも分かることで。
確かに……アルフレッドと彼女の婚約は、政略的な婚約関係であったが、ミュゼは彼を愛していた。
彼に相応しい女性になろうと沢山勉強し、彼に愛されるようにと努力した。
なるべく同じ時間を過ごせるようにしたし……彼に近づく女性には牽制もした。
それは彼女にとって当たり前だった。
公爵家は王族に連なるのだ。
それ相応の知識や教養がなくてはいけない。
婚約者なのだから、愛を育むのは当たり前だし……婚約している男性に、恋心を持って女性が近づくというのはマナー違反だ。
当たり前のことをしただけ。
しかし、どれだけミュゼが頑張ろうとも彼女は奪っていく。
ダンスホールに満ちる痛いくらいの静寂は、婚約者以外の女性と仲睦まじくするアルフレッドではなく……ミュゼを責めているようで。
この場には彼女の味方はいない。
それは今までの人生で証明されていた。
「……どういう、こと?」
ミュゼは息が浅くなるのを感じながら、じりじりと逃げようとする。
本能が、恐怖が逃げろと頭の中で警報を鳴らしていた。
この光景を見るのは五回目だった。
ダンスパーティーというものは婚約者がいる場合は、その相手がエスコートするもの。
しかし、ミュゼは一人で参加し、彼はアリシエラと参加する。
今までと何も変わらない。
そして、今は今までと違う。
ミュゼがこの光景を見るのは五回目。
つまり、彼女は五回目の人生を生きていた。
一回目はアリシエラに働いていたというデタラメな悪事をアルフレッドと宰相の子息にでっち上げられ、その所為で婚約破棄された後に国外追放。旅の途中で何者かに襲われ、崖から落ちて死んだ。
二回目はやはり婚約破棄をされ、アリシエラを慕っていた騎士候補の男に殺された。
三回目は婚約破棄で泣きながら王都を彷徨っていたら、攫われてズタボロになった後に病気で死んだ。
四回目は……邪竜教という宗教に捕まり、生贄として殺されそうになったところを、アルフレッドに助けられたかと思ったら彼に殺された。
凄惨な人生を歩んで、死んだはずのミュゼは今確かにここにいる。
同じ時間を繰り返している。
四回目までは前回から死んだ時のことまで思い出したことはなかった。
五回目にして初めてのことだ。
彼女が死ぬのはこの日から春頃……つまり、約四ヶ月後ー。
なら、今までの知識を生かして〝死〟という名の結末を覆すことがー……。
できそうになかった。
デタラメな悪事を覆そうとも、それを突きつけてくるのはアルフレッドと宰相子息で、襲ってきた人達は何者かさえ分からない。
騎士候補の男はもうこの時点でアリシエラに骨抜きだ。
盗賊や邪竜教の件に関して王都で起きた事件なので……治安がしっかりしているのに誘拐などされる訳がない。
つまり誰かの差し金だということ。
もう、このダンスパーティーに来た時点で彼女を殺そうとする人達は、アリシエラの虜だった。
盗賊や邪竜教に関しては、ミュゼ一人では解決のしようがない。
つまり、ミュゼにはどうすることもできないのだ。
それどころか、目の前の男に殺された恐怖を思い出して身体が動かなくなる。
「…………っ…」
息が詰まる。
視界が涙で滲みそうになる。
しかし、今この場で何かしなくては……またあの結末を繰り返すことになってしまう。
だから、ミュゼは決断した。
記憶が戻らなかった四回目まではアルフレッドを愛していた。
どんなに努力しても愛されないと分かっていたのに、いつの日か愛されるのでは?と夢見て頑張っていた。
でも、今回は無理だ。
記憶が戻った今、もう彼は愛せない。
今の彼ではないけれど、確かに彼に殺されたのだ。
そのことを乗り越えて結ばれるほど、彼女は強くない。
それほどまでに彼女が生きてから死までの日々は、苦しいものだったのだから。
それほどまでに、何度も死を経験した彼女は……その痛みを思い出して、どこか壊れてしまったのだからー……。
「………アルフレッド様」
「…………なんだ」
酷く声が震えていた。
声をかけただけで警戒するようにアリシエラの前に立つ。
自分はアリシエラに彼に近づかないで、と言っただけなのだが、何かすると思っているのだろう……随分と酷い態度だ。
でも、もうなんでも良い。
「婚約破棄、して下さいますか」
「………‼︎」
「貴方は私じゃなくてアリシエラ様が好きでしょう?私、自分が好かれていないと分かっていながら、そんな相手の妻となるために努力しようとか……できるような人間じゃないんです」
その言葉を聞いて驚いたのはアルフレッドなのかアリシエラなのか。
または周りの人間なのか。
分からないけれど、音が消え去ったかと思うくらいに静まり返っていた。
「………婚約破棄は、」
アルフレッドはそこまで言って言葉を紡げなくなる。
分かっていた。
彼がアリシエラと仲睦まじくなろうが、ミュゼとの婚約破棄をしなかった理由。
家同士が決めたことだから。
そこに当人の意見はないから。
公爵家の人間として、彼は分かっていた。
それでも、彼はミュゼではなくアリシエラを見ているのだ。
そこを貴族の義務という名で折り合いをつけられるほど、人間としてできていない。
いや、そんなの建前だ。
ただ、彼から逃げたい。
「あぁ、ではあれですか?私に名前ばかりの正妻となり、アリシエラ様こそが本当の正妻なのにと陰口を叩かれる日々を過ごせというのですね?」
「ミュゼ様っ‼︎わたしはそんなつもりはー……」
「ミュゼっ‼︎何故、そんな酷いことが言えるっ‼︎」
アリシエラが身体を震わせて、目尻に涙を浮かべる。
アルフレッドも彼女を庇うようにして、こちらを睨む。
しかし、ミュゼは酷く疲れた顔で嘲笑った。
「酷い……?なら……今この場で婚約者の手を取っていないのがなによりの証拠なのだと分かってないのは貴方だけですか?」
「………っ‼︎」
「それとも私の頭がおかしいのでしょうか?なら、尚更、婚約破棄をすべきでしょうね」
実際にミュゼは正しく狂っていた。
死というものは、全てのモノを等しく壊す。
発狂していないだけまだマシな方だが……ミュゼは確かにどこか壊れてしまっていた。
「どうか婚約破棄を」
周りの人間もミュゼの言葉に一理あると考えるが、基本的にアリシエラの味方なのだろう。
何も言わず、静かな目でアルフレッドを見ていた。
簡単なことなのだ。
アリシエラの手を取るならば、婚約を破棄してくれれば良いだけなのだ。
もう嫌だった。
彼を愛するだけで殺されるのは、死ぬのは嫌なのだ。
「………君も伯爵家の娘ならば分かるだろ」
しかし、アルフレッドが言ったのはそんな言葉で。
ミュゼの心は完全に冷え切ってしまった。
彼女の心は完全に絶望してしまった。
「………そう、ですか……」
視界が涙で滲む。
苦しい、悲しい、辛い。
助けて欲しかった、誰かこの場所から。
ふっと……思い出すのは漆黒、輝く金色の瞳。
四回目の人生で少しの間でも共に生きた存在。
ほんの少しの間だったけれど、ミュゼの心の側にいた存在。
「助けて……ラグナ……」
小さな呟きは、世界に静かに染み込んでいった……。