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五人衆の座談会

作者: 井戸原 宗男

現の幻の様などこか、おそらくあの世と呼ばれるところにて。


約四百年前、豊臣家危急において馳せ参じた五人の男たち。

この世を去った後に大阪浪人五人衆と呼ばれた男たち。

その五人があの世において再び合間見え、輪を描いて座っていた。


後に真田幸村の名と共に、日ノ本一の(つわもの)と呼ばれる真田信繁は歯を鳴らした。


「せっかく毛利殿が切り開いた家康への死中の活路、それを活かせず馬印を倒したばかりで肝心の家康が首を取れなんだ、この信繁一生の不覚であった」


拳を噛み頭を垂れる信繁の横で、信繁の肩を叩いているのは「真田を云て毛利を云わず」と後世に評される豊臣恩顧の忠臣、毛利勝永だった。


「何をおっしゃる真田殿、私とて真田殿がいてくれたからこそ何の憂いも後悔も無く先を行けたというもの、日ノ本一の兵に謝辞を告げられるは私も恐縮するに甚だしい、どうか御顔をお上げくだされ」


勝永はそう言って、自分の隣にいた男を見やり手を向けた。


「もし、それでも悔恨の念に苛まれておいでなら、それは私に対してでは無く、私の隣におられる後藤殿に対してでは御座らぬか?いや、後藤殿、道明寺の折は其処の元へ駆け付けられず、相済まなんだ」


信繁と勝永が頭を下げる先には、黒田家の猛将、後藤又兵衛の名で後世に名を残す後藤基次が大きな声で笑っていた。


「御二方は何か勘違いしておられるご様子だ、私はちっとも怨んでおらぬ、それどころかあの濃霧の事も含め感謝しておるくらいだ、あの戦いがあったからこそ私の名が後世にまで轟いたというもの、あれが無ければ私なんぞ黒田家を出奔しただけの貧乏浪人でござった」


基次は快活に笑っていたが、自分の隣に座っている男を見ると少し哀しげな目を投げかけた。


「私などただの素浪人ゆえ、冥土の土産に良き死に場所を得たとも言えるが、土佐守様にはそうも言えぬがあの戦の結末に御座ろう、長宗我部家再興の悲願、叶えられなんだ心境、察するに余りある。」


そう言って基次が隣の男に頭を下げると、皆も基次に倣い男に頭を下げた。


「御一同、頭をお上げくだされ、私なぞただの寺子屋の師匠で御座います、土佐守と名乗っていた事もありますがコレもあくまで内々の話、只の自称であります故それを言われるとこそばゆい、それに寺子屋の師匠の手には余りあるほどの夢をあの戦には見せてもらいました。」


一同に頭を下げられ慌てている男は、土佐の出来人と言われた長曾我部元親、その忘れ形見とも呼ぶべき男、長宗我部盛親だった。

この盛親は大名格だった男ゆえに、他四人の男たちから頭を下げられるのも当然のことであった。

それでも狼狽する盛親は隣の男を見やる。


「それに、私はあの戦の後にむざむざと逃げ、挙句の果てには捕縛され醜態を晒した身、その点、明石殿は無事に逃げ果せ、その後はトンと行方知れず、明石殿を捕らえられなんだ家康の顔を思い浮かべるだけで、私は彼奴に一矢報いれた気持ちで御座います」


そう言って盛親は隣の男の肩を叩いた。

照れを隠すように小さく微笑む男の名は、明石全登あかしてるずみ、豊臣政権五大老の一人、宇喜多秀家の懐刀と呼ぶべきこの男。


熱烈なキリシタンとしても有名であり、大阪の陣の折にはキリシタンの布教の再開を己が目的として豊臣方に参戦した。


「明石殿はあの後、どちらに向かわれたのですかな?イスパニアか、はたまた我らも知らぬ異国の地に御座いましょうか?」


盛親の問いに、全登は胸の前で小さく十字を切ってこう答えた。


「それは、神のみぞ知るところ、に御座いましょう」


全登はニヤリと広角を上げる。

それを聞いた一同は大いに湧き立った。


「しかし、この場において皆様とまた一度こうやって肩を並べるは恐悦至極にございます、私などが言う事でも御座いませぬが、今日は先の戦でも肴にして、またあの時のように盃を酌み交わしましょう」


全登がそう声をかけると、一同が描く輪の中心には大きな酒瓶、海の幸、山の幸が食べきれないほどに現れた。


そして一同は互いの盃に酒を注ぐと、互い武功を褒めそやし、戦の妙味について熱く語り、生前の記憶の話題に花を咲かせる。


酒が入ってしばらくした後、一同の口調が官位・身分の上下無く砕け始めた時であった。


全登がアナグマの干し肉に手をかけようとした時に、基次の遠く後ろあたり、人の気配を感じて立ち上がった。


「もし!そこな尋常ならざる御仁よ!拙者の目に狂い無くば其処許は本多忠勝殿とお見受けできるが、如何か!」


突然大きな声を上げた全登に一同が顔を向けたが、その口から発せられた名と、全登の視線の先から発せられる重圧にも似た雰囲気に、一同が全登と同じ方向を向いた。


最初に動いたのは信繁だった。

信繁は、声をかけられた人物がこちらへやってくるより先に向こうへと走りよった。


「大叔父貴殿では御座いませぬか!私です、貴方様が婿の真田信之、その弟、真田信繁にございます。」


信繁は男の側までやってくると深く頭を下た。


「おぉ、真田の婿殿の弟君か!昔会うた頃とは見違える様な武者っぷりだった故、一目見ただけでは気付かなんだ、相済まぬ」


男は、信繁の肩を強く叩いた。

全登が言い放った名、信繁の兄の義父親、この男こそ徳川四天王が一人、戦国最強の異名を持つ本多忠勝だった。


他四人も信繁の後に続くと、信繁に倣う様に深く頭を下げた。

忠勝が如何に徳川方の将であったとしても、それは生前の話である。

この場で、未だ恨み事を述べるのは、その女々しさで自身の名を穢す事に他ならない。

むしろ、敵なれどその勇ましき武勇を賞賛してこそ武士の器量というものである。


忠勝も、一同と同じく頭を下げた。


そして、皆が頭を上げると忠勝は快活に笑った。


「如何にも、拙者は本多忠勝に御座います、これは豊臣方の勇士御一同がお揃いか、先の戦はこれ程の武者と合間見える事が出来たとは、参戦できなかった事が悔やまれますな」


忠勝は大坂の陣には参戦していない。

大坂の陣の4年前に、眼病により他界している。


「丁度、大阪での戦話に花が咲いておった処です、大叔父貴もどうかこちらへ来て盃を交わされよ、遠慮は無用に御座いまする。」


信繁は酒が入っているせいもあってか、少々強引に忠勝を酒盛りの場へと押しやった。

困惑していた忠勝だが、信繁の押しの強さに負け酒盛りに参加することとなった。


信繁と又兵衛の間に腰掛けた忠勝は、又兵衛から酌を受け、並々注がれた盃の酒を一気に飲み干した。


「それで、本多殿は如何な様でこちらへと参られた?」


空になった忠勝の盃に、再び酒を注ぎながら基次は尋ねた。

基次の問いに、忠勝は困惑した表情で、唸るように喉を鳴らした。

しかし、一同の視線は忠勝へと注がれ、気遣六分に興味四分の視線はついに忠勝を折らせた。


「実は……特に貴殿らには、色々と申し上げにくいことではあるのだが……」


忠勝は、言い澱み、躊躇う様であったが、一度吐いた唾は飲めぬと覚悟を決めた。

勢いよく懐に手を入れると、あるものを取り出した。


一同は忠勝の手の平にあるそれを、覗く様に見やった。


それは2枚の貝殻だった。

貝殻の大きさは小ぶりなハマグリ程度であり、その形は口の部分で小さく内向きに曲がっている。


その形を見て、盛親が呟いた。


「これは、徳川様の葵紋の様で御座るな」


盛親の言葉に、忠勝は頭を掻きながら不承不承に言った。


「身内の恥で大変恐縮ではあるのだが……これは……その、我が主君、徳川家康なのだ」


忠勝の言葉に一同は、口をへの字にまげた。


「これが大御所様に御座いますか……それにしては随分と謙虚なお姿に……」


基次のつぶやきに、忠勝がそちらへと目を向けた。

基次は忠勝の視線に慌てると、「皮肉には御座らぬ」と慌てて手を顔の前で振るう。


「先程、長宗我部殿が仰られた葵紋だが、おそらくこの貝殻はそれを倣っておるのだろう、しかし2枚しか御座らぬ、葵紋は3枚揃って初めて徳川の権威を知らしめる御紋となる」


そして忠勝は消沈したように頭を垂れながら続けた。


「おそらく、徳川が権威の最も足る我が主君の姿にするには、もう一枚貝殻が必要なのだろう、しかし殻を三枚も持つ貝など皆目見当がつかぬ、酒井、榊原、井伊もそれぞれ別の場所で何か手がかりは無いかと、私同様に歩き回っておるのだ」


忠勝の話を聞いた一同はしばらく黙っていたが、最初に沈黙を破ったのは勝永だった。


「我々も何か話を聞きましたらお知らせ致しまする、俗界におった頃は敵同士だったとはいえ、これも同じ時代を生きた(よしみ)ゆえ」


忠勝は勝永の言葉に頭を下げると、謝辞を述べて立ち上がった。


「それでは拙者は主君の危急の最中ゆえ、お暇させて頂く、邪魔をしてすまなんだ」


そう言って、酒盛りの席から立ち去った。


忠勝の背中を見送り、その姿が朧げな幻に見えるまで遠のいた。

すると、誰からとも無く喉を鳴らす音が聞こえてくる。

その音は次第に大きくなり、やがては蛙の鳴き声にも匹敵する大きな笑いの合唱となった。


「聞いたか!常世に来た途端に狸が貝になったとは!」


忠勝が笑い疲れて、息も絶え絶えに言った。


穢土えどの地に未だ未練でもあるのかのう、あの狸は」


盛親が涙を拭いて喋る。


「勝永殿があの場で言葉を切り出さなんだ、私が先に吹き出しておりました」


全登は、まだ笑いの余韻冷めやらぬのか再び笑い始めた。


徳川四天王が揃いも揃って、貝となった主君のために貝殻探しをしている様を想像して、一同は再び笑い転げた。

こうなれば、武士の器量もへったくれもない、思い思いに家康に大しての軽口を叩き合う。


しばらくして、ようやく笑い声がひと段落付いた時であった。


「しっかし、なぜに狸が貝殻に化けたのか」


信繁が肴で食したハマグリの貝殻を手にとって呟いた。


「大御所がタヌキだからよ」


勝永が信繁の問いに答える。

勝永の言葉に全登が合点がいったとばかりに続いた。


「なるほど、大御所は他界たかいしてこちらにきたが、たぬき故に、タが抜かれてかいになったと」


全登の二の句に、勝永は正解を示す様に、他三人は納得の意思を表す様に、一同は頷いた。


特に信繁は、全登の言葉で何かを閃いたのか、手にとったハマグリを皆の前に見せた。


「葵のハマグリ殻がどこにあるかは分からぬが、どの様ななりかはおおよその見当がついたぞ」


そう言うと、信繁はハマグリの殻を指でなぞった。

信繁が指でなぞったところから、ハマグリに字が浮かんでくる。


ハマグリの殻には、耐、の文字がゆっくりと浮かび上がった。


「織田の人質、今川の家臣、そして再び織田の腰巾着となり、ついに太閤の元にも降った、奴の人生とは、まさにこの字の如くよ、それが抜かれたのならば、最早それは徳川家康では無い」


信繁の言葉に、盛親は手を打った。


「なるほど、耐の書かれた殻、耐殻たからはまさしく大御所の宝と言うわけか」


すると、盛親の言葉に反応するかの様に、信繁の手にあった貝殻の口がゆっくりと小さく内へと折れて行く。


それは、忠勝が手にしていた貝殻と並べると徳川の三つ葵を描く様であった。


「それ、早速お主の大叔父貴に渡すのか?」


基次の問いに、信繁は悪戯っぽく小さな笑みを浮かべる。


「大叔父貴には悪いが、もう少しあの姿を笑っていても罰は当たるまい、そうさな、もし大叔父貴がまた再びここえ来られたのなら……」


信繁は、貝殻を指で真上に弾いた。


「大御所はこちらに来てタの字が抜けたのだから、貝殻は、たいを良く所望された大御所が胃の中にでも置き忘れたのでは?と答えようか」

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