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トントントン
部屋で待っていると、扉が叩かれる音が聞こえてきた。
イロハさんかな?
「どうぞ」
「失礼するんだよ」
イロハさんだと思っていたが、入って来たのはラビだった。
片手にコップ、片手に銀色のピッチャーを持って若干危なかっしい。
「お茶を持ってきたんだよ」
「あれ? なんでラビが?」
「イロハに代わってもらったんだよ」
代わってもらった? なんで? まあ、お茶が飲めるのなら誰でもいいけど……。
ラビはテーブルへとコップを置いて、お茶を注いでいく。
「どうぞなんだよ」
「はい、いただきますね」
受け取って、お茶を飲む。
うん、冷たくておいしいや!
「ご主人様、おかわりはいかがなんだよ?」
「じゃあ、もう一杯だけ」
「任せるんだよ♪」
嬉々としてラビは再びお茶を注いでいく。
注ぐ音に鼻歌が混じり、ただお茶を注いでいるだけなのに楽しそうだ。
何か良いことでもあったのかな?
「ラビ、何か良いことでもありましたか?」
「良いこと? なんだよ?」
小首を傾げて、ラビはおかわりのお茶を差し出してくる。
それを受け取り、俺は続ける。
「はい、なんだかとても楽しそうなので」
言われて、ラビは考え始める。
そして、ひねり出すようにして答えを出した。
「強いていうなら……、こうしてご主人様と一緒に居られることなんだよ」
「私と一緒に居ることが……良いことなんですか?」
今度は俺が小首を傾げる。
俺と一緒に居ることが? ……どういう意味なのだろう?
そんな俺の疑問に対し、ラビは嬉しそうに答える。
「うん! ご主人様と一緒に居られるだけで幸せだし、楽しいんだよ! だから、ラビの良いことはご主人様と一緒に居ることなんだよ!」
言って、ラビは熱いまなざしを向けてくる。
な、なんだか照れくさい。そんな言葉は初めてだ。
なんと返していいのか分からなかったので、俺はお茶を飲み干す。
そして、何事もなかったかのようにおわかりを要求した。
「も、もう一杯ください!」
「はいなんだよ♪」
再度、お茶が注がれる。
俺はそれを黙って飲み干した。
◇◇◇
「おかわりを持ってくるんだよ!」
「もう充分です……、そのまま戻って大丈夫ですよ……」
「? まあ、ご主人様がそう言うならそうするんだよ」
空になった銀色のピッチャーを抱えて、ラビは部屋を出て行った。
さすがに飲み過ぎた……、お腹がたぷんたぷんだ……。
ラビが飲み干す度に期待した眼差しを向けて来るものだから、ついつい頷き続けてしまった。
合計で6杯ほど飲まされただろうか? 小さいコップとはいえ完全に飲みすぎた……。
「……横になろう」
苦しいのでベッドへと向かい、仰向けに身体を預ける。
こうしているだけで少しは楽に……ならないな。体勢はすごい楽だけど。
柔らかさに包まれ、疲労感が身体に押し寄せる。
このまま眠ってしまえそうだ。
「今日も色々あったな……」
今日は本当に色々とあった。
色んなお店に行ったし、色んな出来事があった。
朝からクロストへ行って、魔具屋や色んなお店を回って、色々見て、食べて、
「…………」
困ったり、迷惑したり、かけたり、色んなことが盛りだくさん。
……色んな意味で全く退屈しない1日だった。
「なんだか目まぐるしかったな……」
色んな人に遭ったせいで、休まる暇がほとんどなかった。
休めたのは食事の時ぐらいだろう。
「そういえば……、今日はみんなの色々な一面が見れたな……」
今日一日だけで、みんなの色々な一面を垣間見た気がする。
例えば――、
クロハさん――。
普段はとても優しいけど怒ると怖かった。
容赦なく魔法は放つし、叱るとまるで子供を叱るお母さんみたいになって驚いた。
あの拳骨は痛そうだったな……、そう比べると魔法は大分マシに見える? ……いやいや、魔法も相当だな。下着屋のお姉さんとか気絶してたし。……とにかく怒らせない様にしないとな!
シロハさん――。
天真爛漫で動じることなんて無いと思っていたが、そんなことはなかった。
階層主――ビックウッドすら一人で翻弄してしまうシロハさんだったけど、クロハさんを前にしては形無しだった。
拳骨を食らい、瞳に涙を浮かべる姿は思い出すだけでまだ少し信じられない。
まあ、ある意味三姉妹の中で一番末っ子らしいといえるけど。ビックウッド戦の時のシロハさんを間近で見ていただけに意外も意外だった。
イロハさん――。
口調が崩れる以外に素の姿が見れた気がした。
今まで二人っきりで会話をする機会が無かっただけに新鮮だった。
いきなり手を握られた時は驚いたな……。とても温かかった……。
ラビ――。
半日会わないだけでだけで、すごい成長していた。
皿の割れる音は聞こえなかったし、さっきだって一人で仕事を任されていた。
立ち振る舞いはクロハさん達に比べるとまだまだだけど、それでも大分メイドらしくなっていた。
……これはしばらくしたらドジっ子メイドの汚名は返上かな? なんて。
「………………」
そんな中、イノリお姉ちゃんは――いつも通りだった。
無表情をたまに変え、感情を表す。……本当にいつも通りのまま。
なので、みんなが意外な一面や成長を見せる中、イノリお姉ちゃんに変化は何も感じなかった。
「まあでも……、それがイノリお姉ちゃんらしいかも……」
イノリお姉ちゃんは普段から無表情であまり感情をみせない。
だから、わからない。何を考えているのかを――。
だから、知りようがない。何を思っているのかを――。
けど、それを悪いことだなんて思わない。
だって、それがイノリお姉ちゃんの個性だと思うから――。
だって、それがイノリお姉ちゃんの美徳だと思うから――。
「だけど……もし……」
もし、みんなみたいな知らない一面を――見ることが出来るというのなら。
もし、イノリお姉ちゃんが――見せてくれるというのなら――。
「いつか……色んなイノリお姉ちゃんも……見てみたいな……」
呟き、次第に瞼が重たくなってくる。
そして、俺はその衝動に身を任せて、眠りへと着いていった。




