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交錯した視線に何を思ったかと言うと、
恥ずかしい。
その一言に尽きた。
恐らくだが顔は先程までと比べ、更に赤みを増していると思う。
挙がったままの腕は身体が強張って下げることは出来ないし、顔に熱があつまっていくのが嫌というほど伝わってくる。
最悪。最悪だった。恥ずかしすぎる!!
ただでさえ自身の姿を見て顔を赤らめていたというのに、それを他の人に――イロハさんに見られてしまった。
ガッツリと! これ以上ないぐらい! 鮮明にだ!
もう顔から火が出そうだった。今すぐここから逃げ出したい……。
しかし、石のように強張って固まってしまった身体がそれを許さない。
そのせいで、現状は今も続いている。
イロハさんの訝し気な視線は俺を捉えたまま離れない。
凝視、とまではいかないが、じっと見られている。
まあ、それはこちらも同じだけれど。
固まったままの身体は、両の眼は――。
イロハさんの瞳を、肢体を、捉え続けている。
昂揚とした薄いピンクの肌色に雫が伝って零れ落ち、タオルに張り付くのが映る。
ただそれだけなのに妙に艶めかしく。――見入ってしまう俺が居た。
念のため言っておくがヤらしい意味で見入っていたわけではない。
色香。いや、妖艶とでもいうのだろうか?
引き寄せられるかのように自然と目が行っていた――見惚れていた。
なので、故意ではないのだ。身体も動かないし、仕方ない。
かといって、見惚れていたからといって、自身の羞恥が薄れたわけではない。
むしろ顔の赤みを加速させる要因になってしまい、俺を苦しめた。
気絶一歩手前の血のたぎりが、
脳を沸騰させるような熱が、
身体を過ぎり、意識を遠ざける。
次第に視界に白みが帯び、頭をも真っ白に染め上げていく。
このままだと気絶する……。そう思った時だった。
俺の身体から力が抜け、イロハさんが口の形を変えた。
「アリスお嬢様!」
ふらついた俺に反応して、イロハさんは俺の元へと駆け寄ってくる。
それを見て、俺は「ハッ! 身体が動かせる!」と間の抜けたことを思っていた。
「大丈夫ですか? お身体の調子がよろしくないのですか?」
「え? い、いえ! 何だか気が抜けちゃいまして! 身体がふらっと――こんな風にです」
俺はわざと身体をよよよとふらつかせ、何でもないですよアピールをする。
それを見てイロハさんは、ほっと息を漏らした。
「ご無事のようで何よりです」
「はい! ご心配をおかけしてすみません」
咄嗟の動きをしたイロハさんを見て、心配を掛けたくないという思いが他を勝った。
結果、あらゆることを忘れて身体が動かせていた。
身体の強張りは解け、羞恥も何処かへと消え去り万々歳。
……さすがにバンザイをして喜びはしなかったけど。
まあでも、内心ではかなりほっとした。イロハさんと同じくして漏らしたかったくらいにはだ。
けれども、それをしてしまうと追及される恐れがあったので必死に抑えた。
状況的に油断できない。ここは何事もなかったかのように装わなくては。
「いえ、メイドとして主を心配するのは当たり前のことですねので。――それでですがアリスお嬢様。アリスお嬢様は何をなさっておられたのでしょうか? 見たところ、お一人で鏡に向かって両手をお上げになられていましたが……お困りでしたか?」
心配そうな表情と声音でイロハさんは問うてくる。
何とか話を誤魔化そうと思っていたが先手を打たれてしまった。
これではどうしようもない……。もう誤魔化すのも不可能だろう。
なので俺は、素直に打ち明けることにした。
「はい……その……、服を脱ぐことが出来なくて……」
……いざ打ち明けるとやっぱり恥ずかしい。
俺が小さく答えると、イロハさんは目を瞬かせた。
「そうでしたか。……それでしたら私がお手伝いさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
お手間は取らせません。とイロハさんは提案してくれる。
どうやっても独りでは脱ぐことが出来そうになかったので、その提案は本当にありがたい。
脱がしてもらいさえすれば後は浴場へと向かうだけだ。他に障害はない。
だから俺は二つ返事で答えた。
「はい! お願いします!」
◇◇◇
俺のお願いはものの数秒で叶えられた。
「では、そのままお手を挙げたままでお願いします」
「はい!」
指示に従いバンザイをすると、衣服をするりと一瞬で脱げ落ち、鏡には下着姿の少女――俺が映っていた。
こんなにもあっけなく……。苦戦していたのが馬鹿みたいだ。
あんまりにも一瞬だったので拍子抜けする。
けど目的はちゃんと果たせたので気にするのは止そう。
「ありがとうございます! 後は大丈夫ですからイロハさんは着替えてください」
イロハさんは自身の着替えより俺の着替えの方を優先してくれた。
なので、先程までと変わらずタオル一枚の恰好のままだ。
……目のやり場に困るし、そのままの恰好は身体にも良くない。
後は自分でも出来るし、イロハさんのお世話は大丈夫なはずだ。
けど、断られてしまった。
「いえ、このままで大丈夫ですので」
お気遣いなく。そう謙遜するようにして、残りの……下着を脱がしてくる。
……くるって言ったら失礼か。わざわざやってもらってる訳だし。
俺は身を任せて、目をつぶる。自分の裸にも慣れてはいないからだ。
「――終わりました。それでは行きましょうか」
「はい! ――ってイロハさんもですか!?」
さりげなく着いてくるイロハさんに思わず声を荒げてしまう。
い、イロハさんはさっきあがったばかりじゃないですか! な、なんで?
と思っていると、疑問の答えが返ってくる。
「はい。お一人ですと心配ですので」
何かおかしかったでしょうか? と訊ねて来る。
……本当に心配でわざわざ付き合ってくれるのだろう。
目がかなり真剣だし、断りづらい。
なので俺は、
「い、いえ! 助かります!」
と、答えるしかなかった。




