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「あ、温め直すんだよ!」
俺の視線に気づいたのか、ラビが唐突にそう言った。
温かいものが飲めるならそれに越したことはない。なので、そのままお願いすることにした。
「じゃあ、お願いします」
「任せるんだよ!」
スープ皿をラビに手渡す。
ラビは受け取ると、スープ皿を持って厨房の方へと走って行った。
しばらく待っていたら温かいスープがくるだろう。その間は他の料理を頂くとしよう。
「いただきます!」
説教はここでおしまいです。という意味を込めて、俺はナイフとフォークを掴み食事を始める。
さて、どれから食べようかなー!
「……私も頂きましょうか。シロハはラビの様子を見てきてください」
「……うん、了解ー! ちょっと見てくるねー!」
意図を察してくれたのか、クロハさんは普段の落ち着いた声音でシロハさんにお願いした。
うん。これが一番! やっぱり普段通りが落ち着く。
シロハさんの背中を見送って、俺はハムステーキ? に手をつける。
ハムステーキ? には黒濁色のソースが覆い隠されるぐらいかけられている。
なので、実はハムステーキじゃないかもしれないという可能性がある。見た目がそれぽかったのでハムステーキだよな? と勝手に思っていたのだ。
まあ、食べればわかるよな。どれどれ――。
フォークで押さえ、ナイフで一口大にカットする。
そして、カットしたものをフォークの先に刺し、口へと運んだ。
「これは……お酢? けど、そんなに酸っぱくない。むしろフルティーでコクがある……」
食べた感じ、ハムステーキだとは感じた。
口にした感触はハムと言って遜色はない。十中八九と言っていいだろう。
けど、このソースは全く知らないものだった。
なんだろうこのソース……? 初めて味わう味だ。
「クロハさん! このハムステーキのソースってなんですか?」
訊ねると、クロハさんは自分の料理をテーブルに並べていた。
あ、まだ食べてないんじゃわからないか……。
「こちらのソースですか? 恐らくですがバルサミコ酢ベースの物ですね」
「バルサ巫女コス?」
「いえ、バルサミコ酢です。ほのかな酸味と果実の甘みが特徴的なのですが……、多少クセもありますし、お口に遭いませんでしたか?」
「い、いえ! とてもおいしいです! なるほど、バルサ巫女コスですか! 覚えました!」
「いえ、バスサミココ酢ではなくバルサミコ酢――」
咄嗟の質問にも関わらず、クロハさんは答えてくれた。
バルサミコ酢? バルサ巫女コス。
巫女のコスをしたバルサ? 誰だよバルサって、このソースの発案者かな? ……意味がわからなかった。
まあ、美味しいし! 名前なんか気にしないー!
クロハさんが何かを言っていた気がするが、既に上の空だった。
◇◇◇
「ご主人様! お待たせなんだよ!」
「お待たせー!」
料理を6割方食べ終わった頃。シロハさんとラビがスープ皿を持って戻ってきた。
手にしたスープは湯気が立ちあげりコーンの甘い匂いを放っている。
うん! とても美味しそう! これは楽しみだ!
「どうぞなんだよ!」
ラビはスープ皿を俺の前に置き、俺がスープを口にするのを今か今かと眺めてくる。
そんなに見られると食べづらい……。まあ、わざわざ注意するほどのものでもないけど。
俺はゆっくりとスプーンに手を伸ばす。
そしてスープを掬って、軽く息を吹きかけた後、口に含んだ。
「…………ゴクリ」
緊張した面持ちのラビが生唾を飲んだ音が聞こえる。
そんなに心配そうに見なくても大丈夫ですよ。
だって、――今まで飲んだコーンスープで一番おいしかったから。
「……とても、とてもおいしいです」
「ほ、本当に? 本当においしいの?」
確かめるようにラビは訊ねて来る。
だから、それを証明するように明るく答えた。
「はい! とってもおいしいです! こんなにおいしいコーンスープは初めてです!」
「あ――、ありがとうなんだよ! ご主人様!」
素直な感想を漏らすと、ラビは満面の笑みを浮かべた。
実際、常識が覆されるくらいおいしかった。
これは俺の知っているコーンスープじゃない……。全くの別物だ。
俺の知っているコーンスープ。詰まるところ自販機に売っている物を指すのだが、今飲んだこれは全くの別物だった。
まず、コンソメみたいな味が一切しなかった。
あるのはコーンの純粋な甘み。それとクリーミな乳感。それだけだった。
けど、コーンの自然な甘みが舌の上に乗った途端、広がり、口が幸せになった。
いつまでもこの甘さを享受していたい! そう感じさせるものがこれにはあった。
コンソメみたいなうまみを一切必要としていない。これぞ本物のコーンスープだ! そう言って過言ではなかった。
……今まで飲んでいたコーンスープはなんだったんだろう。
これを飲んだ後だと比べることすらおこがましい。そう感じたが、幸せの前に霞んで消えた。
コーンスープを飲んで、幸せに包まれていると、
嬉しさの余りか、ラビが「やったんだよー!!」と跳ね回っていた。
……埃が入るから跳ねるのは止めような。
けどそれも思うだけで口には出さなかった。
「良かったねー! ラビ!」
「うん! ご主人様に喜んでもらえて幸せなんだよ!」
ラビの浮かべる表情は本当に幸せそうに映った。
俺もこんな美味しいコーンスープと出会えて幸せだ。ラビには感謝だな。
再び掬い、コーンスープを口の中へと流し込む。
――温かくて幸せだった。




