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クロハさんが綱をしならせ、馬車は進み出す。
二人でクロストに行くのも久しぶりだなー。
最後に二人で出かけたのは何時だろう? 初めて出会ったときだっけ。
そんなことを考えていると、今ではすっかり見慣れた景色がどんどん遠ざかっていく。
屋敷は豆粒ほどの大きさに、ルベリア湖は今朝食べたサンドイッチほどの大きさに見える。
やがてそれも見えなくなると、車体が次第に上下し始める。
屋敷の付近の道は整備されているため、基本的には揺れが少ない。
しかしクロスト道中の道なりはそうではない。
道端には手のひら大の石っころが平然と落ちているし、平坦では無くでこぼこしている。
そのせいで馬車は比較的に揺れやすいのだ。
まあ、揺れるからといって特に困ることはない。
乗り物酔いも感じないし、苦痛には感じない。
クロハさんも気にするような素振りはないし、俺も気にはしなかった。
揺れるのが当たり前。
そこに注意を向けるのは意識の外。
なので反応が遅れた。
「――っ! 申し訳ありません」
一際大きな小石にでも車輪が踏みつけたのだろう。車体が僅かに浮いた。
俺は突然の揺れに耐えるため、無意識にクロハさんに掴まる。
だけどそれが悪かった。
「あっ――」
手元から緑革の本が滑り落ちる――のを前のめりになりながらも、すんでにキャッチ。
しかし、変わりにポケットから赤い丸石がぽろりと落ちてしまった。
それを見て、クロハさんは馬車を停止させる。
その時、ガツッ! と何かを踏みつけたような嫌な音がした。
俺は慌てて馬車を降りて、赤い丸石を探す。
「多分馬車の下に……」
「アリスお嬢様! 私が探しますので!」
「――ありました!」
クロハさんが制止する前に落ちた赤い丸石を見つける。
色合い的に目立っていたので一瞬だった。
けれども―――
「欠けてます……」
「落ちた時の衝撃か、踏みつけてしまったかですね」
赤色の丸石は僅かに欠けてしまった。
表面が僅かに削り取られていて、もう丸石とは呼べそうにない。
「申し訳ありません。私が不注意なばかりに」
「いえ! あんな揺れ普通は気づきませんし、私が落としたのが悪いんです」
俺の言葉に納得できないのか、クロハさんは本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「クロハさん。私は気にしてません。だって不慮の事故ですから。だから頭を上げてください。主の命令ですよ」
俺は冗談めかすように笑みを浮かべ、お願いをする。
命令と言う形でお願いしたのはこれが初めてだ。
クロハさんは『命令』を受けて頭を渋々上げてくれる。
その顔はどこか笑みを感じさせるような、驚きを感じたような表情をしていた。
「命令でしたら仕方ありませんね」
「はい、命令です! 気にしちゃ駄目ですよ」
「かしこまりました。……ありがとうございます」
クロハさんは僅かに照れるように顔を朱に染めると、何事もなかったかのように馬車へと乗る。俺もそれに続いて乗り込む。
欠けてしまったものは仕方ない。
俺は再びポケットに赤色の石をしまった。
◇◇◇
道中、俺はクロハさんに勧められて荷台の方へと移った。
「さっきのように揺れますと危険ですので、荷台の方へお座り下さい」
「はい、わかりました」
安全のための配慮だとわかるので、俺は大人しく荷台へ移る。
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暇だな……。
荷台に移ってからは、会話らしい会話もなく馬車は淡々と進んでいる。
普段はもっと人数がいるので適当に話をして時間を潰していた。
けれども今はクロハさんと二人っきり。
しかも当のクロハさんは道中に集中して話しかけられる雰囲気ではない。
……気にしなくて大丈夫なのに。
性分なのだろう。もしくはメイドとしての矜持なのかな。
どちらにしても悪いことではないし、他人がとやかく言うのもおかしな話だろう。
実際、あれ以降、特に激しい揺れを起きることはなかった。
お陰で快適だ。心なしか普段より揺れが少ない気がするし。(多分……)
そんなことを思っていると、視界に白が目立ってくる。
「そろそろ到着しますよ」
クロスト付近もお屋敷同様、道が整備されているので平坦だ。
揺れもほとんどしなくなってきた。もう心配する必要はないだろう。
俺は魔具を荷台に残し、クロハさんの隣へ移る。
「アリスお嬢様?」
「やっぱり隣がいいです」
そんなに張りつめなくても大丈夫ですよ。と意味を込めて俺は微笑みながら座る。
クロハさんは「仕方ないですね」と微笑み返し、正面へ向き直った。
~クロスト~
クロストへと到着した俺達は馬車を預けるため、馬車預かり所を目指した。
ちなみに、馬車預かり所はクロストに入って数分程の距離の場所にある。
なのですぐに到着した。
「降りて大丈夫ですよ」
「はい!」
クロハさんが馬車を停止させたのを確認して、俺は荷台にへと一旦戻り、魔具を手に持つ。他には……大丈夫だな。
確認をして俺も馬車を降りていく。
「忘れ物はございませんか」
「この通り大丈夫です。行きましょう」
馬車を預けて、俺たちは歩いて魔具屋へと向かった。




