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入浴を終えた俺たちはダイニングルームへと向かった。
よっぽど食事が楽しみなのか、前方をラビとシロハさんが浮足気味に歩いていく。
「ご飯~♪ ご飯なんだよ~♪」
「今日はご飯はなにかなー!」
それを眺めながら残りの俺達3人はゆっくりと後ろを歩く。
「今回はのぼせることがなかったようで安心しました」
「あはは……。私もです」
「安心した………………………」
気絶しなくてよかった……。本当によかった……。
目覚めたら天井、それが日常だったからな。これは飛躍的な進歩と言っていいだろう。
だからといってもう一度耐えられるとは思わないが。
「やはりお湯の温度ですかね。今日は少しぬるかったですから」
「そ、そうですね! そうだと思います!」
ひたすらどうでもいいことを考えていたお陰とは言えない。
俺は同調するように誤魔化すと「次回からも同じ温度になるようにいたします」と見当違いの回答が返ってきた。
一緒に入浴しないだけで解消しますよ、とは言えなかった。辛い。俺は愛想笑いで濁した。
気まずさからクロハさんを避けるように視線を泳がせると、横に並んで歩いていたイノリお姉ちゃんと目が合う。
視線を逸らすのも何か違う気がしたのでそのまま5秒。けれどもこちらを向いたまま口が開かれることはない。ただいつも通りの無表情で見られているだけ。な、なんで見てくるんですか!?
そんなイノリお姉ちゃんの視線に俺は小さく首を傾げて答える。何か御用ですか? しかしイノリお姉ちゃんは見つめるだけで何も言葉を返してこない。気まずい。俺は正面へと顔の向きを戻した。
「ご飯~!」
「ご飯ー!」
ご飯コールと共にダイニングルームへと続く扉が開け開かれる。
気づいたらもう既に近くまで来ていたらしい。
ちょうどいい、これでこの気まずさともおさらば出来る。
俺はシロハさんとラビに続く形で「ご飯です~!」と僅かに陽気になりながら部屋へと小走りした。
◇◇◇
~ダイニングルーム~
テーブルには各々の席に料理が並べられていた。
今日はグラタンのようで、卓上には楕円形のグラタン皿が湯気を上げながら置かれている。焦げたチーズの匂いが食欲を誘う。とても美味しそうだ。
他には、いつものパン、サラダ、スープが置かれている。今日はイロハさんが1人で用意したはずなのに普段と変わらぬボリュームだった。手抜きは一切感じられない。さすがイロハさんだ。
「ご主人様ー! 早く早くー!」
「早く食べないと冷めちゃうよー!」
一足早く部屋に入った二人は既に着席していてグラタンを涎が垂れそうな勢いで眺めていた。
待たせるのも悪い、俺もお腹は空いてるしなー。なんて思いながら俺も自分の席に座る。
しかしまだ食事は始まらない。全員座っていないからだ。
ワンテンポ遅れてイノリお姉ちゃんとクロハさんが着席する。それを見て初めから部屋にいたイロハさんが一番最後に着席した。この慎ましさをラビは見習ったほうが良いと思う。
ともかく全員着席したことを確認して、イロハさんの「頂きましょう」が合図で食事を始めた。
「いただきます」
「いただきます…………………」
「いただくんだよ。はむ、もぐもぐ」
食べるの早いな……。なんて思いながらラビに目がいく。
ラビはスプーンで掬ったグラタンを一口食べて目を輝かせる。
よっぽどおいしかったのだろう。これは今日も期待できるな。
俺も食べよう。自分のスプーンに手を伸ばす。すると隣のグラタン皿が視界から消えた。
何気なしに再びラビへと視線を移す。
するとラビはグラタンをスプーンで掻き込むように口に入れていた。
「おいし――あ、熱いんだよ!」
「急いで食べるからです」
ラビはコップの水をがぶ飲みしてパンを口に放り込む。
そして何事もなかったかのように再びグラタンを食べだした。
介抱の必要は無さそうだな。
一安心して自分のスプーンへ再び手を伸ばす。
熱いのはラビのお陰でわかったので冷ましながら食べよう。
焦げたチーズにスプーンを打ち立てる。
割れる感触がスプーン越しに心地よい。どれどれ。
ふぅー、ふぅー。パク。
「おいしいです!」
「お口にあっていたようでなによりです」
ホワイトソースがとろとろクリーミー!
チーズも不思議なコクがあって美味しい!
ゴロゴロの鶏肉も噛むと染み込んだうまみがジュワーっと広がっていく。
俺も思わず掻き込みたくなるな! ……まあ、しないけど。
「おいしい………………………」
声に振り向くとイノリお姉ちゃんもグラタンに舌鼓を打っていた。本(魔具)を持ったまま。
「イノリお嬢様、食事の時は本を置いてください。行儀が悪いですよ」
「嫌…………………………」
「イノリお姉ちゃん、汚れてしまいますよ」
「っ! ……………………」
ハッ! と気づいたイノリお姉ちゃんは本をテーブルの隅へと置いた。
それを見てイロハさんは短いため息をついた後「アリスお嬢様、ありがとうございます」と柔らかい笑みを見せた。「いえいえ」とだけ返し、再び俺はグラタンを食べだす。
「そういえば、その魔具はどんな魔法が使えるか分からないままでしたね」
「そうなの……………………?」
「はい、そうなんですよね? ラビ」
ラビは話へ全く興味がないのか(単に聞いていないのか)グラタンとパンを一心不乱に口へと運び続ける。サラダが減ってないですよ。って今はどうでもいい。ラビは視線に気づいてはてなを浮かべる。
「どうかしたんだよ?」
「やっぱり聞いてませんでしたね……。あの魔具の話です! どんな魔法が使えるか分からないんですよね?」
「うん、分かんないだよ。だって読めないだから」
言いながらラビはパンへと手を伸ばし、食事モードへと戻って行った。
ラビの『読めない』を聞いてイノリお姉ちゃんは本の中身を見ようとページを開け―――。
「イノリお嬢様! おやめください!」
イロハさんの叫声にイノリお姉ちゃんの手が止まる。
この声音には聞き覚えがある。俺が勝手に王冠を被ろうとして止められた時と同じだ。
イロハさんは咳払いを2度して、普段の声音で言葉を続ける。
「本の魔具は読むだけで魔法が発動する可能性があります。ですので、どのような魔法が発動するか分からないうちは開かないでください」
「わかった…………………」
開きかけた本を閉じると、イノリお姉ちゃんは大人しく本を元の位置に置いた。
それを見てイロハさんは安堵の息を漏らす。
「すみません。私が説明せずに渡したばっかりに」
実際は読むだけでは魔法は発動しなかった。
それを知っているのはラビが一度読んでいるところを見ているからだ。
けれどもイロハさんはお屋敷に残っていたので知るはずはない。
なのでイロハさんが心配をするのはもっともな話だ。
情報共有不足。俺の落ち度だ。
「いえ、私も不注意でした。しかし効果がわからないとなると調べないといけませんね」
「それなんですが、明日魔具屋を訪ねようと思っています!」
使い方がわからない以上、魔具屋のおじいさんに聞くしかない。
あの人だったら多分知っているはずだ。
「それがいいですね。危険ですので今日一日は私が預かっていいですか?」
イロハさんはイノリお姉ちゃんに尋ねるように視線を送る。
それにイノリお姉ちゃんは躊躇いつつも無言でコクリと頷いた。
瞬間、話題が無くなったように静けさが走る。
「おかわりなんだよー!」
「私もー!」
話に全然絡んで来なかった二人が空になった器を掲げてイロハさんの方を向く。
多分食べるのに夢中で全く聞いていなかったのだろう。お陰で陰鬱としかけた雰囲気が吹き飛んだ。
「すぐに持ってきますね」
イロハさんは微笑を浮かべ二人の器を受け取り厨房へと向かって行った。
「? ご主人様? どうしたの」
「変な顔をしてるねー!」
「い、いえ、別に何でもないですよ! グラタンおいしいな~♪」
二人を誤魔化しながらグラタンをパクリと一口。
―――少し冷めていた。




